零達に押し切られてしまい、デコにとは言え、異性へのキスというのは恥ずかしいというか何というか……知った仲でも緊張はする。海外じゃキスが初めて会った時や別れの時などの節目になるような挨拶をする場面で使われる事があるらしい。反対に親しい間柄の人間としか行わないって国もあるらしいけどな。キスにおける海外の文化は置いといて、俺の心境としてを一言でまとめると……
「なぁ、マジでしないとダメか?」
緊張している。
「ダメに決まってるでしょ?キスって決めたのはアタシ達だけど、順番と場所を指定したのはアンタよ?言ったからには全員にちゃんとキスしなきゃダメなのよ!」
一番最初ともあって優柔不断な俺をバッサリと切り捨てる零。彼女の辞書には緊張とか羞恥心という言葉はないのだろうか?
「だってよぉ……いくら知らない仲じゃないとはいえ俺、女の子にキスするのなんて初めてなんだぜ?緊張してやっぱなかった事になんねぇかなぁって思いたくなるだろ」
キスを日常的にしてるのならまだしも初めてのキスとなると相手が零達だとはいえ女の子にキスをするのは非常に緊張する。それが例えデコでも
「し、知らないわよ! は、早くしないと要求追加するわよ!」
キスだけでも俺にとっては十分すぎるくらいなのにこれ以上の要求をされたら終わった頃には灰となって消えてる自信がある。ある意味で絶望的な未来なのだが、追加される要求が何なのかという好奇心には勝てず……
「追加の要求って何だよ?子作りでもさせようって腹か?」
零達は良く言うと発想が奇抜。悪く言うと肉食動物。どちらにも大差ない気もしなくはないんだけど……どうでもいいか。要するに彼女達の要求というのは俺の想像を遥か上を行き、悩まされる事が多い。だからなんだろうなぁ……こんな事を言ったのは
「それもいいわね。でも、ハズレよ」
「じゃあ、何なんだよ?」
「知りたい?」
零がニヤリと厭らしい笑みを浮かべる。アタシ達が別の要求をしたところでアンタには叶えられないわよと言われているような気がするのは気のせいか?
「い、一応、聞こうか」
神矢想子と対峙した時や真央を困らせていた勘違いストーカー野郎を撃退した時がそうだったように俺は人を煽り、イラつかせた上で本性を暴く。だが、今回のように煽られるのは好まない。自分の心を見透かされてるような態度や目が大嫌いなのだ。零の安い挑発に乗ってしまう程度にはな
「聞いたところでアンタには無理よ。おでこにキス程度の事で緊張しているような奴にアタシ達へ愛の言葉を囁くだなんて出来るわけがないでしょ」
彼女の言う通りデコにキスする程度で緊張してしまう俺に愛の言葉を囁くだなんて天地がひっくり返っても出来やしない。誰の入れ知恵かは知らんけど零達にしては考えたものだと感心し、同時に自分の理解者がちゃんと存在する事に安心感を覚える
「さすがにこの場にいる女性陣は俺の事をよく理解してらっしゃる。零の言う通りデコにキス程度の事で緊張してしまう俺に愛の言葉を囁くだなんて芸当出来ねぇよ」
「でしょ?だからアタシ達は恭から貰うプレゼントはキスだけにしよう、愛の言葉は諦めようって事にしたのよ。アンタがヘタレだから」
「うっ……」
女の子から面と向かってヘタレだと言われると凹むぞ……。ヘタレだけどよ……。
「ヘタレって言われた程度で凹まないでよ。普通は女の子と一緒に暮らしてるのに手も出さない度胸も甲斐性もない奴だって言ってるわけじゃないわよ?ただ、ヘタレって言ってるだけで」
零さん……容赦ないっす
「そうですよ、恭君。私達はヘタレな恭君でも好きなんですから気にしないでください」
闇華さん、フォローになってないっす
「恭ちゃんの良いところは私達を大事にしてくれるところだってみんな解ってる。悪く言うとヘタレだけど、私達はそんな恭ちゃんを死んでも愛してる」
東城先生の言葉は教師だけあって効くなぁ……
「お、お前ら、俺の事そういう風に見てたのか……」
零、闇華、東城先生の口撃で俺は風前の灯。三人の口撃だけで心折れそうなのに琴音達からも追撃されると今すぐベランダに出てそのまま飛び降りる自信がある。あれ?悲しくないのに涙が溢れてくるのはなんでだろう?
「きょ、恭殿! せ、拙者達は恭殿をヘタレだなんて思ってないでござるよ?の、のう?茜?」
「そ、そうだよ! グレー!私はホラ! ヘタレだなんて思った事なんて一回もないよ!」
零、闇華、東城先生がボロクソ言ったせいで居たたまれなくなった真央と茜は必死にフォローを入れるが、逆に彼女達の心遣いが痛い……
「恭くん、わ、私は……」
「琴音さん、あたし達は黙ってましょう。今の恭に何を言っても傷を増やすだけです」
言葉を探し、アタフタする琴音と冷静に琴音を止める由香。申し訳ないけどこればかりは由香に賛成だ。琴音のフォローが入ったとしても俺がヘタレだという事実に変わりはない。事実だから何も言い返せねぇけど、言われたままというのは腹が立つ。何か仕返しを……そうだ!いい事を思いついた俺は零の前に移動した
「何よ?ヘタレなのは事実でしょ?」
散々バカにしていた男が自分の前にいきなり来てなおも余裕の態度を崩さず笑みすら浮かべている零は将来大物になると思う。
「確かに俺はヘタレだよ。デコにキス程度で緊張してしまうだなんてヘタレどころか恋愛初心者と言っても過言じゃねぇ」
「ようやく自分の事を理解したのね」
「まぁな」
零達の言う通り俺はヘタレだ。とある事情から女の下着姿や抱き着かれるのには慣れてはいても自分がキスをするってなると場所関係なく緊張しちまうんだからな
「そのヘタレのアンタがおでこだけど女の子にキスなんて出来るの?ハッキリ言ってアタシはキスですら無理だと思っているわ」
ふっ、その余裕もこれまでだ。ここからは俺のステージだ!
