「どういう事ってそのままの意味なんだけど……飛鳥からすると納得できないか」
「あ、当たり前っしょ! いきなり父の再就職先が決まったって言われても信じられないし、それに、これは俺の一存じゃ決められない」
飛鳥の意見は至極当然だった。働くのは飛鳥の父親であって飛鳥本人じゃない
「だろうな。働くのは飛鳥の父親であって飛鳥じゃない。だから俺も一緒に行って説明する」
「頼む。でも、万が一嘘だった時は……」
一介の高校生である俺が失業した父親の再就職先を世話するだなんて飛鳥からすると信じられないのも無理はない。俺だって信じない
「分かってるよ。ところで飛鳥達家族は今どこに住んでるんだ? まだ今まで住んでいたところにいるのか?」
「いや、社宅住まいだったから昨日付けで社員全追い出されたよ。だから今は熊外駅から歩いて五分のところにあるデパートの空き店舗西側の軒下で社員全員で身を寄せ合ってる」
失業した上に次の場所を決める前に追い出すとかブラック企業にも程があるだろ……それにしても、熊外駅から歩いて五分のデパートの空き店舗ねぇ……駅に近い場所にあっても潰れるモンは潰れるんだな。ん? デパートの空き店舗?マジか
「マジか……つー事は何か?飛鳥は昨日から家の前にいたって事か? いつも入る時は東側からだから気付かなかった……」
前に爆走アホ集団が侵入してきた事があった。今度はホームレス集団かよ……
「恭クン? どうかしたの? もしかして具合悪いの?」
不安そうに俺を見つめてくる飛鳥。体調が悪いという事はない。偶然って恐ろしいなとは思うけど
「いや、偶然とか運命って恐ろしいなと思って」
本当に運命のイタズラとは恐ろしい。飛鳥の話が本当なら揃いも揃って家の前にいるんだからな
「────? 恭クン、何言ってんの?」
「いや、何でもない。とりあえず飛鳥の家族がいるっていうデパートの空き店舗に行くから案内してくれ」
「うん」
俺達は改札を潜り、適当な電車に乗って熊外駅へ。
熊外駅で電車を降りた俺は飛鳥に案内され、飛鳥の家族がいるというデパートの空き店舗前にやって来たのだが……
「マジかよ……」
目の前には大量の段ボールハウス。それはいい。ホームレスの連中がどこで生活をしようと俺に止める権利はない。問題は場所だ。思いっきり家の前なんだけど……
「俺達家族や他の人達は今ここで生活してんだ」
「…………とりあえず家族の元へ連れてってくれ」
西側から中央出入口にあるバス停まで立ち並ぶ段ボールハウス群を抜け、その奥に進むと一件の段ボールハウスがあった
「ここだよ。俺達家族が生活している家は」
本人には申し訳ないが家とは呼べない段ボールハウス。内田家は現在ここで生活してるらしい
「そうか。ところで今は家族全員いんのか?」
「遊びに出かけてなきゃお母さんもお父さんも弟と妹もいるはずだよ」
「とりあえず中へ入っていいか?じゃなかったら話も出来ない」
「そうだね。まぁ、汚いところだけど入ってよ」
青いビニールシートを捲り“ただいま”と言って中へ入る飛鳥に続き、俺も“お邪魔します”と言って中へ入る
「お帰り、飛鳥。あら? そっちは友達?」
中へ入ると飛鳥の母らしき女性が出迎えてくれた。見た目だけだったらとても母親とは思えないくらい若々しい
「ただいま母さん。この子は灰賀恭。私の友達だよ」
「ども」
「飛鳥が友達を連れてくるなんて珍しい事もあんだね」
「まぁね。それよりお父さんとチビ達は?」
飛鳥の話じゃ父親と弟、妹もいるって話だったが、それらしき人物が見当たらない
「公園に遊びに行ったよ。それよりもあんた学校はどうしたのさ? サボり?」
「違うよ。校舎が火事になったから帰されたの」
「そりゃ災難だったね。で、飛鳥」
「何?」
「お友達を連れてくるのは構わないけど、今はお茶の一つも出せないよ? それ解ってる?」
「解ってるよ。恭クンは遊びに来たんじゃなくて父さんに話があって来たんだよ」
「話? 何だい? 話って」
「それは恭クンに聞いてよ。私は詳しい事知らないからさ」
爺さんが専属のトラックドライバーを欲しがっている話をするのは簡単だ。その前にここが俺の家だという事を話さなければならないのだが、素直に信じるかどうか……
「灰賀君、話って何だい? アタシ達の住む場所を世話でもしてくれんのかい?」
何から話すか迷っていたところに内田母から疑いの眼差しを向けられた。口調は喧嘩腰ではあったが、職どころか住む場所や明日の生活にすら困っている立場の人間からすると疑いたくなるのも無理はない
「恭クン?」
疑いの眼差しを向けてくる内田母とは違い、不安そうに俺を見る飛鳥。そんな両極端の視線を浴びた俺は一つの答えを見出した
「飛鳥、財布とカバン預けるから少し待っててくれないか?」
「い、いいけど……どこかに行くの?」
「ああ、ちょっとな。でも、飛鳥達からすると俺が戻ってこないんじゃないかと不安になるだろうから財布とカバンだけ預ける」
「分かったよ。だけどすぐに戻って来てね?」
「当たり前だ」
飛鳥にカバンと財布を預け、俺は東側玄関へ急いだ
