「はぁぁぁぁぁぁ……」
今を時めく人気女性声優の一角に君臨する茜と真央が通信制高校に通うしがない高校生である俺に甘えてから一時間。茜はオフらしいが、真央は仕事という事で俺達は着替えを済ませ、旅館を出た。スマホ? もちろん鳴ってましたよ。鳴ってたのを無視しましたけど何か問題でも? って、開き直ってる場合じゃない。俺がどうして深い溜息を吐いてるのかと言うと────
「グレー、溜息吐くと幸せが逃げるよ?」
「そうでござるよ。もっと明るくしないとダメでござる!」
この左右を陣取っている人気声優二人のせいだ。街中で一人の男が二人の女性に腕を取られる光景は物語の中じゃ羨ましいだろうが、実際は歩きづらいし、注目は浴びるしで何一ついい事などない。帽子にサングラスと変装はしてるが、客観的に見れば俺が二人の女性を侍らせてるのは代えがたい事実。嫌でも注目を浴びてしまうのだ
「俺が溜息吐いてんのは二人のせいなんだが……」
「私達の?」
「せいでござるか?」
不思議そうに疑問符を浮かべる茜と真央に俺はこの状況を説明しようとして止めた。説明すると悪化の一途を辿りそうだしな。それに、ここはオフィス街。嫉妬で他人に絡むバカはいないはずだ。騒ぐと逆に目立つ。無駄な事はしたくない
「もういい」
不思議そうに首を傾げる二人を見てると離れろって言う気が失せる。声優はみんな変人。俺は自分にそう言い聞かせ、収録現場へ向かった
「はぁ……恭ちゃんどこ行っちゃったんだろう……」
生徒達が文化祭の準備に勤しむ中、私は窓の外を眺め、昨日から行方不明になっている一人の生徒に思いを馳せていた
「恭ちゃん……」
楽しそうに準備を進める生徒で賑わう教室。辺りを見回すと私の他にもう一人、肩を落としている人がいた
「恭……あたしの事嫌いになっちゃったのかな……」
恭ちゃんの義姉で同居人の一人である由香。リサイクルショップは恭ちゃんの意見で他の子の家より要らなくなったものが多いからと言って彼一人に負担を掛けるべきじゃなかった。今ではそう思わなくもないけど、いつもめんどくさいとか言ってる恭ちゃんにとって学校と家の往復は渡りに船だったのかもしれない。早織さん達幽霊が見張ってるからと油断していた
「「はぁ……」」
私と由香の溜息が見事にシンクロ。恭ちゃんの単独行動は今に始まった事じゃないけど、されると堪える……零と闇華は平気そうな顔をしていたけど、内心じゃ私と同じ事を思っていたのかもしれない
「お願いだから帰って来てよ……」
「あたしだったら恭のしたい事何でも叶えてあげるから……戻って来て……」
恭二郎さんに電話しても知らないって言ってた。クラスの子達も恭ちゃんが行方不明になった事に驚いてたし……誰かの家に匿ってもらっている線は薄そう……本当、どこ行っちゃったんだろう……
真央の仕事場に着くと俺は昨日と同じくアフレコブースの外────スタッフがいる部屋での見学となった。違うのは今日は隣に茜がいる事なのだが……
「キミがあの有名な灰賀君?」
「は、はぁ、そうですけど……」
女性スタッフの一人に話し掛けられていた。ロングヘアーで一見お淑やかに見える。見た目だけだけどな。お願いですから腕を絡めないでくれませんかねぇ……じゃないと……
「グレー? 浮気なの?」
茜のハイライトが仕事を放棄しちゃうから……浮気も何も付き合ってすらいないんですけど……
「え? 灰賀君って高多さんと付き合ってたの?」
「付き合ってませんよ……はぁ……」
肩書で人を判断するのはどうかと思うが、人気声優と付き合えるのはオタクから見りゃ羨ましい事この上ないと思う。俺は……どうなんだろうな……肩書で付き合う相手を選ばねぇから分かんねぇや
「付き合ってないの?」
「付き合ってませんよ……人気声優の恋人なんて俺には荷が重すぎます」
女性声優が特にそうだが、不意討ちで彼氏がいますとか、お付き合いしている人がいますだなんて言ったら炎上間違いなし。声優同士で男女の関係にあるのでは? と疑われた程度ですら炎上したり、邪推する奴が出てくるというのに……例外として共演率が高く、夫婦みたいなやり取りをしている声優同士だったら付き合おうが結婚しようがファンは祝福するんだが……何が言いたいかと言うとだ、声優でも何でもない俺と茜あるいは真央が付き合ったとしてだ、一般人の中に俺達の仲を祝福する奴がどれだけいるかと聞かれると百人いたら多分、十人くらい。俺も茜達も面倒事に巻き込まれる未来しか見えない。結局は一人の人間がアイドルを独占するのは許されないという事に他ならない