「はいはい、そうですね。ったく、何で俺はこんな女を意識し始めたのやら……」
「な、何ですって!? 悪かったわね! こんな狂暴で口の悪い女で!」
ヤレヤレと肩を竦める俺に食って掛かる零。コイツは挑発すれば簡単に乗るとは思っていた。狂暴で口の悪い女とは一言も言ってないけど、今はそれどころじゃない。逆に自爆してくれたおかげでやりやすくなった
「全くだ。だがまぁ、そんな女をどうしようもないくらいに愛してしまった俺も大概だ」
「えっ……?」
いきなりの愛してる発言に零を含めた女性陣全員が目を丸くする。彼女達と知り合ってこの方、好きだとかは言った事があっても愛してると言った事など一度たりともない。驚くのは当然だ
「何だよ?聞こえなかったのか?」
この近距離で聞こえないわけがないというのは解っている。解っていながら俺はあえて問う
「い、いえ、き、聞こえなかったわけじゃないのよ?た、ただ、きょ、恭が……」
「俺が?」
「きょ、恭が、そ、その、あ、アタシの事を……そ、その……」
驚きの表情から一変し、みるみる顔を赤くする零。この時点で俺の勝ちは確定なのだが、ヘタレと言われた仕返しはまだ終わってない! むしろここからが仕返しだ!
「その何だよ?」
「そ、その……、あ、愛してしまったって……」
「その通りだ。俺はいつの間にか狂暴で口の悪い零が愛おしくなった。お前が愛おしくて仕方ねぇんだよ」
「きょ、恭……」
赤く染まる頬! 熱を帯びた視線! 後は仕上げだ!
「零、俺はお前を愛してる。どんなになってもお前だけを愛し続ける」
「ふぁ、ふぁい……」
零の前髪をそっと上げ、彼女の額に唇を落とし、そのまま零の耳元に顔を近づけ、そして────
「今はこれで我慢してくれ」
と囁いた
「は、はい……」
零は力なくその場に座り込み、俺の勝利が確定。これぞ!下げて上げる作戦!どうだ!
零が座り込んだのを確認し、闇華の方へ移動。彼女を含めた女性陣は何が起こったか分からないと言わんばかりの顔をしていた
「次は闇華だ」
「ひゃ、ひゃい!」
ふっ、零のアレでかなり同様してるな。返事がはいじゃなくてひゃいになってんぞ?当然、利用させてもらうけどな
「いつもキッチリしてる闇華でもテンパると可愛い返事するんだな」
「か、可愛い……恭君、どこか具合が悪いんですか?」
さすがに二番目ともなると零と同じというわけにはいかないか……。当たり前だよな……策はあるからこの程度じゃ同様しねぇけど
「別に具合なんて悪くねぇよ。いい機会だしいつも思っている事を口に出して伝えようと思っただけだ」
「へぇ……普段から思っているなら何で今なんですか?思ってるならすぐに言ってくれればいいのに」
て、手強い……ヤンデレなら好きな異性に褒められたらコロっと落ちるんじゃねぇのかよ
「いつも言ってたら重みとか有難みが薄れるだろ。だから言わねぇだけだ」
いつも言ってたら言葉の重みや有難みが薄れるというのは常々思っている。闇華をどう思っているかは内緒だ。
「確かに恭君の言う通りですけど、私は普段から言われたいんです! いつも恭君に可愛いと言われたいと思ってます!」
闇華、そんな事思ってたのね……
「うわ、めんどくさッ」
「めんどくさい!? めんどくさいって何ですか!?」
「何ですかも何も面倒な女に面倒って言って何が悪いんだよ?」
闇華は面倒だ。零じゃなく、彼女を一番最初に拾っていたら多分、こんなに俺の周りは騒がしくならなかっただろう。最悪学校にすら通えなかったと思う
「面倒な女だっていうのは自覚じてますよ! 仕方ないじゃないですか! 好きな人には自分だけを見てほしい! 仲のいいお友達に遠くへ行ってほしくない! それの何が悪いんですか!?」
「別に悪いって言ってねぇだろ。面倒な女だとは思ってっけど、そんな女でも俺は愛してるんだから」
「悪かったですね! って、恭君、今何て……?」
「面倒な女の闇華を愛してるって言ったんだけど聞こえなかったか?」
零の時と同じく近距離で聞こえないわけがないんだよなぁ……
「あ、愛してる?きょ、恭君が、わ、私を?」
零とは違い、顔は赤くない。目を丸くはしてるけど
「ああ。俺は闇華を愛してる」
「ほ、本当で────」
俺は闇華が何か言い終える前に彼女の腕を自分の方へ引き寄せ、有無を言わさず前髪を上げ、額へ唇を落とす
「俺の言葉を信用できなくても額へのキスなら信用できるだろ」
「う、うん……」
闇華は零と同じく頬を赤く染め、力なく座り込んだ。これで二人目撃破。さて、次は琴音の番だ
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