満天の星空はともかくとして、夜になると昼間とは違い、不思議とテンションが上がると思う。それが良い意味でなのか、悪い意味でなのかはその人のモチベーションだったり、その時の気分だったりで変わってくる。
「本当に怒らないから全て話せ」
いくら何でも入学式に七十九人はない。家を出る時点で追い返さなかった俺も俺だがな
「そ、そうやって言って後で怒らない?」
不安そうに俺を見る琴音。俺がそんな事で怒るような器の小さい人間に見えるのか?
「怒らないっつーの。俺は何で赤の他人である琴音、すでに娘がいる母親達が揃いも揃って俺の入学式に参加したのか知りたいだけだ」
子供がいない琴音はともかく、七十八人の母親にはそれぞれ娘がいる。子供の入学式に参加したいという部分ではすでに叶っているはずなのに俺の入学式に参加する意味が理解出来ない
「そ、それなら言うけど、私に関しては純粋に恭くんの晴れ舞台を見たいって思ったから。ただそれだけだよ」
「俺の晴れ舞台って……」
琴音に弟がいないだろう事は掃除用具を探した日で分かっている。弟がいなくても妹か姉がいたんじゃないのか?
「だって、私一人っ子だったから。弟か妹がいればな~ってずっと思ってた。でも、お母さんは私を生むので精一杯で弟か妹を作るのは身体的に無理だってお父さんから幼いながらに聞かされていたからそんなお願い出来なかった。そんなこんなで大人になり、そこからは……まぁ、いろいろあり恭くんに拾われてここに住んでるんだけどね」
シリアスな雰囲気じゃなかったら琴音の父親に一言言いたい。幼い子供に何つー事を教えてんだと
「幼い頃に味わえなかった弟との学校イベントを味わいたいってか?」
「うん。そんなところ」
学校のイベントというと入学式、登校、昼飯、下校。その他諸々ある。入学式と気が早い話にはなるが、卒業式は出席出来たとしてだ。登校、昼飯、下校と言った日常的なイベントを味わうのは無理だ。俺と琴音じゃ歳の差があり過ぎる
「琴音の言い分は分かった。んで? 母親達は? 彼女達に関しては琴音と同じ理由でって言われても俺は多分、理解も納得もしないぞ?」
琴音は弟の入学式に姉として参加したかったと言われれば理解も納得も出来る。歳の差があり過ぎると言ったところでたかが七歳差だ。姉弟と言って十分に通じるだろう。一方の母親達は子供の入学式に出たかったと言われても『娘でそれは味わっただろ?』と言い返せば終わりだ
「恭くんが理解も納得もしないのは承知で言うけど、お母さん達は息子の入学式に出たかっただけなんだよ」
「いや、娘の入学式出たじゃん。俺の入学式に出る必要なくない?」
琴音はともかく、母親達は娘の入学式に出た。だから俺の入学式に出る必要はないと思うのだが……複雑な母親心ってやつか?
「恭くんのお父様が仕事で出られないからその代わりに……ね?」
「ね? って言われても困る。それに、出るなら一人で十分だろ? まして母親代わりなんだからよ」
母親代わりが七十八人って時点で何の違和感も持たなかったのか?ん?
「恭くんのお父様曰く『恭の母親は七十人以上いるくらいでちょうどいい!』って事みたい」
「はぁ……あの親父は本当に何考えてんだよ」
今更ながら親父のトンデモ理論は理解に苦しむ。
「ま、まぁまぁ、恭くんのお父様だってきっと恭くんの為を思ってやった事なんだから多めに見てあげようよ」
ここにいない親父のフォローを入れるあたり琴音は大人だ。
「俺の為を思ってるなら……いや、これは琴音に言う事じゃないから止めとくか」
親父に対するやり場のない不満。それは琴音に言っても解決しないし、俺がどうこう出来る問題でもない。
「私に言う事じゃないって何が?」
「いや、何でもない。それより、いつまでも話し込んでないでコーラ飲もうぜ?」
不思議そうな顔で覗き込んでくる琴音。琴音なら俺がため込んでいる親父への不満を受け止めてくれるかもしれない。なんて思う。ただ、それを言ったところで最終的には本人の意志になるから言ったところでどうにもならない
「恭くん、何か隠してない?」
訝し気に俺を見つめてくる琴音は俺が隠し事をしていると思っているようだ。結論から言うと当たりだが、それは俺と親父……いや、親父自身の問題だから言っても無駄だ
「何も隠してない。俺が何かを隠すような人間に見えるか?」
「見えるよ」
琴音は即答だった。もしかすると俺って信用皆無?
