東城先生との電話を終え、待つ事五分。一台の車が俺の前方で停車。中から出てきたのは言わずもがな東城先生。なのだが……
「藍ちゃん、何かやつれてないか?」
俺の元に来た彼女は心なしかやつれていた。服装がみすぼらしくなったとか、目に見えて痩せこけたとかじゃなく、俺の部屋で起こった喧嘩が相当大きく、止めるのにかなり苦労したのだろうか、やつれて見える
「け、喧嘩を止めるのが大変だったのと、抜け出すのに苦労したから疲れてるのかもしれない……」
その場にいなくてよかった。心の底からそう思う。大人の東城先生でこれだ。俺が喧嘩の仲裁をしようものなら……考えるのは止そう。
「ご、ご苦労様でした……」
大人同士の喧嘩という事もあり、労いの言葉をかけるくらいしか出来ない俺。大人同士の喧嘩など子供の立場からすると醜いの一言に尽き、バカじゃねぇの?と笑い飛ばすのだが、精神的に疲労しているだろう東城先生を前に笑い飛ばそうという気は失せた
「うん、本当に疲れた。だから、早く車に乗って。そして私を癒して」
とても教員の言葉とは思えない。人間、疲労がMAXになるとありのままの願望を平然と口にするんだな
「了解」
俺も暑さで疲労がピークに達していたせいでいつもの突っ込みをする事なく車へと乗り込んだ
車に乗り、東城先生を癒すというイベントと道に迷うというアクシデントがありはしたが、何とか真央と見た建物に到着。建物の玄関前に停車してもらった。ちなみにここへ来る道中、何で真央の身体が乗っ取られている事を黙っていたのかと問い詰められるもお袋が『事情を知らない茜ちゃんがいるあの場で話して後々大騒ぎになったら大変でしょ~?』とそれっぽい事を言って誤魔化した
「お、思っていた以上にデケェ……」
「そ、そうだね……」
車の中や山の頂上から見た時は遠目からだったから小さく見えた建物────廃墟は近くで見ると予想以上に大きく、外観はツタだらけで上の方を見るとホテルの看板がある事からここは昔ホテルだったのだと辛うじて解かる。とは言っても昔の面影はなく、看板はズレ、今にも落ちそうだ。周囲は雑草だらけで長い事人の手は加えられてないのは明白だった
「とりあえず入るか。こうしていても仕方ねぇ」
「そうだね」
東城先生にはここへ来る途中で俺が何をしに来たかってのは説明済み。もちろん、零達に口止めする事もな
「思った以上に綺麗だな……」
「うん。もっとこう、ゴチャゴチャしてると思ってた」
中へ入ると物がゴチャゴチャし、不気味な感じがするのかと思っていたが、それとは反対に整理が行き届き、まるで人の手が加えられたかのような清潔感が。ここが廃墟なのか疑わしいレベルだ
『穏健派のリーダーが綺麗好きだからね~。普段からちゃんと整理整頓は徹底してるんだよ~』
穏健派のリーダーを知っているかのように言うお袋。海にいた時にも気になったけど、何でお袋は穏健派のリーダーを知っているんだ?
「何か思ってたのと違う」
「私もそれは思った。廃墟だからもっとゴチャゴチャしたイメージが……」
人の手が加えられてない場所というのは大抵がゴチャゴチャしている。今の俺達はその廃墟に来ているから口頭での表現をオブラートに包んではいるが、ぶっちゃけると汚いというイメージが強く、最悪、歩くのもままならないのではないか?と考えていたというのが本音だ。
「ま、まぁ、綺麗に越した事はない。とりあえず穏健派のリーダーとこ行くか」
「う、うん。早いとこリーダーを見つけて事情を説明しないとね」
海でお袋は穏健派のリーダーは俺の頼みなら嫌とは言わない。そう言ってた。それが何を意味するのかは全く分かんねー。真央を救えるのなら穏健派のリーダーがどんな人でも構わないんだけどな
『ロォォォォォォォォォォン!!』
目的の人物を探そうとした矢先、どこからか雄叫びにも似た声が。え?ロン?
