神矢想子を思う存分甘えさせたところでスマホを見ると八時と表示。朝飯の時間という事で俺達は食堂へ向かう最中なのだが……
「ご主人様ぁ~」
件の神矢想子は部屋にいた時と何ら変わらず。変わっているのは彼女の恰好が下着姿からTシャツ、スエットと人前に出ても恥ずかしくない恰好である事と俺の腕をがっちりホールドしている事くらいだ。
「どう転んだらカオスな状況になるんだよ……」
俺だって男だ。女に甘えられて嬉しくないわけがない。嬉しくはあるのだが、やりづらい……。かつて敵対した奴が今じゃ自分をご主人様と呼び、その上甘えてくる。由香もだけど、良好とは言い難い関係だった奴が時を経て変化し、甘えてくるというのは扱いに困る。現実的な事を言うと、コイツは藍よりも教員歴が長い。つまり、藍よりも年上……。見た目が若いが、実年齢は……考えるのは止そう
「ご主人様と想子が運命的な再会を果たしたらこうなるんですよ♪」
神矢想子が抱き着く力を少し強めた。彼女が何を言ってるのか理解したくない。運命的な再会?そもそもの出会いが運命もへったくれもない出会い方だったろ。再会した時だって俺が目を覚ますと膝枕されていたという再会と呼ぶにはお粗末すぎるものだったしよ。運命の再会って何なんだろうな?
「俺の個人的な感想を言わせてもらうと気が付いたら膝枕されてたのは運命の再会とは言わないんだよなぁ……」
再会した相手が遠い昔に結婚を約束した幼馴染でしたとかならまぁ……うん。気が付いたら膝枕されてましたでも十分運命の再会と言えただろう。相手が相手だけに運命の再会とは言えない
「想子的には運命の再会です! 星野川高校にいた時からご主人様の事は気になってました!」
その気になってたってのは恋愛的な意味じゃなく、教師に楯突く気に入らない生徒的な意味でだろ?気になってたの意味ちげーだろ
「さいで」
指摘すると面倒だから適当に流す。由香といい、コイツといい、掌にジェットエンジンでも付いてるのか?ってくらい掌返しが酷い。零や闇華、琴音や飛鳥、茜や真央みたいに最初から好意的に接しててくれてたら俺も心動いたかもしれない。由香とこの女に関しちゃ過去と現在にギャップがあり過ぎてどうしていいか分からないといった感じだ
「さいです♪想子はもう二度とご主人様から離れませんので……」
笑みを浮かべ俺を見る彼女の目にはハイライトがなかった。コイツも闇華達と同類の人間かよ……。面倒なのが増えたと普段なら悲観するところだが、同じ家に住んでるわけじゃあるまい。面倒だとは思っても悲観するほどじゃない
「はいはい、お好きにどうぞ」
ずっと側にいるとか離れないとか言っても所詮はスクーリングの間だけ。これが終われば元の鞘に収まる。俺は星野川高校で神矢想子は灰賀女学院。二度と顔を合わせる事はないのだ
「はい♪好きにします♪」
零達に見つかったらめんどくせぇなぁ……と憂鬱な気分のまま食堂を目指した
食堂へ到着した俺は昨日、一昨日と座っていた場所────ではなく……
「灰賀君は私の隣に決まってるでしょ」
神矢想子によって俺は強制的に彼女の隣に座る羽目に。で、問題が一つ。それは……
「恭……そういう事は担任に報告しろって教えなかったっけ?」
「恭くん、管理人としてこれは見逃せないなぁ……」
藍と琴音の年上同居人コンビがドロッとした目で俺を見つめてくる事だ。藍の言ってる事が珍しく理不尽極まりない。琴音の言ってる事はよく分からん。管理人として何が見逃せないのか明確にしてから出直してこい。部屋にいた時は殺気立ってた幽霊二人組はというと……
『考えてみれば別に殺気立つ必要なかったよ~。お母さんはいつでもどこでもきょうと一緒だからね。甘えたいなぁ~って思った時に甘えればいいしさ~。お母さんウッカリ☆テヘッ☆』
『私もそうね。いつ如何なる時も恭様と一緒なわけなのだから妹に嫉妬する意味なんてなかったわ。申し訳なかったわ。恭様。私の考えが至らないばかりに』
藍と琴音のフリ見て我が振りを思い返したのだろう。方やぶりっ子、片やよく分からん謝罪をしてきた。二人の事は終わった事だから水に流すとして、目の前の年上二人組を何とかしてくれ。じゃないと……
「東城先生ってあんなキャラだったっけ?」
「いや、いつもはもっとクールだったような……」
「HAHAHA、東城先生は灰賀君を神矢先生に妬いてるのSA☆」
同級生達が戸惑ってて収拾つかなくなる。最後のウザい瀧口は後で求道と北郷にない事ない事を吹き込んでおこう。瀧口大好きな二人だ。絶対真に受けるに決まってる。同級生ですらこれなんだ、教師陣は……
「東城先生……あれほど生徒の前では殺気を出さないようにと釘を刺したのに……」
「話には聞いてましたし灰賀君との関係も知ってましたけど……心狭すぎるでしょ」
「HAHAHA、東城先生。ポッと出の神矢先生に嫉妬してるようじゃまだまだDANE☆」
完全に呆れていた。最後の瀧口。お前はどっから湧いて出たんだよ……北郷と求道に俺が捏造したお前のトンデモ性癖を包み隠さず暴露しておいてやるよ
「勘弁してくれよ……」
本当に勘弁してほしい。ハーレムは世の男性諸君にとって喉から手が出るほど欲しい物なんだとは思うよ?じゃあ、ヤンデレハーレムでもいいからあげるって言われたらどうする?素直に受け取るか?言っとくけど、見てくれが良くても中身ヤンデレだぞ?勘弁してくれよって思うだろ?俺が今その気持ちなんだよ!
