ツンデレ系女子でる津野田零とのルームシェアが決定し、これで零の住む場所の問題は解決した。住む場所の問題は解決したとしてだ。次なる問題は────────────
「なぁ、零」
「何よ?」
「お前、見たところ手ぶらだけどよ、着替えとかどうすんの?後生活するための金」
それは零の着替えを含めた日用品と生活するための資金の問題。零が失踪した親父に借金を押し付けられ逃げてきたのは直接言われてはいなけど何となく分かる。自分で無一文って言ってたし
「恭、アンタ、下着フェチなの?」
自分の体を抱き、俺を軽蔑の眼差しで見る零。おい、今の質問のどこを取ったらそうなるんだ?あ?
「ちげーよ! 見たところ手ぶらで着替えなんて持ってなさそうだからどうするのかを聞いたんだよ! っつーか、その後に金の事だって聞いただろ!」
「恭がいきなり着替えの話なんてするから悪いんでしょ! それに! お金の事ならバイト探すわよ!」
着替えの濡れ衣はともかく、金に関してはちゃんと考えてくれて何よりだ。バイト探すって言ってくれてるし。ん?バイト?
「ああああああああっ!!」
「───っ! な、何よ! いきなり大声出さないでよね! ビックリするでしょ!」
「零!! お前、携帯持ってるか!?」
零は無一文だと自分で言っていた。親父のものとはいえ借金があり、当事者である零の親父は昨日失踪した。ここまでが零の現状。問題はここからだ
「いきなり叫んだと思ったら今度は何?携帯くらい持ってるわよ! ほら!」
零がポケットから取り出して見せたのはピンクのガラケー。どうやら携帯は持ってるようだ
「そうか! ならよかった! なら安心だ──────」
「ただし、うちにお金が一円もなくて携帯代払えなかったから使えないわよ?」
「アウトぉぉぉぉぉぉ!!」
ガラケーとはいえ零が携帯を持っていた事に安心したのもつかの間。零が携帯代を払ってないという現実を突きつけられた。今の時代スマホや携帯は生活必需品だ。バイトの求人に応募する時然り、面接の日程を組む時然り。連絡を取る必要がある。だと言うのに零の携帯は料金を払ってないせいか使えない状態にある
「アウトじゃないわよ! まだ恭のスマホがあるじゃない!」
自分の携帯が使えなきゃ俺のスマホってか?ふざけんな!
「何俺のスマホ宛てにしてんの!?」
「いいじゃない! どうせアンタはスマホでエロサイトしか見てないんでしょ! だったらアタシに使わせなさい!」
俺がスマホでエロサイトしか見てないとドヤ顔で語る零。コイツとは今日初めて会ったのに何故そんな事言われにゃならんのだ?
「嫌だ! それに俺はスマホでエロサイトなんて見た事はただの一度だってない!!」
「ふーん、スマホでって事はパソコンではあるんだ?」
俺の言った事に対していちいち揚げ足を取ろうとする零。そんなに俺がエロサイト見た事にしたいかねぇ……?
「パソコンでもねーよ! あーっ! もう! めんどくせぇな! そんなに俺がエロサイト見てた事にしてーのか! お前は!」
「したいわよ!」
零、今日あったばかりの俺をどんな人間だと思ってるんだ?
