恋は盲目とか恋は人を変える。恋愛小説ではお馴染みの言葉だ。読んでる分には鼻で笑ってあるわけないって否定していた俺だが、実際に目にすると間違いじゃないだと思ってしまう。それより俺は何を見せられてるんだ?あの瀧口がこんな風になってしまうとは……
「変わり過ぎだろ……」
「恋をすると人は変わるってよく言うよ?恭クンにとっては変わり過ぎかもだけど。羨ましいと思うなら私と付き合うべきだよ」
「あたしなんて中学時代、毎日恭の夢見てたんだから!」
「恭くんもこれくらい大胆になっていいんだよ?」
飛鳥、由香、琴音の願望混じりの意見は無視するとして、当面の問題は目の前にいる瀧口だ。つい一時間くらい前までは求道と北郷の間で揺れ、両方傷つけたくないと苦悩していた。今じゃ見る影もなく────
「弓香、麗奈……愛してるよ」
「アタシも……祐介から絶対に離れない」
「祐介、ずっと側にいてくださいまし……」
求道と北郷に愛を囁く始末。これがどちらかを選ぶなんて出来ないと言っていた男か?同一人物だと思えないし思いたくない。
「恋人は大事にしたいとは思うけどよ……ああはなりたくねぇ」
熱を帯びた目で互いを見つめ合う瀧口達を見てると恋人というか、恋愛について嫌でも考えさせられる。人ん家に来て空気も読まずにイチャつくってのはどうなんだ?
「あれも一つの愛だよ! 恭もお義姉ちゃんとあんな感じになろうね!」
「嫌だ。俺はバカップルになるつもりはない」
仲がいいのはいい事だ。良すぎて周囲の人間に迷惑を掛けるのは違う。子供がいない今だからバカップルでいても許される。子供がいたら今と同じってわけにはいかない。子供の手前、少しは自重しないと子供に恥をかかせてしまうからだ
「え~! いいじゃん!」
そう言って由香は不満気な顔で頬を膨らませる。お前は親父と夏希さんのバカップルっぷりに嫌気が差したから家に来たんだろ?同類になってどうすんだよ?
「よくねぇよ! 俺は絶対に嫌だ!」
「恭のケチ!」
「ケチじゃねぇ! お前は親父と夏希さんのバカップルを目の当たりにしたくなくて家に来たんだろ?同類になってどうすんだよ!」
夏休みの旅行で由香から見せられた親父と夏希さんのイチャつきっぷりには引いた。再婚だとはいえ両親のイチャつく姿は健全な男子高校生の精神には猛毒だ。両親の性行為を目撃してしまったのと同じくらい破壊力がある
「た、確かに……」
「だろ?それよりも今はあのバカ三人をどうにしようぜ。藍達が帰って来たら今以上に面倒だ」
「そうだね……」
「飛鳥と琴音もそれでいいな?」
「さ、賛成……このままじゃお塩の分量間違えそう」
「私も賛成。恭クンとのデートで甘い物を食べられなくなったら困る」
意見が一致したところでイチャつく瀧口達をどうしたものかと頭を悩ませる。彼らがこうなった原因は探るまでもなくお袋のある一言だ。つか、三十分でこの有様とは……恋の力ってスゲーな
三十分前────。
「弓香……麗奈……」
瞳一杯に涙を溜め、瀧口を見つめる求道と北郷。二人の間で揺れる瀧口は彼女達の名前を呼ぶ事しか出来ない瀧口。そして、そんな彼らを黙って見つめる女性陣と俺。言うまでもなく、瀧口祐介が決断を下す時だ。にも関わらず空気が読めない人物が一人……
『祐介君、さっきも言ったけどさ~、選べないなら両方と付き合っちゃいなよ~』
我が母である灰賀早織その人だ。彼女の発言はとても常識ある大人の発言とは思えない
「それは弓香と麗奈に対して失礼過ぎます!」
瀧口の言う事は尤もだ。本人達公認だとしても客観的に見れば二人の女性と同時に付き合うだなんて最低で不誠実。今回ばかりは瀧口に全面同意
『そうだね~、でも、君は弓香ちゃんと麗奈ちゃん。どちらか一方を選ぶなんて出来ないんでしょ~?だったら、残された道は両方振るか両方と付き合うしかないと思うよ~?』
お袋の言う事にも一理ある。両方と付き合うのはナンセンスとして、二人の女性のうち一人を選べないのなら両方振るという道もありと言えばありだ
「で、でも……二股なんて不誠実ですし、かと言って弓香も麗奈も傷つけたくありません」
『そんな事言って自分が傷つきたくないだけでしょ~?口では弓香ちゃんと麗奈ちゃんを傷つけたくないとか言ってさ~』
お袋の表情はにこやかだが、どこか言葉にトゲがあった。でも、言われてみれば確かにと納得出来る部分もある。瀧口は頻りに決められないと言っていた。俺は単に優柔不断だと思っていたが、自分が傷つきたくないと言ってるようにも聞こえなくはない
「ち、違います!! 僕は本当に彼女達を傷つけたくないんです!!」
先程よりも大きな声で強く否定する瀧口。彼の姿はお袋の目にどう映る?
