茜が演じるキャラをネットで軽く調べた俺は彼女がイベントで使うデッキ構築を……
「マジかよ……」
していなかった。デッキを構築するどころかテーブルに突っ伏し、頭を悩ませていた
「あ、あはは……、ぐ、グレー、だ、大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるなら眼科行けよ……」
「え、えと、何かごめん……」
頭上から聞こえる茜の声は気まずそうというか、申し訳なさそうだ。彼女は自分の元へ来た仕事を一生懸命こなしたに過ぎず罪はない。当然、原作者にも。俺が一人で頭を痛めてるだけで誰が悪いわけでもないのは理解している
「謝んな。しっかしなぁ……これがヒロインだと思うと泣けてくるぞ……」
突っ伏したまま顔を上げる事なくアニメへ不満を言う俺。カードゲームアニメのヒロインって言うくらいだから正義感や責任感が強く、使うカードも天使か戦士、魔導士をモチーフにした正統派と言えるようなデッキかと思っていた。ところが蓋開けるとビックリ仰天!使うカードは主人公サイドの人間と呼ぶには不釣り合いなものばかり。
「そ、そうなの?」
「カードゲームアニメのヒロインっつったら使うデッキは戦士とか、天使とか小さな子から大きなお友達まで幅広く愛してそうなカテゴリーのデッキだろ……何だよ……ポイズンスライムって……どう考えても悪役かミステリアスな女キャラの使うデッキだろうが……」
茜が演じたヒロインが使うデッキの種族は戦士でも天使でも魔法使いでもなくスライム。カテゴリーに分類するならポイズンスライム。このカテゴリーのデッキがどんなものになるのかは茜に任せよう。今後の話をするために顔を上げるか
「だ、大丈夫?」
「ああ。それより、茜のデッキを作る上で聞いておきたい事がある」
「聞いておきたい事?」
「茜が天野美和を倒したいってのはさっき聞いたが、具体的にどうやって倒したい?」
「どうやってって……そんなの聞かれても分からないよ……。第一、私はまだモンスターファイターの基本的なルールすら分からないんだから」
ですよね……
「デッキ構築よりも先にルールの説明から始めるか」
俺は立ち上がり、部屋の隅へ行くと置いてある箱を開け、中から黒いスリーブに入ったデッキと白いスリーブに入ったデッキを取り出し、テーブルへ戻り、茜の目の前に置く
「これは?」
茜は目の前に置かれたデッキを不思議そうな顔で見つめる。スリーブに入ってるだけで中身はモンスターファイターのカード。俺にとっては珍しい物でも何でもないが、カードゲームに触れた事のない人間からするとこれだけで珍しいようだ。ここでカードゲームアニメあるあるを一つ紹介しよう。あの世界じゃ余程の事がない限りカードは劣化しない。それどころか一枚のカードを手裏剣みたいに投げれば頑丈な鎖を切る事も可能だ。その上、カードゲームで世界の命運が決まる。現実じゃカードは劣化し、鎖も切れない。当然、世界の命運なんて決められない
「モンスターファイターのデッキだ。黒いスリーブと白いスリーブでデッキの中身は違う」
「へぇ……それで?黒い方と白い方、どっちが強いの?」
どっちが強いかと聞かれると答えに困るんだよなぁ……デッキの相性とかあるし
「分からん。人間もそうだけどデッキにも相性ってのがある。強いて言うなら手札が良かった方だな」
本当の事を言うと黒いスリーブのデッキが勝ち、白いスリーブのデッキが負ける。理由は後程説明するとしよう
「デッキにも相性があるんだ……」
意外そうな顔で二つのデッキを見つめる茜はまるで初めて勉強を教わる子供だ
「まぁな。でだ、早速ルールの説明を始めるぞ」
「うん」
ヒロイン役で出てたのにモンスターファイターのルールを知らないのはどうなんだ?と疑問を抱きつつ俺はルールの説明を開始。複雑なものではないから最初は覚えづらい事があっても慣れてしまえばどうという事はないだろう
「確認だが最初に自分のデッキ……つまり、山札からカードを五枚引き、持ち点は80点。先に80点削りきった方が勝ちっつーのは知ってるな?」
「う、うん、それは知ってる」
「なら次だ。さっき先に80点を削りきった方が勝ちって言ったけど、このゲームにはもう一つ勝ち筋がある」
「そうなの?」
「ああ。今言った80点削りきった方が勝ちってのはあくまでも何等かの方法で相手にダメージを与えた場合の話だ。もう一つの勝ち筋……それは何等かの方法で相手のデッキを削り、ドローできなくする事なんだ」
モンスターファイターに限って言えば持ち点がゼロになるかデッキがゼロになり、ドローできなくなったら負け。他のカードゲームだと最後の一枚を引いた時点で敗北が決定したり、一定数のダメージ量になったら負けというゲームもある。前者のゲームにはデッキ切れによる敗北という概念が存在し、後者にはない。デッキが切れたら墓場になるのか?そこへ置かれたカードをデッキとし、シャッフルして新たなデッキとして扱うからな
「そうだったんだ……知らなかった……」
知らなかったって……アニメでデッキ破壊デッキを使ったキャラは登場しなかったのか?