「開き直んな! ったく! そんな事より! これからどうするんだよ……電話が使えないんじゃバイトの求人に応募する事すらできねーんだぞ……それに、履歴書や写真も必要になってくるのに……」
バイトを探すだけなら簡単だ。コンビニやスーパーに無料で置いてあるバイト情報誌を持ってきたら探せる。問題はその後だ。連絡を取るとなると電話が必要になる。その電話も零のは料金未払いで使用不可能、最悪俺のを貸せばいいが……その前に履歴書や写真も必要だ
「そんなの連絡する時は恭からスマホを借りて履歴書代や写真代だって恭から借りればいい事でしょ!」
「はぁ……そうなるよなぁ……」
零が無一文である以上、零に掛かる金は俺が工面するしかない。それを考えると胃が痛くなる。俺だってそんなに金があるわけじゃないのに
「そんな事より! 恭! アタシお風呂に入りたいんだけど!」
「はぁ……少しは自分の置かれている状況を理解して危機感を持てよ。って言いたいところだが、今は風呂に入ってリフレッシュした方がいいか……」
「そういう事よ!」
零が能天気すぎるのか、俺が考えすぎなのか……どちらにせよ今のままじゃいい考えは浮かんでこない。風呂に入ってリフレッシュするか
「じゃあ、今日は大浴場に行こう」
一人暮らし初日。ここにも風呂場はあるものの、とても自分で洗って沸かす気にはならなかった
「え!? 銭湯行くの!? アタシ今お金ないわよ!?」
大浴場と聞いて銭湯を連想した零の考えは正しい。俺だって何も情報がなかったら銭湯に行くと考える
「銭湯になんて行くかよ。この建物内にあるらしいからそこを使うんだよ。沸いてるかどうかは知らんけど」
親父の話によると一番スクリーンから七番スクリーンは大浴場やプールになっているらしい。直接この目で確かめたわけではないから本当かどうかは分からない。多分、嘘ではないとは思う
「何で知らないのよ……恭、アンタここに住んでるのよね?」
零の言う通り俺はここに住んでる。正確には今日から“住み始めた”が正しいんだけどな
「ああ、住んでる。正確には今日から住み始めただけどな」
零は俺がここに長い間住んでると思っているみたいだけどそれは違う。俺がここに住み始めたのは今日からだ。だから俺もここ以外の場所がどんな風になっているのか全く知らない
「え? そうなの? てっきり住み慣れてるものだとばかり思っていたんだけど」
「こんなところに住み慣れていて堪るか! それより、大浴場があるのは一番スクリーンから七番スクリーンのどれかでちゃんと男湯と女湯があるらしい」
「らしいって……恭、アンタ、最初に確認しなかったの?」
零の飽きれた視線が突き刺さる。零の言う通り最初に確認するべきだったのかもしれない。そこは素直に反省するところだな
「俺をここへ連れてきた奴に電話で聞いただけで実際にこの目では見てないな」
「はぁ、アンタねぇ……」
俺が自分の目で直接確かめたわけではないと知るや否や眉間を抑え、溜息を吐く零。こりゃあれだ。本格的に呆れたっぽい
「仕方ねーだろ。広すぎて確認するのが面倒だったんだからよ」
前もって確認するのは大切な事だとは思う。何事も確認作業を怠ってはいけないのは世の中じゃ当たり前だ。しかしだ。広すぎる場所を一人で全て確認するのにはそれなりの時間と労力がいるのもまた事実。
「確かにこの建物自体大きいから一人で確認するのは大変よね」
「だろ?」
「ええ。私だって同じ立場なら直接目で見るよりも連れてきた人に電話で確認するわ」
「だろ? だろ?」
よかった! 零は話が分かる奴だった! この建物全体の現状を一人で確認するのは非常に面倒だ。性格は素直じゃないが、話せば分かるのは零の美徳なのかもしれない
「でも、この先どこに何があるか分からないというのは不便な事この上ないわ。いい機会だからこのフロアだけでも確認しましょう!」
「嫌だとも言ってられねぇし……そうするか」
この先どこに何があるのか分からないと不便だというのは事実なので俺と零は風呂に入る前に一番スクリーンから七番スクリーンする事にした。零を拾わなければきっと使う時になって困り果てていただろう
一番スクリーンから七番スクリーンの確認をするのはいい。その前に俺にはある疑念と言うか、疑問があった。それは靴に関してだ。
「ここって備え付けのスリッパって置いてないの?」
零も同じ事を考えていたらしく、俺が思い浮かべた疑問を口にした
「さぁ?多分、玄関の下駄箱にあるとは思う。置いてあればな」
正直なところ電話で親父と話した時は俺が人を家に誘えない前提で話をされた。その前提は零を拾い、一緒に住む事が決定した時点で破堤したからいいとして、俺一人で住んでいてもさすがに外に家の中を移動する度に靴を履くのは面倒だ
「そう。じゃあ、アタシが見てくるわ」
「おう、頼むわ」
立ち上がった零は玄関に向かった。その間、俺は一人で待つ事になる。でも、何かを忘れているような気がしてならない。何だったかな……?
