『ず……っと……み……て……た……よ……ちー……ちゃ……ん』
『えっ……?』
ずっと見てた。紗李は確かにそう言った。彼女は死んだ後、私が何をしたかを知っていると言ってるに他ならない。恨み言を言われても言い返す権利も資格も私にはない。それだけ酷い事をしたのだから
『わ……た……し……は……ちー……ちゃ……ん……が……に……く……い……にくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!』
たどたどしく喋っていた紗李が狂ったように憎いと連呼してくる。それを私はただ聞いているしか出来なかった。言い返す資格も権利も私にはないのだから……
『裏切り者……』
一通り連呼し終えた紗李はハッキリとした口調に戻り、その開口一番がこの言葉だった。
『…………ごめんなさい』
『ごめんで済んだら警察なんて要らないよ。ちーちゃん』
彼女の言う通りごめんで済んだら警察なんて要らない。人を狂わせたのなら尚の事ごめんでは済まない
『………………』
紗李の言う事が正論過ぎて反論出来ない私は黙るしかない
『ちーちゃんさぁ、自分にとって都合の悪い事言われると黙るクセまだ治ってなかったの?』
『ごめんなさい……』
『それは何に対しての謝罪?わたし達にした事に対して?それとも、都合の悪い事に向き合えない事に対して?』
『そ、それは……』
鋭い紗李の追及に言葉が詰まる
『まぁいいや。わたし個人としてはちーちゃんのせいで死んじゃったけど、わたし達もちーちゃんを殺した。それでお相子にしようと思ってる』
『紗李……』
『勘違いしないでね?わたしはそう思っているってだけで他の二人はどうか知らないから』
紗李の出した結論に感動で涙が出そうになったけれど、それはあくまでも紗李個人の意見。他の二人が同じとは限らない
『私は紗李の意見に賛成。千才を殺しただけで満足してる』
先ほどとは打って変わり、透き通るような麻衣子の声が響き渡る。殺せただけで満足って言うのは妙な感じだけどね
『麻衣子……』
『だけど勘違いしないで。私達を追い込んだ事は許してないから』
殺されただけ許してもらえるとは思ってなかった。私はそれだけの事をしたのだから
『わ、分かってるわよ……』
『ならよろしい。私と紗李はそれでいいけど、紗枝は……』
余罪は別として紗李達は私を殺しただけで満足している。幸い(?)にもそう言ってくれた。だけど紗枝は違う。私が橋から川に投げ入れたせいで頭を打って即死。私がそんな事をしさえしなければ紗枝は今も生きていたに違いない。きっと紗枝は私をそう簡単に許すなんて事はしないはず……
『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
許す許さない以前の問題でまともに話を出来る状態じゃなかった。
『あらら、さえぽんはちーちゃんへの恨みが相当根深かったか、ま、当然だよね、わたし達は自ら命を絶ったけど、さえぽんはちーちゃんに殺されたんだし』
『そうだね。こればかりは千才が何とかするしかない』
紗李と麻衣子に言われずとも解っている。解ってはいるものの、何とかする方法が分からない。現状で解かっているのは紗枝は私のせいでこうなってしまったという事だけ
『そんな事分かってるわ。でも、どうしたらいいの……?』
ゴールは見えているのにそこに行きつくまでの道のりが分からない。実に皮肉な話
『さぁ?とりあえずさえぽんから何をされても抵抗しないで受け入れてみれば?』
『紗李の言う通りだよ。というか、今の千才にはそれしか出来ないよ』
冷たい口調で言う紗李と麻衣子に昔なら反論の一つでもした。けれど、今は彼女達の言う通りで反論の余地がない
『分かったわ。それで紗枝の怒りが収まるのなら』
『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
私は飛び掛かってくる紗枝を受け入れるべく両手を広げた。今の私に出来るのは彼女の気が済むまで好きにさせる事だけ……
『ウウッ……グルルルル……ガァァァァァァァァァ!!』
飛び掛かってきた紗枝は獣のような声を上げ、私の首筋に噛みついている。だけど、痛みどろか血の一滴も垂れない
『紗枝……それに麻衣子、紗李、あの時の私は本当にどうかしていたわ……。謝って済む問題じゃないのは理解しているつもりよ……、でも、謝らせて……ごめんなさい……、本当にごめんなさい……』
一滴の血も垂れず、痛みすら感じないというのに獣みたいに私の首に噛みつく紗枝。そんな彼女を見て初めて自分がしてしまった事の重大さに気が付く。今のは灰賀君に言われたとかじゃなく、心から悪いと思っての言葉で嘘偽りはない
『ちーちゃん、本当に悪いと思ってる?その場しのぎの嘘っぱちじゃないの?』
『だね。千才は外面だけはよかった。だから今の言葉だってこの場を凌ぐための嘘かもしれない』
解かっていた。紗李と麻衣子が私を信用してくれないのなんて最初から解かっていた事じゃない……。私の方から彼女達を裏切っておいて信用してもらおうだなんて虫が良過ぎる
『紗李達が疑うのも無理はないわ……。だって私が最初に貴女達を裏切ったんですもの……でもっ! でも……もう貴女達を裏切らない!! 誓うわ! 例え世界の全てが貴女達を裏切ったとしても私だけは裏切らない!!』
一度裏切っておいて何を言ってるのかしら?私が紗李達の立場なら間違いなくそう言ったわね……。我ながらなんて虫が良過ぎる
『ふーん、一度わたし達を裏切ったちーちゃんの言葉を簡単に信じると思う?信用して裏切られたら堪ったものじゃないよ。ね?まいちゃん?』
『だね。裏切らないって言うなら態度で示してもらわないと困る』
当然の反応だった。でも、態度でと言われてもどうしたら……。
『態度でって言われても……』
誓いを態度で示すなんてどうしたらいいの……?