「灰賀君は私の事嫌いなの?」
「好きとか嫌いの問題じゃなくて注目されたくないから勘弁してくれって言ってるんだよ。周りを見てみろ」
「周り?」
神矢想子が目を丸くし、周囲を一瞥。俺も彼女に倣いもう一度周囲を見回す。いるのは星野川高校、灰賀女学院の生徒達と両校の引率教師と管理人の琴音。俺に関係した人間の説明は……必要かなぁ?神矢想子が俺にベッタリという時点でお察しだろ?瀧口と愉快な仲間達はニヤニヤしてるし、零達同居人一同はいつも通りハイライトが仕事放棄した目で見てくるし、星野川高校在籍中の一般生徒は特に気にした様子ねぇし、灰賀女学院の連中に至ってはここに来た時から談笑して目もくれねぇし……星野川高校、灰賀女学院問わず一般生徒薄情すぎるだろ
「な?注目集めてるだろ?教師が一人の生徒にご執心だとヤバいんだ。別に隣にいたくねぇとは言わないが、さすがにあ~んはマズいだろ」
実際に注目を集めてるかどうかなんて関係ない。要するに教師が一人の生徒を贔屓するような行為はマズいって事が伝わればそれでいい。頼むから伝わってくれ
「別にマズいなんて事ないわ。灰賀君にあ~んしてこいと言ったのは他でもない暦さんよ?理事長の許可を得てるのだからマズい事なんて何一つないわ」
なるほど、全く分からない。言いたい事は何となく解かるよ?婆さんの後ろ盾があるから神矢想子は誰がいようと正々堂々と俺に甘えられるって事だろ?それは彼女の口振りから察する事が出来ましたよ?ですがね?零達の視線がさっきから突き刺さっておりましてね?なるべくならあ~んはナシの方向で考えて頂けると嬉しいかな~なんて思うわけです
「零達と東城先生や琴音さんが怖いから勘弁してくれないか?見てみろよ」
俺は神矢想子に再度周囲を見るよう言った。彼女は先程と同じく目を丸くし、辺りを一瞥。俺も後を追うように辺りを一瞥した。いるのは相も変わらず星野川高校、灰賀女学院の生徒と両校の教師と管理人の琴音。だが、先程と違うのは目のハイライトオフ状態だった零達がこちらをじっと見つめながらブツブツと何かを呟いてるところだ。藍と琴音は距離近いから何を言ってるか聞こえないまでも口の動きで何を言っているか大まかな予想はつく。だが、零達は距離が遠く、何か言ってても聞こえないし口の動きも観察できない。さっきブツブツと何かを呟いてるところと言ったが、アレだって彼女達の行動パターンからこんな時アイツらならこうなるんだろうなぁっていう俺の当てずっぽうだったりする
「一部変なオーラの人もいるようだけど、いつもと変わらない私の生徒と私の同僚しかいないわよ?」
コイツ何言ってんだ?と言いたげな顔で俺を見る神矢想子。もうどうでもいいや……
「さっさと食わせてくれ……そして部屋へ戻らせてくれ……」
何を言っても無駄だと諦め、俺は零達ハイライトオフ集団を全力で無視し、食事を終わらせた。神矢想子のあ~んで。こればかりは断り切れなかった。断ったら泣きそうな顔でこっち見るんだもん……
で、食事を終え、自室に戻ってベッドで横になってるわけなのだが……
「スゲー嫌な予感」
神矢想子には一応、自分の部屋に戻ると一声掛けた。藍と琴音にも念のため神矢想子と同じようにした。零達は……何も言わずともここへ来ると思うから大丈夫。俺の行動には一部の隙もないはずなんだが……この妙な胸騒ぎは何だ?何かヤバ気な物が近づいてくる気配がする
『多分、その嫌な予感の正体って……』
『藍さん達以外にないと思います。想子とあれだけイチャついてたんですもの。零さん達未成年組はもちろん、藍さん琴音さんの成人組は納得してないでしょうし、想子は想子で独占欲強いんです』
『あ、あはは……』
早織と神矢想花が何やらひそひそ話してるが、何の話だ?つか、徐々に胸騒ぎが大きくなってきている。こりゃ……
「早めにどこかへ逃げるとするか」
俺は起き上がると足早に部屋を後にし、どこか身を潜められそうな場所を探していつもとは逆方向へと歩き出した
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