シャワーを浴び終えた俺はタオルを首に掛けた状態で部屋へ戻り、ベッドに腰かけていた。暇と空腹が紛れるどころか睡魔すら来ず、いっその事ここから出て暇と空腹を紛らわせる何かをしようと考えるも飛鳥を一人残し、俺だけ外で遊び歩くのはどうかと思い、結局は留まる選択をした
「起きてたら起きてたで面倒なのに寝てると寝てるで寂しいものだな」
零達にも当てはまるけど、起きてたら起きてたでうるさく、時々めんどくさいとすら感じる飛鳥だが、寝てると寝てるで寂しく思う。
「暇だなぁ……」
拉致される形でここまで来た俺は当然、ゲームの類は持って来ていない。スマホのゲームをやるという選択もありっちゃありなんだけど、バッテリーと本体へのダメージを考えると躊躇われる。そんな俺の目に入って来たのは────────
「監視用のパソコンか……」
電源が入ったままの状態で放置された零達監視用のパソコンだった
「夜間モードかスリープモードにしとけよな……」
俺が寝た後、物に触れないお袋と紗李さんはいいとして、飛鳥ならパソコンを夜間モードあるいはスリープモードにする事が可能だったはず。なのにそれをしなかったのは何でだ?それはさておき、パソコンが点いてるのは俺にとって好都合だ
「たまにはスペースウォー三昧ってのも悪くねぇか」
いつもなら同居人達によって妨害されるであろうオンラインゲームだが、生憎その同居人の一人は現在夢の中でお袋と紗李さんも静かだ。俺の邪魔をする奴はいない
「飛鳥が起きたら止めりゃいいか」
幽霊二人組が静かな理由は分からないが、大人しくしてくれるのならそれでいい。パソコンの置かれているテーブルまで来た俺はすぐさまブラウザを開き、スペースウォーと検索し、ログイン画面まで到達すると自分のIDとパスワードを入れた後スペースコロニーをクリック
「この時間だとフレンドは誰もいないよな……」
ログインしたのはいいけど、フレンドは誰もいないだろうと思っていた。しかし────────
《あれ?グレーがこの時間にいるだなんて珍しいね!》
heightから個人チャットが飛んできた
《そう言うheightもこの時間にどうしたんだ?》
前にも話したと思うけど、heightは声優の卵だった。本人曰く今はデビューを果たし、バリバリ働いているみたいだが、それが本当かどうかを確かめる術を俺は持っていない
《にゃはは、珍しく目が覚めて暇だったからインしてみたのだよ! グレーは?》
《俺も同じだよ。珍しく目が覚めて暇だったからインしたんだよ》
このheightと一緒にゲームを始めてから結構経つ。何しろお互い初心者だった頃から一緒に遊んできたからな。ちょうど一年かそこらくらいだ
《グレーって朝弱いって言ってなかった?》
heightの言うように俺は朝が弱い。とは言っても次の日に予定が入ってるとちゃんと起きられるから言うほどでもなく、何もない日に早起きをしろと言われたら絶対に出来ない程度だ
《そうなんだけどよ、暑さで目が覚めた》
夏の暑さというのは非常に厄介で自分が意図してない時間に目が覚めてしまう事がある。それを言ったら冬の寒さも同等なんだけどな
《グレーもかぁ……。実は私もなんだよ~》
heightも俺と同じだったか……。
《お互い暑さで目が覚めたって事か……》
《にゃはは~、そういう事になるね~。ところでグレーは最近何か変わった事あった?》
《変わった事かぁ……、あり過ぎて何から話せばいいのやら……》
一人暮らしを始めてから変わった事があり過ぎて一つずつ説明するのが億劫になりそうだ……というか、実際億劫だ
《そんなにあるの?》
《まぁな。高校生になってからというもの、あり過ぎて何から話せばいいのか分からなくなる》
三月から四月は別れと出会いの季節だなんてよく言うけど、俺の場合は別れは大した事なくとも出会いは沢山あった
《そんなにあったの!?》
《ああ。説明するのも面倒なくらい沢山な》
一人暮らし初日に零を拾って二日目には闇華。短いスパンの中で立て続けに女子を拾うだなんて普通じゃ考えられず、俺が聞いてる立場でそれを言われても信じはしない
《んじゃ、とりあえず今までの話は後で聞くとして、最近の話だけでもお姉さんに話してみそ》
話してみそって言われてもなぁ……。高校生になってからの話だって信じてもらえるか危ういのに最近じゃ人気声優の盃屋真央と同居を始めたとか言えないよなぁ……まぁ、言うだけ言ってみっか
《別にいいけど、驚くなよ?》
《驚かないよ~》
《絶対だな?》
《もち!》
確認は取った。後は話をどう切り出すかを考えるだけなんだが……
《今から話す事は嘘のようで本当の話なんだけどよ、なんつーか、声優と同居し始めた》
