お試し感覚で神矢想子に霊圧をぶつけてから時が経ち、HRの時間となった。
「恭、よそ見しない」
「すみません」
出欠確認の時、飛鳥と琴音の事が心配過ぎてぼんやりしていたら東城先生に注意を食らってしまった
「やっぱり、灰賀君には高校生という自覚が足りないようね」
それを後ろで見ていた神矢想子はドヤ顔で俺に高校生としての自覚が足りないだなんて言ってのける。ここで考えてほしい。確かにぼんやりしていて東城先生の声に反応できなかった俺が悪い部分がある。しかしだ。頻度は別としてぼんやりするの事って人間誰しもあると思うんだ
「ちっ、いちいちうるせぇな……」
正規の職員ならいざ知らず、たかがパートの神矢に高校生としての自覚について口を出される謂れはない。何しろアイツは所詮猫の手。センター長がそうしないだけでいつでも切り捨てられる。そう、センター長しないだけでな
「聞こえてるわよ。灰賀君。口には気を付けなさい? 私は貴方を退学させるのなんて簡単なんだから」
校則違反をしてすらいない俺をどうやって退学にするってんだ? でっち上げるのか?
『むぅ~、きょう、あの女うるさい~』
俺は相手にしなかったが、お袋の勘には触ったようだ。自分の母親だとはいえ頬を膨らませている姿を見てるとほっこりしてしまう
「パートの分際で何を言ってるのやら……」
アルバイトやパートをバカにするつもりはない。神矢のように自分が偉いと思い込んでるバカを見るとイラっとするってだけで
『きょうの言う通り! パートの分際でデカい口叩くな~! ば~か!ば~か!』
お袋……いくら神矢から見えてないとはいえいい歳した大人があっかんべーをするんじゃありません!
「パートだって立派なお仕事よ? 灰賀君のようなニートには理解出来ないかもしれないけどね」
俺の家庭環境をディスったと思ったら今度は俺自身ですか……つか、ニートの意味を調べなおしてこい。ニートってのは学校にも行かず職にも就いてない奴を言うのであって俺はちゃんと学校に来てるだろ?
「あー、はいはい、そうですね」
お袋と再会してから神矢の言う事をまともに聞いてるのがアホらしくなった。絶対に成長したからとかじゃない。絶対に違う
「くっ……! 覚えてなさいよ……!」
『へへ~ん! ざまぁみろぉ!』
神矢の悔しそうな顔を見て誇らしげに胸を張るお袋。見えてないというのはこういう時に便利だな
そんな神矢が一方的に突っかかって来たHRが終わり、俺を含む生徒全員が一時間目の授業の用意をいた。そんな時────────
「止めてください! いきなり何ですか!!」
琴音の叫び声が職員室の方から聞こえてきた
「何だ?」
「さぁ? どうせあの神矢って先生が何かしたんだろ? あの人俺らの事なんも知らねーのにウザいんだよな」
「触らぬ神に祟りなしってね。ほっとこうぜ」
「だな、それが一番いいわ」
琴音の叫び声を聞いた男子生徒達は原因はともかく、神矢が何かしたとすぐに理解したようで気にはしたものの、関わりたくないのか、気にも留めてない感じだった。対する女子は……
「あのセンセー、今度は保護者に自分の価値観を押し付けたわけ?」
「何それ? うちらはお前の下僕じゃないっつーの!」
「だ、だよね……わたしもあの先生はちょっと……」
男子生徒全て同様とはいかないまでも神矢のやり方に不満を持っていたらしくのは理解した
「パートなのに正職員以上に嫌われてるって何したらここまで嫌われるのかねぇ……」
原因は解っている。自分の価値観を飛鳥や俺だけじゃなく、他の生徒にも押し付けた事にある。それで結果的に生徒から嫌われた。考えるまでもなかった
『子供達に自分の価値観を押し付けたら嫌われるのは目に見えてるのにね~、あの女って生粋のアホなのかな~?』
お袋よ、ぽわ~んとした雰囲気なのに言葉はキツイのな
「はぁ……無関係な奴の声だったら無視するんだが、琴音の声じゃ助けに行かないわけにもいかねぇか」
俺は教室を出て職員室へと向かった。
職員室へ着いた俺の目に飛び込んで来たのは────────
「いや! やめて!」
「内田さん! いい加減私の指導を受けなさい!!」
「止めてください!! 嫌がってるじゃないですか!!」
どこかへ連れて行こうと飛鳥の腕を掴む神矢。それを拒む飛鳥。神矢の手を離そうとしている琴音の姿だった
「神矢……懲りない奴だな……」
教室でもチラッと聞いた神矢を忌み嫌う声。そんな声が上がってるのを彼女は気づいてるかは別として、何故に神矢は飛鳥の腕を掴んでる?何故に教師達はそれを止めようとしない?
