「はぁ……」
声も上げずに泣いている彼女達に俺はただ溜息を吐くしか出来ない
「恭、お前の為に泣いてくれている者達をまだ邪魔だから出て行けと言うか? 今までは成り行きで零ちゃん達をここへ住まわせたと言うなら今この場で決めたらどうじゃ?お前の為に泣いてくれる子達を叩き出すか、それとも今まで通り住まわすか」
爺さんは狡い。そんな風に聞かれて俺が捨てきれないと分かっていて聞いてくるんだからな
「俺が爺さんの孫だって知ってて聞いてんのか?」
「もちろん」
「アンタの孫である俺が女に泣かれたら弱いって知ってて聞いてるなら悪質だな」
「そうじゃなければ大手不動産の会長なんて務まらん」
爺さんの様に女好きというわけではないが、泣いてる人間を見捨てられるほど俺は腐ってない
「ったく、俺は今ほど爺さんの孫だって事を後悔した事はない」
「企業のトップを祖父に持って贅沢じゃな。して、恭よ。零ちゃん達を追い出すのか? それとも今まで通りここへ住まわすのか?」
爺さんだけじゃなく、目を腫らした零達も俺を見る。爺さんは見守るように、零達は不安そうに見てくるから質が悪い。そんな視線に晒されながら俺が出した決断は……
「ここに住まわせる。叩き出して恨まれても嫌だしな」
今まで通りここに住まわせるだった
「ほう、それは恭が自分で決めた事か?」
「ああ。これは俺が自分で決めた事だ。文句あっか?」
「じゃ、そうじゃ。零ちゃん達よかったのう」
俺の出した決断に爺さんは穏やかな笑みを浮かべ、不安から解放された零達が俺に抱き着いてくれば青春マンガとかのハッピーエンドだった。実際は……
「恭君、覚悟してくださいね?」
「たっぷり甘えるから……恭ちゃん」
右腕を闇華に、左腕を東城先生に拘束された。オマケに飛鳥と琴音は─────
「恭クン、私達を不安にさせた罪、身体で払ってもらうから」
「飛鳥ちゃんの言う通りだよ! 恭くん! ちゃんと償ってね?」
俺を見捨ててズカズカと部屋へ戻って行った。残された零と双子からは
「アタシ達に不満があったからとはいえ自業自得よ! 諦めなさい!」
「これも運命ですよ♪ 恭さん♪」
「いいだけアタイ達を不安にさせたんだから甘えても罰は当たらないだろ」
と、言われ見捨てられた。不思議な事に嫌な気はしなかったからいいんだけどな
連行され際に爺さんが背後で『恭ー! 儂より早く死ぬなよー!』と叫んでいたのだけ覚えている。親父達? 闇華達に連行されてたのに確認する余裕なんてあるわけないだろ? あの後一回も姿を見てないところを見ると帰ったんだろう
連行されてから俺と蒼は傷の手当を受けた。で、手当を受けた後、俺は零達に泣きながら抱き着かれ、トイレ等で移動する時は必ず零達の中の誰かが付いて来た。そんなこんなで夜になったが、慣れない事をしたお陰で俺は夕飯を食う前に眠ってしまった。で、今に至る。
「昨日の事謝らないといけないよなぁ……」
昨日は散々暴言を吐いた挙句、零達を叩き出そうとした。その時は特に何も感じなかったが、今になって罪悪感が押し寄せてきた。
「つか、コイツ等……よくもまぁ、汗臭い男子にしがみつこうだなんて考えたよな」
女子って不潔な男子が嫌いだって前にテレビの特集でやってた。昨日晩飯を食わず、風呂には……入ったな。その後で蒼と勝負したから結局汚れたけど
「それだけ恭さんの変貌に対する不安が大きかったんですよ」
どこからともなく蒼の声がした
「悪かったな。ついでに起きてるなら零達を引きはがしてくれ。動きづらくて敵わん」
俺は現在零達にしがみつかれたままだ。言うまでもなく、両腕、両足が動かせないどころか起き上がる事すらままならない
「嫌ですよ。っていうか、ボクも姉ちゃんにしがみつかれて動けないんですから恭さんが助けてくださいよ」
蒼君? 俺の話聞いてた? 君は碧だけじゃん! 俺は右腕に零! 左腕に闇華! 右足に飛鳥! 左足に東城先生! 腹部に琴音とホラー映画状態なんだけど?
「俺は両腕、両足を拘束され、腹の上にも乗っかられてるんだ。とてもじゃないが動けん」
「じゃあ、そのまま寝てればいいじゃないですか♪ 幸いな事にゴールデンウイークですから寝てても文句を言う人はいませんよ♪」
蒼の提案は魅力的だ。だが、トイレには行きたくなるし腹も減る。一日中寝てるわけにもいかない
「文句は言われねぇがトイレには行きたくなるし腹は減る。オマケに喉も乾く。ずっと寝てるわけにもいかないだろ?」
小学生の頃は一日中寝てたいとか言ってお袋に怒られた記憶がある。昔は寝て過ごす生活に憧れたが、今となっては家に引きこもる生活が最高だと思う
「それもそうですね。ねぇ、恭さん」
「何だよ?」
「寝苦しくないですか?」
俺はてっきり死んだお袋の事について聞かれると思っていた。聞かれなかったのはマジ意外
「全身に人が密着してるんだ。寝苦しくないわけがないだろ」
「ですよね」
「ああ。つか、死んだお袋の事は聞いて来ないのな」
「聞いてほしかったんですか?」
お袋の事を聞いてほしかったかどうか俺自身分からない
「どうだろうな……まぁ、気が向いたら話すわ。出来れば零達のいないところで」
「それ本人達が聞いたら怒りますよ?」
「いいんだよ。零達は零達、お袋はお袋だからな」
死んだ者を忘れてはいけない。が、いつまでも追いかけてたら前に進めない。お袋の事を零達に話すと真似しようって考える奴が出てくるだろう。だったら話さない方がいい
「ふふっ……」
蒼がいきなり笑い出した。何?俺何か面白い事言った?
