お袋と意外な形で再開を果たし、神矢想子との話し合いの最中に起きた揺れの原因を突き止めてから一夜が明けた。お袋に再会出来た喜びは……ぼちぼちと言ったところだ。その理由は────────
『きょう~、遅刻しても大丈夫だよ~、先生に怒られたら霊圧ぶつけちゃえばいいんだから』
再会を果たしたお袋にあった。そろそろ起きないとヤバいと思い布団から出ようとしたところさっきの言葉。こういうのって普通は起きるのを促すパターンじゃないのか?
「遅刻すると神矢がうるさいから起きるか……」
『え~! もうちょっと寝ててもいいのにぃ~!』
お袋の言葉を無視し、俺は洗面所へ向かう。別にお袋が嫌いで無視しているわけじゃない。これは寝る前にお袋と二人で話し合って決めた事だ。
寝る前────。
「お袋の名前も聞けたし、寝るとするか」
広いとはいえトイレに長居する気が全くない俺はお袋の名前を聞けた事に満足し、部屋に戻ろうとした。
『寝るのはいいけど~、その前にこれからの事を決めとかないとねぇ~』
「これからの事? 何だよ?」
『ん~? お母さんがこれからもきょうの側にいるのは決定事項でしょ~? でもねぇ~、きょうがお母さんの姿が見えてお話出来るのは嬉しいんだけど、周囲の目とかあるから決める事は決めとかなきゃいけないの~』
間延びした声なのは変わらないが、言われるとそうだ。俺はお袋の姿が見え、話す事が出来る。それを第三者から見るとどう映る?そんなの決まってる。独り言をデカい声で言うヤバい奴だ
「そういやそうだな。すっかり忘れてたわ。で? 何から決める? お袋の扱いからか?」
お袋が言った俺の側にいるって発言はスルーだ。ゴールデンウィークの一件を知っているという事は俺が引きこもっていた事やここで一人暮らしを始め、零達を拾った経緯も知っている。何しろ俺の側にずっといたんだからな
『お母さんの扱いはきょうの精霊って事で決定してるから大丈夫だよ~。それよりも他の人達の前でどう振る舞うかのだよ』
あ、精霊って決まってるのね。で、他の人達の前でどう振る舞うか……
「どう振る舞うって……お袋には悪いが人前じゃ話しかけられても無視するしかないだろ?テレパシーとかありゃ別だろうけど、俺にそんな能力なんてねーんだしよ」
『そうだけどぉ~、お母さん的にはきょうとお話したいって気持ちもあるんだけどなぁ~』
俺だって出来る事ならお袋と話をしたり、その……甘えたりしてみたかったりする。どちらも人前じゃ無理のある行為だというのも承知の上だ
「俺だってお袋と話をしてみたいって気持ちはあるけどよ、人前でどんな事したら頭がおかしい奴として速攻で精神科へ放り込まれるのがオチだろ。それに、なんだ……自分にしか見えない精霊って何か特別感があっていいと思う」
ファンタジーもののアニメとかじゃ自分にしか見えない精霊ってマジで特別な絆で繋がっているって感じがして憧れていた。お袋が精霊を名乗るならその設定に肖かろう
『特別……きょうの特別かぁ~ならそれもいいかも』
この母親、チョロい……
「じゃあ、申し訳ないけど、人前じゃ話しかけられても反応出来ないがそれでもいいか?」
『お母さん的には寂しいけど、仕方ないよね……人前でお母さんと話なんてしたら独り言を言う変な人になっちゃうし……我慢する……』
といった感じで話し合いは済み、明日も学校があるからという事で部屋に戻り、床に就いた。
現在────。
「そういや飛鳥は今日どうするんだ? 昨日同様に琴音同伴登校か?」
昨日は登校日で欠席なんてしたら神矢がうるさかった。それとは違い、俺のカリキュラムで行くとプランB。欠席したところで怒られはしないし怒られる理由もない
『そういうきょうはお母さん同伴登校でしょ~?』
精霊と化したお袋が冷やかしてくる。言い返したいところだが、零達が同じ部屋にいる手前言い返せない。仮にいなくとも事実だから言い返せないけどな!
