コンビニで飯と飲み物を調達し、学校へ辿り着くとドアは開いており、そのまま自分の教室に行き、自分の席に着いた。
「静かだ……」
出勤してる教師の数が数えるほど、登校してる生徒は現状俺だけ。教室……いや、学校全体が静寂に包まれていて何とも不思議な気分だ。まるでこの学校の生徒は最初から俺一人だと錯覚する。太陽の日差しもあってなのか油断してると睡魔に身を委ねそうだ
「ウチのクラスは人がいても静かだから大差ないか」
高校入学を果たしてから早二か月。俺は未だにクラスで喋れる友達が一人もいない。喋れるのは由香と癪に障るが瀧口の二人だけ。だからと言って自分から喋りかける事はなく、クラス内に友達が必要かと聞かれれば実際はそうでもない
「ふぁ~あ、ねみぃ……」
今朝は熱気によって目が覚めた。そのせいか眠気が完全に抜けきっておらず、つい欠伸が出てしまう
「静かな教室で今は授業じゃない。寝てもいいだろ」
授業中だったら居眠りするなと先生から怒声を浴びせられるが、今は授業中ではなく、自由な時間。法に触れる事や中抜け、器物破損以外なら何をしても怒られない時間。そんな時間を俺は睡眠に費やす事にしようと思い、机に突っ伏し、目を閉じる
「HRが始まったら起きればいいだろ……お休みなさい……」
学校の机とは不思議なもので睡眠を取るには相応しくない姿勢でもすんなりと夢の世界へ旅立てる。それが授業中なら尚更だ。それが教師の声が影響しているのか苦手科目、あるいは退屈な授業だからなんだろうな
「コラッ! 起きなさい! 学校は寝るところじゃないのよ!!」
HRまでやる事がなく暇を持て余し、少し仮眠を取っているところへ聞き覚えのある女性の声がした。コンビニで立ち読みしていた時も似たような感じで注意されたな……どうでもいいけど
「起きなさいって言ってるのが聞こえないの!? 起きなさい!」
俺を起こそうとしている声を無視し、突っ伏し続ける。今はHRでも授業中でもない。危険行為や法に触れる行為をしているわけでもなく寝ているだけだ。それを制限される謂れはどこにもない
「もう一度言うわ! 起きなさい!!」
ギャーギャーうるさいな……別にいいだろ!HRでも授業中でもねぇし他人に迷惑掛けてねーんだからよ
「起きろって言ってるのが聞こえないの!!」
声を掛けただけじゃ起きないと判断したのか声の主は俺の身体を揺さぶり始めた
「うるせぇな……HRでも授業中でもねぇ上にやる事もこれと言ってないんだから寝かせろよ」
起きろ起きろと言われるだけならまだしも身体を揺さぶられるのには耐え切れず、仕方なく身体を起こす
「なっ!? せ、先生に向かって何なの!? その態度は!!」
身体を起こし、顔を上げるとコンビニで立ち読みする俺を注意してきた女性がいた。よく見るとスーツ姿で首から顔写真付きのネームプレートを下げている。信号待ちをしている時はコイツが教師だったら大変だな的な事を考えたが、本当に教師だとは思わなかった
「HRでも授業中でもなく、行動を制限されるような時間じゃないのにそれを邪魔されたら誰だって怒るでしょ。俺は寝ていただけ。学校の備品を壊したり、物を盗んだり、中抜けをしようとしたわけじゃなく、机に突っ伏して寝ていただけ。文句あるんでしょうか?」
学校の物を壊したり、物を盗もうとしてたわけでもない。中抜けをしようとしたわけでもないのに行動を制限される謂れなんてなく、目の前の女性が教師である事を主張するが、教師だから何だ? って話だ
「あ、そう」
この女性と話していると精神的疲労が溜まるのは目に見えている。一分一秒でも同じ環境にいたくないと思った俺は席を立ち、教室を出ようとした。
「待ちなさい! まだ話は終わってないわよ!!」
教室を出ようとした俺を引き留める女性。女性と言わずに名前で呼んでやれって? 興味のない奴を名前で呼ぶ意味!!
「終わりましたよ。先生が俺に注意をした。注意を受けた俺がヘソを曲げて教室を出て行く。これで話は終わりです」
「終わってないわよ!! 教室で寝ていた事を謝りなさい!!」
この女は何を言っているんだ?教室で寝ていた事を謝る? 誰に?何 で?
