「恭クン、何かドキドキするね?」
「グレー、三人で幸せな家庭を築こうね?」
昨日飯を食った大ホール前。俺の左右を陣取っている二人が今から結婚式をするのでは?と勘違いされそうな発言をしているけど、呼び出した徘徊者達に会うだけで実際は結婚なんてしない。それを理解しているのかと問いたくなる。何はともあれ、ここまで来た以上、後には退けず、二人に離れてもらってから俺はそっとドアを開けた
「うわぁ……」
ドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは徘徊者集団。煽って呼び出し、こうなる事は何となく予想済みで零達は確実にその誘いに乗ってくるとは踏んでいた。彼女達が来るのは俺の中で確定事項だったからいいとして、操原さん率いる声優陣と母娘、加賀達がいる事に俺はある意味で驚いていた
「やっと来たわね! 恭!」
音もしないくらい静かにドアを開けたにも関わらず、俺の気配に気づいた零。コイツの嗅覚や聴覚は動物並みにいいのか?
「どんだけ俺を待ってたんだよ……」
待ちくたびれたと言わんばかりの零なのだが、呼び出してから俺がここへ辿り着くまで一時間と掛かってない。飛鳥と茜に抱き着かれながら来たから歩くスピードは遅かったとは思う。それでも精々十分程度だ
「待ってたわよ!! っていうか! 何でアンタは女二人を侍らせているのかしら?」
現状、抱き着かれていないにしろ飛鳥と茜が両隣にいるから零に女二人を侍らせていると言われても仕方なく、弁明のしようがない
「成り行きでこうなっただけだ」
こうなった成り行きを説明するのは非常に面倒だからこれで納得してほしい部分はある。けど────────
「そんなんで納得出来るわけないでしょ!! ちゃんと説明しなさい!」
零がこんな雑な説明で納得するわけがなく、ズンズンとこちらに歩み寄り、俺の胸倉を掴む。
「それが知りたいのなら本人達に直接聞けばいいだろ」
俺が何を言ってもコイツは信用しないとは思ってない。純粋に俺が話すよりも飛鳥と茜の口から直接言った方が零みたいな猪突猛進タイプは納得すると思っただけで
「そうさせてもらうわ!」
零はターゲットを俺から飛鳥に切り替えると一気に詰め寄った
「え、えっと、零ちゃん、近いんだけど……」
詰め寄られた飛鳥は苦笑いを浮かべるばかり。さすがに零の迫力にビビったのか、若干引いてる
「そんなのどうでもいいわ。それより、飛鳥は何で恭と一緒にいるのかしら?」
冷静を装ってはいるものの、どこか怒って見えるのは気のせいか?
「な、何でって私が恭クンにお願いしたからだけど?」
間違いではない。間違いではないけどよ、正直に言わなくてもいいんだぞ?
「恭、今の本当なの?」
飛鳥の言葉を聞いた零はわなわなと身を震わせ目を潤ませて再度こちらを見た。
「本当だ」
「そう……、じゃあ、アタシも恭の部屋に行っていいかしら?」
予想はしていた。飛鳥がいるって知ると零は自分もと言い出すのは目に見えていてこんな事になるのは火を見るよりも明らかだ。ここで断ると飛鳥はよくて自分はダメだなんて依怙贔屓だと言いだしかねず、その後揉めるだろう。だから俺は─────────
「別にいいけど、その代わり俺の部屋に何があっても驚くなよ?」
条件を突きつけた。
「驚かないわよ」
「ならいい」
飛鳥は驚いたってよりどちらかと言うと引いていたのを覚えている。茜は……初対面の飛鳥と喧嘩してたし俺は眠かったしで茜のリアクションは覚えてない。驚いてたような気もするし、そうじゃなかったような気もする
「恭、念のため確認しておくけど部屋に大量のエロ本があるとかはないわよね?」
「ねーよ」
部屋に大量のエロ本があるって事はない。ある意味でエロ本よりも質が悪いのはあるけど
「そう……、ないのね……」
エロ本がないって知ったら普通は喜ぶはずなのに何で零は露骨にガッカリしてるんだ?