「アニメにデッキ破壊を目的としたデッキを使用するキャラ出てこなかったのか?」
このゲームにはいろんな勝ち筋がありますよってところを見せるためにアニメには多種多様なカードやデッキが登場するはずだぞ?
「あ~……そ、そんなようなキャラも出てきたような気がしなくもないんだけど……あ、あまりに地味だから記憶にないと言うか、何と言うか……」
「要するに覚えてなかったんだろ?」
「はい、その通りです……」
ガックリと項垂れる茜を見て先行きが果てしなく不安になる俺。カードゲームアニメに出演したからと言って全部が全部覚えているとは限らないのも事実
「まぁ、デッキがゼロになったら負けってのは頭の片隅にでも留めといてくれ。デッキ破壊なんて使ってる人あんまいねぇし」
「そうなの?」
「ああ。やったら嫌われるとか陰湿だからってわけじゃねぇけど、諸々の理由で使う人は多くないんだ。まぁ、デッキ枚数を含めてその辺は後で説明する」
「うん」
さて、どこまで説明したかな?初期の持ち点が80点ってところとそれを先にゼロにした方の勝ちってところまでだったな
「でだ、基本的な勝ち方と初期手札の枚数を説明したが、ここまでで何か質問はあるか?」
「うーん……、今のところないかなぁ……。今は何が分からないのかすら分からないし」
今まで見てるだけだったものを実際に始めるあるいは本当にやった事のない事を始める時は誰だって何が分からないかが分からないなんてよくある。ならば実践あるのみ!と言いたいところなんだけど、説明してない事が一つだけある
「まぁ、そうだよな。とりあえず今はそれでいい。次にカードの見方について説明させてもらっていいか?それが終わったら実際に俺と対戦だ」
「分かった」
俺は黒いスリーブを付けたデッキから適当なモンスターとそれ以外の必要なカードを抜き出し、茜の前へ。抜き出したカードはモンスターカード、狩場カード、モンスター増強カードの三枚。
「念のために聞くけどよ、カードの見方は知ってるか?」
「ま、まぁ、アフレコの時に何度か見てるからどこに何が書かれているかと使い方くらいなら……」
「そうか。なら、カードの見方は説明いらねぇな」
モンスターファイターのモンスターカードは基本的に左上にコスト、真ん中にイラスト、下の方にモンスターの名前、効果、パワーが書かれている。効果を持たないモンスターの場合、名前とパワーの間はモンスターについての説明が書かれている。んで、狩場カードにはコストはない。というのもこのカードは対戦が始まる時に各プレイヤーが一枚ずつ場に出すからだ。基本このカードはデッキに一枚しか入らない。というか、ルール上、一枚しか入れられない。それは……まぁ、デッキを作る時にでも教えるか。最後にモンスター増強カードだ。これは入れられる枚数に制限はない。多めに入れる人もいるし少なめに入れる人もいる。というか、入れない人すらいるくらいだ
「まぁね。でも、基本的なルールは曖昧だったよ?私は一話から出てたわけじゃないから」
え?茜の役って一応、レギュラーだよね?いや、アニメ一話でこれから登場するキャラ全員が出てくるとは限らないけど
「そ、そうなのか?カードゲームアニメのヒロインって主人公が取った戦術を解説してりするもんなんじゃねぇの?」
「どうなんだろう?戦術の解説とかは私の演じるキャラとは別のキャラがやってるから分かんない。それに、私演じるヒロインってお嬢様学校から来た転校生って設定だし」
ヒロインが転校生か……よくある設定だな。カードの見方が分かってるなら後は対戦に移るだけだから楽なんだけど
「さ、さいで……んじゃ、対戦しながらおさらいといきますか」
「うん」
「じゃあ、俺はコストの用意をするからその間にスマホの電卓と黒と白、どっちのデッキを使うか決めといてくれ」
「分かった」
俺はデッキを取りに行った時と同じように部屋の隅へ行き、カードが入った箱とは別の箱を開け、中からダイスが入ったケースを取り出し、茜の待つテーブルへ
テーブルへ戻ると茜の手には白いスリーブのデッキの中身を見ていた
「白を使うのか?」
「うん。女の子のカード多くて可愛いから」
「そうかい。念のため聞いとくが、黒いデッキの中身も見ておかなくていいのか?」
俺の予想だとスリーブが白いってだけの理由で彼女は心惹かれたんた。だから手に取って中身をみたんだろう。選んだ理由は彼女自身が言った通り可愛い女の子のイラストが多かったから
「いいよ。なんか黒って暗いし」
「あ、そう。んじゃ、始めっか」
「うん!」
こうして茜のモンスターファイター初対戦が開始。果たして彼女は俺を打ち倒す事ができるのか!? 乞うご期待! とはならない。初心者相手にマウントを取るつもりはねぇけど、俺は知っている。白いスリーブのデッキじゃ黒いスリーブのデッキには勝てない事を。よく諦めずに立ち向かえば道は開けると言う奴がいるけど、俺が使うデッキはそんな熱血論を悉く打ち砕くように構築してある。オマケにモンスターファイターのアニメに出演していたとはいえ茜は素人。勝てる見込みなんて皆無!
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