『親父、何言ってんだよ?』
俺は親父が何を言っているのか理解出来ず黙って座ってるしかなかった。
『何言っているはこっちの台詞だ。恭、お前変だぞ?熱でもあるんじゃないのか?』
心配そうな顔で見つめてくる親父。俺からしてみれば変なのは親父の方だ。いきなり由香と交際しているだなんて冗談にしちゃ質が悪い。
『俺は正常だ! それよりも俺と由香が交際?冗談だろ?』
親父が夏希さんと再婚したのなら俺と由香は血の繋がりこそないが、姉弟だ。なのに交際?法律上の問題はなくとも家族関係で考えると気まずくなるのは火を見るよりも明らかだ。そもそも話、俺が普通に実家にいて親父と普通に会話している事自体あり得ない。
『冗談ではない。本当の事だ。それより、恭の方こそ冗談でも絶縁とか言うな。俺はともかく、夏希も由香も新しい家族が増えて嬉しがっていた。特に由香は中学の頃から好きだったお前と一緒の家に暮らせるって分かった日には大喜びしたらしいぞ?』
本格的に理解不能だ。何なんだ?中学の頃から由香が俺を好き?その話は初耳だ。今はそんな事どうでもいいとして、俺は親父に聞かなきゃいけない事がある
『そうかい。それより、俺は高校入学を期に一人暮らししろって言われて今はデパートの廃墟に住んでたはずだろ?何で俺はここにいるんだ?』
俺はデパートの廃墟で一人暮らしをしている。それは親父が一番よく理解しているはずだ
『は?お前、何を言ってるんだ?俺が言ったのは高校入学を期に彼女の一人でも作れとは言いはした。しかし、一人暮らしをしろとは一言も言っていないぞ?ましてデパートの廃墟なんて身に余るだろ』
俺をデパートの廃墟に叩き込んでおいて何を言っている?いよいよ持って我慢の限界が来た俺は勢いよく立ち上がった。勢いよく立ち上がったせいでガタンと音を立てて椅子が倒れたが、そんなの今は気にしている場合じゃない。
『それを言い出した張本人が何を言ってやがる! さっきから意味不明な事言ってんじゃねーよ! 由香と交際?俺は告白をした覚えも受けた覚えもねーよ!』
俺は恋人に頓着する方ではない。同性と余程の性格ブスじゃない限りは受け入れる。その時の状況によっては。それが何だ、告白をした覚えも受けた覚えもないのに彼女がいましたとか冗談だろ?
『恭、いくら何でもそれは酷いぞ?そりゃ昔お前と由香ちゃんの間にあった事は聞いてはいる。でも今のはないぞ?』
ゴミを見るような目で俺を見つめる親父。昔俺と由香の間にあった事……俺が零達を家から叩き出そうとした原因。普通の神経じゃ到底許せないだろう出来事……
『うるさい! そもそも、俺が────』
『朝から騒がしいわよ?恭君』
由香と付き合うわけないだろ! そう言おうとしたところで夏希さんが両手にスクランブルエッグとパンが乗った皿を持ってやって来た。
『すみません、夏希さん』
『何があったかは知らないけれど由香は中学の頃から恭君が好きだった。それだけは否定しないで頂戴』
『すみません……』
夏希さんは怒鳴るでも泣くでもなく、淡々と自分の娘が俺をどう思っていたかを語って見せた。それでも俺には信じる事が出来ない。自分達の置かれている立場、過去の確執。それらを考慮しても都合が良過ぎる。
『よろしい。それじゃ恭君』
『はい』
『悪いけれど由香を起こしてきてくれないかしら?』
柔和な笑みを浮かべて何言ってんの?
『はい?何で俺が?』
『何でって私達が再婚し、由香と付き合い出してからは毎朝貴方が起こしてるでしょ?忘れたのかしら?』
忘れるもクソもあるか。俺は今まで誰かを起こした事なんてない
『わ、忘れたといいますか、俺は今まで人を起こした事がないのでやり方が分からないと言いますか……』
思い起こせば俺はいつも誰かに起こされていた。もちろん、あまりの暑さ、寒さに自分で起きた事だってある。だが、人を起こした事などない
『恭君、その年でもう呆けが始まったの?毎朝由香を起こすのが貴方の日課でしょ?』
初耳だ
『初耳なんですけど……』
『そう。由香を起こすのが貴方の日課よ?大丈夫、貴方が一声掛ければあの子は簡単に起きるから頼めるかしら?』
突っ込みたい事はたくさんある。例えば、由香の寝ている場所を聞いてないとか、何で俺の一声で起きるのかとか、何で夏希さんか親父がやらないんだとか
『言いたい事はいろいろありますが、とりあえず行ってきますので由香が寝ている場所を教えてください』
言いたい事はいろいろありはする。それを言ってしまえば精神的疲労が溜まるから今は言わないでおく
『恭君……本当に呆けてしまったのね……毎日同じベッドで寝ているというのに……』
悲しそうに目を伏せ、とんでもない爆弾を夏希さんは落としやがった……なぜか親父は目頭を押さえてるし……何だ?この俺が悪い奴みたいな空気は
『とりあえず行ってきます』
倒れた椅子を戻すと俺はリビングを出て元・自室に向かった。
元・自室の前に着いた俺は驚きを隠せずにいた
『な、何だコレ……』
部屋のドアに掛かっているのはハート型の『ゆか♡きょう』と書かれたプレート。しかもピンク色の装飾がより一層バカップル感を醸し出しているから質が悪い
『俺はいつ由香とバカップルになったんですかねぇ……』
目の前にあるプレートにゲンナリしつつ、ドアを開けた。ノック?んなモンするか! 自分の部屋に入るのにノックをする奴はいない!
