怠い、めんどいとしか言いようがない三日目が過ぎ、四日目。昨日は起きたら零達にギャン泣きされ、夕飯で食堂に行ったら学校やクラスの垣根を越えて二校の生徒が楽しそうに談笑。瀧口に話を聞いたところ星野川高校の入学式で俺の母親だけ異様に多かったって話を一人の生徒が持ち出したところ、灰賀女学院の一人がその母親連中は自分のだと暴露。そこから今に至るまでの話で盛り上がり、一気に距離が縮まったらしい。で、現在────
「仲良くなったのはいいんだが……」
朝食の為、食堂に来た俺は困惑を隠せないでいた。教師陣がまだ到着しておらず生徒しかいない食堂内に不穏な空気が流れる。喧嘩とかだったら誰かが教師を呼びに行きゃ済む話だが……
「みんな、先生に仕掛けるイタズラの準備は整ったかな?」
作業をする生徒達を悪い笑みで指揮するのは我らが瀧口祐介。さすがの俺もリアクションに困る。
「「「「「準備完了!!」」」」」
頭を痛める俺を余所にテーブルの下から上半身だけ出した生徒達がサムズアップ。仲良くなったのはいいんだが、何かが違う。協力して物事を成し遂げようとする姿勢は素晴らしいの一言だが、イタズラをするのは違くね?
「リア充でもイタズラするんだな」
目の前の現実に全力で目を逸らす。仕掛け自体は大したものじゃない。というか、仕掛けにすらなってない。生徒達がテーブルの下に潜ってるだけだからな。だが、何度も言ったようにこの館は全体的に薄暗い。電気を消せば真っ暗なのは当然だが、電気を点けてなお暗さは残る。明るかったらすぐ見つかるような場所に隠れていたとしても見つかるかどうかは半々と言ったところだ
『瀧口君も男の子だからね~、イタズラの一つもするよ~』
『そうよ。恭様だってイタズラした事あるでしょ?』
昨日のシリアスな雰囲気とは一変し、いつも通りのほほんとした表情の早織とクールな神矢想子。あの表情はなんだったのかと考えたところで答えは出ない。聞いても教えてはくれないだろう。
「イタズラはした事あるけどよ……これはクォリティ低すぎだろ。つか、これのどこがイタズラなんだよ……」
彼らが何をするつもりかは分からない。俺は仕掛けにすらなってない仕掛けに溜息すら出ない。
『大人を驚かそうとする時点でイタズラでしょ~?』
『そうよ恭様。仕掛ける方はそんなつもりなくても仕掛けられた方がイタズラと判断したら立派なイタズラよ』
「はぁ……」
イタズラの定義が分からない。イジメはイジメた方がイジメだと感じたらイジメになるって話を聞いた事がある。イタズラもそうなのかは知らん。準備完了とか言いながら上半身だけ出していいのか? 瀧口が所定の位置に着いたら隠れるからいいのか。分かんねぇや
「灰賀君、君も早く配置に着いてくれないか?」
「配置って軍隊かよ……」
イタズラについて考察してたら瀧口が声を掛けてきた。ここまで統率が取れるまでになるとは人の距離感っつーのはよく分からない。
「軍隊じゃない。チームだよ」
「どっちでもいいんだが……」
軍隊でもチームでもどっちでもいい。二校の生徒が団結して教師を驚かそうとしてるのは事実だからな。
「よくないよ。それより、早く定位置に着くんだ」
「はいはい」
これ以上の問答が面倒になった俺は瀧口に言われた通り定位置。飯を食う時に座っていた自分の席へ向かった。
自分の席に着いた俺はテーブルの下へ潜り込み、今に至る経緯を軽く振り返る。長々と話すほどのものじゃなく、瀧口が唐突に教師に驚かされるだけなのは癪に障るって呟いて他の生徒が感化され、何か驚かせる方法はないかと模索した結果、机の下に潜り込んで教師陣が慌て始めたところで飛び出してビックリさせるっていう単調な案が可決というわけだ
「朝っぱらからしょうもねぇ事してんなぁ……」
かくれんぼが面倒になって霊圧使っていぶり出そうとした俺が言えた立場じゃないが、やる事がしょうもない。子供だってもう少しまともなイタズラ考えるぞ……
「仕方ないでしょ。アタシ達は何も小道具を持ってないんだから」
「そうですよ恭君。ない物は仕方ありません」
零と闇華が諭すように言った。俺はイタズラの道具がない事が不満なんじゃなくて、次元が低いって話をしてるんだがなぁ……
「恭クン、イタズラは道具じゃなくて如何に相手を驚かしたかなんだよ?」
「そうだよ恭。先生達を驚かせるところに意義があるんだよ」
飛鳥と由香が意味の分からない事を言い出した。零と闇華の言い分も理解不能だが、この二人の言っている意味も解からない。
「さいですか」
突っ込む気すら起きない。空腹だからか、脳みそがまだ完全に起動してないからなのか、単に面倒だからなのか……考えるのも面倒だ。このまま二度寝すっか
「おやすみなさい……」
俺は目を閉じ、意識を夢の世界へ飛ばした。もう一人の俺────アイツに会いたいと切に願いながら
『あのなぁ……』
呆れたような声が聞こえ、目を開けると目の前にいたのはもう一人の俺が呆れ顔で立っていた
「何だよ?」
『突っ込みが面倒だからって俺に会いに来るの止めろよ……』
「うっせ。こっちはアレコレ面倒事を抱えてきたし、帰ってからも面倒事があるんだ。現実逃避くらいさせろ」
