「う、動けねぇ……」
由香の日という妙な一日から一夜明け、旅行も四日目。俺は肉の塊に押しつぶされそうになっていた
「何でこの部屋にいる女性陣は大人しく寝るって事をしないかねぇ……。やっぱベッドで寝るべきだったか……」
俺が寝ているのはベッドではなく床。とは言ってもちゃんと布団は敷いてあり、床へダイレクトではない。こうなった理由を説明するには就寝前まで遡らなきゃならない
就寝前────。部屋に戻った俺達の格好はスエットとTシャツだったり、キャミソールだったりと各々が後は寝るだけの格好で自由に過ごしていた。ベッドに寝転がってゲームしたり、椅子に座って雑誌読んだり、スマホ弄ったりと過ごし方は様々。そんな折、東城先生がこんな提案をしてきた
「せっかく集まったんだから雑魚寝しない?」
雑魚寝。つまり、入り混じって寝ようって事なのだが、この部屋の男女比は男1:女9で圧倒的に女性の比率が高い。それを踏まえて雑魚寝の意味を調べると、俺の置かれている現状は雑魚寝というより肉布団とかの方が表現としては正しくなる。
「俺はベッドで寝るから雑魚寝したいなら女性陣だけでやってくれ」
雑魚寝とは広義の意味では男女が入り混じって寝る事みたいな感じで辞書とかには記されていたりする。それをいざ実行すると高確率で間違いが起こるだろう。男子と女子、間違いが起きて後々困るのはどちらかと聞かれれば間違いなく女子なのは言うまでもない。そう思って俺は雑魚寝するなら女子だけでやれと言ったんだけど……
「何言ってんのよ! アンタも一緒に決まってるでしょ?」
「そうですよ! 恭君!」
ですよねー。はぁ、家でも同じ部屋で寝ているのに旅行に来てまで一緒に寝るとか勘弁してくれよ……
「答えが分かりきっていたとはいえ……いや、何も言うまい」
何をどう間違えたか?言うまでもなく零を拾い、同じ部屋で寝るのを許可したところから間違っていた。彼女の父親が借金を苦に失踪し、拾ったところまではいいとして、人恋しいのは分かるけど、同じ部屋で一緒に寝るのを許可する事はなかった。それが積み重なって今に至るんだからな
「分かればいいのよ!」
零はドヤ顔で鼻を鳴らす。日頃が日頃なだけに強く反論出来ない
「はいはい、お姫様方に従いますよ」
こうなりゃ自棄だ。罰ゲームもある事だし全て叶えるとまでは言わないものの、ある程度の望みは叶えてやるとしよう。
「それじゃあ、時間も時間だから寝るわよ!」
時計に目をやると時刻は午前一時。寝るにはちょうどいいと思われる時間だった
「はいはい。んで?俺は誰の隣で寝りゃいいんだ?」
「恭はあたしの隣だよ」
「了解」
何事もなく、寝る場所が決まったところで東城先生が部屋の明かりを消し、就寝となった。ちなみにだが、部屋の明かりは全部消すとトイレに行きたくなった時に寝てる人を踏みつけてしまう可能性を考慮し、電気スタンドの明かりだけは点けたままだった
で、現在。
「何の嫌がらせだよ……」
右腕に由香、左腕に飛鳥、右足に東城先生、左足に琴音。そして、上に茜と灰屋さんという合体ロボみたいな状態になっている
「寝相悪いにも限度があるだろ……」
いつもの零達はこんなに寝相が悪かったか?茜に関しては普段を知らないから寝相が悪いと言われればそれまでなんだけど。それにしても……
「この暑い中よくもまぁ、幸せそうな顔して寝てられるよな……」
クーラーが利いてるとはいえ人にしがみ付いたら暑い。なのにそれを全く気にせず零達は幸せそうな顔をして寝ている
「どうやって起き上がればいいんだよ……」
起き上がろうにも身体の自由が利かず、起き上がれない。
『胸の一つでも揉んだらいいと思うよ~?』
両手が動かせません
『じゃあ、由香ちゃんと飛鳥ちゃんに愛の言葉を囁くとか~?』
何の解決にもなってません
『う~ん、じゃあ、お母さんと結婚するとか?』
母親と結婚しようと思う息子はいません
『きょう! 昔大きくなったらお母さんと結婚するって言ってくれたじゃん!』
それいつの話でしょうか?記憶にございません
『きょうの薄情者!』
お袋は手で顔を覆い泣き真似を始めた。薄情者と言われても……
「んぅ~、うるさい……」
泣き真似をしているお袋をどうしようかと悩んでいたところで寝ぼけ眼の由香が目を擦りながら起き上がった。普通ならこの状況でうるさいという言葉は出てこないのだが、彼女は俺同様幽霊が見える。事情を知っている人間から見ると至って普通の反応だ
「悪かったな。起きたなら離れてくれ」
「いや」
「暑い。離れろ」
「いやだ」
「離れろ」
「いや」
お前は子供か?
