「クソっ! 何だってんだよ!」
拘束された俺はなんとか脱出しようと両手、両足を動かす。が、奮闘空しく聞こえてくるのは鎖と鉄のぶつかる音のみ。簡単に抜け出せる拘束なら最初に動かした時に外れてるか。それでも諦めない
「誰か!! 誰かいないのか!!」
声を張り上げ必死に叫ぶ。監禁されている場所が自分の知らない場所なら少しは冷静に周囲を観察し、脱出する方法を模索するが、ここは俺の部屋だ。つまり、叫べば誰かしらいるに違いないという希望がある
「零!! 闇華!! 琴音!! 誰でもいい!! 誰かいないのか!!」
琴音はともかく、零と闇華がいるわけないよな……あの二人は今頃……
「呼んだかしら?恭」
今頃学校に行ってるはずの零が灰賀女学院の制服姿でキッチンの方からやって来た。学校はどうしたんだ?
「呼んだよ! この拘束を外してくれ!」
やって来た零に拘束を外すように頼む。零はなんやかんやで頼みを聞いてくれるはずだと信じて。そんな零から返って来た答えは────────
「嫌よ。外したら恭逃げるでしょ」
拒否だった
「はぁ!? 逃げるって何だよ!? 俺がいつ逃げたよ!?」
己が感情の行くままに零達を追い出そうとはした。しかし、零達から逃げようと思った事はただの一度もない
「逃げた事はないわ。だけど、今の状況を見て?恭は拘束され、身動きが取れない。これをやった犯人は誰だか薄々は分かってるんじゃないの?」
零の言う通りだ。身体の自由を奪われた俺は身動きが取れない。オマケに拘束した犯人も大筋で検討が付いている
「確かに俺は身動きが取れない状況だ。犯人の検討だって大筋ではあるが付いている。だからって逃げるかよ。むしろ拘束されている方が不安だ」
これで目隠しもあったら不安は倍増してる。身体の自由を奪われるなんて些細な事だが、視界を奪われるのは恐怖心を駆り立てられる
「ふーん。それで?恭はアタシにどうしてほしいワケ?」
「さっきも言っただろ! 拘束を解け!」
「嫌よ。恭、アンタって本当にバカよね。アタシもアンタを拘束した側の人間なのよ?頼まれて素直に解くわけないでしょ。それよりも重要な話があるわ」
「重要な話?何だよ?」
俺にとっては身体の自由が最優先。それよりも重要な事?何だ?
「何だよ?何だよじゃないわよ!! アンタ! アタシと約束したわよね!! 登下校と学校にいる間はメッセでやり取りしてくれるって!! どうして返してくれなかったのよ!! どうして!!」
そう言って顔を近づけてきた零の目には光がなく、ドロドロに濁っていた。
「どうしてって、授業中だったんだ、何度も何度も返せるわけないだろ?」
授業中にメッセを返せる機会なんてない。ちょっと考えたらすぐに解る
「そんなの関係ないわよ!! アンタから返信が来なかった間アタシがどれだけ不安だったか解かる!? 不安で不安で押しつぶされそうだったわよ!!」
零の声が怒声から涙声に変わる。言っている事は自己中のそれだが、不安だったという思いは本物のようだ
「そ、それは俺が悪かった! 東城先生の授業だったから途中までしか返せなかったんだよ」
東城先生の授業だったのは本当だ。途中までしか返せなかったという言葉にも嘘はない
「言い訳なんていくらでも出来るわよ!!」
零からすると俺の言う事は言い訳にしか聞こえないらしい。そう思われても仕方ない
「言い訳なんてしない! 本当に途中までしか返せなかったんだよ!」
「聞きたくないわ!! そんな言い訳!!」
耳を塞ぎ、聞きたくないという意思を体現する零。メッセの話をすると話が泥沼に進むと思った俺は話題を切り替える
「どうしたら零の気が晴れる?どうしたら零は満足してくれるんだ?」
零本人が耳を塞いでいるから聞こえてるかは知らないが、とりあえず聞いてみる。聞こえてたら聞こえてたでよし、聞こえなかったら聞こえなかったでその時に考える。さて、当の零は……
「キス……キスしてくれたら許す……」
聞こえていたようでキスをご所望のようだ。ただなぁ……
「キスしてくれたらって言われても俺は動けないんだ。そればかりはどうしようもない」
零が拘束を解いてくれたら俺からキスする事が可能だ。現状じゃ拘束されてっから無理だけどな
「それもそうね。恭が動けないならアタシからするわ」
するわ。じゃないよね?約束破った俺が悪いよ?別にエロい事してるわけじゃないからいいんだけどよ……え?何?俺のファーストキスってこんな形で奪われるの?マジで?抵抗しようにも手足使えないからしようがない
あれこれ考えている間に零の顔が迫ってくる。3センチ……、2センチ……、1センチ……
「恭、愛してるわ……」
1センチのところで零から愛を囁かれる。そして────────
「零ちゃん、ストップですよ」
寸前のところで闇華の制止が入り、零は一旦離れた
「もうちょっとだったのに……」
待ったを掛けられた零は切なげな顔で呟いた
「順番はどうあれキスならいくらでも出来るじゃないですか。それよりも私達にはやる事があるはずですよ?」
「そうだよ、零。闇華ちゃんの言う通り。恭ちゃんとのキスは後でいくらでも出来る」
闇華に続く東城先生。彼女達の言うやる事とは何だ?
