『引くなって言われてもなぁ……』
好きだと言われて悪い気はしない。今まで告白された経験ゼロで自分はモテないと思っている奴ならだれだってコロっと逝ってしまう状況であるとは思う。俺だって由香が害を加えて来なかったとしたら迷わずOKを出しただろう。
『だ、だって! それくらい好きだったんだもん! しょうがないじゃん!』
しょうがないと言われたところで俺は困る。過去の因縁を根に持つとかじゃなく、純粋に信用できない
『いくら好きだと言われたところで過去の因縁を考えると手放しに付き合おうとは思ねぇよ。親父達は俺に何て言ったんだ?』
現状から察するに由香と俺が恋人になったのは彼女だけの力ではない。さっきも言ってた通り親父達の説得に根負けし、結果、付き合うに至った。俺を説得する際に親父達は何て言ったんだ?
『お義父さんは“恭、過去の因縁があってお前が由香ちゃんを恨む気持ちは解かる。しかしな、いつまでも因縁に囚われてたままじゃ前に進めないぞ?お前からすると由香ちゃんは信用ならないかもしれないと思う。ただ時には許す事も大事じゃないのか?”って』
親父がそんな事を言う姿が想像出来ない……あの親父がだぞ?人の恋愛をオモチャにしそうな親父がそんな男前な発言するだなんて信じられるか?無理だろ
『俄かには信じ難いな。それ本当に親父だったのか?』
『そうだけど?もしかして信じてない?』
『ああ、信じてない。人の恋愛をオモチャにしそうな親父がそんな男前発言するとは思えないな』
あくまでもオモチャにしそうというだけで実際にするのか?と聞かれたら答えに困る部分もある。これは俺の想像だ
『でも言ったもん……』
由香の抱き着く力が強くなる。心なしか声だって涙声だ
『はいはい、それで?夏希さんは何て言ったんだよ?』
これは俺の勝手な予想だが、親父の言葉よりも夏希さんの言葉に突き動かされた方がデカい。どっちが信用できる?と訊かれた時、どちらかと言えば夏希さんだろう。僅差でな
『お母さんは“恭君、由香がした事を全て許して頂戴。なんて虫のいい事は言わないわ。実際、由香のした事は泥棒だもの……だから信じてくれとも言わない。由香が言ったようにどんな形、どんな扱いでもいいから付き合ってあげて……”って』
自分の娘に対して言う言葉じゃない。ただ、説得力としては些かパンチに欠けるな……そうなってくると親父達の言葉がキッカケじゃないのか?
『自分の娘に対して言う言葉じゃねーだろ……説得力としてはパンチに欠けるけどよ』
俺は自分がどうして由香と付き合っているのか本格的に分からなくなっていた。親父達の言葉は説得力に欠ける。許すとも許さないとも言ってない俺が二人の言葉で由香と付き合う?あり得ない。親の言葉なら根負けして由香と付き合う選択をすると思ったが、今の言葉を聞く限りじゃそんな結論に至るのは俺の性格上無理だ。
『その後でお義父さんが“由香ちゃんと付き合わなきゃ向こう一年は小遣い無しだ”って言ったんだよ』
あ、はい。それは許す許さないを通り越して付き合いますね
『あー、それが決定打だわ。うん、一年間小遣い無しはキツイ』
『付き合うって言ってくれた時にも同じ事言ってた。小遣い無しはキツイ。仕方なくお前と付き合ってやるって』
わーお、俺なら絶対に言いそう
『うん、俺ならそう言う。お前と付き合うのと小遣い無しどっちがキツイって小遣い無しの方がキツイしな』
さすがに金関係の話を持ち出されたら高校生たる俺の立場は弱く、自分の本意じゃなくとも従う他ない。さすが親父、息子の性格と現状をよく理解してらっしゃる
『あたしとしてはお金とか関係なしにあたしを好きになってほしかった……でも、六月の中旬頃かな……、突然恭が中学のイザコザなしに由香が好きだって言ってきて嬉しかった』
因縁がある以上、金の話関係なしに由香を好きになるのは簡単じゃない。喧嘩した時にウッカリ中学の時にされた事を引き合いに出してしまいそうな自分がいるからな。ってちょっと待て、コイツ今何て言った?
『ちょっと待て』
いよいよ持って意味不明だ。時間軸で言うと俺と由香の交際がスタートしたのがゴールデンウィーク。で、金関係なしに由香が好きだと言ったのが六月中旬。交際から一か月が経ってるとはいえ俺がそんな台詞を吐くとは思えない。何よりチョロすぎる
『何?』
訝し気な目で俺を見上げる由香だが、訝し気な目をしたいのは俺だ。いくら何でも付き合って一か月で自分に害を成してきた人間を信じるだなんて話が出来過ぎている
『お前の話が本当なら俺達が付き合い出したのはゴールデンウィーク。で、金関係なしに由香が好きだと言ったのが六月中旬。その間に何があった?』
俺の記憶が正しければ六月は神矢想子のせいで飛鳥の精神が子供になり、由香を気にしている余裕なんてなかった。しかし、親父や夏希さんの様子を見るに飛鳥どころか零や闇華、琴音、双子の存在を多分知らない。東城先生ですら怪しいところだ
『特に何もなかったよ?六月中旬に恭が唐突にお金関係なしにあたしが好きだって言ってくれた事以外はね』
本当に唐突過ぎる。何があったらいきなり金関係なしに由香が好きだと言うんだ?