途中途中お袋が茶化して来たがそのまま顔を洗い、歯を磨いた。今まではこれが当たり前の動作だったし、当たり前の日常だった。それがお袋と再会した時点で崩れた。一人暮らしを始めた頃から俺の日常は変化しっぱなしだな
「おはよう。恭ちゃん」
リビングに戻ると東城先生が朝飯を並べていた。今日のメニューは豆腐の味噌汁に卵焼き、ご飯に焼き鮭。和食か
「おはよう。藍ちゃん」
「うん、おはよう」
東城先生は俺の挨拶に笑顔で返してくれたのはいい。それを見たお袋が“あらあら~、藍ちゃんすっかり美人さんになっちゃって~”とか言っていた。アンタ、俺の側にいたんだったらずっと見てただろ? 何? その久々の再会みたいな感じ?
「恭ちゃん、昨日の揺れの事なんだけど……」
席に着こうとしたところで東城先生からまさか昨日の話をされるとは……
「あ、ああ、アレね。心当たりがあるのか?」
「ううん。ない。ないけど……恭ちゃん少し疲れてるのかな? って思って……」
昨日の揺れがお袋曰く俺の能力によるものらしい。そんな事情を知らない東城先生は心配してくれたらしく、顔に不安の色を滲ませていた
「あ、いや、それはもう解決したんだ。俺の気のせいだったみたい」
現状を正直に話すと俺は確実に頭のおかしい奴になってしまう。飛鳥の精神が子供に戻っているというのもあり、絶対安静を言い渡されるなんて目に見えてる
「そう? それならいいんだけど……もしも何かあったら迷わず相談してね? いつでも力になるから」
東城先生や他の連中に隠し事をするのは心苦しい。それでも本当の事を言うわけにはいかなかった俺は……
「ありがとう。何かあれば遠慮なく相談させてもらう」
「うん」
本当の事は伏せた。自分に人知を超えた力があるだなんてとても言えたものじゃない。最悪の場合化け物扱いだ
『藍ちゃんにくらい言ってもいいとお母さんは思うなぁ~』
お袋の姿が見えない東城先生になんて説明すればいいんだよ?
「藍ちゃん、何か手伝う事あるか?」
力になると言ってくれた東城先生を見てると何もしないわけにはいかず、俺は立ち上がり手伝いを申し出る
「粗方終わったから大丈夫だよ。それより、恭ちゃんの方は手伝う事ないの? 表立って力になるのは無理かもだけど……私に出来る事何かない?」
東城先生を始め、星野川高校の教師が神矢想子を恐れているのは理解している。いや、面倒だと思っていると言った方がいいのか?どちらにしろ神矢を早めに叩き出したいとは思っている節が見て取れる
「う~ん、今のところ藍ちゃんもだけど、俺の周囲にいる人達の力は必要ないなぁ……」
自分の能力を過信するわけじゃない。ただ、今のところ本当に用事がないから何も言わないだけで。だから、悲しそうな顔で俺を見ないでくれませんかねぇ……
「…………そう」
東城先生の顔がより一層悲しそうなものになった。用事がないとはいえそんな顔されると罪悪感に押しつぶされそうになる
「ま、まぁ、何かあったら言うよ」
現段階では特に何もない。このまま放置するのも心苦しく思ってフォローは入れといた
「うん」
それからしばらくして零、闇華、碧と蒼、飛鳥の順で起床し、キッチンにいた琴音、準備をしていた東城先生と共に朝飯を食べた
朝食を摂り終えた俺達学生組は各々の学校へ。琴音と飛鳥は昨日同様、同伴登校だ。
「恭くん、私と飛鳥ちゃんは昨日と同じように職員室にいるね」
「きょうおにいちゃん! あすか、いいこでまってるね!」
学校に着いて俺はプランBの生徒が集まる教室へ、琴音と飛鳥は職員室の隅にある空き教室へ向かう。慣れた感じで空き教室へ向かう二人。昨日も空き教室にいたんだな
「ああ、分かった」
俺はそれだけ言って自分の教室へ
「あら、お母様のいない灰賀君。おはよう」
教室に入るなりご挨拶だな。神矢想子
「何ですか? いきなり」
「別に? ただ、お母様がいない灰賀君が哀れだなと思って声を掛けただけよ? 気にしないで頂戴」
朝っぱらから喧嘩売っといて気にするなという方が無理だろ。その証拠に……
『きょう~、この女殺していい~?』
お袋は口調こそいつも通りだけど、目は全く笑っておらず、もの凄い殺気を放っている
「落ち着いてくださいよ。朝から喧嘩したってしょうがないでしょ」
とりあえず二人を落ち着かせよう。昨日は神矢と二人きりだったからいいものの、今は教室内に生徒がいる。こんなところでお袋が本気を出したら大惨事になるだなんて火を見るよりも明らかだ
『む~、きょうがそう言うなら今は抑える~』
「そうね、朝から喧嘩しても仕方ないわね」
どうやら二人共落ち着いたようで何より。一安心だ
「でしょ? それに、貴女と俺とじゃ多分口論したところで勝負になりませんよ」
神矢とはアレだ。口論をしたところで勝負にならないどころか価値観の違いから同じ土俵に立てるかどうかすら危うい
「そうね。私が勝つって最初から決まっているものね」
その根拠のない自信はどこから来るんだ?コイツを見てると創作上のキャラをイジメて楽しんでる哀れな信者達と同じ匂いがするのは俺の思い過ごしか?
