爺さんに連れられ、俺達は現在、ひなびた山奥の温泉……ではなく────
「何でビル街なんだよ……旅館に行くんじゃなかったのかよ……」
ビル街を車で移動中だった
「そうじゃよ。恭に泊ってほしい旅館はこのビル街にあるってだけでのう」
「あのなぁ……」
ビル街に旅館があるとか冗談も程々にしてほしいんだが……それより────
「どんなところか楽しみでござるな~」
「だね! 零ちゃん達抜きでグレーとお泊り……今からワクワクだね!」
この声優二人はどうしてこうテンションが高いかねぇ……俺らの話聞いてなかったのか?
「茜ちゃんと真央ちゃんが楽しそうで何よりじゃ。女子の笑みは心が癒されるわい」
「さいですか……」
爺さんの女好きは今に始まった事じゃなく、婆さんを始め自分が関わった女はまとめて愛せるってんだからこのジジイの愛情は計り知れない
「恭、お前も自分の周りにいる女は大事にするのじゃ。怠け者の側にいてくれる殊勝な女子が今後現れるとは限らんからのう」
「うっせ」
ドヤ顔で女への愛を語るジジイに僅かばかりの殺意を覚えつつも俺は楽しそうにしている茜と真央に視線を移す。俺なんかとの泊まりのどこが楽しみなのやら……
「恭殿とお泊りでござるかぁ……少しでも関係が進展すればよいでござる……」
「そうだね……もしかしたらあんな事やこんな事が……フフフ……」
オイコラ人気声優二人組。何考えてんだ? ヨダレ出てんぞ?
「人気声優がする顔じゃねぇだろ……」
とても人前じゃ見せられない顔をする人気声優二人組に呆れているとスマホが振動。確認すると藍からの着信だった。俺は通話拒否をタップし、再びスマホを戻すと窓の外へ顔を向けた
ビル街を眺め始めてから少し。目的の場所に到着したのか車が停まり、降り立った俺達の目の前には……
「こ、これは……」
「りょ、旅館……じゃないよね……」
「これが旅館かよ……普通のビルじゃねぇか」
高級ホテルでもなんでもない十階建てのビルがあった。看板には旅館の二文字があるが、旅館と呼ぶにはあまりにもかけ離れ過ぎているだろ
「行くぞ」
顔が引きつっている俺達を気にせず中へ進もうとする我が祖父。俺達もとりあえず彼に続く。宿泊施設じゃなかったらジジイから適当に金せしめて逃げよう。なに、霊圧当てとけば奴らを撒くだなんて簡単だしな
「これは驚きでござる……」
「だね……スゴイの一言しか出ないよ……」
「マジか……」
中へ入った俺達の目に飛び込んできたのは決して広くはないが、外見とは裏腹の和風テイスト。俺の住んでるデパートといい、このビルといい……ギャップのある建物を作るのが好きだねぇ、このジジイは
「どうじゃ? 少しは信じる気になったか?」
「入ったばかりで信じられるわけねぇだろ。宿泊部屋を見たら信じてやる」
このビルの外見と中身が異なるのは解った。だが、入っただけじゃ料亭という可能性だってあるからな。最低でも宿泊部屋とあるかどうかは知らんが、大浴場を見ない事には信じられない。まぁ、十階建てのビルだ。一階に受付、二階から十階あるいは九階までが宿泊部屋になっているだろう事は簡単に予想がつく
「疑り深い奴め……」
「当たり前だ。このビルの元が何だったのかは知らねぇが、パッと見は普通のビルでしかねぇ。宿泊可能な部屋と大浴場を見てねぇんだから信じられるわけねぇだろ」
ビジネスホテルですって言われれば簡単に納得する。外観は普通のビルと大して変わらねぇからな。だか、爺さんは旅館と言った。言った以上は宿泊部屋と温泉……は無理だとしてだ、大浴場の一つも見ないと信じられない
「昔は可愛かったのにのう……」
「昔はな。今じゃ高校生だ。可愛いと言われても嬉しかねぇよ。それより、早く部屋に連れてってくれ」
「はぁ……どうしてこうなってしまったんじゃ……」
「うるさい。早く受付しろ」
「孫が冷たくて儂悲しい……」
爺さんは文句を垂れつつ、受付の方へ歩いて行った。文句言いたいのは俺の方だ。はぁ……
「恭殿、お爺様には優しくないとダメでござるよ」
「グレー、冷たすぎるでしょ」
「爺さんはアレくらいがちょうどいいんだよ」
真央と茜は爺さんに優しくしろと言うが、俺と爺さんはいつもこんな感じだ。普段は弄り弄られの関係で肝心な時には力を借りる。高校生の俺にできる事など限られているが、俺と彼の関係を言葉にしていい表わすのなら持ちず持たれず。傍から見りゃ冷たすぎるだろうが、爺さんだって俺がああいう反応示すって分かってて言ってるところがある。いちいち気にしていられないのだ
「そうなのでござるか?」
「ああ。爺さんがボケて俺が突っ込む。俺達はそれくらいでちょうどいいんだ」
「そういうものなの?」
「そういうモンだ。不服なら爺さんに聞いて見るといい。俺と同じ事言うと思うぞ?」
「後で聞いてみるでござる」
「私も」
「そうしてくれ」
話が終わったところで爺さんが戻り、『儂は帰る!』と言ってそのまま帰って行った。残された俺達は従業員に案内され、十階にある部屋へとやって来たのだが……
「やっぱり……」
玄関口が広くなかった時点でお察し。室内は和風だが、広いとは言えない。あくまでも普通の旅館と比べるとだがな。俺達三人にはちょうどいい感じ……ってちょっと待て。俺は男で真央達は女だ。さすがに男女が同じ部屋だというのはヤバくないか?