「恭、玄関にはアタシ達の靴以外何もなかったし下駄箱の中も空だったわよ」
玄関に向かってから五分と掛からずに零が戻ってきた。下駄箱が空か……当てが外れたな……
「そうか。てっきりスリッパの一足でも置いてあると思ったんだけどな……当てが外れたか……」
いくら親父でもスリッパの事まで気が回らなかったらしい。まぁ、あんまり親を当てにし過ぎるのもヒモみたいで嫌だし、食材を買いに行くついでに俺と零の分は買っとくか
「あら、アタシが見てきたのはアタシ達が入ってきた玄関だけよ?」
「はい?」
零が何を言っているのか分からない。零が見てきたのは俺達が入ってきた玄関だけ?どゆこと?
「恭、アンタ、ここが元はシネマコンプレックスでアタシ達が今いる部屋が元スクリーンだって事忘れてないわよね?」
「当たり前だろ? ちゃんと覚えてるって」
「じゃあ、出入口が二つあるのもちゃ~んと覚えてるわよねぇ~?」
「あっ……」
零に言われて初めて思い出した。ここが元スクリーンなら出入口は二つある。俺達が入ってきたのと奥にもう一つ。この部屋の玄関は一つじゃない
「忘れてたのね……」
「はい」
「アタシは疲れたからここで休んでるわ。恭、アンタがその間に何をすればいいか解かるわよね?」
「はい、すぐに確認してまいります」
「いってらっしゃーい」
俺は笑顔で零に見送られ、俺達が入ってきた玄関とは反対にある玄関に向かった。
反対側の玄関に着くとそこには十足のスリッパが並べられていた。つまり、親父は俺が手前の出入口から入る事を予め予想していたようだ。にしても一人で暮らす事を第一としているのならスリッパ十足は多すぎるんじゃね?そんな事を思いながらも十足あるうちの二足を持って零の元へ戻った
「零、スリッパあったぞ」
「そう。じゃあ、早速他のスクリーンの確認に行きましょうか」
「だな。後になるとめんどくさくなる」
思い立ったが吉日。俺と零はスリッパを履き、住まいである十四番スクリーンを出た。
「何番スクリーンから確認する?」
「ここからだと一番スクリーンが最も遠いから七番スクリーンからでいいだろ」
「それもそうね」
俺達が今いる十四番スクリーンから見ると一番近いのが七番スクリーンで一番遠いのが一番スクリーン。わざわざ一番遠いスクリーンから確認する必要はないという事で俺達は七番スクリーンへと向かった
「十四番スクリーン見ても思ったけど外は営業していた時と全く変わらないのな」
「そうね。何も変わってないわね」
十四番スクリーンを見ても思った。中身はともかく、外は営業していた時と何ら変わらないと。
「外見はともかく、問題は中がどんな風になっているのかと鍵が掛かっているかどうかだ」
大きすぎるとはいえここは俺の家だから大丈夫だとは思う。そうは思っても鍵が掛かっているのかと不安にはなる
「ここを紹介した人はアンタに家だと言って紹介したんでしょ?」
「それはそうだけどよ……」
「なら大丈夫よ! 紹介した人がここで暮らすアンタに不便な思いをさせるわけないでしょ!」
実の息子である俺が親父を疑っているというのに親父に会った事すらなく、人となりを知らない零がどうして根拠なしに親父を信用できるのか謎だ
「言われてみればその通りだけどよ……」
「なら大丈夫よ! ウジウジ言ってないで入るわよ!」
零が扉を手前に引くと重量感はあったにしろ簡単に開いた。
「ひ、開いた……」
「何よ! 鍵なんて掛かってないじゃない! 恭、アンタビビりすぎ!」
ビビってはいなかったものの、扉が簡単に開いた事には度肝を抜かれた。親父の事だから何等かの嫌がらせをしてくると思ったから
「ビビってたわけじゃねーんだけど……」
「そう?アタシにはビビってたように見えたわよ?」
「う、うっせ! それより、中へ入るぞ!」
零の『アンタ案外可愛いとこあんのね?』とでも言いたげな視線から逃れたい一心で俺は七番スクリーンの中へ。零はそれに続く形で付いて来た