『ふ~ん。祐介君がそう言うならいいよ。じゃあ、今度は弓香ちゃんと麗奈ちゃんに質問するね』
冷たい目で瀧口を一瞥したお袋は求道と北郷へターゲットを変える。この場面でどんな質問をするんだ?
「いいですよ。アタシはどんな事聞かれても答えます」
「私もですわ」
求道と北郷はお袋から目を逸らす事なく逆に見つめ返す。
『なら遠慮なく聞かせてもらうけどさ~、二人は祐介君に振られるの怖い?』
お袋の表情がにこやかだったものから真面目なものへ変わる。彼女の質問はきっと片思いしてる人間百人に聞いたら全員がはいと答えるものだ。求道と北郷とて例外じゃない。現に飛鳥達は自分がされたわけでもないのにギョッとした顔でお袋を見つめている。
「「…………」」
お袋の質問に押し黙る求道と北郷。どんな事にでも答えるとは言ってたが、さすがに今の質問は答えられなかったようだ。当たり前だよな、振られる前提の質問にスパッと答えられる奴なんていない
『難しい事聞いたかな~?私はただ、振られるのが怖いかどうか聞いただけなんだけどなぁ~?』
お袋はにこやかな表情で小首を傾げる。この時の彼女は赤ちゃんがどこから来るのかを親に尋ねる無邪気な子供そのもの。子供というのは時として大人を困らせるものだ。オモチャが欲しいと駄々を捏ねるだけなら適当に怒鳴るなり言いくるめるなりすればいい。対して赤ちゃんはどこから来るの?って質問は質が悪く、答えに困る。理由は分からないが、多分、妊娠に至るまでの過程を説明するのが恥ずかしいとかそんなだ。それはさておき、この質問に二人はどう答え、お袋が何を伝えるか見守るとしよう。俺に出来るのはそれしかない
「怖いですわ」
誰もが黙る中、最初に口を開いたのは北郷だった
『ふ~ん。怖いんだぁ~』
「当たり前です! 勇気を出して告白したのに振られるのですよ!? 貴女は怖くありませんの!?」
『別にぃ~?私は麗奈ちゃんや弓香ちゃんみたいに自分の好意を一方的に押し付けたり、祐介君みたいに他人を言い訳にして逃げたりしないから振られる事なんて怖くないよ~』
「貴女ねぇ!!」
『だってさ~、振られたら次の恋を探せばいいだけの話でしょ~?あ、麗奈ちゃんの場合は親同士が決めた事だからそうもいかないんだっけ~?ごめんねぇ~』
普段人を煽るような事を言わないお袋が珍しく北郷を煽っている。何が目的か知らんが、ちゃんとアフターフォローはするんだろうな?
「一般家庭生まれで幽霊の貴女に私の何が解かりますの!? 確かに祐介との婚約は両親がお決めになりましたわ! ですが! 私の思いは本物です!」
『あ、そう。じゃあ、次は弓香ちゃんね』
北郷の言う事を軽く聞き流し、お袋は求道へ目を向ける。聞き流された北郷は異議を申し立てるも無視されてしまい、黙ってお袋を睨む。息子ながらこの時のお袋は何を考えてるか全く分からなかった
「アタシも北郷と同じですよ。当たり前じゃないですか! 振られるのは誰だって怖い! けど! 好きだって気持ちは抑えられない!! それの何が悪いって言うんですか!?」
女は感情で動く生き物ってよく言うが、北郷と求道がまさにそうだ。というか、求道に関して言えば彼女ですらないのに一人の男をどうして独占できる?彼女でも何でもないのに
『悪いとは言ってないでしょ~?ただ、弓香ちゃんの場合は祐介君の彼女でも何でもないのに他の子の邪魔したり、麗奈ちゃんに噛み付いたりと、色々してたみたいだけどさ~……ハッキリ言ってそう言う女って男からすると一番ウザいんだよね~』
お袋が『ね~?きょう~』と言ってこちらを向いて来たので俺は咄嗟に目を逸らす。俺の物差しで言わせてもらうならお袋の言ってる事は何も間違ってない。彼女でも何でもなく、ただの女友達にしか過ぎない奴が自分に近づいてくる異性を威嚇してるとかお前は何様だ?と言いたくなり、ウザい
「好きな人を独占する事の何が悪いんですか!?」
『好きな人を独占する事が悪いんじゃなくて、彼女でも何でもない弓香ちゃんが教室でそうしたように祐介君の異性関係に口出すのが悪いって言ってるの。害があるならともかく、星野川高校に来ている子達は彼に何かしたってわけじゃないでしょ~?それなのに君が独占するっておかしくない?現時点で祐介君は誰のものでもないんだからさ~』
お袋の言ってる事はスゲー解かる。解かるんだけど、振られるの怖いって話はどこ行ったんだ?
