「ね、寝れない……」
クラスメイトの沈黙が痛すぎて担任である東城先生が来るまで寝て過ごそうかと思い適当な席を確保し、机に突っ伏した俺が思ったのは広い空間で静か過ぎるのも眠れないが、狭い空間で静か過ぎるのも眠れないという事だ
「まぁ、東城先生に起こされるという状況を回避出来たと思えばいいか」
あまりの静けさに眠れなかった俺は東城先生が来るまでの間、ぼんやりと外を見て過ごした。
ぼんやりと外を眺めてからどれくらいの時間が経っただろうか?ふと今が何時か気になった俺はスマホで時間を確認した。
「九時二十分……HRまであと十分」
普通の高校ならHR開始は八時半から開始し、八時四十五分に終わるというところが多いだろう。ここは通信制高校だ。他の学校と勝手が違っても不思議じゃない
「東城先生が来るまで暇すぎる」
スマホでゲームでもしてろと思うだろう?それだと今度は先生が来た時に止められなくなるからあえてしないだけだ
そんな退屈な時間を過ごしているとアッという間に十分経ったのか、東城先生が入って来た
「はい、HR始めるよ」
この場にいる全員が大人しかった事もあってか東城先生の透き通るような声だけが教室全体に届いた。なんてそれっぽい事を言ってはみたものの、元々は小さな会社の事務所にするために造られた建物だ。教室の広さだって大した規模じゃない
「体育の授業はどっかの体育館を借りてするんだろうなぁ……」
まだ具体的な授業すら始まってないのに体育の授業の心配をする俺。気が早かったか?
「今日は簡単な教科書の配布、授業は簡単な説明だからみんな緊張しないでね」
教科書の配布か……めんどくさいなぁ……
「でも、まずは出席からね」
東城先生は出席簿を見ながら名前を呼び始めた。どうせ俺の名前は『灰賀恭』で頭の文字は『は』だから当分呼ばれる事はない。寝ていても問題はない
「恭」
『灰賀恭』で頭の文字は『は』だから呼ばれるのは当分先だと思っていたらナンテコッタイ、俺が眠りに就こうとしてからまだ五分と経ってないのにもう呼ばれたよ
「…………はい」
「寝るなら休み時間にしてね」
「はい、すみませんでした」
東城先生どんだけ俺の事見てんの?ここが普通高校だったらそう思う。生憎ここは通信制高校。一つの教室にいる生徒数は大した数じゃない。だから俺一人が居眠りしててもすぐにバレる。うん、どこも変じゃない
「うん。気を取り直して出席の続きを取るね」
俺の居眠りを注意した東城先生はそのまま次の生徒の名前を呼ぶ。俺?俺は注意されたから一応、起きてはいる。ただ、HRが始まる前同様にぼんやり外を眺めていた
結局俺はHRの間ぼんやり外を眺めているだけだった。環境や関わる人が変われば自分自身も変わる。星野川高校に入学してまだ間もない俺はこの三年間でどう変わるかなんて想像も付かなかった
「じゃあ、HRはこれで終わり。一時間目は国語だけど、ホワイトボードに行く教室貼っておいたからそれ見て自分の行く教室確認してね」
東城先生は用件だけ言って出て行った。はぁ……移動がめんどくさい
「のっけから移動教室とかめんどくさ」
自分の家が元々デパートの空き店舗であり、住まいが元スクリーンという事を考えれば四階建てのビル内を移動するだなんて苦にも感じない。苦には感じなくても面倒なものは面倒だけどな
「人が減るまで待つか」
ホワイトボードの前にはクラスメイトが集まっていて自分の行く教室を確認している。確認が済んだ生徒から教室を出たり、自分の席に着いたりとしてはいるものの、それでもまだ人が多い
多かった人だかりが減り、他のクラスから人が入って来てようやく移動の波が落ち着いたところで俺はホワイトボードの前に行く
「俺の行く教室はっと……」
ホワイトボードに張られた名簿から自分の名前を探す。ついでにこの建物にどれだけの教室があるのかのチェックもしておこう
「灰賀恭……灰賀恭っと……」
一〇一教室には俺の名前がなく、一〇二教室も同様。で、一〇三教室に俺の名前を発見。つまり、俺はここから動かなくていいって事になる。それにしても、この学校は教室が全部で四つあったのか
「担当の先生の名前は別にいいか。どうせ来たら分かる事だしな」
自分の担当は来たら分かる。どんな先生だろうと分かりやすく教えてくれればそれでいい
「移動しなくていいなら先生が来るまで二次創作小説でも読んでっか」
担当の教師が来るまで少し時間があったので適当な二次創作小説を読み漁る事に
「あの子でしょ?」
「そうそう! 入学式の日チョー目立ってたよねー!」
二次創作小説でも読み漁って暇でも潰そうかと思いスマホに目を向けた途端に聞こえた話し声。そして、その声と共に感じる視線。何なんだ……?
