「高校の入学式ってこんなんでいいのかよ……」
琴音達と別れ、自分のクラスの集合場所に着いた俺は入学式が開始されるのを待ち、そして、今その待ちに待った入学式本番を迎えている。だが、その待ちに待った入学式でこれまた俺はある意味信じられない光景を目の当たりにしている
「くか~……」
俺の右隣の男子は入学式の最中だというのに寝ている。そして左隣にいる女子はというと……
「…………」
寝てはいない。船は漕いでるが寝てはいない。そうだな、強いて言うならドレスが真っ赤という事だけだが、それについては俺が突っ込んでも仕方ない。という事で、船漕いでるのはいいとして、右の寝ているのを注意しないのはどうなんだ?
『え~、ですから……』
隣の奴の観察で忘れるところだった、今はセンター長という普通高校で言うところの校長の挨拶でこれがまた長いのなんのって……隣の男子じゃねーけど、俺も寝ていいかな?注意する教師がいないから寝ていいよね?俺は睡魔に身を委ねた。
睡魔に身を委ねてから何分が経っただんだ?在校生ならともかく、新入生を教師が起こすだなんて多分あまりない。それに、これまた在校生と新入生ではの話になってしまってアレだけど、在校生なら同級生が隣で同級生が寝ていると起こす。それに対して新入生は人間関係が出来てない分、隣の奴が目を開けていないと知ってても声を掛けるだなんてしない。
『え~、以上で私からの挨拶を終わりたいと思います』
睡魔に身を委ねてから何分経過したかは知らないけど目覚めるとセンター長の話は終わっていた。この後は確か来賓代表の挨拶と校歌斉唱だったか?俺はどちらかと言うと校歌よりも硬化したい。出来れば入学式全部が終わるまで
センター長の話が終わり、来賓代表の挨拶、校歌斉唱と式は順調に進み、ある意味俺が心配していた事が訪れた。それは……
『只今から各クラスで集合写真を撮影致しますので新入生の方と保護者の方はお集まりください』
そう、新入生の各クラス保護者付き集合写真の撮影だ。他の家はいい。母親なり父親なりは一人だ。一家全員で来ていたとしてもたかが知れてる。俺の場合は入学式開始前にも話した通り七十八人の母親と琴音。俺の身内だけで学年の集合写真が完成する
「ま、クラスの集合写真になんて興味も関心もないから帰るか」
入学式に撮るクラスごとの集合写真になんて興味も関心もない。三年後か高校卒業後に見返して『あの頃の俺太ってたなぁ……』とか『うわぁ……あの時の俺ってこんなにさえなかったのか』と絶望する事は確実だ。だったら、賢い俺は集合写真なんて撮らず、琴音達を引き連れてさっさと家に帰る
「集合写真なんて撮らなくても死にはしない。逆に撮った方が死ぬ。家に帰る事を選択した俺は賢い」
家に帰る事を心に決めた俺。問題はどうやって教師、同級生、琴音達に見つからないようにこの場を抜け出すか?だが、変装の道具なんて持ち合わせていない。変装は無理。隠れてやり過ごすという手もある。隠れられそうな場所がないだけで。となると方法は一つ
「あ~、やっと終わったぜ~」
「だな~、あっ、帰りにゲーセン寄ってかね?」
「おっ、いいねぇ~」
気怠そうにここから出て行く先輩方。その中に混ざる
「新入生がまだいるっつーのに……少しは空気読めよな……」
一応、新入生の立場から言わせてもらうと入学式に出席するのが怠いのは認める。その愚痴を新入生がいる前。それも、保護者までいる場所で愚痴るのはどうかと思う。今回はそんな先輩方を利用させてもらうから強くは言えないけど
「さて、行くか」
受付でもらった造花を外し、いざ先輩方の中へ混ざろうとした
「行くかじゃないでしょ。灰賀君」
先輩方の輪へ混ざろうとしたところを琴音でも母親達でもない第三者に止められた。それも、女性に
「え?」
「え? でもないでしょ。勝手に帰ろうとしちゃダメでしょ」
「そこについてはすみません。っていうか、貴女誰ですか?」
最後の最後でサボろうとした俺に非があるのは認める。しかし、俺は琴音達にも気づかれないように行動を起こそうとしたのにそれを止めたこの人は誰だ?