恭クンが私にカバンと財布を預けて出て行った。父さんの再就職先が決まったって言ってたから連れてきたし、友達だから信じたい気持ちはあった。でも……
「飛鳥、さっきの灰賀君だけど」
「うん」
「あの子、アタシ達の住む場所に宛てでもあんのかね? ただの高校生だろ?」
「そうだよ。入学式にお姉さん一人と大勢の親戚が来る以外は普通の高校生だよ」
「そんな子がアタシ達の住む場所の世話なんて出来るとは思えないよ」
母さんの言ってる事は正しかった。恭クンは普通の高校生で家だって普通。本人に聞いた時『俺の親父はリハビリ科の技師だからボンボンではない』と言ってたし
「うん……でも、カバンと財布を預けていくって事はさ私の事を信じてそうしたって事でしょ? だったら私も恭クンの事を信じるよ」
「飛鳥……アタシはアンタが将来悪い男に騙されないか不安だよ」
そんなの自分でも分かっている。昨日友達になったばかりの男の子に私は話しすぎた。恭クンが私を騙すなんて思いたくないけど現状が現状なだけに不安は拭いきれない
飛鳥にカバンと財布を預けた東側玄関まで走った俺は現在、エレベーターで八階まで上がっている最中だ
「ハァ、ハァ、こ、こんな事なら、も、もうちょっと、た、体力、つ、付けておくんだった……」
エレベーター内で息を整えながら俺は中学時代に引きこもりだった事を後悔していた。主に引きこもっていた事に対して
「と、とりあえず、飛鳥の家だけじゃなくって、西側から中央バス停まである段ボールハウスを撤去するところから始めないといけないのか……」
八階まで上がる途中、俺は優先させる事を決める。西側から続く段ボールハウスの撤去。これは決定事項だ。その後は多分、飛鳥含めて臭いだろうから適当に風呂にでもブチ込む
優先させる事を考えているうちにエレベーターは八階へ到着。そのまま住まいである十四番スクリーンを一直線に目指す
「ただいま」
住まいに着いた俺は息切れこそなかったものの、叫ぶ気力がなかった。とりあえず靴を脱ぎ部屋の中へ
「おかえり、恭くん。学校はどうしたの? っていうか、カバンは?」
家事がひと段落したのか、せんべいを齧りながらテレビを見ていた琴音。何かオバサン臭い……おっと、今はそれどころじゃなかった
「その辺の説明は後でする。とりあえず今は何も聞かずに付いてきてくれ」
「わ、分かった」
「んじゃ、俺は十三番スクリーンと十二番スクリーンにいる母親達に声掛けてくるから部屋の前で待っててくれ。あっ、出る時はスリッパじゃなくて靴を履いててくれると助かる」
「う、うん」
俺は琴音に指示を出し、隣の十三番スクリーンへ
「ノック……をした方がいいんだろうが、今はそんな事言ってる場合じゃないか」
女性の部屋という事で普段ならノックをするところだが、今はそれどころじゃない。一刻を争うわけではないが、人を待たせているのは確かだ
「こんちわ~!」
大声で挨拶をしながら部屋のドアを開け、自分の住まいと同じように入口で靴を脱ぎ、部屋の中へ
「あらあら、恭君。どうしたの?」
出迎えてくれたのは柔和な感じの母親だった
「事情は後で説明するんでとりあえず全員で部屋の前に集まってください。あっ、スリッパじゃなくて靴を履いてきてください」
「事情はよく分からないけど、とりあえずここにいる全員で靴を履いて部屋の前に集まっていればいいのね?」
「ええ。俺は隣のスクリーンにいる人達にも知らせるんで先に出ます」
伝える事を伝え、俺は十二番スクリーンへ
十二番スクリーンの前に着いた俺は十三番スクリーンでした事と全く同じ事をして部屋の中へ
「恭、どうかしたのか?」
十二番スクリーンで出迎えてくれた母親はさっきとは違い、姉御肌の母親
「何も聞かずにサッと食えるものを作ってください」
「分かった。って言いたいけど、具体的に何を作ればいい? 今あるもので作れるのはおにぎりくらいなんだけど?」
「おにぎりで構いません。とりあえずお願いします」
「ん、了解」
用件を伝え終えた俺は十二番スクリーンを出て部屋の外へ
「恭くん」
外へ出たら琴音と母親達がすでにいた
「よう、琴音」
「言われた通り靴履いて来たけど、これから何を始めるの?私だけじゃなくて母親の皆さんまで集めて」
「段ボールハウスの撤去。それと、そこに住んでる連中をとりあえず全員風呂に叩き込む」
「「「「はい?」」」」」
琴音と母親達は全員ポカンとしている。いきなりこんな事言われても困るだけだよな
「とりあえず行けば分かる。それから十二番スクリーンにいる母親達には飯作ってもらってるからここにはいないぞ?」
「知ってる。さすがに人数が半分だったらバカでも気づくよ。恭くん」
「そ、それならいい。とりあえず不満が生まれる前に言っただけだから」
「私達は大人だから不満なんて言わないよ。それよりも段ボールハウスに早く案内してよ。恭くん」
「あ、ああ」
人数が人数なのでエレベーターは使えない。エスカレーターを使い一階へ降りた俺達は東側玄関から外へ出てとりあえず全員で飛鳥の住んでる段ボールハウスへと向かうのだった
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