「暗いわね」
「ああ。そうだな」
七番スクリーンの室内は暗かった。誰も使ってないから当たり前か……
「早く電気点けてよ!」
「了解。スイッチ探すから動くなよ?」
零に動かないように言い、俺は初めて十四番スクリーンに入った時と同じ要領で電気のスイッチを探す。
「あったあった!」
電気のスイッチは十四番スクリーン同様に右側の壁にあり、すぐさま電気を点けた。
「十四番スクリーンとは違って段差はないわね」
零が言った通り段差が見当たらなかった。つまり、ここは土足OKという事になる
「そうだな。まあ、紹介してくれた人の話じゃ一番スクリーンから七番スクリーンは大浴場やプールらしい。だから段差があったりなかったりするんだろ」
「そういうものなの?まぁ、いいわ。とりあえず進みましょう」
段差がなかった事は気にせずに俺達は中へ進む。親父は一番スクリーンから七番スクリーンは大浴場やプールと言っていたが、大浴場にしろプールにしろ七つも必要かと言われればそうじゃない。大浴場は性別の関係上二つ必要になるのはしょうがない。それで一番スクリーンと二番スクリーンを使ったとして、残りは何に?
「だな。ここが何になってるのか聞いてない以上自分の目で確かめるしかないしな」
ホラー映画やファンタジーゲームじゃないから特に恐れはしないものの、元は映画を観る為の施設が何に改装されているのかと考えてワクワクした
「「……………」」
中へ進み、俺達が見たのは大量の洗濯機。サイズは大・中・小とバラバラであり、それを見た瞬間、七番スクリーンが何に改装されているかはすぐに理解した
「ここはランドリーみたいだな」
「そのようね。そんなの見りゃ解かるでしょ?」
そりゃそうですよね! 大浴場が二つあるのはいいとして! プールが複数あるわけないですよね! 知ってた!
その後、俺と零は六番スクリーン、五番スクリーンと次々確認していった。その結果、一番スクリーンまで確認した俺は『夏休みや冬休みは家から出ずにここで過ごせるんじゃないか?』と考え、引きこもり精神がちょっとだけ出てしまった。
確認が終わり一番スクリーンと二番スクリーンの間にいる俺達には決めなきゃいけない事があった。それは────
「一番スクリーンと二番スクリーンが大浴場だったな」
「そうね。一番と二番が大浴場だったわね」
「どちらのスクリーンにも男湯と女湯って特に書いてなかったな」
「そうね。書いてなかったわね」
どちらを男湯にしてどちらを女湯にするかだ。
「どっちを男湯にしてどっちを女湯にする?」
「決め難いわね。どっちも内装は同じだったわけだからアタシ的にどっちっていうこだわりはないわ」
「俺もだ」
どちらも内装は同じだった。だから俺も零も特にこれといったこだわりはない。端的に言うと俺達は決めあぐねていた
「内装が違っていたらジャンケンでもして決めていたところなんだけど、内装が同じじゃ決めようがないわね」
「だな……もういっその事女が一番、男が二番にするか?」
レディーファーストという言葉に従い女湯が一番スクリーン、男湯が二番スクリーンでいいと思う
「適当な気もするけど、それでいいわ。アタシはさっさとお風呂に入りたいし」
「じゃあ、それで」
内装に大きな違いがなく、特にこだわりがなかった為、一番スクリーンが女湯、二番スクリーンが男湯という事で話が付き、俺達はようやく風呂にありつくことが出来た。ちなみに、零が『暗い中一人で部屋に戻るのは嫌!』と言ったので互いに入浴時間に三十分という制限を設け、終わったら待ち合わせするという約束をした
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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