喧嘩の終わり方には二種類あるのをご存知だろうか? 一つ、時間が経過したら笑い話になるだろう終わり方。一つ、時間が経過してなお蟠りが残るもの。三つ目を挙げるなら時間が経過して終わったかと思ったが、衝突の度に蒸し返すエンドレスなもの。由香達には口が裂けても言えないが、俺は別に周囲の人間などどうでもいい。誰に監禁されようと監視されようとやりたい奴は好きにしろってところなのだが……
「…………」
「…………」
「…………」
「はぁ……」
目の前に座る親父と夏希さん。横に座る由香が放つ思い空気に俺はいつも通り溜息を吐く。人間忘れたい事だってあるのにどうして蒸し返すのか……謎過ぎて考える気すら失せる。彼らにとって後ろめたい事だとしても俺にとってはどうでもいい。規模の大小はあれど俺からすれば取るに足らない。由香から話を切り出されるまで忘れてたくらいだ
「恭……その……なんだ……悪かった……」
「中学生の頃にした事とはいえ、申し訳なく思ってるわ……」
「あたしも……ゴメン……」
そう言って頭を下げる由香達。マジで勘弁してくれ……。四か月近くも前の話を蒸し返されても反応に困る。謝られたところでどう反応すりゃいいんだよ……
「今の今まで忘れてた事を謝られても困るんだが……それにだ、親父達が再婚しようとそれは親父達の人生で俺にはどうしようもない。連れ子がいて義理の兄弟姉妹になったとしても干渉さえされなきゃそれでいいんだが……」
ただでさえ重苦しい空気をこれ以上重苦しい空気にしたくねぇから言わねぇけど、マジどうでもいい。コイツらのせいで零達を追い出そうとしたが、心の底ではいてもいなくてもどっちでもいいと思っている。自分がそこにいたいと思えば居場所になるし、いたくないと思えばその居場所を捨てりゃいい。自分の居場所なんてものは自分がそこにいたいかどうかで決まる。どうでもいい事柄を深く考える必要はない
「それでもだ。夏希はお前と本当の家族になりたいと思っているんだ、今の恭は由香ちゃんの事も俺達の事もどうでもいいと思ってる。違うか?」
バレテーラ。こんなんでも俺の父親か……真剣な顔で俺を見る親父の目に迷いはなく、真っ直ぐ俺を射抜く。あの時と病院に強盗が押し入った時は情けない大人だったが、やる時はやるんだな
「どうでもいいと思ってるって言うと語弊が生じるが、大体あってる。親父達が再婚しようと連れ子がいて義理の兄妹になろうと俺には関係ない。親父達の人生だ。再婚しようと何しようと好きにしろ」
身内だろうと他人だろうと人の人生に干渉する権利は俺にはない。ソイツの人生はソイツのもので最終的にどうするか決めるのは本人であって俺じゃない。悪の道に進んだとしても決めたのは自分。止めはするが、決めはしない。深いところまで干渉しないのが俺のポリシーなのだ
「恭君……」
「恭……お前……」
「恭……」
三人が寂しそうな目で俺を見る。俺は何も間違ってないはずなんだが……つか、再婚なんて父親なり母親が新しく一緒に暮らす異性を連れて来たってだけの話だろ。再婚相手に子供がいても根本的な生活習慣は変わらず、同じ空間で生活する人間が増えるだけでこれまでの生活と何も変わらない。他人だった異性が一緒に生活するだけなのに何を考える? 干渉さえしなければ今までと何一つ変わらない
「そんな目で見ないでくれよ……。結婚だろうと再婚だろうと他人同士が一緒になるって現実は変わらない。連れ子がいたとしても同じ空間で生活する人間が増えるだけの話で干渉さえしなければこれまでと何も変わらないだろ。本心は置いといて、夏希さんを母さんって呼べと言うならそうするぞ?」
親父達の狙いなど手に取るように分かる。俺に夏希さんを母と呼ばせようとしている。あわよくば由香を姉と呼ばせらればってところだろ。単純すぎる
「それじゃ意味がないんだ……。恭が心の底から夏希を母と、由香ちゃんを姉と呼ばなきゃ意味がないんだ……」
心の底からって……俺をいくつだと思ってるんだ……親父には悪いが、高校男子が母親に甘えるわけないだろ
「親父、アンタは俺をいくつだと思ってるんだ……実の母親ですらそうなのに他人だった女性を素直に母と呼ぶわけないだろ。その点、俺は呼んでくれと言われれば母って呼ぶと言ってるだけまだ良心的だと思うぞ? 由香の事は……諸々の関係で姉と呼ぶのは若干躊躇われるけどな」
夏希さんを母と呼ぶ事に対して抵抗はない。しかし、由香は別だ。キスしてしまった事実を考慮すると手放しで姉と呼ぶのは躊躇われる。嫌いだから呼ばないわけじゃなく、姉弟の一線を越えたに近い行為をしてしまった以上、姉と呼ぶのは何かが違う。姉と認識するのは簡単なのだが、呼ぶのはちょっと……
