「自由って素晴らしい……」
薬品の独特な香りが漂う保健室。俺はベッドに寝ころんでぼんやりと天井を眺めていた。電話? もちろん鳴りっぱなしだ。欠席の連絡もしてないんだから当然と言えば当然。同じ家に住んでいるのなら尚更。正直な話をすると俺は学校という場所や教師に何も求めてはいない。勉強なんて教材さえあればどこででもできるし、分からなかったら分かる人間に聞けばいい。学校も教師も俺には必要ないのだ
『だねぇ~』
『日頃の煩わしさから解放された気分になるわね』
幽霊二人は日頃の煩わしさとかなかろうて……とは口が裂けても言えず、俺はただ二人にジト目を向ける。現在進行形でそうだが、彼女達は基本、俺の周りを漂ってるだけ。基本的にいていないようなものだ。だからというわけじゃないが、この二人が日常の煩わしさを語ったところでしっくりこない
「だな……」
本当は開催式が終わるまで身を潜めているつもりだったのだが、保健室は滅多に人が来ないだろうという結論に達し、今に至る。さっき学校や教師に何も求めてないと言ったが、その中で最も不要だと思うのが文化祭や体育祭といった学校行事。クラス一丸なんてクソ食らえだ。例えば、目に見えたイジメこそないが、クラス内で邪険に扱われてたとしよう。邪険に扱ってる連中の“俺達は仲間だ”という言葉をみんなは信じるか? 信じないだろ。ソイツらは仲間ではないからだ。もちろん、友達でもない。都合のいい時に甘言で誘惑し、自分の思う通りに他人をコントロールするだなんてバカにするにも程がある。だから俺は仲間や友達を信じたりはしない
『永遠にゆったりとした時間が続けばいいわね……』
『そうだね~、お母さん達はきょうに何もしてあげられない事が多いけど、こういう時間は共有したいしね~』
「…………そうだな」
何もしてあげられない。ここはあえてスルー。実際その通りであり、そうじゃない。肯定も否定もできない。仮に否定したとしても曖昧な結果に終わるのなら何も言わずにただ二人の言う事に同意しておくのが吉。俺は文化祭の早期終了を願いつつ目を閉じた
『よう、俺』
突然現れたのは最近じゃ割とお馴染みになりつつあるもう一人の俺。毎度毎度ではないのだが、あえて言おう。コイツは寂しがり屋なのか?
「寂しくなって会いに来たのか?」
コイツの正体は俺の霊圧。いつも一緒にいるんだが、煽り言葉がコレしか思い浮かばなかったんだ
『気色悪っ』
「自覚はある」
『自覚ありで言ってるなら余計に悪質だ。つかよ、俺が現れたって事はどういう事か解かるだろ?』
ゴミを見るような目でこちらを見ていたもう一人の俺が急に真剣な眼差しを向けてきた。コイツが現れた────つまり、何か話があるって事だ
「何か話があるのは何となく察した」
『よく解ってるじゃないか。その通り。俺はお前に話があって呼んだんだ。なのにお前ときたら……』
呆れた顔で溜息を吐くもう一人の俺。なんだろう……心が痛い
「悪かった。お約束かと思ってな」
『はぁ……段々親父に似てきてないか?』
「やめろ。それだけは嫌だ」
『嫌なら今後は控えるんだな』
「肝に銘じとく」
『そうしろ。ところで、重要な話なんだが……』
「ああ」
『今日一日零達は霊圧の使用及び霊圧察知は使えねぇ』
「はい?」
俺はコイツが何を言っているのか解からなかった。早織達から霊圧が使えなくなる日があるだなんて話聞いた事がない。聞かなかったから無理もないが、にしたって理解が追い付かない
『解からねぇって顔してんな。まぁ、当たり前か。元の霊圧が高いお前には無縁の話だ。知らなかったとしても無理はない。お袋達も知らないみたいだしな』
理解が追い付かない俺を余所に勝手に納得するもう一人の俺。一人で納得してないで俺にも解かりやすく説明してほしいんだが……
「一人で納得してないでちゃんと説明してくれ」
『説明っつってもなぁ……零達の霊圧がお前の霊圧────延いては俺が底上げしたってのは分かってるよな?』
「ああ。そうしたのは他でもない俺だからな」
『底上げした霊圧が消える事はないんだが何ヶ月かに一回あるいは何年かに一回のペースで使用不能になる。理由は簡単で底上げされた霊圧に追い付こうとして自分で霊圧を沸かせようとするからだ。分かりやすく言うなら風呂に溜まった湯がぬるくなったから湯を足すと言ったところか?』