『神矢さんが懲りないのはいいけど、止めないとマズイよ……』
お袋の言う通り神矢の行動は常軌を逸している。飛鳥が子供返りした原因も神矢の行動理由も後で聞くとして、今は止める方が先だ
「分かってる。東城先生を含む教師陣はどうせ教員歴を盾に黙らせられたクチだ。奴らは後でまとめてお説教するとして、まずは神矢だな」
俺は嫌がる飛鳥の腕を未だ離さない神矢の元へ歩き出した。
「神矢先生、嫌がる生徒の腕を掴んでどこかに連れ込もうだなんてちょっと度が過ぎてやしませんか? それが教師のやる事ですか?」
神矢の背後に立ち、説得を試みる
「灰賀君! 生徒が教師のする事に口出ししないで頂戴! これは指導なの! 私は内田さんを女の子らしくするために指導しようとしてるの!!」
振り向いた神矢の形相は鬼そのもの。俺には他の生徒から相手にされないから弱った飛鳥を捕まえて憂さ晴らししようとしているようにしか見えない
「指導ねぇ……俺には他の生徒じゃ自分の言う事を聞かないから言いやすい飛鳥で憂さ晴らししようとしてるようにしか見えないんですけど?」
「それは灰賀君の勘違いよ。私は教師なんだから生徒を正しい道へ導くのが仕事なの。全く、男子の格好をしていると思えば今度は幼子の真似なんてしちゃって……本当に嘆かわしいわ!」
自分の行動が原因でこうなったとは考えないのか?この女
「それは貴女が飛鳥ちゃんの服を強引に脱がせようとしたからでしょ!! 飛鳥ちゃんのご両親が言ってましたよ!! 飛鳥ちゃんは昔同級生に本当に女かどうか確かめてやるって言われて服を脱がされた事がトラウマになって一時期引きこもりになったって!」
琴音は俺の知らないところで飛鳥の両親に連絡を取って今の状況を話していたらしい。が、ちょっと待て。服を強引に脱がされてそれがトラウマで一時期引きこもっていたのはいい。それじゃあ子供返りしたのは何でだ?
「そんな事私の知った事ではないわ! 社会に出て上手くやっていくためには私の言う事を大人しく聞いていればいいのよ! さぁ! 行くわよ! 内田さん!」
「いやっ! はなして! きょうおにいちゃん! たすけて!!」
琴音を押しのけ、飛鳥の腕を掴み強引に引っ張る神矢と涙を流しながら俺に助けを乞う飛鳥。神矢にはそろそろ自分のしている行動が単なる押し付けだと自覚してほしいものだ
「神矢先生、飛鳥は嫌がってます。手を離してください」
言って理解出来るとは思わないが、いきなり力尽くはよくない
「嫌よ! これは指導の為に必要なの! 内田さんだって今は嫌がってるでしょうけど話せばきっと私のしている事や言う事が正しいとすぐに理解するわ!!」
「いや! あすか、せんせいにおこられることなにもしてないもん!!」
それって洗脳っていうんじゃねぇのか? っていうか、飛鳥、子供ながらに指導の意味をちゃんと理解出来てるようで俺は嬉しいぞ
「ですって。飛鳥は神矢先生の指導を受けるの嫌みたいですけど?」
「嫌でも教師からの指導を受けるのが生徒の義務よ!!」
解ってはいたけど話が通じねぇ……
「神矢先生、もう一度だけ言います。飛鳥の腕を離してください」
「灰賀君、もう一度言うわ。嫌よ」
俺と神矢が話している間にも飛鳥は必死に掴まれている腕を外そうと必死にもがいている。心配なのは飛鳥の腕に痣が残らないかだ
「離せって言ってるだろ? 日本語が解らないのか?」
自分が持っている人知を超えた力を行使するのはしたくなかったが、仕方ない。俺は神矢にHR前同様、霊圧をぶつける。
「────────!?」
今度は言い返す間もなく、地面に這う神矢。HR前は漬物石を投げつけるのをイメージしたが、今回は滝の水を一気に浴びせるイメージでぶつけたんだ。勢いや重さに耐えきれないなんて分かりきっている