「いきなり何だよ? 気持ち悪いな」
「昨日みたいにボク達の事を代用品って言わないんだなと思って」
「言わねぇよ。バカな俺の為に身体張ってくれたり、泣いてくれた連中を代用品って呼ぶほど俺は腐ってねぇからな」
自分の為に身体を張ってくれたり、泣いてくれた奴を代用品と呼べる神経を持っているなら昨日の時点で俺はコイツ等をここから叩き出している
「そうですか」
「ああ。俺は大切な物を取り戻したし、親父達には一生消える事のない十字架を背負わせた。それで満足してんだ。不満があるとすればもうそろ密着している連中には離れて欲しいって事くらいだな」
女子に抱き着かれて嬉しくない男子はいないが、そろそろ離れてほしい。両腕の感覚がなくなりつつあるし
「だったら、胸の一つでも揉んでみたらどうです? そうしたら零さん達だって目を覚ますと思いますよ?」
「一男子としては非常に魅力的だが、それをすると責任取って結婚しろと言い出す奴がいるだろ。それに、人に言う前に蒼、お前がやってみろ」
「いいですけど、ボクがやったら恭さんもやりますか?」
「やったらな」
俺の場合はやる前にやるならどっちがより安全かを考えるところから始める作業が待っている
「それやらないパターンですね」
何でやらないって分かるんですかねぇ……
「やらないとは言ってない。俺の場合は零と闇華。どっちが安全かを厳選するところから始めるだけだ」
「どっちを選んでも恭さんは責任取って結婚しろとか言われる未来しかないと思いますけど……」
蒼君?サラッと俺の人生詰み宣下しないでもらえる? ワンチャン零が俺をぶん殴るって道が残ってるかもしれないだろ?
「俺が零にぶん殴られるって道は思い付かないのか?」
「ないです。にしても……女性陣が起きるまで暇ですね」
「だな」
動けないから時間を確認しようがないが、俺達は結構な時間喋ってると思う。それなのに誰一人として起きないのは素直にすごい
「恭さん、トイレに行きたいんで姉ちゃん起こしますね」
「どうやって?」
「それはトイレから戻った時に教えます」
蒼の声はここで聞こえなくなった。その代わりに何かうめき声というか、口を塞がれて抵抗しているような声が聞こえてくるのは気のせいだろ
「んー! んー!」
前言撤回。気のせいじゃなかった。触らぬ神に祟りなしって事で俺は助けない。まぁ頑張れ
蒼が碧を起こすと言ってから少しして
「お、おはようございます、恭さん……」
「おはよ、恭……」
ゲッソリした蒼とやけにツヤツヤした碧がやって来た。
「お、おう、おはよう……何で蒼ゲッソリしてんだ?」
「べ、別に、ゲッソリなんてしてません……」
ゲッソリしてないという割に干物みたいになってるぞ?そう思い俺は蒼の首元へ視線を移す。昨日首を絞めたところに俺の手の跡はない。呼吸を少し乱すつもりで絞めたから大して力は込めてないからな。その代わり蚊に刺されたような跡がくっきりと残っていた
「そ、そうか……それはいいとして、トイレに行く前に零達を起こしてくれっと助かる」
口に出しては言わないが、蒼、お前、吸われたんだな?服が乱れてないトコ見ると本番までは致してないようだが……キスだけでそこまでになるとは……
「どんな手段を取っても恨まないって約束してくれるならやりますけど?」
「せめて手段は選んでくれ」
「仕方ないですね」
ヤレヤレと言った感じで溜息を吐く蒼。何だ?その俺が我儘を言ってると言いたげな顔は
「仕方なくない。昨日慣れない事をした次の日だぞ?」
「分かってますよ。全く……」
溜息を吐いた後、蒼はすぅと息を吸い込み……
「一番早く起きた人を恭さんが全力で愛してくれます!! さぁ! 皆さん起きてください!!」
碌でもない爆弾を落としていった。そんなんで零達が起きるわけが……
「んっ……恭……今のほんとう……?」
「恭君が……愛してくれる……」
「恭クンと結ばれる……」
「恭ちゃんがお嫁に……」
「恭くんと新婚旅行……?」
今まで寝てた零達は目を擦りながらのそのそと起き上がった。言ってる事は俺にとって予想外過ぎて追い付かないけど
「ええ! 本当ですよ! さぁ! 皆さんで恭さんにおはようのキスをしましょう!」
家にいる男の娘は爆弾だけ落とし、姉と共にトイレの方へ消え、俺は……零達をどうにか説得し、事なきを得た。ちなみにその時に昨日の暴言を謝ったが、本人達曰く今まで何も言わなかった俺が本心を言ってくれて嬉しかったから気にする事はない。との事
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