「恭……お前、由香ちゃんと彼氏彼女の関係なのか?」
「そうなの? 恭君?」
「恭……?」
真剣な顔の親父達とどことなく不安気な由香。どう答えりゃいいんだよ……
「付き合っては……いない。ただ、恋愛対象として好きだって言われただけだ」
曰く親父達は本当の家族になりたいらしいが、俺が由香から恋愛対象として好きだと言われている時点で無理だ。親父達とは良好────とは言い難いものの、家族にはなれるだろう。しかし、由香とは無理だ。どんなに頑張ってもどちらかが恋人……ゆくゆくは夫婦になるビジョンを想像し、異性として相手を意識してしまう。何とも言えない空気に俺達が耐えられるかと聞かれれば答えは否。相手を意識してしまうのは避けられない
「そうか……」
「…………」
「お義父さん、お母さん……」
「はぁ……」
深く息を吐く親父と夏希さん、申し訳なさそうに顔を伏せる由香。溜息を吐く俺。重かった空気がより一層重くなってしまった。今だけは上手く取り繕うべきだったか
「由香ちゃんが恭に恋愛感情を抱いていたのは知ってたから自由にしてもらっていいんだが……」
「そうよね……さすがにまだ孫は早いわよね……」
「ああ、最低でも大学は二人が高校三年生になるまで孫は早いな」
「「はい?」」
予想外の答えに俺と由香は思わず素っ頓狂な声をあげる。真面目な顔をしたと思ったらこの二人は何を言っているんだ? 今のは反対するところなんだが
「聞こえなかったのか? 二人が高校三年生になるまで孫は早いと言ったんだ。付き合うのは構わないがな。まぁ、恭が由香ちゃんの事をしっかり守ると言うのならやる事はやってもらって構わないんだが……なぁ? 夏希?」
「ええ。万が一の事が起きてもちゃんと二人が現実を受け入れるのなら付き合ってやる事やっても構わないわ。それができないのならお付き合いしか認められないわ」
ダメだ……二人が何を言っているのか分からない。分かるのは俺と由香が恋人同士になる事に対して前向きって事だけだ
「あの~……お二人さん?」
「何だ?」
「何かしら?」
「つかぬ事を聞くが、俺と由香が恋人同士になってもいいのか?」
「当たり前だろ。恭と由香ちゃんは義理の姉弟。血の繋がりなんてないんだから思う存分イチャイチャしていいぞ」
「そうよ。恭君が由香をどう思っているかは分からないけれど、由香は恭君が好きなら思う存分アピールなさい。二人に血の繋がりなんてないのだから恋人同士になってはダメではないでしょ?」
「お母さん……」
「マジかよ……」
この夫婦もうヤダ……いや、血の繋がりないから恋人になって結婚したところで何も問題ないんだけどよ。なんで乗り気なんだよ。つか、由香も由香で心底感激しましたみたいな目で親父達を見るな
「由香ちゃんが恭を恋愛対象として見てるなら家族になるのは先送りにしよう」
「そうね。ゴールデンウイークの事はお互い綺麗サッパリ水に流すのは決定として、家族になるのは先送りにした方がよさそうね」
話がものすごい勢いで前に進み過ぎて全くついていけない……いや、ゴールデンウィークの騒動は今更だから謝られても困るから水に流すって意見には全面同意なんだが、話についていけねぇ……
「お母さん、お義父さん……」
「そういうわけだ、恭。もう帰っていいぞ」
「早く帰って由香と全力でイチャつきなさい。というか、私達がこれから夫婦の時間を過ごすから二人共邪魔よ」
理不尽!! 人を呼びつけといて何だ! この扱い!
「はいはい。お邪魔虫はとっとと帰りますよ。行くぞ、由香」
「うん」
親父達に呆れつつ、俺達は実家を後にした。今回の事で改めて実感した。親父達はアホだと
実家を後にした俺達は駅の方向へ向かって歩いていた
「結局俺は何のために呼ばれたんだ……」
「さ、最初は仲直りするつもりだったんだけど……思わぬ展開になったね」
「全くだ。あのアホ共は何がしたかったんだ?」
灰賀恭という人間の周囲に集まる大人が意味不明なのは日常茶飯事。今更過ぎて怒る気すら失せる。だが、それとこれとは話が別だ。アホな大人の意味不明なイベントに付き合うと疲れる
「さ、さぁ……で、でも、よかった……恭を恋愛対象として見る許可が出て」
「さいですか」
「さいですよ」
そう言う由香の顔はほんのり赤かった。こんなダメ人間のどこを好きになったのやら……俺には全く理解できん。由香が誰を好きになろうと勝手だから止めるつもりはないんだけどよ
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