『え、えへへ~……きょう……』
部屋に入るとベッドで由香が幸せそうな顔で寝ていた。それはいいとしてだ。何でベッドがデカくなってる?何でシングルベッドじゃなくてダブルベッド?
『マジで何なんだよ……』
俺は由香の夢に入ったはずなのに気が付いたら家のリビングにいるし、絶縁状態に近い親父は普通に話掛けてくるし、一人暮らしなんて命じてないとなんて言い出した。その上夏希さんと再婚してすぐに俺と由香が付き合い出したと言う始末。極めつけは部屋のドアに掛けられていたプレートとベッドの大きさが変わっていた事。これじゃ本当に……
『並行世界じゃないか……』
本当に勘弁してほしい。そうは思ってもこの世界から出る方法が解からない俺はとりあえず由香を起こすべくベッドへ近づき、そして────
『おい! 起きろ!』
幸せそうに寝ている由香の身体を揺すった。しかし────────
『ん~……後五年~』
彼女からは寝坊助のテンプレが返ってくるだけで目を開けようともしなかった
『そういうラノベキャラのテンプレなんて求めてねぇ!! さっさと起きろ!』
夏希さんは俺が一声掛ければ由香が起きると言ってたが、実際はどうだ?一声で起きる気配が全くしない
『ん~、キスしてくれたらおきる~』
『は?』
コイツは何を言っている?キスしてくれたら起きる?ちょっと意味が理解出来ない
『キスしてくれたらおきる~。恭いつもキスしてくれるじゃん』
俺が由香を起こす時にいつもキスしている。それが当然であり、日課だと言わんばかりの口ぶりな由香に俺は……
『頬っぺたでいいならしてやる』
反論するのを諦めた。
『え~! く~ち~び~る~!』
不満そうな顔で唇へのキスを所望されても困る。
『ごめん、俺、歯磨き後じゃないと好きな女と言えどキスしない主義なんだ』
我ながら素晴らしい言い訳だ。時間を無駄に使わなくて済み、オマケに由香も起きる。一石二鳥じゃね?
『ほんと!? 歯磨きした後ならキスしてくれるの!?』
由香はガバッと起き上がる。本当に単純な奴だ。髪の毛が寝癖でボサボサな事を除けば
『するする。だから歯を磨いて顔を洗ってボサボサの髪を整えて来い』
『ほんと!?』
『ああ、本当本当』
『分かった!! すぐに行ってくる!』
勢いよく起き上がった由香は布団を跳ね除け、そのまま部屋を飛び出して行き、残された俺は────────
『何でキスしてやるなんて言ったんだ?』
自分で自分の言った事に違和感を感じていた。
『俺ってファーストキスまだだよな?』
世間から見ると実にくだらないと思う。それでも今の俺にとっては重要だ。記憶が正しければファーストキスはまだしてない。昔お袋にされたらしいキスは記憶にないからノーカンとして、自分が記憶している範囲では誰ともしてない……してないはずだ
『由香に確認してみるか』
親父に確認する選択も視野に入れはした。が、今朝の感じを見ると由香と俺が恋人同士だと認識してる。正直話にならない。親父と同様の理由で夏希さんもダメ。となると残された選択肢は由香一択だ。ついでに俺達が付き合い出したキッカケも聞いておこう。中学時代の確執がある以上、親父達が再婚した日に交際がスタートしたという話に無理がある
『とりあえず戻るか……』
疑問が残り、スッキリしない。特に腹が減ったとか喉が渇いたというわけでもないが、夏希さんが朝飯を用意してくれている。作ってくれたものを残すなんて俺の主義に反する
部屋を出てリビングへ向かおうとしたその時……
『な、何だ!?』
いきなり景色が歪み始めた。地鳴りのような揺れ、立ち眩みのような感覚はなく、ただ周囲の景色だけが歪む。まるで絵具を混ぜた時のようだ
『ど、どうなってんだよ!』
その現象に俺は動揺するしかなく、歪みが収まったら……
『よ、夜だと!? 今は朝じゃなかったのか!?』
いきなり夜になっていた。部屋の前にいるのは変わらず変化したのは時間帯だけのようだ
『何がどうなっている……?さっきまで朝だったろ?』
朝だったのがいきなり夜。いつから俺の日常はSFの話になったんだ?
『恭、トイレに行ったんじゃなかったの?』
部屋のドアが開き、ピンク色のパジャマに身を包んだ由香が不安気な表情で出てきた。そう言えば俺は部屋のドアを閉めたか?それに、行き先はともかく、由香は部屋を出たはずだ。その由香がどうして部屋の中から出てくる?
『い、今から行こうとしてたところだ』
景色が歪んだと思ったら夜になっていた。そんな事言えるはずもなく、俺はこの場を繕う
『そうだったんだ……。じゃあ、早く行って来て……そして、早く戻ってきて。待ってるから』
『わ、分かった』
由香がドアを閉めたのを確認した俺は特に用を足す予定はないけどトイレへ向かうために一階へ
一階へ降りると案の定辺りは真っ暗で静寂に包まれていた。生きている人間が自分一人しかいないと錯覚してしまうほどだ
『夜だから当たり前っちゃ当たり前か……』
今が何時かは分からない。辺りが暗いところを見ると親父と夏希さんはとうの昔に就寝。現在この家で起きているのは俺と部屋で待っている由香だけ。
『とりあえず用を足した事にして戻るか……』
さっきからずっとそうだが、不思議な事に腹が減ったり喉が渇いたりしない。当然、尿意や便意の類も全く感じない。この世界はどうなっているんだ?
長居すればするほど違和感が増す。そう思いはするものの、この世界から抜け出す方法が分からず、俺は由香の待つ元・自室へと歩を向けるが、その足取りは重かった
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