「きょ、きょうおにいちゃん!」
神矢の手が離れた隙に飛鳥が俺の方へやって来てそのまま腰に抱き着いてきた
「おー、怖かったな。でも、もう大丈夫だぞ」
安心させるために抱き着いてきた飛鳥の頭を撫でる。すると……
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ごわがっだよぉ~!!」
堰を切ったように泣き出した
「よしよし、怖かったな~、もう大丈夫だぞ~」
頭を撫でながら大丈夫だと何度も言い聞かせ、数分後
「おにいちゃん……。おようふくぬらしちゃってごめんなさい……」
泣き止んだ飛鳥は俺の服を濡らした罪悪感からかシュンとしていた
「服なんて乾かせばいい。そんな事より危ないから琴音お姉ちゃんのところに行ってろ」
「うん!!」
飛鳥を琴音の方へ向かわせた俺は改めて地に這いつくばっている神矢を見る。背後で『ことねおねえちゃ~ん!』という飛鳥の声と『飛鳥ちゃん! よかった……何もなくて……』という琴音の安堵の声がした。さて、神矢をどうするか……
「地面に這いつくばる……。アンタにゃお似合いの姿だな。神矢」
「は……はい……が……く……ん……。あ、あなたの……し、しわざ……なの……?」
俺の仕業というのは正解。当てられたところで馬鹿正直にそうですだなんて言わない。
「何でそう思うんです? 俺は何もしてませんし、貴女の事ですからこの建物を提供したのが誰なのかも調べはついてると思いますが、ピンポイントで身体に異常をきたす仕掛けなんてしてません」
仕掛けをしてないというか、俺でさえ爺さんが建物にどんな仕掛けをしたのか知らない。だから神矢だけを狙って仕掛けを作動させるだなんて芸当は不可能だ
「だ、だって……腕を掴んでいた……内田さんには何の異常も……ない……だったら……わ、私だけをね、狙って……仕掛けを……作動……させたと考えるのが普通でしょ?」
神矢にしては筋が通っている。筋は通っているものの証拠がない
「筋は通ってると思いますが、証拠がありません。俺の仕業にしたいなら証拠を出してからにしてください」
内心ではそろそろ飽きたと思い始めてはいる。ここで神矢を放置すれば後々面倒な事態になりそうだから追い出そうとは思っている
どうやって神矢を追い出そうかを考えている時、不意にズボンのポケットに入ってるスマホがブルブルと震え出し、取り出してみると婆さんから着信が。こんな時に何の用だとは思ったが、一先ず電話を取った
「もしもし? 今取り込み中だ」
『何だい、随分とご挨拶じゃないか。恭』
「そりゃ悪かったな」
『恭が不愛想なのはいつもだからこの際何も言わないよ。それより、今恭の学校に来ている神矢想子って先生なんだけどね』
待て、俺は婆さんに学校の話を何一つしてないぞ?なのに婆さんが学校に神矢想子が来てるって知ってるんだ?
「婆さん、俺、学校に神矢先生が来てるって言ったっけ?」
『いいや、恭からは言われてないよ。琴音ちゃんが電話で報告してきたんだよ。神矢って先生が来た日の夜にね』
全く知らなかった……琴音が飛鳥の両親と連絡をしただけじゃなく、婆さんにまで連絡していたとは……
「それについてはこの件が終わった後で琴音と話をするとして、何だよ? 神矢先生がどうかしたのか?」
『神矢想子は────────』
婆さんの話はある意味では思った通り、ある意味では衝撃的なものだった。結論から言うとコイツの自分の価値観を押し付けるやり方で指導された生徒の現在やその過程の話だったのだから
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