「ここでグレーと心行くまで過ごせるだなんて夢みたいだよぉ~」
「そうでござるなぁ~間違っても恭殿と別の部屋にはなりたくないでござるぅ~」
男女が同じ部屋で過ごす事に人気声優二人組は全く危機感を抱いてないご様子。それどころか間違いが起こる事を期待しているようにも見えるんだが……気のせいだよな?
「コイツらの貞操観念はどうなっているんだか……」
部屋の変更を申し出る気にすらならない。余計な事を言って余計な手間は増やしたくねぇからな
「俺の周りには変な女しか寄り付かねぇのかよ……」
俺は女運のなさを嘆きながら現実逃避の旅に出た
「こうなるよな……」
説明を終えた従業員が退出し、俺は備え付けの冷蔵庫を確認、茜と真央は台本の読み込みと各々がやりたい事をして過ごしていた。だが、各自が自由に過ごしていたのはほんの五分程度。俺はコーラが入っているのを確認した後、適当な場所に腰を下ろしたのだが、そのタイミングを見計らって茜達がすり寄り右側を茜が、左側を真央が陣取った。そこから先は分るだろ。ネコみたいに頬ずりを始め今に至る
「恭殿♪ 恭殿♪」
「グレー♪ グレー♪」
さっきからずっとこの調子だ。溜息すら出ない。んで、幽霊二人組はというと……
『きょう~』
『恭様ぁ~』
俺の膝上で茜達と同じ事をしていた。言っとくが俺に包容力や優しさなんつーモンはねぇぞ?
「お前らなぁ……まぁいいか。何だかんだで癒されるし」
茜達の甘えてる姿に不思議と悪い気がせず、癒されるとは末期だ……
「もしかしてコイツらさえいれば何もいらない感じ? マジか……」
きっと疲れているんだろうな……茜達と早織達がいれば他に何もいらないと思うようになってしまうとは……最近ちゃんと休めてないから感覚が狂ってるんだ。そうに違いない
「グレー……」
「恭殿……」
『きょう……』
『恭様……』
気が付くと女性陣が俺を上目遣いで見つめてきていた。何してほしいんだよ……
「はいはい。早織と神矢想花は物理的に無理だから簡便な」
女性陣が何してほしいか分からなかった俺は彼女達の頭を撫でた。幽霊二人組は無理だったけどな
「ぐれぇ~」
「きょうどの~」
どうやら正解だったようだ。茜と真央は幸せそうに目を細めた。幽霊二人組はというと……
『きょうが側にいてくれるだけで幸せぇ~』
『もう恭様から離れないわ……』
声優二人と同じ顔をしていました。学校祭の準備をサボるダメ人間といて何が幸せなんだか……俺が女だったらこんなダメ人間お断りだぞ
「本人達が幸せならそれでいいか」
零達もだが、俺と一緒にいる理由が行く当てない以外思い浮かばない。常日頃から口を開けば後ろ向きな発言が多い男と一緒にいて何が幸せなんだ? そりゃ困っていたらできる範囲で助けはするけどよ……
「ねみぃ……」
幸せそうにしている茜達を見て不意に眠気に襲われた俺はそのまま目を閉じた
「今何時だ……」
いつの間にか寝てしまったらしい。目を開けたら辺りが真っ暗だった
『もう十九時だよ~』
『疲れてるのなら素直にそう言いなさい』
「マジかよ……」
『マジだよ~』
そう言いながら膝上にいる早織が時計のあるであろう方向を指さし、そちらに視線を向けるが、暗くて見えん。幽霊だからこの暗がりでも物がくっきり見えるのだろうな
「寝すぎたか……っつってもここへ来た時間が分からんから何とも言えねぇ……」
今の時間が十九時だというのは分ったが、ここへ来た時間が何時か分からんから何も言えねぇ。つか、重い。当たり前だ。茜と真央が俺にもたれる形で寝息を立ててんだからな
『だね~。でも、お夕飯は食べられるからいいでしょ~』
『従業員の方の説明じゃ受付に一本電話してくれればいいって話だし慌てるような時間ではないわね』
「だな……ひとまず茜達を起すか」
従業員の説明では飯は食いたくなったら受付に電話しろとの事。朝食然り、昼食然り、夕食然りな。他の旅館と違うのはなんと! 夜食も受付に電話したら用意してくれるとの事! 夜食に関しては他の旅館じゃないサービスで珍しい
『起こすって言ってもきょうは両腕使えないでしょ~?』
『私達が代わりに起こすわ』
「ああ、頼む」
茜と真央が俺に持たれているせいで両腕が使えない。声掛けで起こしてもいいのだが、俺も寝起きだ。大声が出ない。声優二人を起すのは幽霊二人に任せるしかないのだ
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