『本当にそれだけか?もっと他に────』
『いいじゃん! あたしは恭が好きで恭もあたしが好き! それでいいじゃん!』
『よくないだろ。俺の性格上一か月で────』
『いいんだよ! あたし達はお互い好き同士なんだから!』
先ほどから俺の言葉を遮るように由香は叫ぶ。これは何かあるな
『好き同士って言われてもハッキリさせないといけないところはハッキリさせないとダメだろ』
『いいの! あたし達は恋人同士! 大切なのはそれだけ! っていうか! 何なの!? いつもはキスして起こしてくれるし、好きだって言ってくれるのに!! 今日に限ってそれがない!!』
悲痛な声で叫ぶ由香はオモチャを買ってもらえないで癇癪を起している子供のようだ。彼女からしてみれば今言った事が日常生活で当たり前なんだろう。俺からするとそれは当たり前でも何でもない。暮らしている場所が違うからな
『それだけって俺からするとそこに至る前の過程も重要だぞ?』
『いいんだよ! 過程なんてどうでも!! あたしの夢なんだからさ!! 夢の中だけでも恭と恋人でいたいの!! いいじゃん!! 別に過程なんて!! あたしはどうせ恭に許してもらえない! 自業自得だとは分かっているよ! でも……でもぉ……』
感極まった由香はついに泣き出してしまった。だが、これで謎は解けた。親父達が俺と由香は恋人同士だと言った理由、朝だったのがいきなり夜になった理由……。全て由香が見ている夢だと言われれば納得出来る。夢だから親父達が俺と由香を恋人同士だと言うし、夢だから朝からいきなり夜に変わる。夢だから理由もなく俺が由香に本気で好きだと言った。
『由香、俺は許すとも許さないとも言った覚えはない。ただ、自分のした事を十字架として一生背負っていけとは言ったけどな』
『それはあたしにとっては許さないって言ってるのと同じなんだよ! いいじゃん!いいじゃん! 自分の夢の中でなら好きな人と恋人になって幸せな生活を送ったってさ!』
由香の言う通り夢を見るだけなら自由だ。夢の中で人を殺そうが、好きな人と恋人になろうがな。それを咎める権利は誰にもない。勘違いしないでもらいたいが、俺は咎めているわけじゃない。ただ今のこの関係になった経緯を訊いてるだけだ
『そりゃ夢を見るのは自由だし、そこでどんな生活を送ろうが誰と付き合おうがそれを咎める権利なんて俺にはない。だがな、由香』
『ぐすっ……何……?』
『今の俺は由香が見ている夢の世界の住人じゃない。お前と話がしたくてここへ来た』
『いや!! 聞きたくない!! 現実の世界で恭を失って、それが夢の中でもだなんて絶対にいや!!』
俺を強く抱きしめ由香は拒絶の意を見せる。この口ぶりだと俺が死んだように聞こえてならないのは気のせいか?
『俺が死んだような言い方だな』
『そうじゃん! お医者さんが言ってたよ! いつ目が覚めるか分からないって! 最悪の場合一生目が覚めないかもって!! それって死んでるのと同義でしょ!! だから絶対に聞かない!! ずっと側にいるって言うまで離さない……!! 離さないからぁ!!!!』
今度は大声で泣き出した。この世界は由香の夢だから騒ぎを聞きつけて親父達が突撃してくる事も声が枯れる事のが幸いだった。いくら待とうが時間が一向に経過しないのもな
『ったく……』
泣いてる由香をどうにも出来ず、俺は彼女が泣き止むのを待った。この世界は由香の夢で時間は腐るほどある
あれからどれくらいの時間が経っただろうか……?五分?それとも十分?分からない……。時間の概念がないというのは場合によっては面倒なんだと初めて知ったよ……はぁ……
『えっと……もう泣き止んでくれない?』
泣き出した頃は待とうと思ったよ?でもさ、ここは夢の世界だから声も涙も枯れない。永遠と泣いていられる。それはある意味で負の連鎖だ
『いや!! 泣き止んだら恭は自分の死をあたしに告げるんでしょ!? だから絶対に泣き止んでなんかあげない!!』
永遠と泣き続けられる負の連鎖の前に俺が死んだという認識から何とかする必要があるようだ
『泣いてるのは勝手だけどよ、俺まだ死んでないんだけど?』
『は?』
この時、由香の涙がピタリと止まった。ついでに時間も
『は?って何だよ。俺はまだ死んでないし、ケガが治ったら目覚める予定なんだが?』
『は?え?』
これからの予定を伝えただけなのに目を丸くされると逆に俺の方が反応に困る。頼むから何か言ってくれ
『は?とかえ?だけじゃ分からないからな?ちゃんと言いたい事は言葉にしろ』
『あ、ごめん……じゃなくて! え?何?どういう事!? これってあたしの夢だよね!? この世界はあたしの思うがままになるはずだよね!?』
由香、戸惑いのあまり恐ろしい事を口走らないでくれない?その通りだけども!
『その通りだけどよ、サラッと恐ろしい事言わないでくれない?順を追って説明すっから』
『あ、うん』
順を追って説明するとは言ったものの……どこから説明したらいいんだ?
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