「スマホがないって平和だ」
幼い子供向けの遊び道具なんて家にはない。特に幼女が喜びそうなものはな。そんなわけでゲームコーナーに来ている。スマホは部屋に置いてきていて手元にはなく、星野川高校────もとい、神矢から電話があったとしても電話に出れない。手元にないから。この平和なひと時を俺は全力で噛み締め────────
「きょうおにいちゃん! ぷりくらとりたい!」
られてなかった。
「す、少し休ませてくれないか?来た時から遊びっぱなしで俺はヘトヘトなんだ……」
飛鳥に付き合うと言ったまではよかった。さっきも言った通り家には幼女が喜びそうなオモチャがなく、だからと言ってこの瞬間の為だけに買いに出るのも金の使い方を間違えてる気がしてならない。そこで思い付いたのがここへ来る事だった。ここに来たのも間違いだと今になって後悔している
「え~! きょうおにいちゃん、あすかとあそんでくれるってやくそくしたじゃん!」
口には出してないが、見るからに不満全開ですと言わんばかりの飛鳥。だがな、体力のない俺と体力が有り余っている上に精神が子供になってしまった飛鳥とじゃ気の持ちようとかが違うんだ。その辺は勘弁してほしい
「そ、そうは言ったけどよ……」
遊ぶ約束を反故になんて出来ない。そんな事をしたら飛鳥の笑顔は曇ってしまい、今よりも状況が悪化する可能性が出てくる。今でさえ学校って単語を聞いただけで怯える始末。神矢想子と鉢合わせしたらどうなるかなんて想像しただけでも恐ろしい
「あすかとのやくそくやぶるの?」
瞳に涙を浮かばせる飛鳥。泣いてる姿は何度も見た。回数は覚えてないけどな!あれ?泣きそうな顔も何回か見てないか?この歳でボケが始まるとか嫌なんですけど……
「約束は守るさ。でもな、時には休憩だって必要なんだぞ?」
飛鳥の精神が子供に戻って初めて俺は世の中の父親って大変なんだなと思った。特に接待ゴルフとかの日と家族サービスの日が重なった日にゃ目も当てられないだろうな
「むぅ~……」
頬を膨らませ、剥れる飛鳥は先程よりも更に不機嫌度が増したようだ
「剥れない剥れない。休憩時間に飛鳥の言う事聞いてやっから。な?」
世の父親を真似して休憩時間でも子供が退屈しないような工夫をしてみたが、飛鳥はこれに乗って来てくれるだろうか?
「ほんと!?」
「ああ、本当だ。俺に出来る事があれば何でも言ってくれ」
子供というのは単純だ。何でも言う事を聞くと言ったらすぐに食いついてくるんだからな
「ん~っと……」
顎に指を当て、考える飛鳥の頭からは俺と遊ぶ事などとっくの昔に頭から消え、今は俺に何をさせるかしかないように見える
「焦らず無理せずゆっくり考えるといい」
「おもいついた!」
ちょっと?思いつくの早くない?まだ五分も経ってないと思うんだけど?
「そ、そうか。それで? 飛鳥は俺に何をさせたいんだ?」
願わくばハードじゃないのを頼みたい
「おにいちゃんといっしょにおふろはいりたい!」
遊ぶのどこいった?趣旨変わってないか?
「あ、遊ぶのはもういいのか?」
「うん! それよりもあすかはきょうおにいちゃんにあまえたい!」
一緒に入浴はもう諦めている。ちゃんとタオルを巻くか水着さえ着てくれれば。今の飛鳥にそれをどう伝えたものか……
「あ、甘えるのは全然構わない。でも何で風呂なんだ?」
「いっぱいだきつけるから!」
幼い頃の飛鳥の価値観はどうなっていたんだ? 風呂に入る=抱き着けるって発想はどこから出てくるんだ?