「その自信がどこから来るのかは分かりかねますが、どの道碌な結果にはならないでしょうね」
俺には神矢想子が恥ずかしい思いをしている姿がありありと見える。生徒を精神的に追い詰めた教師がまともなわけがない
「でしょうね。灰賀君が恥を掻く姿が目に見えるもの」
本当に哀れな信者を彷彿とさせるもの言いだな
『きょう、いい機会だからこの女に少し霊圧ぶつけてみよっか?』
他の生徒がいるってのに何言っちゃってますかねぇ……
『大丈夫だよ~、あの女目掛けて重いものを投げつけるのをイメージすればいいだけだから~』
穏やかな顔して何言ってんだ?思った以上に簡単なイメージでやれるならやってみるけど!
えーっと、神矢目掛けて重いものを投げつけるイメージ……。重いもの……漬物石……
「灰賀君?私を見つめて何かしら?まさか今更退学が怖くな────!?」
厭らしい笑みを浮かべ、余裕の態度だった神矢がいきなり地面に這いつくばった
『うん! 上手だよ! きょう! 初めてにしては上出来上出来!』
這いつくばっている神矢を見てピョンピョンとジャンプしてはしゃぐお袋。どうやら上手くいったみたいだ
「な、何!? か、身体が……お、重い……」
喜ぶお袋とは対照的に不意に襲い掛かる重量感に戸惑う神矢。えーっと、これってどうやったら解けるんだ?
「そうですか? そんなに太ってないんですし、気のせいじゃないですか?」
お袋に言われるがまま、霊圧をぶつけ神矢の身体が重くなった原因である俺は白々しく言う。知らないってのは時として幸せな事だ
「き、気のせいなんかじゃないわよ! きゅ、急にか、身体が重たくなったもの!」
「俺は何も感じませんけど?もしかして神矢先生はお疲れなのでしょう。早退したらどうです?」
出来ればそのまま辞めたらどうです? とは言わず、早退で留めておいた
「そ、そんなわけにはい、いかないわ! わ、私はきょ、教師よ! 身体が重いから早退させてくださいだなんて言えるわけないでしょ!」
な、なんつー奴だ……。こりゃ余程の事がない限り早退しねぇな……
『きょう~、ぶつけ方は解ったでしょ~? 今度は解き方だけど~、解く時はストローでジュース飲む時みたいに吸うのをイメージすれば解けるよ~』
ぶつけ方といい、解き方といい、簡単すぎやしませんか?バトルものの主人公も裸足で逃げ出すレベルですよ? やりますけどね
ストローでジュースを吸う……。吸う……
「あら? 身体が軽くなったわ」
今度も成功したみたいで這いつくばっていた神矢がスッと立ち上がり、服を軽く掃う。
『うんうん! ぶつけるのも解くのも初めてとは思えないくらい上手だよ~! きょうは飲み込みが早いね~』
飲み込みが早いのかどうかは知らんけど、お袋から言わせると初めてにしては上手いみたいで俺よりもはしゃいでいる。そんなお袋を後目に俺はこの能力を今後使う機会がない事を切実に願うばかりだった
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