人の運命とは不思議なもので二度と会わないだろうと思っていた奴と偶然再会する場合がある。ひょんな事から大物と呼ばれる人物からオファーが来たりする。俺の場合は前者であり、あまつさえその二度と会わないだろう奴が隣の席だったりもする
「えっと……その……」
俺の貴重な授業前の睡眠時間を奪った張本人は話を始めようとしないでいる。もう俺寝ていいかな?
「話を始めないなら俺は寝るぞ」
俺は興味のない奴と自分から話があると言って本題を切り出さない奴に優しくしてやるほどお人よしじゃない
「ま、待って! 話す! ちゃんと話すから!」
机に突っ伏そうとしている俺を慌てて引き留める由香に話があるなら早くしろと心の中で悪態をつく。マジで授業前の睡眠は俺にとっては大事なものだ
「じゃあさっさと話せ」
「う、うん……実は、あたしと祐介って別れたんだ……」
「そうか。話がそれだけなら寝ていいか?」
親父が再婚し、名目では義理の姉だが、俺はコイツを義姉とは認めず興味もない。俺とコイツの関係は……そうだな。赤の他人だ
「待ってってば! 話はまだ終わってないんだから!」
転入してきたというだけで面倒なのにその上席まで隣。せめてそれだけで終わってほしかったのだが、話を聞けと来たもんだ。
「何だ? 彼氏と別れたってだけの話じゃないのか?」
コイツ自身に全く興味はないのにコイツが彼氏と別れましたって話に興味を示すと思うか?
「そうだけど……何で別れたかって知りたくない?」
「興味ないな。そもそも、お前自身に興味がないんだ。転入してきた理由や彼氏と別れた理由になんてもっと興味ない」
ゴールデンウイークでコイツはお袋の形見を奪った理由に構って欲しかったからと言った。それに対して俺は興味がなかったと答えた
「そ、そんな事言わないで……お願いだから別れた理由を聞いてよ……」
め、めんどくせぇ……アレか? コイツは構ってちゃんなのか?
「何で別れたんですか? 三文字以内二百文字以上でお答えください」
「三文字以内二百文字以上って無理に決まってるじゃん! 話聞く気ある?」
「ない」
話を聞く気がある人間はどう足掻いても無理な事は言わないって小学校で習いませんでしたか?
「もういい! 勝手に話すから!」
なら最初からそうしろ
「最初からそうして頂けませんかねぇ……」
「ばか……」
バカで結構。つか、早くしないと授業始まってしまいますよ?
「それで、あたしが祐介と別れたのはあの騒動があった次の日だった。理由は貴方への罪滅ぼし。人の大切な物を奪っておいて自分だけ平然と恋愛なんて出来なかった……何より、貴方にいつか姉として求めてもらえるようになるために」
自分の母親を俺が母と呼ぶ日は未来永劫ないと言った時点で自分も姉として認められる日が来ないんじゃないかとは思わなかったのかな?バカなのかな?
「元々祐介に冷めてた部分もあったからそれはよかったんだけさ……祐介には黒い噂があったの」
コイツはすごい奴だ。当人が同じ教室にいるってのに別れた理由や冷めてた部分、黒い噂の話が出来るんだからな
「その黒い噂とは何人もの女の子をとっかえひっかえしてるって噂。本人は否定してたけど、あの光景を見て噂は本当だったんだってようやく気付いた。あたしの話は終わり」
ただの個人的な感想じゃねーかよ! 寝る時間返せ! 何? 最後は家にいる連中やクラスの女子にも危害が及ぶかもしれないから気を付けてで締めくくるんじゃないのね……
結局、返事は返さなかったが、由香の話を聞いてしまった俺……まぁいいか。授業中に寝ればいいし……。
「マジでふざけんな……」
一時間目は道徳の授業なのは間違いない。ないのだが……三クラス合同な上に教室移動があるだなんて聞いてねぇぞ!! 気が付くと教室には誰もおらず、ヤバいとは思ったが、教室に誰もいないなら好都合だと判断し、二度寝……とはならず、東城先生によって強制連行された
「恭、文句言わない」
隣にいるのは俺を連行してきた東城先生。三クラス合同の授業だから当然、一年生を担当している教師の誰かが授業していると思うだろ? 残念だったな! 授業してんのは今日入ったばっかの名も知らぬ女教師だよ!