「い、一杯抱き着くなら風呂に入るよりも一緒に寝た方がよくないか? ずっとくっ付いてられるぞ?」
今の飛鳥は自分の身体が変化しているって事実を自覚していない。そりゃ幼い頃なら目に見える身体の変化は特にない。何とは言わんが付いてるか付いてないかの違いだ。今は違う。
「ねているあいだにいなくならない?」
俺の部屋にいる碧を除く女性陣が抱える共通のモノ……。自分が寝ている間に大切な人がいなくなってしまうのではないかという不安。時々ここの家主が誰なのかを聞いてみたくなるぞ……
「ならないならない。何ならギュ~ってして寝るか?」
不安を取り除くために抱きしめる。我ながら安直な考えだ
「うん! ねる!」
「じゃあ、部屋に戻るか」
「うん!」
起きて遊んで疲れたから寝るだなんて自堕落と言われてもしょうがない。飛鳥の幼き日、彼女の母親はこんな生活を彼女に送らせはしなかっただろう。
部屋に戻り出入口でスリッパを脱ぐ。ふと下を見ると靴があった。俺のものでも琴音や飛鳥のものでも作業員のものでもない。女性ものの靴。零達の誰かがって事も考えたが、部屋を出る時にはなかったものだ。
「きょうおにいちゃん、だれのおくつかな?」
「誰の何だろうな? 俺は見た事ないが、飛鳥は知ってるか?」
「ううん、あすかもしらない」
出入口にある見覚えのない女性ものの靴。この部屋で暮らす男性は俺と蒼以外はいない。靴の所有者は零達の誰かって事になる
「そうか。とりあえず中へ入るか。もしかしたら零お姉ちゃん達のお友達が来ているのかもしれないぞ?」
「え!? おともだち!? きょうおにいちゃん! はやく!」
友達という単語で目をキラキラと輝かせ、小走りでリビングへ向かう飛鳥。高校生になってからは知らんけど、昔は友達いたんだな。
「転ばないように気を付けろよー」
リビングまで駆けて行った飛鳥の耳に届いていないのは分かりきっていたが、注意だけはしとく。出入口からリビングまでこれと言った障害物はないから転ぶ心配はない。足を引っかけさえしなければ
「客人ではしゃぐとは……」
子供なのだから仕方ない。子供の頃は新しいもの、新しい人というのは新鮮だ。当然、新しいものが手に入れば夢中になる。新しい人と出会えばアピールしたくなる。リビングまで小走りしたくなる飛鳥の気持ちも理解出来ないでもない
子供は無邪気だなぁ~なんて考えながらリビングへ────────────
「おにいちゃん!!」
入ろうとする前に飛鳥が抱き着いて来た
「どうした? 怖いものでも見たのか?」
「うぅっ……」
飛鳥は俺の質問に答えようとはせず、抱き着いたままブルブルと震えだした。この反応だけで来ている客が誰か簡単に分かってしまう。飛鳥をこんな風にした張本人……あの女だ
「飛鳥、何も怖がる事はない。お兄ちゃんが付いてる」
俺は震える飛鳥の頭を優しく撫でる。髪の匂いとか触り心地なんて今は気にしている場合じゃない。飛鳥を安心させるのが最優先だ
「ほんとう……?」
「ああ、本当だ。怖いなら俺からくっ付いて離れるな。誰に何と言われようともな」
「うん……」
「じゃあ、怖い人退治に行くか」
荒療治、スパルタと非難したきゃすればいい。怯える飛鳥に嫌でも立ち向かえとは言わない。が、星野川高校が神矢想子を解雇するかあの女が考え方や価値観を変えない限り飛鳥は元に戻らない。いわばこれは彼女に降りかかった試練。俺はその試練を乗り越える手伝いをするに過ぎない
「うん!」
俺が側にいると分かって安心したのか飛鳥の震えが止み、声にも覇気が戻った。それでも俺の手を掴んでるのは神矢想子を怖がってるからだ。手が汗ばんでるしな
飛鳥と手を繋ぎ、リビングへ戻ると案の定、神矢想子座っていた
「さあ! 学校へ行くから準備しなさい!!」
開口一番目にこれですか……呆れてものも言えない
「嫌ですよ。つか、アンタのせいで飛鳥が大変な事になってるんですけど? 今日は大事を取って飛鳥は欠席、俺は念のために休んだって東城先生から聞いてませんか?」
神矢のせいで飛鳥の精神が子供に戻ったから嘘は吐いてない。ついでに言うと昨日よりも今日の方が悪化している可能性だってある
「聞いてるわよ? でもそれが何だって言うの? 私には内田さんを指導する義務があるの! 女の子なのに男の子の格好をするだなんて非常識な事は止めさせなきゃならないの! 灰賀君、私の言ってる事はどこか間違ってる?」
凛とした態度で何を頭のおかしい事を言ってるんだ? 指導する義務? 女が男の格好をするのが非常識ってならコスプレはどうなる? 男キャラのコスプレしてる女はどうなる?非常識な事なのか?