『クソォォォォォォォォォォォォォ!!』
その後で聞こえる悔しがるような声。どちらとも廃墟という場所には似つかわしくない
「えーっと、この場合は怖がればいいのか?」
「わ、分からない……」
『はぁ、またやってるんだ……』
『懲りないわね』
リアクションに困る俺と東城先生。それとは正反対に呆れた様子のお袋と千才さん。両者の反応にはかなり差があるものの、共通して言えるのは恐怖心が全くないという事だけだ
『フハハハハハ! バカめ! また同じ手に引っかかるとは滑稽滑稽!』
『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
『さぁ! 大人しく点棒を寄越せ! 敗者め!』
同じ手、点棒というワードから察するにやっているゲームは麻雀。ルールも役も分からず、見てすらいないから何とも言えんけど、声の感じからしてかなり高い点数で上がったのだろう
「お袋、道案内頼んでいいか?」
『う、うん、自分で霊圧探って見つけなさいって言いたいけど、さすがに疲れてるだろうから道案内引き受けるよ』
別に疲れてるわけじゃない。拍子抜けはしたけどな
「千才……えっと……」
『今回は仕方ないわね。灰賀君もここ数日いろいろあって疲れてるでしょうし』
「うん……」
『とは言っても私は別に灰賀君に怠けるなって普段から言ってないから彼が怠けたとしても怒りはしないわ』
俺が言えた立場じゃないけど教師の東城先生も元・警察官の千才さんもそれでいいのか?人を導く職業の二人が怠けるのを止めないでいいのか?
「まぁいいか」
東城千才コンビにそれでいいのかと問いたかったが、暑さと面倒さで言葉が出ず、何も言わずにお袋案内の元、穏健派のリーダーのいる場所へと向かった
「お袋、まだ着かないのか?」
「さすがに歩き疲れた……」
階は跨いでいないけど、元・ホテルだけあって建物は広い。その上、空調が整えられていないから営業中のホテル内よりも暑く、水分を持って来てないのもあり、歩き疲れ始めている
『もうちょっとだよ~』
そんな俺達の事はお構いなしに先へ進むお袋。せめて場所だけでも教えてくれたっていいと思う
「もうちょっとって、穏健派のリーダーはどこにいるんだよ?」
会いたい人の居場所など最初に質問すべき事。それを聞かなかったのは俺の中にすぐ会えるだろという油断があったからだ
『この先にあるカフェだった場所~』
「か、カフェだった場所ぉ~?そ、そんなとこにいんのかよ?」
リーダーと言うからにはもっとこう、最上階にいるものだと思っていたんだが……。正直、拍子抜けだ
『うん~、昔からカフェ巡りとか好きだったからね~』
「そうなのか?」
『うん! お母さんもよくカフェ巡りには付き合わされたよ~』
そう語るお袋は昔を懐かしんでいるように見える。穏健派のリーダー……一体どんな人物なんだ?
「へぇ、生前からオシャレな人だったんだな」
『まぁね。昔はカフェを開くのが夢だった~って言ってたくらいだったんだよ~』
カフェを開くのが将来の夢か……ん?何かその話、どっかで……。どこだったかな?
お袋が昔話に花を咲かせているうちに目的地と思われる場所へ到着。そこには食品サンプルの展示こそないが、マグカップの看板を見るに営業当時はカフェだった事は解かる。
「よ、ようやく着いた……」
普通のホテルでさえ広いのにそれが廃墟となると余計に広く感じる。薄暗いせいもあるのか距離感も狂ってしまう。だからなんだろう。本来はほんの少しの距離だったとしても遠く感じてしまうのは
『お疲れ~』
「ああ、本当に疲れた」
今日一日だけでこんなに疲れる理由は考えだしたらキリがない。真央の変貌と外の暑さ、俺の知らぬところで起こった大人同士の喧嘩。ここに来るよりも部屋に戻った後、大変面倒な処理が待っているというのも理由の一端を担っていてぶっちゃけホテルにすら戻りたくない気持ちでいっぱいだ
「わ、私も……」
俺と同じく顔に疲労感を滲ませている東城先生。彼女の場合は別の意味で疲れていると思う。例えば喧嘩の仲裁とか
「「はぁ……」」
きっと今の俺達は互いに疲れた顔をしているに違いない。だからこそ互いに溜息を吐くだけだった。
『それロン!!』
『またかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
カフェ前で休憩していると再びロンの声。ロンを宣言した人はさっきとは違うのだが、上がられた人は同じ人。つまり、上がられた方の声の主は麻雀が弱い。役とルールを知らない俺でさえそう思わざる得ない
『はぁ、また上がられたんだ……』
『いつも同じ戦法だからカモられるのよ』
お袋は眉間に手をやり溜息交じりに呟き、千才さんは吐き捨てるように言った
「なぁ、藍ちゃん」
「何?恭ちゃん」
「もしかしなくても……」
「うん。多分、この中で麻雀してる人達いるね」
俺達はちょっとした一大事に遭遇しているというのに何を呑気に麻雀なんてしてるんだ?と理不尽な思いを抱きながら中へ入っていいものかと頭を悩ませた
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