「即答ですか……」
「うん。だってここに来るのだって何の書置きもなく一人で来ようとしたでしょ?そんな人を信用できると思う?」
書置きなくって寝てる人間を起こしてまで伝える事でもないし、戻ってきて寝てたら書置きした意味がないだろ
「琴音達は寝てると思って書置きしなかったんだ。俺なりに気を使ったんだよ」
嘘は吐いてない。寝てることろを起こしてまで用件を伝えようとは思わないし、書置きだったしたところでそれが見られてないのなら紙の無駄だ
「今回はそう言う事にしておいてあげる。じゃあ、恭くんの言った通りコーラ飲もっか」
「ああ」
俺は琴音に二本の内の片方を渡した。そして、二人同時にプルタブを開ける
「恭くん、高校入学おめでとう」
「ありがとう、琴音」
満天の星空の下、俺達はコーラで入学を祝って乾杯した。
その後は星空を見ながら世間話を少々し、コーラを飲みほしたところで部屋に戻り、後は寝るだけなのだが、その前に俺には聞きたい事がある
「なぁ、琴音」
「何? 恭くん?」
「琴音はまだスマホ持ってなかったよな?」
「うん。それがどうかしたの?」
「いや、スマホを持ってないはずの琴音がどうやって親父とコンタクトを取ったのかなって思って」
琴音はまだスマホを持っていない。買いに行こうとは思っていても時間が取れないのだ
「それは恭くんの携帯からお父様にメールしたんだよ」
「なるほど……」
特に悪びれる様子もなく答える琴音。俺の携帯には見られて困るサイトや動画、画像なんてないから別に構わない。ただ、一言断ってから使ってくれ
俺の高校入学を果たしてた次の日の朝。普通は登校だと思うだろ?でも、今日は火曜日。一年生の登校日じゃないから学校はない
「何かいきなり出鼻を挫かれたって感じだな」
入学式が土曜日で次の日が日曜日ならまだ分かる。でも今日は火曜日でバリバリ平日。だというのに学校が休みだというのはどこか変な感じがする
「せめて土曜日が入学式で次の日が日曜日だったらまだ良かったのにね」
「ああ、でも今日は火曜日……一年生どころか学校自体が休みだ」
通信制高校だから一年生が登校日で他の学年が休みとかならまだ解かる。そうではなく、学校自体が休みだから何も言えない
「それは仕方ないよ……でも、零ちゃんと闇華ちゃんは学校に行ってて家の中は工事中。私や他のお母さん達は掃除とかお洗濯があるからまだいいとして、恭くんはどうするの?やる事なくて暇でしょ?」
琴音や他の母親は家事がある。とは言ったものの、部屋の中だけならともかく、家全体を掃除するには七十九人でもまだ人で不足だ
「あー、そうだな、自分の洗濯物くらい自分で洗濯する」
世の専業主婦は多分、家事が面倒だと感じている人も中にはいるだろう。しかし、俺のように暇を持て余すと一周回って家事をしたいと思うから不思議だ
「え? 別にいいよ。恭くんのだって私がやるし」
「どうせ暇を持て余してんだ。洗濯くらいさせてくれ。あ、後、キッチン使っていいよな?」
「あ、うん、いいけど、でももう朝ごはんあるよ?」
琴音の言う通りテーブルにはすでにご飯、みそ汁、お浸しが二人分並んでいた。確かにメニューに関しても味に関しても文句はない。
「それは見れば分かる。じゃなくて、何か刺身食いてえから適当に捌いて持ってくるんだよ」
ご飯、みそ汁、お浸し。これでも十分に満足出来はする。刺身は俺が食いたいから持ってくるだけで
「恭くんって魚捌けるの!?」
え? 何? 包丁使えるの? みたいな顔
「切り身だったら誰でも捌けるだろ?」
スーパーで売ってる切り身程度だったら小学生でも捌ける。だって、開いて内臓を取り出し、血合いを水で洗い流す等の作業はしなくていいわけだし
「あっ、切り身ね」
ホッとしたような顔をする琴音を見て俺は不思議に思う。俺のイメージって切り身の魚ですら捌けないイメージ何なんですか?
「俺って切り身すら捌けないイメージだったりすんのか?」
もし琴音にそんなイメージを持たれてたら俺は今後どうしたらいいんだ?
「いや、恭くんって料理しないからしてるとこ想像出来なくて……」
「そういえばそうだったな」
琴音の言う通り俺はここに来てから一度も料理らしい料理をした記憶がない。最初の飯は鍋だったから料理と言えば料理だが、昆布でダシ摂って、後は食材を放り込むだけ。で、次の日はおじやだったな。こっちは前の日の残りにご飯と生卵を入れて煮るだけ。
「せっかくだから今日のお昼は恭くんに作ってもらおうかな?」
「別にいいぞ」
「やった!」
「その前に朝飯だ。適当に魚捌いてくるから待っててくれ」
「うん!」
客観的に見たら新婚夫婦だろ! と言われそうなやり取りを終え、俺はキッチンに向かった。
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