「そうだったわね。キスよりもそっちの方が優先よね」
キスよりも優先される事?言うまでもなくキスよりも重要な事なんだろうが、それは一体なんだ?
「持ってきたよ~」
キッチンの方から来た琴音が何かを持ってきたようだが、何を持ってきたんだ?
「適当に選んだけど、これでよかった?あ、恭クン起きたんだ」
琴音に飛鳥も来た。声のトーン的には飲み物を持ってきたみたいな感じだが、光が消えた零の目を見ると手放しで安心できない
「起きてたよ。それより、何を始めようってんだ?」
ハッキリ言ってあまりいい予感はしない。むしろ嫌な予感しかしない
「何ってそんなの決まってるよ。恭ちゃん」
「そうですよ、恭君」
「恭くんの身体に私達を刻み込むんだよ」
俺の身体に琴音達を刻み込む。何を言っているのか本格的に分からなくなってきた
「恭、ちょっと痛いけど、我慢してね」
ちょっと痛い?
「痛いの嫌なんだが?」
俺はインフルエンザの注射すら未だに怖いと思っている男だ。痛いと聞いて“はい、そうですか”と大人しく言うわけがない
「恭クン男の子でしょ?痛いのくらい我慢してよ」
飛鳥の口調はまるで注射を嫌がる子供に言い聞かせる時のそれだ。俺も飛鳥が……いや、彼女達が手に持っている物を見てなければ軽いノリの突っ込みとして返していたところだ
「包丁を持ってる奴に我慢しろと言われてもこれからされる事を考えると“はい、そうですか”とは言えねぇよ!」
飛鳥達が手に持っているのは包丁。それを見て普通に返せる奴がいたとしたらソイツは人知を超えた再生能力を持った化け物だ
「恭ちゃん、私達の名前を刻むまでの間だけだから我慢して」
事も無げに言う東城先生。する方からすると痛みは一瞬だ。される方からすると一瞬ではない。五人分の名前を自身の身体に彫られ、長時間痛みに耐えなければならない。一種の拷問だぞ……
「する方の感覚でものを言うな! される方は五人分の名前を身体に刻み込まれた挙句、長時間痛みに耐えなきゃならないんだぞ! 注射通り越して拷問だ!!」
どうして俺がこんな目に遭わなきゃならない?と考えたところで無駄なのは理解している。だから本人達に訊こうと思う。答えてくれるかは別として
「拷問?恭、痛みこそ本当の愛でしょ?アンタに与える痛みは全てアタシ達からの愛なのよ?」
「んなの愛でも何でもねーよ! 大体! 何でこんな事になるんだよ! ちゃんとした理由を説明しろ!!」
「恭クン、それは学校で私が説明したよね?あの理由じゃ納得できない?」
狂った行動に出た理由。俺がいなくなる夢を見たから。飛鳥からはそう聞かされ、東城先生もそうだと言っていた。納得できないかと聞かれると正直、微妙なところだ
「微妙だな。納得できない気もしなくはないし、納得できる気もしなくはない」
そういう夢を見たのか。と受け入れてしまう自分とそんな夢を見たくらいで人を拘束するな! と受け入れられない自分がいる
「恭君、私達がこんな事をしている理由は飛鳥ちゃんの説明した通りです。それ以外の理由なんてありません」
闇華は言い聞かせるように言う。それが本当なのか否かは判断しかねる。本当は別の理由があるんじゃないかと
「恭くん、理由なんてどうでもいいから私達を受け入れてよ。私達は恭くんを愛しているからこそ痛みを与えてそれを知ってもらおうとしているだけなんだよ?」
琴音の言い分に他の奴らもそうだと言わんばかりに頷く。痛みを与える方からすると十分な理由なんだろうが、される方からするとふざけんなだ
「ふざけんな! そんな偏った愛情表現があるか!!」
こりゃ世間でいうところのDVだ。愛なんかじゃない
「恭クンからするとそうかもだけど、私達からすると立派な愛情表現だよ。だから……」
「「「「「ワタシタチカラノアイヲウケトッテ」」」」」
狂気にも似た笑みを浮かべ迫ってくる五人。何が彼女達を狂わせたんだ?彼女達を狂わせたものが何かを考えると強く拒否できなくなる。だからと言って大人しくやられる気もない
「はぁ~、少し大人しくしてろ」
「「「「「────!?」」」」」
包丁を片手に迫りくる彼女達に神矢想子の時同様、霊圧を当て、地に伏せさせた。伏せさせはしたが、身体が押しつぶされる程の量は当ててない。
「な、何なのよ!? コレ!?」
「お、起き上がれません……」
突然の事で驚く零と起き上がれない事に戸惑う闇華。それに対して……
「あ、あの時と同じ現象……な、何で……」
「きょ、恭クン……?」
「恭ちゃん……どうして……」
神矢想子の時に現象自体は見ているものの、その根源を知らない琴音と飛鳥。彼女達は闇華同様に戸惑いはありはしても驚いた様子はない。東城先生は甘やかした日に話はしてある。すぐに俺がやったと感づいた当然と言った感じだな
「これからどうすっかなぁ……」
地に伏せる零達を一瞥し、俺は今後の事を考えるのだった
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