『一番手っ取り早いのはちーちゃんがわたし達の脛にキスだね!』
『紗李が脛なら私は足の甲を所望』
脛へのキスは服従、足の甲へのキスは隷属。場所はともかく、裏切らないという誓いを確実なものにするには持って来いね
『それで紗李達の気が済むのなら……喜んでするわ!』
『うん、私達はそれで満足なんだけど、その前に、紗枝、千才が私達の下僕になりたいって言ってるからそろそろ演技止めて離れて』
『えっ……?』
麻衣子は何を言っているのかしら?演技?
『えー! もうちょっといいでしょー!』
さっきまで獣のような雄叫びを上げながら私の首を一心不乱に噛みついていた人と同一人物とは思えないほどの不満気な表情と声。何がどうなっているの?
『ダメだよ、さえぽん。今からちーちゃんがわたし達に忠誠を誓うキスをしてくれるんだから』
『なら離れるしかないかー』
状況が読めない……。言ってる事は違えど狂っていたのは事実。そんな三人が普通に話せて普通に反応する。何がどうなっているのかしら?
『あ、貴女達……さっきまで狂ったように叫んでたわよね?紗枝に至っては飛び掛かって噛みついて来た。なのにどうして今は……』
『普通に喋れるのか?って?わたし達はちーちゃんを殺しただけで満足してるからだよ。それまでは憎んだし恨んだ。って、これ最初に言わなかった?ちーちゃん、もしかして警察官になって頭悪くなったの?』
紗李ってこんな辛辣な事を言う子だったかしら……?
『そんな事はないわ。だた現状を理解するのに頭が追い付いてないのよ。吹っ飛ばされたと思ったら目の前には死んだ紗李達がいるし、下を見れば私がグッタリしてる。冷静に振る舞っていても内心では戸惑っていて貴女達を怖いとも思っている。だからなのでしょうね、懺悔の言葉が出てきたのは』
紗李が何回か私を殺したと言ってる事から死んだというのは確定。けれどその事実を信じられない自分もいる
『そっか、ちーちゃんはわたし達が怖いんだ。そりゃそうだよね、高校の時に死んだわたし達が目の前にいきなり現れたら怖いよね。それはそれでいいんだけどさ、ちーちゃん。何か忘れてない?』
『何かって何かしら?』
私に忘れている事なんてあったかしら?
『わたし達へのキスだよ。わたしが脛でまいちゃんが足の甲。忘れてないよね?』
『もちろん、覚えているわ』
紗李達にキスをするのは忘れてない。このタイミングでそれを言われるとは思ってなかったけれど
『ならいいよ。ところでさえぽんはどこにするか決まってるの?』
『爪先』
『という事でさえぽんは爪先だって! ちーちゃん!』
何がという事なのか分からない。爪先へのキスは崇拝。紗枝がこれを知ってるのかどうかは置いといて、それぞれの希望を整理すると紗李が脛、麻衣子が足の甲、紗枝が爪先。なぜかしら?キスの場所が足回り集中しているのは
『分かったわ。じゃあ、紗李から順番にしていくわね』
私は紗李の脛、麻衣子の足の甲、紗枝の爪先と順番に唇を落としていった。こんなもので償いになるのかは分からない。本人達が満足しているのならそれでいい
紗李達が指定した場所にキスし終え、私達は完全にとまではいかなかったけれど昔の関係に戻った。仲直りをしたというわけではないけど、私から見ると良好な関係と言える。
『さてっと、これからどうしましょうか?』
昔の関係に戻ったはよかった。でも、問題はこれからどうするかだった
『どうしましょうか?って聞かれても私達だってどうしていいか分からないよ。とりあえず今の私達を見えて怖がらない。それでいて意思疎通が可能な人を探すしかないでしょ』
『そだね、まぁ、私達の身近でそんな人は一人しかいないから必然的にその人の元へ行くしかないんだけどね♪』
麻衣子の意見に心当たりがあると言わんばかりの紗枝。今の私達が見えて怖がらない人なんて本当にいるのかしら?それも身近に
『あー、あの子ね』
手をポンと叩き、納得の表情を浮かべる紗李。けれど私には全く分からない。紗李から私を殺しただけで満足って言われたから死んだのは確か。死者が見えて怖がらない人なんてそうはいない。なのに紗枝と紗李からは焦りが見えない。麻衣子も麻衣子で探すしかないと口では言っているものの、表情に焦りの色は全くない。
『あの子しかいないよね』
麻衣子も麻衣子で心当たりがあるから焦ってないのは分かったけど、あの子って誰の事かしら?
『三人共心当たりがあるようだけれど誰の事を言っているのかしら?いまいち読めないのだけど……』
あの子という事は私よりも年下か女の子のどっちか。前者だったら灰賀君くらいしかいないし、後者だと完全に心当たりがない
『灰賀君だよ。ちーちゃん』
『え?灰賀君?それって灰賀恭君?』
『うん。あの子ならわたし達を見ても怖がらないし、意思疎通が出来る!』
私にからしてみれば意外な真実。灰賀君に幽霊が見えるだなんて……。いや、思い当たるフシはあるわね
『そう言う事だから千才、とりあえず灰賀君のとこ行くよ』
麻衣子に手を引かれ、私は病院内へ。その横には紗李と紗枝がいる。残念な事に死んでしまったけれど、また昔みたいに彼女達と仲良く出来るのならそれも悪くないと思っている私もいる
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