シンプルイズベストという事で盃屋さんの名前を伏せ、ありのままを話す事にした
《え!? 嘘でしょ!?》
軽い話と油断していただろうheightは大層驚いた様子だ。信じられないかもしれないけど、本当の事なんだよなぁ……
《信じられないとは思うけど事実だ》
声優────それも人気沸騰中の声優と同居を始めましただなんて信じられるはずがないよな……
《それって誰!? 私の知ってる人!?》
なんて思っていたのにheightはアッサリ信じた。ネトゲの世界なんだから長い付き合いだとはいえ疑う事をしないのかよ、コイツは
《声優やってるなら多分、みんな知ってるぞ?つか、素性も分からない奴が言った事を随分簡単に信じるんだな?》
《まぁね。私の周りに一人ストーカー被害を受けて住まいに悩んでた子いたし》
heightの言うストーカー被害を受け、住まいに悩んでいた声優で俺が思い浮かぶのは盃屋真央しかいない。それよりも盃屋さんのストーカー被害が声優の間でも有名になっていた事に驚きを隠せない
《同居しているのはheightの考えてる人で多分、合ってるぞ》
本来なら他人の事をペラペラ話すべきではないんだろうけど、声優業界全体に盃屋さんの一件が広まっていたとしたら隠すだけ無駄だ。本当はダメなんだろうけどな
《そっか……、真央ちゃん、グレーのところにいたんだ……》
ストーカー被害を受け、住まいに悩んでいた声優は盃屋真央だった。嫌な予想はよく当たるものだ
《やっぱり、heightの言ってた声優は盃屋真央だったのか》
《うん。あの子、人気あるでしょ?いろんなアニメに出たり、イベント出たりしてさ、そのせいか同僚やスタッフとご飯行っただけでやれ付き合っているとか、枕営業してるとかSNSとかネットの掲示板とかに書かれる事多かったんだよね……挙句の果てには過激なファンとアンチによる嫌がらせも受けたなんて話もあったくらいだよ?》
この話だけ聞いてると盃屋さんも大変だったんだなと思えてならない。実際俺に出来る事などないから思うだけなんだけど
《人気者の宿命というやつか……》
《うん……。ねぇ、グレー》
《何だよ?》
《私が真央ちゃんと同じ状況になったら守ってくれる?》
盃屋さんを守った覚えなんてない。家を特定され、結果としてゴキブリみたいに集まってきたオタク連中と勘違い野郎を排除したに過ぎず、守ったとは言えない
《同じ状況になったらな》
チャットだから声は聞こえず文字だけのやり取りなのにheightが不安になっているような気がした俺は一言だけ返した
《そっか……。じゃあ、真央ちゃんに頼んでみよっかな……グレーを紹介してくれって。同じ事務所だし》
うん?heightは今なんて言った?え?同じ事務所?っつー事はアレだ、このホテル内にいるって事だ
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
衝撃の真実にみっともなく叫び声を上げる俺。久々のスペースウォー三昧もここで終わりかと思い、飛鳥の方を見る。
「恭クン……、そんなとこ触ったら汚いよ……」
目を覚ましてもおかしくないほどの音量で叫んだにも関わらず飛鳥未だ夢の中。幸せな奴だなと思う半面、夢の中で俺に何をさせてるんだと問いただしたくなる
「飛鳥が夢の中で俺に何をさせようとしているのかは後で聞くとして、heightが盃屋さんと同じ事務所だったとは……」
昨日は零達以外の人と話さなかったからこの旅行に零達や爺さん以外にも操原さんや盃屋さん以外の声優が参加している事をすっかり忘れてた
「旅行に来てまで騒動に巻き込まれたくないんだがなぁ……。とりあえずheightに会うところから始めないといけないが……」
声優の事務所と一言で言ってもその数は多く、その中から一人の人間を探し当てるのは苦行だ。盃屋さんと同じ事務所所属という手がかりがあるとはいえ、相手が女性か男性かすら分からない。ネトゲはキャラが女性だとしても実際は男でしたなんて珍しくなく、heightがリアル女子なのかすらも怪しい
「口調だけは女なんだよなぁ……」
会話してる感じ口調は女だ。さて、どうしたものか……
「実際に会ってみるしかないか……」
どうしたものかと考えるも今の俺に思い付くのは実際に会うって事だけ。同じホテル内にいるんだから会うのは簡単だ
「とりあえず、玄関ロビーにでも呼び出すか」
俺はheightに向けて『リゾートホテルに来ているのならそこの玄関ロビーに来てくれ』とメッセージを送った。
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