「そう? ワタシにはお似合いに見えるけど?」
「そうですよ。世の女性全員ダメ人間の俺には高嶺の花です」
怠いめんどいが口癖の俺にとって容姿や年齢関係なく世の中の女性全員が高嶺の花。自分に異性と付き合う資格がないとまでは言わないが、俺には眩しすぎるのだ
「ふーん……茜ちゃんはどう思う?」
「わ、私はグレー……灰賀君ほどカッコイイ男の子はいないと思います……。ネットでの関わりしかない私を助けてくれましたし……」
ほんのり顔を赤く染めた茜はその後で『初対面の真央も助けちゃいましたし……』と続けた。俺は一度関わった人間は自分のできる範囲で助ける。初対面の奴が困っているのを助けるのは自分に面倒事が降りかからないようにするため。自分がそうしたいからそうするだけで別に助けてやろうとは思わない。自分の保身のためだ
「その話は前に聞いたよ~ん。茜ちゃんがデビュー前から灰賀君に惚れてたって事も含めてね~」
「あ、あはは……」
「余計な事を……」
照れ笑いをする茜と頭を抱える俺。彼女も人並みに恋をするんだと感心する反面、早織達の事を話してないだろうなと不安に駆られてしまう。マジでメディアに出たら俺は夜逃げも辞さない
「そう言わないでよ~ワタシが無理矢理聞き出したんだしさ~」
どこか早織に喋り方が似ている女性スタッフに俺は再び頭を抱える。溜息すら出ない
「さいですか」
「さいですよ~。茜ちゃんにも真央ちゃんにも幸せになってほしいからね~、恋くらい応援してあげたいのだよ」
「恋くらいって……他にも応援できるでしょうに……」
女性スタッフは恋くらいと言ったが、応援できる事は恋以外にもたくさんある。例えば声優としての活動とか。彼女と茜達の関係がどんなものかは分からないが、応援できる事、茜達の為にしてやれる事ならたくさんある
「そうだけど、それはほどんどやってるよ。恋愛を除いてね」
この女性スタッフはよく分からん。ロングヘアー=お淑やかという俺の認識が間違っているのは理解したが、それ以外はマジで分からん。彼女と茜達の関係性とか特に
「そうっすか」
だったらどうして真央がストーカーで悩んでいた時、茜の家がイタズラされてた時に彼女は助けてやらなかったのかと疑問に思うが、聞いたところで終わった事。俺が無駄な事を聞いて彼女達の関係に亀裂を生じさせる事もあるまい
この話にちょうど良く区切りがついたところで収録開始。俺と茜は静かにその様子を見守った
収録が終わり、俺達は一度旅館へ戻った。街へ繰り出してもよかったのだが、真央が俺に甘えたいと言い出し、茜もそれに便乗。考える事を放棄した俺は二人に従うしかなかったのだ。戻った理由は単に二人が戻りたいと言ったからだ
「分かっちゃいたが、またこうなるのな……」
旅館の部屋に戻り、真央が部屋の隅に荷物を置く。俺は適当な場所に座り、茜が右側を陣取る。荷物を置いた真央が左側を陣取る。昨日と同じじゃねーか。分かってたけどよ
「当たり前でござる~」
「グレーの右側は私の、左側は真央の特等席だからね。それより、撫でて」
「拙者も頼むでござる」
「はいはい」
昨日と同じくの頭を撫でると二人は幸せそうに目を細める。昨日もやったのに飽きないねぇ……居心地がいいと感じてしまっている俺も俺だけどよ
「癒されるでござるぅ~」
「私も~」
「幸せそうで何よりだよ」
普段彼女達とはスケジュールの都合上長い事一緒にいる機会が少ないせいか甘えられて悪い気はしない。この時間がずっと続けばいいのにとすら思ってしまう。人に依存しない俺が居心地いいと感じてしまうとは珍しい事もあるもんだ
「幸せだよ……グレーと一緒ならね」
「仕事の疲れなど吹き飛んでしまうでござるよ」
「俺なんかでよかったらいつでも甘えてくれて構わない」
ダメ人間の俺が声優である茜と真央にできる事は多分、甘えさせる事くらいだ。だったら好きなだけ甘えさせてやろうじゃねぇか。俺の全身全霊を持ってな
「たくさん甘えるでござる。だから恭殿も拙者達にいつでも甘えてくだされ」
「私達は全力で受け止めるから」
些か愛が重いような気もしなくはないが……口に出すのは野暮ってもんか
「分かった」
誰かに甘える時が来るのだろうかと思いながら俺は二人の頭を撫で続けた
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