闇華達が戻り、甘やかす順番を零から闇華に交代し、零は風呂に行くと一言告げ出て行った。琴音達と一緒に。そんなこんなで現在────────
「恭君、次は私の番です」
「ああ、解ってるさ」
部屋で闇華と二人きり。正確には別室に蒼と碧がいるから完全な二人きりじゃない。些細な事だからこれ以上の言及はしない
「零ちゃんを甘やかしたように私も甘やかしてくださいね? 恭君?」
闇華の口から零の名前が出ても驚きはしない。一緒に住んでるんだから出たところでって感じだ
「解ってるさ。んで? 闇華はどうしてほしいんだ?」
零の時は抱きしめて頭を撫でた。闇華にも同じ事をってのはさすがにワンパターンすぎる
「そうですね……私は一緒に寝てほしいです」
零が抱きしめるのをご所望だったのに対して闇華は一緒に寝るのをご所望らしい
「分かった。んじゃ、布団敷くから少し待っててくれないか?」
「はい」
俺は部屋の隅に畳んで置いてある布団を二組持ってくるとテーブルから少し離れた場所に敷いた。
「布団敷いたぞ」
「はい、ありがとうございます。恭君」
布団を敷いただけなのに礼を言うなんて闇華は本当に律儀だな
「別に礼なんていいさ。それより早く寝ようぜ?」
「そうですね」
俺と闇華は布団に入る。零の時は若干時間を食ったが、俺限定で言えば二回目だ。要求の内容と相手はともかく、二回目ともなると要領はある程度分かってくる
「近くね?」
二組みの布団を近い距離に並べて敷いたから近くなるのは仕方ない。それにしても近い。闇華の顔が目の前にドアップだ。ちょっと動くとマウストゥマウスでキスできるくらいには近い
「そうですか? 私からするとまだ遠いくらいですよ」
いやいや、闇華さん?少し動いただけで唇同士が触れるのではないか?という距離を遠いとは言わないんですよ?
「俺からすると互いの吐息がダイレクトで感じられる距離は十分に近いと思うぞ?」
「そんな事ありません! まだ遠いです! 遠いんです……」
闇華は最初こそ力説していたが、だんだんと言葉尻が小さくなっていった。零といい、闇華といい、何なんだ?
「分かった分かった、この近距離で叫ばないでくれ。耳に響く」
吐息が掛かるのは仕方ないと割り切れる。しかし、怒鳴られて耳がキーンとなるのは勘弁してほしい
「ご、ごめんなさい……私ったらこんな近距離で怒鳴ってしまって……」
怒鳴った事を指摘された闇華はシュンとし、目を伏せた。
「あ、いや、別に怒ってるわけじゃないぞ?た、ただ、近距離で怒鳴ったりするのは勘弁ってだけで」
「ほんとうですか……?」
瞳に不安の色を浮かべながら俺を見つめる闇華。そんな彼女に俺は……
「本当だ。俺は怒ったりしてない」
こんな事で怒ってたら俺は神矢想子の一件では怒りっぱなしだ
「恭君は優しいんですね」
優しい……違うな、俺はただ何も言わないだけだ。度の過ぎた時以外は
「別に俺は優しくないさ。何も言わないだけでな」
「それが時としては優しいと感じる人もいるんですよ?例えば私とか」
「さいですか。それより、闇華は俺とこうして寝ているだけでいいのか?」
闇華からは一緒に寝てほしいとしか言われてない。それに、こんだけ近いと逆に何をしろって感じではある
「本当はキスとかそれ以上の事もしたいです……。でもそれはちゃんと責任が取れる年齢、責任が取れる状態じゃないとダメ……なんですよね?」
「当たり前だ。キスはともかく、責任も取れないのに子供が出来て困るのは女性だ。まぁ、病気って意味だと困るのは男性も変わらないけどな。それにだ。仮に生んだとして、誰が一番困るって生まれてきた子供だろ?俺はそんな無責任な事をするつもりは毛頭ない」
人から子供を作るなら責任が取れる年齢、働けるようになってからにしろとは言われてない。自分がそう思うだけで
「ふふっ、恭君は優しいだけじゃなくて責任感も強いんですね」
闇華が柔和な笑みを浮かべ、俺を見る。その目が何て言うかヤンチャだった弟の成長を見守る姉、あるいはヤンチャだった息子の成長を喜ぶ母親のような目に感じなくもない。どっちみち俺をヤンチャ坊主って思ってたって事なのだろう
「別に俺は優しくなければ責任感も強くない。強いて言うなら十代から二十代くらいまでは遊んでたいってだけだ」
十代や二十代で子供を産んだという人は世の中五万といる。その手の話を聞いて俺は素直に凄いと思うし、人によっては尊敬すらする。じゃあ、実際に自分が十代、二十代で父親になりたいかと言われれば話は別だ。俺は十代、二十代のうちは遊んでいたい。
「それだと恭君は十代、二十代で結婚はしたくないって言ってるように聞こえますよ?」
「結婚したくないとは言ってない。ただ、自分が若くして人の親になる姿が想像できないってだけだ」
自分が人の親になっている姿を想像出来ないのは多分、俺だけじゃなく、みんなそうだ。自分が愛する女性の妊娠が発覚して初めて自分は人の親になるんだという自覚が芽生える。月日が経ち、自分の子供が生まれた時、自分は人の親になったんだっていう実感を得るんだと俺は思う
「それを言われると私も自分がお母さんになったところなんて想像できません。そもそも私なんかが人の親になっていいのか?という不安もあります」
闇華は具体的にいつ頃とは聞いてないが、両親を亡くしている。その後は親戚に引き取られるも酷い扱いを受け、自分の愛した男にまで酷い扱いを受けた。ここに来てからはデフォルトのヤンデレ以外の情緒的変化はなく、平和に過ごしているみたいだが、思うところがあるみたいだ
