零と闇華さんにスマホをせがまれた俺、灰賀恭は外に出る前に二人に……というか闇華さんに確認する事がある
「スマホを買いに行くのはいい。零は今まで使っていたガラケーがあるとして、闇華さんは電話を持ってるのか?」
零からは同居初日にガラケーを持ってはいるけど、料金未払いで使用不能だという事は聞いた。それに対して闇華さんの方は電話に関して何も聞いてない
「私は何回もお話したように親戚から酷い扱いを受けてきました。ですから今まで電話の類を持った事はありません」
解決した事とはいえ闇華さんの親戚は相当酷かったようだ。まっ、解決したから別にどうこう言っても始まらないか
「そうか。じゃあ、初めて持つ自分の電話だからちゃんと選ばないとな」
「はい……!」
初めて持つ自分だけの電話だからなのか闇華さんの目はキラキラしている。それだけ楽しみなんだろうなぁ……
「恭! それに闇華! 暗い話はそれくらいにして早く行かないとお店しまっちゃうわよ?」
零、そんなに急がなくても店は閉まらないし、スマホは逃げないぞ?
「そうですね、零さんの言う通り早く行かないとお店が閉まっちゃいそうですから行きましょうか、恭君」
「だな、店は今から行っても店は閉まらないだろうけど、時間は掛かりそうだから早めに行っといて損はないな」
「でしょ?こういうのは早めに行動しておいて損はないわ!」
現時刻は十四時ちょっと前。携帯ショップは大抵十九時まで営業している。ただ、曜日によって店の込み具合が違ってくるから営業はしていても待たされる可能性ってのはあり得るけどな
家を出て駅前にやって来た俺達は真っ直ぐ携帯ショップである『OKINA熊外駅前店』を目指していた。
「恭、家って結構駅から近いのね」
「今更だな。闇華さんを拾った日にもここまで歩いて来たってのに」
OKINAに向かっている道中、あまりに退屈だったのか、零がふとこんな事を言い出した。だがな、零。それを闇華さんが言うなら分かるが、お前が言ったところで前回も来ただろ?で終わりだぞ?
「そりゃそうだけど、改めてここまで歩いてきて実感したのよ」
「そうかい」
「私は恭君達と初めて会った日はビニールシートで包まれた状態で運ばれたので今日初めてですが、案外近いんですね」
しつこいようだが、闇華さんを拾った日、あの時の闇華さんは本人には絶対に言えないが、臭かった。そりゃ、吸い殻の入った水をぶっかけられたんだ。臭うのは当然か
「家から歩いて五分だからな。近いと感じるのは当たり前だ」
本当、駅から歩いて五分のところにあるデパートが何で経営悪化したのか俺は理解に苦しむ。経営に関しては大人の事情とかいろいろあると思うからこれ以上言及する事はしない
「そうですね、それを言われると近いって感じるのは当たり前なのかもしれませんね」
俺達は店に着くまで好きな色の話等の他愛ない話をして盛り上がった。
「混んでるな」
「混んでるわね」
「混んでますね」
店に着くと店内は多くの客で賑わっていた。入学祝いというのには若干遅い気がするが、この春から中学生、高校生になった息子、娘に新しいスマホを買ってやろうと考えてやって来たであろう親子が多かった
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件になりますか?」
多くの客がいて大変な中、店員のお姉さんは笑顔で俺達の接客をしてくれた。こういうのをプロって言うんだろうな
「こっちの二人がスマホを買いたいって言うので来たました」
店内を見回すのに夢中な零と闇華さんの代わりに俺が店員さんに用件を伝える
「それでは新規ご購入という事でよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
「分かりました。それでは新規ご購入で承らせていただきます。こちらの番号札をお持ちになってお待ちください」
「分かりました」
店員さんから『1105』と記載された整理券を貰い、零と闇華さんを連れて適当な椅子に腰かける。
「一人で待ってたら暇で暇で仕方なかったんだろうな」