「頼むから離れてくれ」
「おはようのキスしてくれたら離れる」
マジかよ……
「新婚夫婦かよ……」
「あたし的には恭となら毎日したいもん……」
俺的には新婚ホヤホヤの時期ならそれも悪くないとは思うけど、子供ができたら勘弁してほしい
「そりゃ嬉しいけど、俺達は結婚どころか付き合ってすらいない。っていうか、そういうのは付き合うか結婚してから言えよ」
「分かった。あたしと付き合って。そして結婚して」
何も分かってない。どうやったらそういう結論に至るんだよ
「前向きに検討致します」
「それ検討しないやつじゃん! あたしと付き合うのそんなに嫌なの!?」
嫌とは言ってない。ただ、今の俺は特定の異性と付き合う気がないってだけで
「嫌とは言ってない。今は特定の異性と付き合う気がないってだけだ」
生まれてから初恋はあったにしろ恋愛なんてした事がないから付き合ったとしても彼氏がどんな感覚なのか分からないし、彼女をどう扱えばいいのかも分からない。何事も経験だと言われてしまえばそれまでなのは承知している
「あたしの何がいけないの!?」
悪いところがあるから付き合えないだなんて一言も言ってないだけど?
「いけないとかそういう問題じゃないんだけど?今は特定の異性と付き合う気がないって言ってるだけだ」
俺は異性を好きになる気はない。前にそう言ったのを覚えてないのか?
「今は今はって一体いつになったら特定の異性と付き合う気になるの!!」
「うーん、十六歳になってから?」
知るか、そんな事と一蹴してもよかった。それだと喧嘩になりそうだから俺はあえて十六歳になってからと答え、とりあえず急場を凌ぐ事に
「本当!? 十六歳になったらあたしと付き合ってくれるんだよね!?」
「由香と付き合うかどうかは別として好意を寄せてくれている人達の事は真剣に考えようとは思う」
「約束だよ?」
「ああ、約束だ」
変な約束をしてしまった俺だけど、何の問題もない。親父とお袋、東城先生はともかく、零達の中に俺の誕生日を知る者はいない。逆に言うと俺も零達の誕生日を知らないからお互い様ではあるものの、俺の誕生日を彼女達に知られなければどうという事はない
由香と妙な約束をした後、さすがに騒がしかったのか零達も起床。着替えを済ませ、身なりを整え、歯を磨いた後、これまで通りバイキング会場へ
「今の今までこれが普通だと思ってたけどよ、そろそろ突っ込んでいいか?」
バイキング会場に着いた俺は今の今まで変だとは思っていたものの、誰も何も言わなかったから突っ込まないでいた事に触れていた
「恭ちゃん?」
「どうしたの?恭くん」
不思議そうな顔で俺を見る東城先生と琴音。この二人はこのバイキングが普通だと思っているのだろうか?
「どうしたもこうしたも、バイキングになると従業員がメイドの恰好をしているのがおかしいと思わないのか?」
今の今まで誰も指摘しなかった事……それは朝食バイキングで配膳を担当するホテルの従業員が全員メイド服を着ているという事だ。零達も親父達もそれを指摘しなかったからそれが普通だと思っていた。いや、普通だと思い込んでいた。だが、よく考えなくてもこれは明らかに変だ。このホテルの様式美だと言われれば納得せざる得ないけど
「別におかしくないでしょ。このホテルじゃ朝食バイキングで従業員がメイドの恰好して配膳しなきゃいけない決まりなのかもしれないし」
飛鳥の言うようにホテルの決まりだと言われればそうなのかもしれない。だけどなぁ……
「女性従業員はともかく、男性従業員までメイドってのはなぁ……」
男は男らしくあれとは言わない。探せば男性用のメイド服だってあるくらいで女装を趣味としている奴もいる。一概に男が女の恰好をする事=悪だとは言わないけどよ……
「恭君、細かい事を気にしてると将来禿げますよ?私は恭君が禿げても愛してますから構いませんけど」
さすがに禿げるのは嫌だったのでこれ以上俺は何も言わなかった
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