「私は灰賀君の担任の東城藍。全く、お父様から事前に聞いてた通りの行動をしてビックリしたというか、呆れたよ」
「は? え? 親父から聞いていた? 俺の行動を?」
目の前の女性……東城先生が何を言ってるのか理解出来ない。
「一昨日お父様から学校に電話があって『うちの息子は多分、入学式に姉的な人一人と母親的な人七十八人くらい引き連れていくと思います。で、多分ですけど、集合写真の撮影直前で逃げ出すと思うんでそん時は捕獲してください』って言ってたよ」
東城先生の話が嘘だとは言わない。けど待って! 何で親父が今日の状況を知ってるの!? 琴音の事は話した、入学式も一人暮らしを始める前に仕事で行けないって言われ、俺も入学式ごときで喚く年齢じゃないから軽く返した。問題となるのは何で親父が俺の身内が七十九人出席するかを知ってたかだ
「は、はあ……とりあえず父から連絡があったのは分かりました。こうなったら逃げられないので記念撮影に参加しますよ……」
東城先生が……いや、学校側が俺の家庭事情についてどこまで把握してるのかは知らない。でも、ある程度は把握してると見て間違いなさそうだ
「先生素直な子は好き」
「俺の場合は素直じゃなくて諦めただけなんですけど」
「それでも好き」
「さいですか」
俺は先生に連行される形でクラスの人達が集まってる場所へ向かった。
来て早々、俺はここへ来た事を後悔している。なぜなら……
「あっ! 恭くん! どこ行ってたの?」
「そうよ、きょうくん、お母さん心配したのよ?」
「全く! 心配掛けんじゃないよ!」
「「「「本当よ!」」」」
琴音と母ーズからお叱りを受けたからだ。叱られるのはいいんだよ?逃げ出そうとした俺が悪いんだもん。でもさぁ……琴音&母ーズ総勢七十九人で叱る事ねーだろぉ……。せめて代表で一人が説教でいいだろぉ……
「わ、悪かった。ちょっとトイレに行こうとしただけなんだ」
叱られるのが怖いんじゃない。子供や弟が悪い事をしたら叱るのが上の子や親、近くにいる大人の役目だ。場所?子供の為を思って叱るのなら場所なんて関係ない。ただ……クラスメイト達とその保護者からの視線が痛いから全員で叱るのは止してください……
「まあまあ、お姉さんもお母様方も灰賀君はトイレに行こうとしただけなんですから」
意外にも庇ってくれたのは東城先生だった
「せ、先生……」
会って間もないのに庇ってくれる東城先生は女神だ! マジ天使! 俺、先生となら結婚してもいい!
「灰賀君も君の事が大好きなお姉様とお母様方を困らせたらいけない。いい?」
前言撤回。この人は一度脳外科に行く事をオススメする
「は、はい……」
ここで強くこの人達はルームメイトで姉でも母親でもないと否定したかった。それをしてしまうと家での関係がギクシャクし、先生やクラスメイト達に後で突っ込まれ面倒な事になりそうだからこの場はそういう事にしておく
「じゃあ、前のクラスが終わったから次はうちのクラス」
気が付くと前のクラスの撮影はとっくの昔に終わっており、俺のクラスの撮影を残すのみとなっていた
「マジでこの面子で撮るのか……」
他が母と子だったり母と子と父だったりする中、俺だけ母七十八人、姉一人、子(俺)一人というリアクションに困る構図だ。しかも、全員集合という事で他のクラスよりも倍近い人数での集合写真となってしまった
クラスの集合写真の撮影が終わり、解散。各々が帰路に就き、俺も帰宅。もちろん、どうやって帰ったかは覚えておらず、気が付いたら夕方で零と闇華、他の娘達も帰宅し、各部屋で夕食となった。ちなみに、覚えている事と言えば帰宅してすぐに俺は琴音&母ーズ一人一人とツーショット写真を撮った事くらいだ
で、夕食が終わり、風呂も済ませ今は就寝。零と闇華はすでに夢の中へ。そんな中、俺はというと─────
「あんな入学式であんな衝撃的な集合写真を撮る羽目になるとは……」
入学式の事を振り返ってた。
「親父も学校側もよく許可したよな……俺だけ来てる身内の数が他の奴とは桁違いだってのに……」
何回も言うようだが他の家は少なく見積もって二人、多く見積もって三人。大人数と言うには少ない。そんな中で俺だけ七十八人。誰がどう考えても多すぎる
「はぁ……自分がどうやって帰って来たか覚えてないくらいに疲れているってのに全く寝れん。気晴らしに夜空でも見に行くか」
俺は零と闇華、琴音を起こさないように布団から出てキッチンへ飲み物を取りに向かった
「夜空を見る時の飲み物って何がいいんだ?」
冷蔵庫の前に来た俺は夜空を見る時にピッタリな飲み物のチョイスを悩んでいた
「大人なら迷わず酒なんだろうが、俺は未成年だしなぁ……コーラでいいや」