「教室で寝ていた事を謝る理由と誰に謝るかを明確に教えてくれます?」
「屁理屈を言わないの!」
ダメだ……この女とは話にならない
「謝る理由と謝る相手を聞いて返ってきた答えが屁理屈を言うなですか……お話になりません」
俺は教室を出て職員室へ向かう。全くと言っていいほど話が通じない女がゴチャゴチャ言いながら付いてくるが全て無視。爺さんにも過去に言われた事がある、意見の食い違いは仕方のない事だ。それは互いが納得するまで話し合えばいい。話の通じない相手は無視しろと
職員室へ着いて尚、女はゴチャゴチャ言ってる。今の俺にとってそれは人間の言葉ではなく、単なる雑音でしかない。自分が名曲と思っている曲だって価値観の違う人が聞けば単なる雑音に過ぎない
「あら、どうしたの?」
出迎えてくれたのはセンター長の武田先生でも東城先生でもなく、初めて話す先生だった
「体調が悪いので保健室に行きたいのですんですけど……」
「いいけど、一応、君の担任の先生が誰か教えてくれる?」
「東城先生です」
「東城先生ね……分かった」
何かの用紙に名前を書かされるなんて事や体温、今朝何時に起きたか等の体調に関する事をを書かされる事は一切なく、保健室の鍵だけを貰った俺は保健室へ。あのうるさい女が付いて来なかったのが幸いだ
「あの女は誰なんだ?」
保健室へ着いた俺は貰った鍵でドアを開けて入り、そのままベッドへ潜り込み、コンビニと教室で絡まれた女が誰なのかを考えていた。ネームプレート見れば簡単に分かるだろって? そういう問題じゃないんだよ
「あの女が誰であれ何も起きないのなら気にする必要はないか」
今朝のニュースで特集されていたように教師による生徒へのハラスメント問題に発展したら笑えない。何しろハラスメントはセクハラだけじゃなく、パワハラ、モラハラとあり、どれも質が悪い
「とりあえず寝るか……」
絡まれた女についてアレコレ考えていてもしょうがないと目を閉じる。それからすぐに俺は夢の世界へと旅立った。
「ん~!! 良く寝た~! 今何時だ?」
ここで眠った後、どれくらいの時間が経過しただろうか?三十分? 一時間? 分からない……
「職員室に行って報告と鍵の返却だけ済ませてくるか」
起き上がった俺はベッドから出てシーツと掛布団を軽く整え、保健室を後にし、その足で職員室へ向かう。その道中だった
『い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』
女性……それも聞き慣れた女子の悲鳴が前方から聞こえてきた。場所は……飛鳥のクラスか
「あ、飛鳥の悲鳴……?」
悲鳴の主は飛鳥。だが、アイツは学校じゃ男として振る舞っている。なのに何だ?この女らしい悲鳴は?あ、いや、別に飛鳥が女らしくないって言ってるわけじゃないぞ?
「行ってみるか」
飛鳥が悲鳴を上げた原因は分からない。少なくともただ事ではないのはすぐに理解した
悲鳴があった飛鳥のクラスへ着くと他の教師はまだ来ておらず、困惑状態の生徒、涙を流し座り込んで震える飛鳥。それと……
「内田君……いや、内田さん!! 女の子なんだから女の子らしくしなさい!!」
コンビニ、教室と二度に渡り俺に絡んで来た女性がいた
「いや……いやぁ……」
「いやじゃない!! 女の子なんだから男の子が着るような服を着ちゃいけません!!」
嫌だと言って震える飛鳥に女らしくしろと押しつけがましい意見を言ってのける女性。この女は飛鳥が女子である事を知った上でクラスメイト達の前でそれを指摘したようだ
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「嫌じゃない!! 女の子らしい恰好をしないと退学させるわよ!!」
なんつー横暴な女だ。センター長でもなく、飛鳥が法に触れるような悪さをしたわけじゃないってのに自分の思い通りにならない生徒を退学させると脅すだなんて……
「はぁ……」
女性とはまともな話し合いになるとは思えないと考えた俺は震える飛鳥の元へ
「嫌……もうあの頃には戻りたくない……こ、怖い……た、助けて……助けてよぉ……恭クン……」
飛鳥の口から気になるワードが何個か出たが、それは後で聞くとして、飛鳥さん?俺は君とは別のクラスなんですよ?偶然職員室へ行くところだったからよかったものの
「飛鳥」
座り込み泣きながら震える飛鳥の肩にそっと手を置き、自分が出せるもっとも優しい声で呼びかける
「きょ、恭クン?」
「ああ。呼んだか?」
飛鳥の顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。何があったらこんな事になるんだ?