未だ店内を見回す零と闇華さんを後目に俺は一人で待っていたらと考え憂鬱になる。
「ねぇ、闇華! 闇華!」
「何ですか? 零さん?」
「アレって何だと思う?」
「さあ? 私も気にはなっていたんですが、何でしょう?」
憂鬱になる俺を差し置いて勝手に盛り上がる零達を見て俺はこの二人が実年齢よりも幼く見えた。まぁ、他人様に迷惑を掛けてないから注意する事なんてない。
「ただじーっと待つってのは退屈だから少し寝るか」
特にこれと言った娯楽がないのならスマホでゲームか何かをすればいい。そう考える人は多い。しかし、そんな事をするとスマホのバッテリーはあっという間に上がってしまう。俺がスマホでゲームをするのは本当に暇すぎて本格的にやる事がなくなった時だ
あれからどれくらいの時間が経っただろう?十分?二十分?寝ていたせいか何分経ったのか分からん
「何分経ったんだ?」
壁に掛けてある時計を見ると時刻は現在十四時半。俺達が店に来たのが十四時十分くらいだとして、そこから受付で二~三分。椅子に座るまで一分として、大筋で二十分くらいか。
「大して時間経ってねーのな」
俺の中では一時間くらい経ったと思っていても実際はそんなでもない。仕事している方からすると十分だろうが二十分だろうが大して差はないように感じると思う。それは常に何かをしているからそう感じるだけであって何もしないで待っている方からすると十分が一時間に、二十分が二時間に感じてしまう
「零と闇華さんも寝てるのか……」
寝る前は店内の物に興味津々だった零と闇華さんはあの後はしゃぎ過ぎたのか疲れて寝ていた
「ここは遊園地じゃねーんだけど……二人とも余程楽しみだったんだな」
ここは携帯ショップであり遊園地じゃない。だからはしゃぎ疲れて寝るだなんてあり得ない。そうなってしまったという事はそれだけ自分のスマホを持つ事や新しいスマホを持つ事が楽しみだったという事みたいだ
「二人ともイビキは搔かないんだな」
家で一緒に寝ている時は気が付かなかったが、零も闇華さんも“すぅ、すぅ”と寝息は立てているものの、イビキは搔いてない。それは二人がまだ十代だからなのか、それとも、鼻がいいからなのかは分からない。ただ、寄り添って眠る二人は本当の姉妹のように見えた
「こうして見ると二人とも結構かわいい顔してんのな」
起きている時は素直じゃなかったり、時々怖かったりもするが、寝ている時はなんて事はない。可愛い寝顔だ。心なしか顔が赤いような気もするけど
「二人が寝てんのに俺まで寝たら呼ばれた時に困るよな……ったく、仕方ねーな」
寝ている零と闇華さんをそのままにし、俺は一人呼ばれるのを待つ事にした
一人で待つと決めてから一時間くらいが経ち、俺は確認の為、番号が表示されているディスプレイを見る。すると……
「ようやく順番が回って来たか」
『1105の整理券を持つお客様、3番へどうぞ』と表示されており、3番を担当しているであろう男性店員が『1105のお客様、こちらへどうぞ』と手を振ってアピールしていた
「零、闇華さん。やっと念願のスマホが手に入るぞ。だから起き────」
「「スマホ!!」」
俺が全て言い終わる前に目をカッと見開いた零と闇華さんは何者だ?って言うか、さっきまで寝てたよね?
「そ、そうだ、スマホが手に入る。が、そのためには整理券持って3番の窓口まで行かなきゃ手に入らないぞ」
零はガラケーを持っていたから携帯の買い方くらい知っているだろうから説明は要らんと思う。対する闇華さんはスマホどころか携帯を持った事すらないから説明が必要だ。めんどくさいから両方に説明した俺は間違ってない!
「「早く行きましょう!!」」
スマホという餌に釣られた零と闇華さんは俺の手を引き、3番窓口へ
「1105番の番号をお持ちのお客様ですね?どうぞお掛けください」
店員に言われ、俺達は椅子へ掛けた
「最初に整理券をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「「はい!」」
零、闇華さん、勝手に返事をするな。整理券を持っているのは俺だぞ?