もう一人の俺は怠そうに後頭部を掻きながら言葉を探す。今の例えじゃいまいち容量を得ないんだが……
「分かりづれぇよ。もっと簡単に言ってくれ」
『っつってもなぁ……俺から言えるのは零達が今日一日霊圧を使えず察知もできねぇとしか言えねーんだよ。霊圧に限らず資源っていつかは尽きる。譲渡された否かは別としてな。でだ、資源が足りなくなりそうになったり、気が付いた時に資源が足りなくなったらどうする?』
「どうするってそりゃ、新しく資源を貰うか可能なら元自分で作るに決まってるだろ」
『そうだ。資源が足りなくなったら新たに資源を貰うか自分で作る。しかしだ、貰うなら簡単だが、作るってなったら相応の時間が掛かる。植物だったら種を植えて栽培し、生物だったら一から育てる。霊圧の場合はだ、元となった資源────つまり、お前が譲渡した霊圧を元に彼女達自身の霊圧を底上げしなきゃならねぇ。これが何を意味するか理解できるか?』
コイツの例えは分かりづらいのだが、言いたい事は何となく理解した
「お前の例えは分かりづらいが、言いたい事は何となく理解した。早い話が今日は俺が渡した霊圧が少なくなってきてるから自分達で作る日だって言いたいんだろ?」
『そんな感じだ』
「それならそうと完結に言え。分かりづれぇ」
漠然と霊圧の使用及び霊圧察知は使えないと言われても分からん。我ながら話下手だ。必要事項だけ伝えようとするから逆に分かりづらくなる。人に何かを伝えるというのは難しいんだな。これからは簡潔かつ分かりやすい話し方をするように心がけるとしよう
『霊圧関係に関しては色々と面倒なんだ。なんたってお袋も霊圧が一時的に使えなくなる日が来るのは知らねぇからな』
またももう一人の俺から飛び出したのは衝撃告白。早織ですら霊圧が一時的に使えなくなる日があるのを知らないとは初耳だ
「初耳だな。早織ですら知らなかったのか」
『まぁな。お袋は他人に霊圧の譲渡なんて一度たりともした事ねぇし』
「それも初耳だ」
『初めて言ったからな。とにかくだ、今日一日零達は幽霊を見るだけの力しかない。幸いこの学校に悪質な奴はいねぇけど、そっち関係で零達や同級生を守れるのはお前しかいねぇって事だけ覚えとけ』
「了解」
『ならよし。用事は済んだからさっさと戻れ。開催式もう終わったぞ』
そう言うともう一人の俺はヒラヒラと手を振りながら暗闇の中へ消えて行った
『あっ、起きた?』
『もう開催式終わったわよ?』
目を開けると早織達が笑みを浮かべながらこちらを覗き込んでいた
「ああ……」
夢の中でもう一人の俺に言われた事を頭の片隅に追いやりつつ身体を起す。当初は零達に見つからないようにしながら文化祭をサボるつもりだったのだが、彼女達が霊圧を使えないと聞かされた今、若干の不安が無きにしも非ず。悪質な奴はいないと言われたが……大丈夫か?
『これからどうするのかしら?』
『適当に食べ物屋さん回る~?』
「そうだな……とりあえず幽体離脱してから考える」
俺はどうするべきなんだ? 零達に脅威が訪れないよう傍にいて目を光らせるか、知らんふりしてサボりを決め込むか……零達の霊圧が今日一日使えないという話からしなきゃならんと思うと余計に面倒なんだよなぁ……考える事を放棄した俺は幽体離脱するところから始めた。これなら悪質な幽霊が現れたとしてもすぐに対処できるだろう
『これで二人と同じだな』
『うん!』
『これなら思う存分くっ付けるわね』
心底嬉しそうな早織達の顔を見てますます霊圧使用不能な日が存在するらしい事実を言えなくなる俺。もう一人の俺が言っていた事に疑問を抱くのだが、今日は文化祭。騒動に巻き込まれたくねぇから黙っとくか……
『はぁ……幽体だから歩きづれぇって大義名分で拒絶できねぇ……』
生身だったら歩きづらいからくっ付くなと言えるのだが、幽体に歩きづらいもクソもなく、今の俺に二人を拒否できない。零達の霊圧とこの状況……二重の意味で困った……
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