「文句も言いたくなりますよ。転入生が来たと思ったら二度と関わる事はないと思っていた人物達。オマケに片方は席が隣で授業前の睡眠を妨害してきた挙句、授業となったら俺を放置してトンズラ。はぁ……」
「仕方ないでしょ。恭が嫌だと思っても入試に合格しちゃったんだから。これから三年は彼女達と付き合いがあると思って諦めて」
俺の平穏で快適な高校生活はどこへやら……もういっその事────────
「必要最低限以外の事で関わらないように言っとくんだった」
そうすれば席が隣になったとしても無駄話をしなかった。
「それだと課外活動で万が一同じグループになったら困るでしょ」
「困りません。俺は課外活動当日は欠席して後日東城先生に個人授業してもらえばいいんですから」
自分の通う高校の先生が一緒に住んでる利点はここだ。課外授業当日に欠席しても後日個人授業を受けるか家にいる時にでも授業を受ければいい。俺って天才だな!
「バカ……」
個人授業の件に深い意味はない。しかし、東城先生の顔は真っ赤に染まっている。何で?
「今の発言で何を想像したんですかねぇ……」
東城先生が何を想像したかは分からない。顔を真っ赤にしてるから下方向の想像なのは容易に理解出来たけど
「知らない……」
東城先生の顔が真っ赤な理由を聞くと話が長くなりそうだったからスルーし、引き続き授業を受けた。二時間目からは習熟度別だったが、飛鳥と同じように由香と全ての授業が被るというちょっとした奇跡があった。特に酷かった三時間目・国語の授業での様子を話そう
国語の授業の様子を話す前に二時間目の授業は英語だった事を言っておく。で、国語の授業時間……
「ね、ねぇ……」
英語の授業はA組の教室で受けていた俺は自分の教室であるB組の教室に戻って来ていた。次の国語の授業はここでやる事になっているからな。俺に声を掛けてきた物好きはもちろん、由香だ
「何だよ?」
「教科書まだ持ってないから一緒に見ていい?」
教科書をまだ持っていない。ンなわけあるか!と言いたいところだが、のっけから否定するのもよくない。そう思った俺は……
「今回だけだからな」
「うん!」
と、いうわけで俺達は机をくっつけた。くっつけたのだが……
「あっれ~? 恭クン、そっちの娘と仲良くなっちゃったカンジ? マジうらまっしょ!」
同じ教室で飛鳥が授業を受けるって事を忘れていた
「これが仲良くなったように見えんのか? 教科書がないって言うから机をくっつけてるだけだ」
「そうなん? 俺には仲良さそうに見えたけど?」
顔は笑顔の飛鳥だが、目が笑ってない。まぁ、あの一件を知ってる一人だから由香に殺意の一つや二つや三つ持ってても何ら不思議じゃないか
「勘違いすんな。コイツは今日転入してきて教科書がまだないから見せてって言ってきただけだ。そうだろ?」
飛鳥は俺と由香の仲が全くよくないと知っている。しかし、現状それを知っているのは学校内だと東城先生と飛鳥だけ。他の連中は仲の良し悪しどころか俺と由香が書類上は義理の姉弟だという事すら知らない
「そうだよ。あたしは恭に教科書を見せてもらう為に机をくっつけているだけで仲がいいとかじゃないよ」
由香が俺を下の名前で呼んだのは……同じクラスの奴もいるという事で目をつぶろう。弁解してくれたのは助かったけど
「ふーん、んじゃ俺の教科書貸すから恭クンから離れてくんね?」
「嫌だよ。それに、貴方みたいなチャラ男あたし苦手だし」
お前はそのチャラ男に家で一回会ってるんだけどな
「はっ、俺もお前みたいな頭が悪そうで男なら誰にでも媚売ってそうなバカ女は嫌いだから気が合うっしょ!」
チャラ男口調のまま由香に喧嘩を売る飛鳥だが、イメージとか大丈夫か?
「そうだね。あたし達気が合うね」
「だしょ? だからさ、恭クンから離れろ尻軽ビッチ」
「黙れ低能チャラ男」
何故か勃発した飛鳥VS由香の戦い。これ俺が悪いの?