「あ、あはは……」
ほら、店員さんも引いてるじゃないか
「恭! 早く整理券を渡しなさい!」
「そうです! 早くしてください! 恭君!」
「はいはい。ったく……」
持っていた整理券を店員に渡し、それを店員が引きつった顔で受け取る。うん、やりづらい
「そ、それで本日は新規ご購入という事ですが、ご希望の機種、プラン等ございますか?」
さすがプロ! さっきまで引きつっていた顔がもう営業モードになってら
「機種とプランって言われましても……ねぇ、闇華」
「ええ、零さんはともかく、私は初めてなのでよく分からないんですけど……恭君」
零はガラケーを買ったのを最後で闇華さんは携帯そのものを持った事がないのでプランや機種についてチンプンカンプンなのは当たり前。かく言う俺もスマホにしてからまだ一年と経ってないので二人と同じだ
「すみません、携帯を買う時にこの名刺を見せればいいって言われて来たんですけど……」
「名刺……ですか」
「はい」
機種はともかく、プランの話をされてもサッパリな俺は財布から家具と一緒に送られてきた名刺を出し、訝し気な顔の店員に見せる
「こ、これはっ!?」
OKINAの会長の名刺はだから驚くのも無理はない
「えーっと、俺の祖父がその人と友達らしく、スマホを買うなら持っていけと言われたんですが……そんな名刺だけじゃどうにもなりませんよね?」
驚く店員に追い打ちを掛けるわけじゃない。ただ、名刺一枚でスマホが買えるのなら苦労はしない。それでも確認する必要はある
「い、いえ、た、只今店長を呼んでまいりますので少々お待ちください!」
そう言い残し店員は慌てて奥へ行ってしまった
「零も闇華さんも大人しいのな」
俺は零がさっきのやり取りを見てブチギレてない事が不思議だった。零の性格上、『はぁ!? ふざけんじゃないわよ!』くらい言ってきてもおかしくないからだ
「アンタのお婆さんがアタシの借金を簡単に返したって話を聞いた後じゃ多少の事では動じないわ」
「ですね。私も零さんと同じ意見です。それに、さっきの方は店長じゃないみたいですし怪しむのは当たり前だと思います」
俺の婆さんは零と闇華さんに多少の事じゃ動じない忍耐力を付けたようだ。本人はそんなつもり全くないと思うけど
「お、お待たせいたしました、私店長の山本と申します。失礼ですが、灰賀恭さん、津野田零さん、八雲闇華さんでよろしいでしょうか?」
先ほどの店員とは違いえらく若干小太りのオッサンが出てきた
「はい、俺が灰賀恭です。で……」
「アタシが津野田零です」
「私が八雲闇華です」
「そうでしたか、これはこれは、ようこそ当店へ! 本日は新しいスマホをご購入という事でお話は伺っております!」
俺達が名乗った途端に満面の笑みを浮かべる山本さん
「は、はあ、スマホを買いたいのは山々なんですが、津野田さんは最後に買ったガラケーを最後に、俺は一年前にスマホを、八雲さんは今まで携帯を持った事すらないんですが……」
「そうでしたか! ですが、機種は最新のを、プランもすでに会長の方から指示がございますのでご安心ください!」
こちらが何も言わずとも最新機種が手に入り、プランも決まっている。俺達からすれば言う事なしだ
「そうですか。それは安心です」
「そうでしょうそうでしょう! 会長からは恭さんに一台、零さんと闇華さんに二台ずつ最新機種をと言われておりますし、プランも家族割プランをと言われておりますのでご安心でしょう!」
「はい?」
「「さ、最新機種が二台……」」
俺は山本さんの言葉で絶句し、零と闇華さんは一台のつもりが二台も最新機種が手に入る事に戸惑っていた
「会長の方から恭さん達のスマホが壊れた時の保険に最新機種を五台用意しろと言われておりましたが、何かご不満でもございましたか?」
「「「い、いえ……」」」
俺はスマホを新しいものに買い替えるつもりは全くなかったし、零と闇華さんだって一台あればそれで十分だ。そう思いはしただろうが、まぁ、せっかくのご好意という事で俺達は爺さんの友達が用意してくれた通りのプランで最新機種を購入し家路についた
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