「た、助けて……きょ、恭クン……」
助けてと言われても何があったのか一切把握してない俺は何も出来ない。
「状況を把握してないからどうしようもない。一先ずここじゃ色々と面倒だ」
「ま、待ちなさい!! 今は授業中よ!!」
飛鳥を立たせ、教室を出ようとするところを制止する女性。マジでコイツは何なんだ? 飛鳥の担任か?
「黙れ。コイツは今授業どころじゃないって見て分からないのか?その程度の事すら分からないのか?」
「なっ!? 一度ならず二度までも……教師に向かってそんな態度を取っていいと思ってるの!? 貴方も退学になりたいの!?」
自分の意にそぐわない生徒に対して退学させると脅す。そんな権限をこの女は持ってるのか?
「させたきゃ勝手にさせろ」
俺はそれだけ言い、飛鳥を連れて教室を出た
保健室へ着いた俺は飛鳥をベッドに腰かけさせ、ティッシュで涙と鼻水でグチャグチャだった顔を綺麗に。こんな事ならカバンからハンカチとティッシュを抜き取っておくんだった……
「さて、顔を綺麗にしたはいいが……」
飛鳥の顔を綺麗にし、話を聞こうと思っても当事者である飛鳥は……
「嫌……嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌……」
この有様。泣き止みはしたものの、嫌を連呼していてとても話が出来る状態じゃない
「飛鳥がここまで怯えるとは……」
今まで俺はこんな怯え切った飛鳥を見た事がない。さて、どうしようか……
「あの女が入ってきたら面倒だな……」
怯えている飛鳥から話を聞くよりもさっきの女が保健室へ乗り込んで来た時の方が面倒だ。俺は立ち上がりドアへ鍵を掛けた
「これであの女は入ってこられない。問題は未だに怯えている飛鳥か……仕方ねぇなぁ……」
飛鳥の靴を脱がせそのままベッドへ横たえる。その後俺も靴を脱ぎ寝ころぶ。そして……
「大丈夫、大丈夫だぞ飛鳥。俺が付いてる」
飛鳥の背中に手を回し、ポンポンと優しく叩く。すると怯えていた彼女は穏やかな表情になり、しばらくすると安心したのか眠ってしまった。
「今朝のニュースが洒落にならなくなってきた……」
今朝のニュースは自分には無縁の問題だと思っていた。実際に目の当たりにするだなんて微塵も思ってなかった俺は正直、どうしたものかと頭を痛めた。やがて俺も睡魔には抗えず、いつの間にか眠ってしまった
「しまった……いつの間にか寝てしまった……」
飛鳥を落ち着かせる為に少し横になったつもりがいつの間にか寝ていたようだ。今が何時か、授業を何時間サボったのか分からない。そもそも、飛鳥が怯えていた時の授業が何時間目なのかすら分からないから今更だったりもする。当の飛鳥は……
「すぅ、すぅ……」
隣で寝息を立てていた
「少し落ち着きを取り戻したか。さて、これからどうしたものか……」
寝息を立てている飛鳥を一瞥し、これからどうするかを考える。あの女がいる以上、飛鳥が平穏な学校生活を送るのは困難だというのは言うまでもない
「当面の問題はあの女だな」
あの女を大人しくさせるか排除するのは確定だ。でも、一度飛鳥が壊れてしまった以上、それを放置しておく事は出来ない
「んぅ……」
これからの対策を練っていると飛鳥が身を捩りだした。教室で怯えていたのが嘘のように。
「俺だって男なんだぞ……」
男と二人きりという状況で能天気に寝息を立てている飛鳥は危機感を感じてないようにも思える
「んぅ……ここ……どこ……?」
寝ていた飛鳥が目を擦りながら身体を起こし、周囲を見回した。そして……
「あっ! 恭お兄ちゃん!」
俺に抱き着いて来た。慣れとは恐ろしいもので抱き着かれたところで何も感じない俺がいる。それよりも……
「お、お兄ちゃん?」
「うん! 恭お兄ちゃん! ねぇ、恭お兄ちゃん、ここどこ? あすかは何でここにいるの?」
どうやら飛鳥は子供返りしてしまったみたいだ
「マジか……」
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