『お、おはよう、きょう……』
「おう、おはよう」
飛鳥と二人ベッドに入った俺は彼女に釣られ、寝落ちした。長旅の疲れと俺の場合は叩き起こされてから目が覚めぬうちに着替えさせられ、拉致されるような形で車に放り込まれたからってのもあったんだと思う。ちなみにその飛鳥だけど、今も幸せそうに寝息を立てている最中だ。それより気になるのは────────
「お袋、何かあったか?ぎこちないぞ?」
そう、お袋が心なしかぎこちない事だ。
『な、何でもないよ~』
「ならいいんだけどよ……」
生身の人間なら気分でも悪いのかと心配になる。お袋は幽霊だから体調不良になる事があるのか分からず、しこりが残るものの、とりあえず今はスルー。ぎこちないお袋よりも気になるのは……
「紗李さん、何でさっきからずっとニヤケてるんですか?」
先ほどからニヤニヤして俺をじっと見つめてくる紗李さん。ニヤケている理由は不明でも俺は幼い頃にこんな顔をよく見てきて知っている。これは『灰賀君にも苦手なものあったんだ~』っていう顔で簡単な話、俺の苦手なもの、あるいは苦手だったものを知って弄ってやろうっていう顔だ
『べっつにぃ~?ただ灰賀君は可愛いなぁ~と思って見ていただけだよぉ~?』
男が可愛いと言われて喜ぶのは幼き頃までだ。高校生となった今じゃ可愛いと言われたところで気色悪さは感じるものの、喜びの感情は全く持って湧かない
「男が可愛いと言われたところで嬉しくも何ともありません」
『ふぅ~ん、そっかぁ~』
さっきよりもさらに厭らしい笑みを浮かべる紗李さん。男が可愛いと言われて喜ぶと思ってんのか?つか、可愛い?今まではそんな事言ってこなかったのに何で今になっていきなり……。寝顔ならいつも見てるはずだから可愛いと言われるならそうだな……、入院していた時か退院した次の日当たりに言われたのなら恥ずかしさだけで済んだ。なのに何で今?とりあえずカマかけてみるか
「あの、紗李さん」
『ん~?』
「間違ってたら申し訳ないんですけど、俺が寝ている間にお袋から何か聞きました?例えば俺の幼少期の話とか」
『えっ!? な、何でそ、そんな事き、聞くのかな?』
俺の幼少期の話を持ち出した途端、動揺し、目を逸らす紗李さんと顔を逸らすお袋を見て確信した。この幽霊二人は俺と飛鳥が寝ている間に昔話をしていたのだと。ただし、俺の
「何となくです。その反応だけで分かりました」
『『うっ……』』
目を逸らしていた紗李さんと顔を逸らしたお袋は誤魔化しきれないと察したのか言葉を詰まらせた。大方俺にバレたら~とか思ってたってところだろう
「はぁ……、どんな昔話してたか知らねーけど、隠す事ないだろ?」
お袋が紗李さんに昔の俺をどう話したか、幼少エピソードの何を話したのかは知らない。だけど、お袋は俺関係の話で嘘を吐くような人じゃないから包み隠さず話したんだと思う。そんで紗李さんは昔の事で俺を弄ろうと思い立ったんだろうけど、弄られたところで所詮は昔の話だ
『『ご、ごめんなさい……』』
謝れとは一言も言ってない
「謝れって言ってないだろ?それで?俺がガキの頃の何を話したんだ?」
子供とは恐ろしいもので大人が気にしている事を平然と指摘するし、今じゃ恥ずかしい事を平然とやってのける。それだけではなく、今なら何ともないものでも怖がったり苦手だったりと高校生くらいになって思い返すと黒歴史ばかりだ
『そ、それは……、そ、その……、ねぇ?紗李ちゃん?』
『え、ええ……、さ、早織さん』
何を話し、何を聞いたのか尋ねてるのに答えようとしないお袋と紗李さんは互いに顔を見合わせ笑みを浮かべるばかり。俺は何を話したか、何を聞いたかが知りたいのであって笑顔を見たいわけじゃない
「俺は何を話して何を聞いたかを尋ねてるんだけど?もしかして俺本人には言えない話をしたのか?」
『い、いや~、そんな事はないんだけど~……、ねぇ?きょうにだってプライドってものがあるでしょ~?』
お袋の言う通り俺にもプライドはある。しかし、幼い頃の話にプライドも何もない
「俺も男で一人の人間だ。プライドの一つや二つあるけどよ、それと俺の幼少エピソードと何の関係があるんだ?」
プライドで過去が変わるのならいくらでも高め、必要とあらばいくらでもくれてやる
『関係なかったです。お母さんが悪かったです』
「おう。それで?何を話したんだ?」
『え、えっと……』
この後、俺が霊圧を当ててお袋と紗李さんの口を強引に割らせ、何を話し、何を聞いたかを強引に聞き出す形でこの問答は終わりを迎えた。聞いた話によると紗李さんが俺でも取り乱す事があるのかと尋ね、お袋が幼稚園の頃に俺の腕に蝶が止まり、ボロ泣きしながらお袋に助けを求めた話をしたらしい