「あー……、なんだ……一度お前達を叩き出そうとした俺が言えた立場じゃないが、辛い過去を持っているならその分他人に優しく出来る。闇華なら子供が苦しんでたら一緒に苦しむ事が出来るだろうし、子供が悪さしても頭ごなしに怒ったりしないと思うからいい母親になれんじゃねーの?」
零もそうだったが、闇華も何故か自己肯定感が低い。俺にはそう思えてならない
「そうでしょうか……? 私なんかが母親なんて……」
なんだろう?内容は違えど零の時にも聞いたようなフレーズが聞こえる
「なんかだなんて言うな。辛い思いをした闇華だからこそ子供に教えられる事は沢山ある。それこそ教師の綺麗事なんかよりもずっと大切な事を……自分に自信がないのは解らないでもない。ただ、そこで全て否定すると応援してくれた人達の立場がなくなってしまう」
普段なら下手な言葉で慰めるだなんてしない俺が珍しく女の子を慰めるとは……今日という日は闇華と零だけじゃなく俺も若干おかしくなっている日だと痛感させられる
「恭君……」
「世界中の人間が闇華に母親なんて向いてないって言っても俺だけは否定しない。以上だ」
今の台詞は後で思い出して悶絶するタイプのものだな。思い出すのは止めよう。うん、そうしよう
「恭君、今のはかなりクサかったですよ?」
笑みを浮かべた闇華の目元には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「俺もそう思う。後で思い出して悶絶しそうだ」
「ふふっ、でも、私は今の言葉に救われましたよ?」
「そうかい」
俺が黒歴史を一つ量産して救われるのなら安いものだ。にしても……常々思ってたが、闇華の顔って可愛いって言うより美人系だよなぁ……
『きょう~、今の台詞、後でお母さんにも言って~』
お袋よ、息子に何を言わせようとしてんの?後、俺はこれ以上黒歴史を作るのは嫌なんだけど?
「恭君、お願い聞いてもらっていいですか?」
「ああ」
今の状態で抱きしめろと言われたらさすがに困る。というか、これ以上どうしようもない
「恭君に依存させてください」
デジャヴ。零にも同じ事を言われたような気がビンビンにする
「え~っと、具体的にどう依存するんだ?」
零の時は登下校と学校にいる時にメッセージを送ってくるという内容だった。もしかすると闇華も……
「家にいる時はいいんですけど、登下校と学校にいる時はメッセージでお話させてください」
闇華の頼み事も零と同じか……別にクラス内で話すのって言ったら由香と瀧口くらいだからいいんだけどよ
「別に構わないけどよ、家にいる時に毎回顔付き合わせてるだろ?何だってまた登下校や学校の時に?」
零と闇華だって友達と遊びに……ってその友達は全員同じ場所に住んでるんだった……しかも、会おうと思えば時間帯とか関係なく会えるんだった。
「零ちゃんもそうですが、私も家での恭君しか知りません。ですから、恭君が普段学校でどう過ごしているのか知りたいなぁと思いまして……ダメ……ですか?」
闇華さん? そんな泣きそうな顔でダメ? って聞かれて断れる男なんてほとんどいないんですよ?
「ダメじゃない。どうせクラスじゃ話せる人間は限られているんだ。暇を持て余すよりかはマシだ。いいぞ」
「やった……それじゃあ、毎日連絡しますね?恭君?」
「あ、ああ、授業に支障のない範囲で頼む」
通信制高校で特にこれと言った校則はない。が、必要最低限のルールというものは存在する。例えば授業中に不要物を出さないとかな
「ええ……」
ん?何か闇華の声が冷たいな……ま、いいか
「ならいい。にしても……何か眠いな……」
布団に入ってるせいなのか眠い。起きてから今に至るまで何かを口にした記憶はないから睡眠薬を盛られたという可能性はない。で、催眠ガスの可能性も考えられなくはないが、それだと闇華も睡魔に襲われている。闇華の様子を見るにそれもなさそうだ
「寝てもいいですよ? ちゃんと時間になったら起こしますから」
「悪い……少しだけ寝る」
「ええ。おやすみなさい、恭君」
闇華の温もりを感じながら俺の意識は夢の世界へ
ふふっ、いつもは冷静な恭君も寝顔だけは年相応ですね♪
「恭君……」
恭君との初対面は熊外駅で私がキョウスケ君と間違えて声を掛けた事から始まりました。今思えば全く別人なのに……
「あの頃の私は恭君とキョウスケ君を間違えるほど人の温もりに飢えていたという事でしょうね……」
そう考えると我ながら結構単純だと思ってしまいます……ですが、いきなり絡んだ挙句、人違いをしてしまった私に恭君は居場所をくれました。
『いたいならずっとここにいろ』
恭君が言ったあの言葉を思い出すだけで心の底から安心します。願わくば、この人とずっと一緒にいたいと思うほど……
「ゴールデンウィークの一件で言われたあの言葉で私は深く傷ついたんですよ?」
私は寝ている恭君の頬を突き、問いかけますが、反応は返ってきません。当たり前ですよね……当の恭君は寝ているんですから……
「恭君、たとえ貴方がどんな風になろうと私は貴方を離さない……離れない……ずっと側にいます……。ですから、恭君も私を離さないでくださいね?」
寝ている彼にそんな事を言っても無駄だと理解していても自然と言葉が出てきてしまいます。ゴールデンウィークでの恭君の変貌は怖い部分がありました。それも灰賀恭という人間の一面だと思うと受け入れられますけど。
「零ちゃん達が戻って来るまでの間だけですから許してくださいね?恭君」
私は彼を深く抱きしめ、目を閉じた
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