「そ、それは……」
図星を突かれ、黙る求道。俺は瀧口の人間関係を把握してないから断言出来ないが、瀧口にとって彼女は最も近しい異性の友達。だが、求道にとっては違う。告白なんてしなくても自分は瀧口の彼女だと思っていた。いや、思い込んでいたと言った方が正しいか。面倒な星の元に生まれたんだな、瀧口よ
『それは?まさか自分が祐介君の彼女だと思い込んでたの~?祐介君の方はただの友達だと思ってたのに~?』
この言葉で身体を跳ねさせた人物が二人。一人は瀧口、もう一人は求道だ。琴音、飛鳥、由香の三人はどう思ってるか知らねぇが、俺は今すぐこの場から逃げ出したい。これ以上関係ない連中のゴタゴタに巻き込まれたくねぇ。とはいえ、藍達仕事組が帰ってきてこの空気ってのもなぁ……仕方ねぇ、そろそろ止めるか
「お袋、瀧口や求道達に何を求めてるか知らねぇが、それくらいにしといてやれ。瀧口達を問い詰めたところでアンタの望む答えは返って来ねぇよ」
どちらか一方を選べない瀧口に選択を強要したところで結果は同じ。どちらも選べず思い悩む。求道と北郷は選べない瀧口を咎めず互いに睨み合い、言い争う。同じ事を繰り返すしか出来ない彼らにお袋が何を望んでるかは分からねぇ。言えるのは選べ、咎めろと言ったところで時間の無駄だという事だけだ
『そうだねぇ~、ここまでしても祐介君は答えを出さない上に麗奈ちゃんと弓香ちゃんを追い詰めてるお母さんに何も言ってこないし~、問い詰めるだけ無駄かもね~。まぁ、今から言う事を聞けば価値観が変わるかもだけど……』
お袋よ、何が言いたいのかは知らんけど、一言で価値観が変わるなら苦労はしないぞ?
「人間の価値観が一言で変わるなら苦労はねぇよ」
『そうだねぇ~、でも、一応言っておくね。きょうにとっても大切な事だからさ~』
「俺にとっても大切な事?」
『うん~、きょうだっていつかは零ちゃん達の中からたった一人を選ばなきゃいけない時が来る。お母さんを選んでくれたら万々歳だけど~、そうしたとしても一度変わってしまった関係は元に戻らない。だから、きょうと祐介君には前もって伝えておくけどさ……化け物に人権なんてないよ』
化け物に人権なんてない。そう言ったお袋の声はとても穏やかだった
「化け物って……俺も瀧口も……いや、ここにいる全員普通の人間で断じて化け物じゃねぇぞ?」
『きょう視点ではそうだけど、普通の……霊感すらない人から見たら違うよ。きょう達は立派な化け物。それはきょう自身が身に染みて解ってるでしょ?神矢想子の事件でさ』
その通り。俺は神矢想子の事件で人は自分の理解出来ない事に対して否定的だという事を知った。だが、瀧口の恋愛話とは関係ないだろ
「そうだけどよ、瀧口の三角関係が拗れた話と何の関係があるんだ?化け物に人権なんてないってのもこの場にいる全員にとっては単なる差別としか捉えられないぞ?」
俺の言葉に琴音、飛鳥、由香の三人が頷き、瀧口達は無反応。彼らが無反応なのは分からない事が多く、神矢想子の事件を詳しくは知らないからだ。今日転入してきた北郷は神矢想子の存在すら知らず、瀧口と求道は神矢想子を知ってはいても事件の結末がどうなったかまでは知らず、無反応なのも無理はない
『悪く言ったつもりはないんだけどそう聞こえたなら謝るよ。でも、これだけは覚えておいて。化け物に人権はないなんて言うのは常人の価値観。これを聞いたきょうと祐介君がどうするのかは分からないけどさ、もう少し自分の欲望に素直になっちゃえば?お母さんみたいに~』
お袋が何を言いたいのか全く分からない。分かるのは彼女が常日頃から自分の欲望に忠実だという事くらいだ
「あのなぁ……」
いい大人が何を……。俺がお袋を咎めようとしたその時────
「本当にいいんでしょうか……?」
無言だった瀧口が口を開いた
『ん~?何が~?』
「ぼ、僕は……自分の欲に素直になっていいんでしょうか?」
『いいんだよ~、君は化け物なんだから~』
「そうですか……そうですよね……フヒッ……」
満面の笑みを浮かべて人を化け物呼ばわりするのはどうかと思うぞ?お袋。それよりも、瀧口、今フヒッって言わなかった?ラノベに出てくるオタクや変質者みたいな笑い方しなかった?
「あー……瀧口?」
変質者のような笑い方をする瀧口に俺は恐る恐る声を掛けた。しかし……
「フヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……」
彼の中で何かが壊れてしまったようだ。これには俺や琴音、飛鳥や由香はもちろん、求道と北郷もドン引き。この後の事は……正直、語りたくない
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