あれから時が経ち、気が付けば空が夕日で紅く染まっていた。そこから逆算するにここへ着いた時には昼を回っており、チェックインを済ませ、ここで零を揶揄った後、飛鳥を連れ込んだ時間帯は大体昼過ぎ。んで、連れ込んだ飛鳥と言い争い寝落ちしたのが大まかな計算で十五時頃。で、今に至るって感じだ
「恭クン、お夕飯はバイキングらしいよ?」
俺達の騒ぎ(?)が終息し、少ししてから目が覚めた飛鳥も今じゃ完全に覚醒している。彼女が目を覚ました時には全てが終わっており、何があったのかは全く把握していないのがお袋と紗李さんにとっては唯一の救いだと思う
「マジか……」
バイキングと聞いて普通なら喜ぶところだろうけど、俺は素直に喜べない。騒々しいのが嫌いとか、人混みが苦手とかじゃなく、バイキングに行くという事は零と顔を合わせるという事に他ならない。ここに突撃して来ないと調子に乗って揶揄ったんだ、どんな制裁が待っているか……考えただけでも恐ろしい
「うん、マジ」
「うわぁ……、行きたくねぇ……」
何で今日に限ってバイキングなんだよ……と思うもここがオープンし、大勢の宿泊客で賑わったら夜はバイキング、朝は分からないけど、それなりに豪華な飯が用意されるに違いない
「恭クンはバイキング嫌い?」
「バイキングは嫌いじゃないぞ?零を揶揄った後だからどんな制裁が待っているかと不安ではあるけどな」
「あー、なるほど、恭クンは零ちゃんが怖いんだ?」
うっ……、ぐうの音も出ないくらい的を射ている……
「まぁな。零に会ったらと思うと……恐ろしくてたまらない」
零の事だから出会い頭に殴り掛かってくるかもしれない。それを考えると……なぁ?
「確かに零ちゃんを揶揄った後だから何をされるかって不安はあるかもしれないけど、それって恭クンの自業自得でしょ?それに、今の零ちゃんは殴り掛かるって事はしないと思うよ?」
飛鳥の言う通り零を揶揄った俺の自業自得。制裁は甘んじて受ける。それよりも不安なのが殴られない代わりに何をされるのかだ
「殴られないのなら何されるんですかねぇ……」
俺の部屋に住む盃屋さん以外の同居人達は俺と同じ力を持っている。加えて言うなら制裁とは何も物理的ダメージを与えるものが全てではなく、精神的ダメージを与えるのも制裁と言える。
「さぁ?もしかしたら零ちゃんに恭クンの苗字をあげるだけで済むかもよ?」
「それって俺と零が結婚するって事じゃないっすか……」
絶望に支配された俺の脳みそは零に俺の苗字を渡す=結婚という短絡的な答えを導き出した。俺は疲れてるんだな
「そうだね」
「そうだねって……、あのなぁ、助けてくれてもよくない?」
「自業自得。諦めて」
バッサリと俺を切り捨てた飛鳥は明後日の方向を向き、ブツブツと何か言ってる。気のせいか顔も赤いような気が……っと、それよりも飯だ
「はぁ、諦めてバイキング会場に行くか」
零に制裁されるのは全て俺の自業自得と諦め、バイキング会場に向かう準備に取り掛かる。と言っても貴重品をポケットに放り込み、カードキーを持つだけだからそんな大げさなものじゃない
「だね。あ、恭クン部屋のカギ持った?」
「ああ、持った。だが、途中で別行動になる場合を想定して飛鳥も一応、カギは持って出てくれ。それから、俺と同じ部屋に泊まってるのは零達には内緒だぞ?」
「分かってるよ」
再度忘れ物がないかを確認し、部屋から出た俺と飛鳥はバイキング会場へと向かう。その前に問題が一つ
「なぁ、俺バイキング会場の場所知らないんだけど?」
そう、俺はバイキング会場の場所を知らない。平和な時間を堪能すべく単身でチェックインをし、案内されるがままに603号室へ来た。部屋に入った後に説明があったのかもしれないけど、そんなの全然聞いてない。とにかくゆっくりしたいという気持ちが先走ったからな
「恭クン、説明聞いてなかったの?」
「…………申し訳ない」
「そんな事だろうとは思ってたよ」
「マジでごめん……」
「恭クンが長ったらしい説明を聞いてないなんていつもの事っしょ! 大丈夫! 俺が責任もって案内すっから! 大船に乗った気で付いてきてくれよな!」
「何だよ?いきなりどうしたんだ?」
今の今まで女口調だったのにいきなり男口調……もしかして暑さで頭のネジ数本飛んだか?
「何となくやってみただけ。それよりも恭クン!」
「は、はい」
「ちゃんと私に付いてきてね?」
「りょ、了解です……」
俺は飛鳥に手を引かれ、エレベーターへと乗り込んだ。何て言うか、中学までは女子に手を引かれるだなんてなかったから妙な気分だ。いや、女子に手を引かれるどころか両手に花状態にすらなった事ないからそれも含めて今日という日を振り返ると変な日。この表現が一番しっくりくる。でも────────
「そんな日も悪くねぇか」
悪くないと思っている自分もいる
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