「羨ましいよな~、年上に囲まれた生活してんだぜ? アイツ」
「ホントそれな! 俺らの周りなんてガキしかいねーってのによぉ……」
さっき聞こえた話と今聞こえた話を総合すると話題は俺の事らしい。で、女子の方は俺が目立ってたって話で男子の方は妬み? だった
「はぁ……余所のクラスにはチャラ男やギャルがいるっての忘れてた……」
自分のクラスはたまたま大人しいのが集まった。それが他のクラスに当てはまると思ったら大間違い。他のクラスにはチャラ男とギャルがいるのをすっかり忘れていた
「ねぇねぇ! 後で声掛けてみようよ!」
「いいね! やろやろ!」
マジかよ……家には零と闇華がいるとはいえ俺は女子と話すの慣れてないから止めてくんない?そんな恐ろしい事言うの
「女子に捕まる前に逃げなきゃな」
女子から逃げる算段は付いている。授業終わりと共に男子トイレにダッシュだ
「なぁ! 授業が終わったら声掛けてみね? んで年上女性紹介してもらわね?」
「だな! あんだけいたんだ、俺らにも少し分けろって話だよな!」
「当然だ!」
男子の方も女子同様に授業が終わったら俺を捕獲する計画のようだ。さて、男子の方はどうしよう……女子と違って男子トイレに逃げ込んだところで捕まるに決まっている
「女子の方はいいとして、男子の方は……どうしたものか……」
女子の方は俺に声を掛ける目的が分からないからはぐらかしとけば何とかなる。それに対して男子の方は“年上女性を紹介させる”という明確な目的がある。琴音はともかく、母ーズは娘がいると言えば何とかなりはする。琴音や母ーズが抱えたものをコイツ等が受け止めきれるかは別として
「受け止めきれるか否か以前に他人の家庭事情を勝手に話すわけにもいかねーか」
チャラ男、ギャル共に琴音と母ーズの家庭事情を話し黙らせればいい。ただ、俺の一存でそれをしていいのかは分からない
「はい、お喋り止めて。授業だよ」
家にいる連中の事を何て言ったものかと考えてたところで東城先生が入って来て思考は一旦中止。授業となる
「静かになったところで出席取るよ」
担任といい、国語といい、俺は東城先生とご縁があるようだ。考えたくはないけど、これで東城先生まで拾ったら笑えない……いや、割とマジで笑えない!
「母娘集団拾ったんだからこれ以上はねーだろ」
零から始まった人拾い。その後も闇華、琴音と続き、大量の母娘を拾うまでに発展した。これ以上人を拾う事がない事を祈りたい
「恭」
人拾いの次は人から逃げる計画を立てる羽目になるとは……一人暮らしを始めてから俺は人には何かと縁があるようだ
「恭」
うるせーな、さっきから誰だよ? 俺を呼ぶのは
「灰賀恭」
「何回も呼ばなくても聞こえてるっつーの!」
何回も呼ばれてイラっとしたのか俺は勢いよく席を立った。すると……
「そう。聞こえてるならちゃんと返事して」
東城先生が俺を睨んでいた
「す、すみません……」
蛇に睨まれた蛙。東城先生の鋭い眼光に威圧され、俺は力なく椅子に座る。その様子がおかしかったのか、周囲からはクスクスと笑い声が聞こえた
「全く、今朝のHRといい、ボーっとしすぎだよ」
「つ、次からは気を付けます……」
高校入学後初授業でやらかしてまった……
「はぁ……入学式に引き続きやってしまった……」
入学式の日は琴音&母ーズのせいで目立ち、今回は授業終わりに俺を捕獲しようと企てているチャラ男、ギャル二人組から逃げる計画を立ててる最中にまたしても東城先生を無視してたら睨まれた。あー、今日はもうダメだな
「全員出席の確認が取れたところで始めるけど、まず最初にこのクラスの説明から。このクラスは初級、中級、上級のうちの上級になる。で、私は担当の東城藍。ここまでで質問ある人?」
国語の授業で初級、中級、上級。まぁ、不登校だったり高校中退者を受け入れている学校だ。おそらく小学校レベル、中学校レベル、高校レベルと言った感じで生徒を振り分けたんだろう。出来る奴と出来ない奴に同じ内容の授業をするだなんて無謀もいいところだ
「はーい!」
誰も手を挙げない中、真っ先に手を挙げたのは年上女性好きのチャラ男
「何? 内田君?」
年上女性好きのチャラ男は内田というのか。人を見かけで判断するのはよくない。だというのに何でだろう?彼がする質問の意図が手に取るように分かるのは
「先生って彼氏いますかー?」
やっぱり……男子ってそういうの好きだよなぁ……あっ、俺も男子だったわ
「内田君、出来れば授業に関係ある質問してほしいんだけど?」
東城先生は内田の質問に眉間を抑え、呆れたといったポーズを取った。俺も呆れた。アイツは年上女性なら誰でもいいのか?
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