「何でガッカリしてんだよ……」
「何でもないわよ。とりあえず、これが終わったら荷物持って恭の部屋に行くから」
「了解」
という事で零も俺の部屋に来る事が決定し、めでたしめでたし────────
「ちょっと待ってください!」
とはならなかった
「んだよ、闇華」
「零ちゃんと飛鳥ちゃんだけ恭君のお部屋で一緒に寝泊りだなんてズルいです!」
「そうだね、零と飛鳥だけ贔屓するのはよくないよ、恭ちゃん」
闇華に続いたのは東城先生。ここに集まるように仕向けたのは俺だから彼女達がいても何ら不思議はなく、だからと言っていて当然とも言い切れない
「贔屓したつもりはないんだが……」
飛鳥と茜も同じように特別贔屓したとか、部屋に連れ込んで手を出そうとかは思ってない。二人が泣いてたからとりあえず連れ込んだだけだ
「それなら私達が恭くんのお部屋に行っても問題ないですよね?」
「あー……それはどうなんだろうな?」
贔屓したつもりはない。この言葉に嘘偽りはなく、紛れもない本心だ。ただ、エロ本の類はなくとも俺の部屋にはこのホテル全体を監視できるモニターがあり、それを見られた時には何て言われるか分かったものじゃなく、結果として俺は質問を質問で返してしまった
「どうなんだろうなって、恭くんのお部屋なんだから……」
琴音が呆れるのも分かる。彼女の言うように俺の部屋なんだから当然、決定権は俺にあり、闇華達が来るのを受け入れるも拒むも自由
「琴音の言う通り決定権は俺にある。あるんだけどよ……」
自分の宿泊している部屋にホテル全体を監視できるカメラに接続されたモニターがあります。だなんて言えるか! 特に揶揄った零には口が裂けても言えない
「ならこの場で私達が恭ちゃんの部屋に行くのいいか悪いか決められるでしょ?」
「そうなんだけどよ……、なんつーかあれだ、俺の部屋は不思議な事に狭いんだよ。それこそ三人寝るのがやっとなくらいな」
本当はベッドだけで言うと三人で寝てちょうどいい。しかし、部屋全体となると話は変わり、七人で過ごせるかと言われれば確実に狭くなる。ネックとなるのはモニターだ
「そんなに恭ちゃんの部屋って狭いの?これといった荷物持ってきてないのに?」
痛いところを突かれた。東城先生が言うように持ってきた荷物などほとんどなく、必要最低限の物だけで仮にそれを出しっぱなしにした状態で人を呼んだとしても何ら問題はない。でもなぁ……モニターがなぁ……
「まぁ、いろいろあるんだよ。それより、零達は何で俺にドッキリを仕掛けようとしたんだ?」
モニターの説明が面倒になった俺は話をすり替える。
「話をすり替えてきたわね。まぁいいわ、ドッキリを仕掛けた理由は簡単よ、アタシ達は恭の怖がっている顔が見たかった。それだけよ」
「やっぱり……」
零達がこんなしょうもないドッキリを仕掛けようとした理由は手紙に書いてあった通りだった
「やっぱり?その様子だとアタシ達がドッキリをやる事を知ってたような言い草ね」
「ああ、知ってた。部屋の冷蔵庫に手紙があったからな」
とは言っても見つけたのは俺じゃなくてお袋だから自分で見つけたわけじゃないんだけどな
「それじゃあ、アタシ達の計画は最初からバレてたって事?」
「そうなるな。零達が俺の怖がっている顔見たさにこんな事を計画した事、この計画に爺さんが一枚噛んでる事が書いてあったからな」
残念ながら手紙に書いてあったのはドッキリを仕掛けようとしている理由等、基本的な事しかなく、元ネタに関する詳細な情報は何一つ書いておらず、それに関しては零達か爺さんに聞くしかない
「そ、そんな……、アタシ達のしてきた事って全部無駄だったって事……?」
信じていた者に裏切られたと言わんばかりに膝から崩れ落ちる零。このしょうもないドッキリにどれだけの時間を費やしたんだよ……
「零ちゃん……」
そんな零を瞳に涙して抱きしめる闇華。完全に俺が裏切ったみたいな空気だ
「闇華……、アタシ達のしてきた事は全部無駄だったのかしら?」
「そんな事はありません! 零ちゃんは今日まで頑張って来たじゃないですか!」
闇華の声は会場全体に響き、聞いていた人達はそれに賛同の拍手を送る。本格的に俺が悪い感じになってきた
「闇華……」
「零ちゃん……」
熱を帯びた目で見つめ合う零と闇華。この二人は付きあってんのか?
「面倒になってきたから俺、帰るわ」
何もかも面倒になった俺は当初予定していた零達の口から今回のドッキリの元ネタを聞くという目的を放棄し、会場をそっと抜け出した。元となったネタは気になりはするが、今の俺にそれを問いただす気力などない
「疲れた……」
一人部屋に戻ると俺はすぐさまベッドに倒れこみ、目を閉じた。
「ドッキリの元ネタ、何だったんだ……?」
めんどくさくなって戻って来たが、ドッキリの元ネタが気になる。それ以外にも零達がドッキリをする事でホテル側にどんな損害が出るのかとか疑問は尽きない
「聞きたい事はたくさんあるんだよなぁ……」
聞きたい事はたくさんあっても眠気がそれを遥かに上回り、俺は睡魔に勝てず……
「後で聞けばいいか……」
零達がいる会場に戻る事もモニターのスイッチを切る事もせず、夢の世界へ飛び込んだ
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