「間違ってるって言うよりも完全に自分の価値観を押し付けてるだけじゃないですか。それに、この場所はどうやって知ったんです? ここを知ってるのは父、祖父くらいなんですけど?」
この場所を知っているのは親父と爺さん……後は婆さんくらいだ。まぁ、由香や夏希さんも知ってるっちゃ知ってる。彼女達にここをバラすなと言ってないから神矢に教えたとしても怒るに怒れない
「昨日のうちに由香さんを問い詰めて吐かせたのよ! 教師が生徒に嘗められっぱなしというわけにはいかないもの!」
いやいや、自分の価値観を押し付けるしか能がない教師は嘗められると思いますよ?現に俺がアンタを嘗め腐ってるし
「あ、そう。じゃあ、もう帰ってくれません?」
神矢想子と知り合い二日目と知り合って間もない。そんな俺でもコイツがどんな人間か、星野川高校に来る前の学校でどんな指導をしてきたかなんて簡単に分かる。ヤンチャな連中にも同じように指導していたとしたらきっと……
「嫌よ! 私は内田さんと灰賀君を学校へ連れて行くまで帰らないわ!!」
公欠扱いになってるってのに何で俺と飛鳥を学校へ連れて行こうとしますかねぇ……こんな事を過去にもしてたなら生徒だけじゃなく親からの評価だって知れてる。絶対に担任にしないでくれと俺が親ならそう言う
「はぁ……内田は貴女のせいで精神が壊れたんですよ? 今だって貴女の名前、貴女の声を聞き、姿を見る度に怯えてます。そんな内田に貴女は何を指導すると? 現状では貴女に出来る事は内田と関わらず星野川高校から出て行く事だけだって理解出来ません?」
握っている飛鳥の手が先程から震えている。怖いのを必死に堪えようと態度には出さないが、身体は正直で言わずとも本当は早くこの場からいなくなってくれる事を望んでいる
「そんなわけないでしょ? 私は教師なのよ? 生徒である内田さんが教師である私を拒絶するわけないでしょ? そうよね? 内田さん?」
神矢の視線が俺から飛鳥へ移る。すると飛鳥の身体が小さく跳ね、そして……
「あすか、このひとこわい……」
飛鳥は小さくなって俺の後ろへ隠れた。それを見た神矢は
「なっ────!?」
驚愕の表情だった。自分が生徒から拒絶されるだなんてあり得ない。内心そう思っていてもおかしくないくらいだ
「これで解ったでしょ? 貴女は飛鳥にとって教師ではなく単なる恐怖する存在でしかないんですよ。アンタが飛鳥に何をして何を言ったかなんて知りませんが、これだけは言えます。アンタ、教師としての才能ないんじゃねーの?」
教師としての才能が何かなんて俺には分からない。教師を志した事も教師について学んだ事もなく、まして普段の仕事がどんなものかすら知らない。そんな俺でも教師にとって教え子との信頼関係が重要なものだって事くらい理解出来ているつもりだ
「あ、貴方ねぇ!!」
図星を突かれたのか怒鳴り出す神矢
「怒鳴るって事は自分に教師としての才能がないって認めたか過去に同じ事を言われましたって言ってるようなものですよ?」
背中に飛鳥の振動を感じつつ、俺は神矢にとって触れられたくないであろう確信に迫る
「教師をイビって楽しいの!? 私は貴方達のため思って言ってるのよ!?」
口では何とでも言える。たとえそれが本心でなかったとしてもな
「恩着せがましい。アンタは俺達の為じゃなくて生徒達の為に動いてる私すごい! って思いたくて動いてるんじゃねーの?」
「なっ────!?」
「まぁ、いいや。とりあえず今日は帰れ。この続きは明日してやるよ」
家で怒鳴られ、騒ぎになったら母親達と加賀達がここへ来る。琴音や零達もだが、関係ない奴を巻き込みたくはない。
「それは灰賀君が明日登校してくると捉えていいのかしら?」
本心を言い当てられ、一瞬ビックリしたような顔になったが、すぐに平静を保つ神矢。過去にも同じ事を言われたんだな
「ああ、そうだ。飛鳥は明日も休ませる。その代わり、明日は俺が登校してアンタの指導を受けてやるよ」
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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