迷った時はコーラを選んどけばいいという俺独自の理論に基づき、冷蔵庫から缶コーラ二本を取り出し、キッチンを出た。そのままリビングを通過し、スリッパを履き、部屋を出ようとした。
「恭くん、こんな夜中にどこ行くの?」
部屋を出ようとしたところで琴音に呼び止められた
「寝れないから夜空でも見に行こう思って外へ行くだけだ」
「なら私も行く」
姉を自称していた琴音の事だから早く寝ろと言われるものだと思っていたのに付いてくるだなんて言うとは思わなかった
「別に構わねぇけど、空見に行くだけだぞ?」
「うん。別にいいよ。おあつらえ向きに飲み物も二人分ある事だしさ」
俺の手に握られていた二本の缶コーラは両方自分で飲むつもりで持ってきた。それを言うと怒られそうだから口に出して言う事はしない
「好きにしろ」
「うん、好きにする」
俺と琴音は部屋を出て、そのまま一階ではなく、今回はこの階にある出入口へと歩き出した。ここは八階という事や家が工事中という事もあり出入口に鍵は掛けていない。加えて自動ドアだから前に立つだけで開く。
自動ドアを潜り、外へ出た俺達の目に飛び込んできたのは満天の星空ではなく作業員達が寝泊まりする仮設事務所と作業員が乗って来たであろうトラックと車。それにしても四月もそろそろ終わるというのにまだ少し冷えるな
「夏はまだ先か……」
「だね。まだ少し冷えるし」
「少し歩くか」
「うん」
俺達は少し歩き、家から数メートル離れた場所へと行き、そこに腰を下ろした
「今日の入学式は俺の人生の中ではかなり衝撃的だったなぁ……」
そう思っても無理はない。小学校はともかく、中学校は入学式にすら出てない俺でも八十人近い身内が参加したんだ。衝撃的と思うのは当たり前だ
「迷惑……だったかな? 私達……」
俺が怒っている。琴音はそう思ったようだ
「別に迷惑とは思ってない。ただ俺の身内だけで八十人近く参加したんだ。俺にとっても先生や他の連中にとっても衝撃的だったとは思うぞ?」
迷惑だったら付いてくると言った時点で強く拒否している
「あ、あはは、だ、だよね?私だって自分の家族が八十人近く来たら引く」
「俺はその気分を味わったんだけどな」
「ご、ごめん……でも、私もお母さん達も恭くんに拾ってくれた恩返しがしたかっただけで迷惑を掛けようとしてやったんじゃない。それだけなんだよ」
琴音はともかく、母娘達は俺が拾ったわけじゃない。零と闇華にも同じ事が言えるが、琴音を拾ったのだって単なる偶然と俺一人には持て余す程部屋が広かったから。それだけ
「母親達は婆さんが拾っただけだで俺は婆さんから引き取っただけだ。琴音と零は家の前にいたところを見つけただけで闇華は駅で絡まれたのを持ち帰っただけだぞ?」
考えてみれば母娘達も琴音達も成り行きや偶然で俺が自分で探して拾ってきたわけじゃない
「それでもだよ。お母さん達や零ちゃん、闇華ちゃんはどうか知らないけど、私は偶然や成り行きでも恭くんが拾ってくれた事に感謝してるんだよ?居場所も行き場所もなかった私にそれらを与えてくれたんだから」
「そうかい」
短く返事をしたけど、感謝しているのは俺の方だったりする。今まで部屋に引きこもっていて家を出ても他人と関わろうだなんて思わなかった俺が今じゃこうして他人と関わってるんだからな
「うん。普通なら家の前で倒れてる人を助けはしても家に住めだなんて言わないもん」
普通の人間なら家の前で人が倒れてたら真っ先に救急車を呼ぶと思うんだけど?
「普通の人間は家の前で人が倒れてたら真っ先に救急車を呼ぶ。それにだ。家に住めって言ったのだって部屋が余ってるし広すぎるからそう言っただけだ」
「確かに部屋は余ってるし広すぎるね」
「だろ?なのにそんな場所で一人暮らししろだなんて親父は何を考えているのやら」
元はデパートだったこの場所で一人暮らしなんてしたら持て余すに決まっている
「そんなの私には分からないよ」
「だな。ところで入学式の時に担任である東城先生から一昨日学校に親父から琴音達が入学式に来て俺が逃げ出す的な事を言われたんだが親父はどうして琴音達が今日の入学式に来る事を知ってたんだろうな?」
本来なら親父が知ってるのは俺の入学式が今日である事とその場所。琴音達が参加する事は知らないはずだ
「そ、それは~、そのぉ~、何といいますか……」
俺の質問で琴音の目が泳ぎまくっていて変な汗も拭き出している
「正直に話せ。今なら広い心で何でも許してやる。参加出来た理由を聞いても怒らん」
「ほ、本当に?」
琴音の顔は悪戯をして親にバレた子供のようだった。どうやったら八十人近くの保護者が参加可能になるのやら……俺には想像も付かない
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