このスクーリング中で言うならかくれんぼ騒動に神矢想子の同居。たかが二つ、大した騒動じゃないと言われてしまえばそれまでだ。だが、直面した俺としては非常に面倒だったんだ。この気持ちが解かるのは当事者しかおるまい
『気持ちは解かるけどよ……俺はお前の緊急避難場所じゃねぇぞ?』
「うるせぇ。だったらお前俺と代われ。そしたら俺の気持ち少しは理解できるぞ」
第三者の立場ってのは非常に楽だ。小言や不平不満を言うだけなんだから。だが、当事者の立場としてはだ、小言や不平不満を言われるのは実に腹立たしい。自分は高みの見物してるだけなのに何かをしようとしたら口を挟んでくる。だったらお前がやってみろって話だ
『それは構わねぇけどよ、代わったら代わったで俺は積極的に動くが、それでもいいのか? 何ならこのまま身体を支配するぞ?』
「構わねぇよ。積極的に動くっつったって爺さんがいつも婆さんや余所の女口説く時にしてる事に毛が生えた程度だろ? 俺の周囲にいる連中に危害は加えなさそうだ。代わってくれて問題ない」
コイツは多少俺と考え方は異なるが、元は俺の霊圧。無益な殺生はしないだろうし、危害も加えなさそうだと判断し、俺は代わる事を了承した。可能かどうかは分からんけどな
『そうかい。お前が構わねぇならそうするが……後で後悔するなよ?』
「しねぇよ。代わってくれとは言ったが、実際できるとは思ってねぇからな。お前もできると思ってねぇから二つ返事で了解したんだろ?」
代われるならすぐにでも代わりたい。だが、実際にできるわけがない。そう思っていた
『できるぞ』
「え? マジ?」
『マジだ』
返ってきた返事は意外なものだった
「できんの?」
『ああ。お袋がお前の身体に入った時とやり方は異なるがな』
あの時は着ぐるみを着る感覚って説明受けたっけなぁ……。あん時は大変だったなぁ……
「そうなのか?」
『当たり前だ。俺は霊圧の類を知らない人間からすれば単なるお前の別人格。人格障害とはちと違うが、プロセスは同じだ。お前が直面してる問題や日常生活に耐え切れなくなったら俺が表に出る。な? 簡単だろ?』
それは……簡単なのか?
「知るかよ。やった事ねぇもん」
『だよな。知ってた。知ってて言った』
さすが俺。いい根性してる
「あのなぁ……」
もう一人の俺のドヤ顔で今度は俺が呆れ顔をする羽目に。お相子だろって言われたら何も言い返せない
『悪かった。んで? 俺とお前が代わる事可能だがどうする?』
「え? やるよ? 当たり前じゃん」
もう一人の俺がいきなり真顔になり、俺もそれに倣う。雰囲気と展開的には答えに迷うところなんだろうが、俺の精神的疲労はもう一人の自分に身体を支配されてもいいかなと思う程度には酷かったようで突拍子もない提案に即答。人間限界を超えると後で後悔しそうな提案でも考えナシに了承するんだな
『お前なぁ……』
もう一人の俺は眉間に手をやる。自分が決めた事を自分に呆れられるとは……
「たまには俺の苦労を思い知れ」
『はいはい。んじゃ、始めるから俺と手を合わせろ。で、俺と入れ替わるイメージをしろ。そうすりゃ変われっから』
俺は差し出された手に自分の手を重ね、イメージをする。その前に釘は刺しておこう
「入れ替わる前にこれだけ言っとく。由香と神矢想子に危害は加えるなよ?」
『分かってるさ。危害は加えねぇよ。だからさっさとイメージしろ』
「はいはい」
俺は言われた通り今度こそ入れ替わるイメージをした。こんなんで霊圧体の自分自身と入れ替われるのなら安いもんだ。
「なんだ? これ?」
もう一人の俺────分かりにくいからメインと呼ばせてもらうが、そのメインと入れ替わり、目を開けると……
「あ、起きた」
東城先生に膝枕されていた
「あ、ああ、目は覚めた。状況は理解出来ねぇけど」
俺はアイツの霊圧。バカ口がイタズラしようぜ! って言ってたのとテーブルの下に潜り込んだまでは分かってるが、その後の状況は全く分からん。メインが現実逃避で寝ちまったからな
「あれ」
東城先生が指さした方向を見るとバカ共が揃って正座させられてた。要するにだ、イタズラに失敗して教師連中に説教されてるってワケね
「失敗のかよ……バカじゃね?」
「違うよ。成功はしたよ。実際、神矢先生はビックリして泣いちゃったし。でも……」
「でも?」
「その後で神矢先生が大激怒して祐介達を正座させたんだよ」
「あ、そう。下らね」
俺は起き上がろうとした。しかし……
「恭ちゃん、大人しくする」
東城先生によって阻止された
「大人しくも何も俺は何もしてねぇだろ。教師ってのは何も悪い事してない教師を拘束するのが仕事なのか?」
「違うよ。恭ちゃん疲れてるだろうからまだ寝ててって言ってるの」
「どうして俺が疲れてるって思うんだ?」
「だって、いつも恭ちゃんに迷惑かけてるから……」
東城先生は悲しそうに目を伏せた。迷惑掛けてるって自覚あるのか
「そうか……」
俺は身体を起し、そして────
「────!?」
東城先生の唇に自身の唇を押しあてた
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