「誰か止めてくれる……わけがないか……」
飛鳥VS由香の戦いを止めてもらおうと周囲を一瞥するも皆知らんぷり。知らんぷりをした奴らの中には飛鳥の友達らしき奴もいたが、顔を真っ青にしていの一番で明後日の方向を向かれた
「貴方、あたしに何か恨みでもあるの?今日転入してきたばかりで教科書ないから見せてもらおうとしてただけなのに」
「べっつにぃ~? 俺は恭クンの友達として尻軽ビッチと関わってほしくないだけなんスけど?」
由香と飛鳥の方へ視線を戻すと未だ喧嘩中。パッと見だと女子VS男子なのだが、実際は女子VS女子。それを止める者は教室内に誰一人としておらず、俺が止めるしかない
「お前ら、いい加減にしろ」
怒鳴って止めると騒ぎになると考えた俺は出来るだけ穏やかな方法で止めてみたが……
「「うるさい!!」」
敢え無く撃沈。俺を撃沈させた後も喧嘩は続き、周囲の人間は委縮。とりあえずスマホで時間を確認すると授業開始まで後二十分弱ある。逆に言うと教室にいる連中は二十分の間喧嘩を見せられる羽目になるのか……
「二人共ちょっと来い」
授業開始まで喧嘩されたら堪ったものではないと思った俺は二人を連れ教室を出た。由香が戸惑いの声を上げるがお構いなしだ。そのまま俺は障がい者専用トイレに向かった。あそこなら滅多な事じゃ人はこないだろうし鍵も掛けられるから話を邪魔する奴はいない
「ちょっと! 恭! こんなところに連れてきてなんのつもりかな!」
「そうだよ! 恭クン!」
いきなり障害者専用トイレに連れ込まれ怒り心頭の二人
「うるさい。他の連中がいる教室内で騒ぐ二人が悪い」
「「ご、ごめんんさい」」
飛鳥はともかく、由香が素直に謝るとは……気持ち悪いな
「はい、良く出来ました。でだ、由香は飛鳥と初対面じゃないだろ?」
「は? あたしこの男とは初対面だよ?」
家で会った時の飛鳥と今の飛鳥は恰好や口調が違うから由香は初対面だと思ってんのか……面白い事になりそうだ
「いや、家に来た時に会ってるだろ?ちゃんと話したのは今日が初めてかもしれないけどよ」
俺がいないところで話をした事があるならそれはそれでアリだ
「いやいや! あたしはこのチャラ男と話をしたのは今日が初めてだから!」
手をブンブンと振りながら由香は飛鳥と話したのは今日が初めてだと言う。チャラ男……チャラ男ね……
「全く、呆れて物も言えないよ」
「──────!?」
飛鳥の言葉に驚きを隠せない様子の由香。俺からすると特別な何かは感じない
「これで思い出した?」
「あ、貴女は、あの時の……」
「そう。恭クンに捨てられそうになった日にいた女の子達の一人」
「そ、そんな……き、聞いてないよ……」
何があったかは知らないけど思い出したようだな。
「クラスが違う上に恭クンがお父さんに学校の事を全く話してないなら知らなくても無理はないよ」
飛鳥が言うように由香が知らないのも無理はない。しかしな飛鳥、家じゃ女の格好してるのに学校じゃ男の格好。その上知ってるのは教師だけ。いくら俺が親父に学校の事を全く話していないとはいえ恰好も口調も初対面の時と違うんじゃ分からないのも無理はないと思うぞ?
「はぁ……由香、飛鳥が男装してんのと口調が違う事は他の奴には内緒だぞ?」
飛鳥が女だとバレたら本人が面倒な事に巻き込まれる。だが、その女が家に住んでる事がバレたら俺が面倒になる。とりあえず釘だけ刺しといたが……
「分かってるよ! こ、これ以上迷惑掛けたら義姉って認めてもらえなさそうだから言わないよ!」
この場はとりあえず軽い自己紹介を済ませ、教室に戻った。戻ると東城先生がすでに来ていて入った途端に睨まれた。で、授業なんだが……
「恭クンと隣になれて俺めっちゃ嬉しい!」
「きょ、教科書が届くまでよろしく……」
右に飛鳥、左に由香。何でこうなったかって? 席に着こうとしてどっちが隣になるかで飛鳥と由香が揉め、それを見かねた東城先生の提案で俺が真ん中、飛鳥が右隣、由香が左隣になる事で決着がついた。その代わり……
「恭、イチャイチャしない」
東城先生に睨まれる羽目になった
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