「恭ちゃん、ゴメンね……私達教師がもっとしっかりしていれば……」
昨日、神矢が家に来たのは部屋にいる連中全員が知っている。琴音がいなかったのは神矢から席を外すように言われてキッチンにいたからだと神矢が帰ってから聞かされた。同時に無理にでも同席していればという後悔も
「別にいい。ゴールデンウィークの親父達凸で慣れた」
“ゴメン……”と申し訳なさそうに眉根を下げる東城先生を責めたところで何かが変わるわけじゃない。俺はそういう無駄な事はしない主義だ
「アタシがその場にいればぶっ飛ばしてやったのに!」
食事中だというのに勢いよく立ち上がり、物騒な発言をする零を普段は誰かが止める。今回の件に関しては意見が一致したのか誰一人として止めるものはいなかった。止めたところでコイツ等は素直に止まるような連中じゃないからまぁ、うんという感じだ
「ダメですよ、零ちゃん? 食事中に立ち上がっちゃ。それに、女の子なんですからぶっ飛ばすって言葉も使っちゃいけませんよ」
咎める者はいないと思っていたところで意外や意外。闇華が注意した。食事中に立ち上がるのや華の女子高生がぶっ飛ばすはちょっとな……
「闇華! アンタは飛鳥が傷つけられて平気だって言うの!?」
闇華の注意も解る。だが、零の気持ちも解る。だから俺はどちらか片方に肩入れするなんて出来ない
「まさか。零ちゃんが言うようにぶっ飛ばしたらその人の苦しみはその一瞬だけじゃないですか……人一人を追い詰めといて苦しみが一瞬? あり得ないでしょ……苦しみというのは永遠に与えてこそ苦しみなんですよ? 零ちゃんのやり方だと一瞬の痛い思いで終わってしまうじゃないですか」
闇華は艶然と笑う。目のハイライトが消えてるのと話の内容が物騒なものじゃなかったら惚れてるレベルだ。
「あ、アタシが間違ってたわ……。そうよね! 闇華の言う通りよね! 一瞬の苦しみだけじゃつまらないわよね!」
零は握りこぶしを握り何かを決心したようだが、一つ言いたい。お前達が神矢想子と会う機会なんて多分ないぞ?
「朝飯中に物騒な話をするな」
今まで黙っていた俺だったが、これ以上物騒な話を食事中にそれもまだ寝ているとはいえ子供になった飛鳥の前でされるのはなんつーか精神教育上よろしくない
「そうだよ、零ちゃん、闇華ちゃん。恭くんの言う通りだよ」
今まで黙っていた琴音が零と闇華をやんわりと注意する。うん、東城先生もだが、成人組は良識あるようでよかった。いや、ホントに
「「ご、ごめんなさい……」」
「よろしい!」
琴音に怒られシュン……となりながら立ち上がっていた零は座り、闇華はご飯を口運ぶ。琴音が特別怖いというわけじゃないとは思う。ただ、時と場合によっては怒鳴られるよりも諭された方が精神的にキツイものがある
そんな終始物騒な会話が飛び交った朝食を終え、身支度を済ませた俺は東城先生が出たのを見計らって部屋を出て一階玄関へ。すると……
「よぉ、クソガキ」
玄関に出て待っていたのは加賀だった。今更だが、俺、雇い主、お前、雇われの身ってのを自覚してないのか? 『恭様』と呼ばれるよりかはこっちの方が近しい関係って感じで俺も安心するけど
「珍しいな。なんだ? 学校まで送ってってくれんのか?」
送迎の目的で加賀を雇ったんだから聞くまでもない。加賀の口調的に自分から俺を送るだなんてするとは思えないから聞いただけだ
「当たり前だ。俺の仕事だからな。それに……」
加賀は視線を俺から俺の背後へと移し、それに倣って俺は後ろを振り返った。
「あすかもいく」
身支度を済ませ、学生カバンを肩に掛けた飛鳥が立っていた
「行くって……琴音お姉ちゃんに止められただろ?」
昨日、神矢の話を聞いた琴音はもの凄い剣幕で『飛鳥ちゃんは神矢って人が関わらないと約束するまで学校には行かせない!!』と宣言していた。そんな琴音が飛鳥を止めないわけがない
「うん……でも、きょうおにいちゃんとはなれるのはさみしい……」
年上女子に自分と離れるのは寂しいと言われて悪い気はしない。飛鳥が普通の状態で何も問題がなければ俺だって手放しで喜んだ
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺は今から学校なんだ。学校には昨日家に来た怖い人がいるんだぞ? それでもいいのか?」
「ううっ……」
神矢に絡まれたところを想像したのか涙を浮かばせている。飛鳥が邪魔だとは言わないが、神矢想子と対決するのに飛鳥はいない方がいい
「怖いなら琴音お姉ちゃんと留守番しとけ。な?」
神矢想子が飛鳥に何等かの無理強いをしたのが原因でこうなった。だというのに元凶がいる学校に飛鳥を連れて行くなんて自殺行為。ライオンの檻にエサを投げ込むに等しい
「いや!! あすかもいくの!!」
やんわりダメだと言ったが、当事者である飛鳥はそれを聞き入れず、それどころか俺に抱き着いて来た。テコでも動きそうにない
「って言われてもなぁ……。飛鳥を危険な目に遭わせるわけにはいかねぇしなぁ……」
「い~く~の~!」
連れて行ってもらえないと察したのか抱き着く力が更に強くなる。どうしたものか……
「行くのって言われても……琴音お姉ちゃんにはちゃんと言ってきたのか?」
昨日はもの凄い剣幕で飛鳥の登校を反対していた。琴音の前で飛鳥を登校させるか否かを話し合うんじゃなかったと後悔するほどに。そんな琴音が飛鳥の登校を許可するとは思えない
「いってない! あすか、だまってでてきた!」
うん、知ってた。そんな気してた! 東城先生と飛鳥の登校について話し合ってたところに乱入し、登校反対を突きつけてきた琴音が許可を出すわけがない
「はぁ……琴音お姉ちゃんが心配してるだろうから部屋に戻っとけ。な?」
飛鳥がいなくなって琴音が部屋でオロオロしている姿が目に浮かぶ。琴音の気持ちも飛鳥の気持ちも理解出来なくはない。
「いや!! それに、きょうおにいちゃんがいればあすかがんばれるもん!」
本格的に困った……飛鳥は学校に行きたい、琴音は行かせたくない。言い換えるなら俺となら怖くても平気な飛鳥と神矢という危険分子がいる場所へ行かせたくない琴音。両者の主張は真逆。ん? なら琴音も一緒に連れてけばよくないか? だったら飛鳥を守れるだろ
「そっか。でも、学校に行くなら琴音お姉ちゃんも一緒じゃないと連れてけないぞ?」
「なんで?」
「飛鳥にもしもの事があったら琴音お姉ちゃんが泣いちゃうからだ。飛鳥だって琴音お姉ちゃんを泣かせたくないだろ?」
最初からこうすれば何の問題もなかった。俺って天才じゃね?
「うん……」
「よし、いい子だ」
琴音を泣かせたくないのか、飛鳥は渋々と言った感じで頷く。次なる問題は琴音だ。いくら一緒にとはいえ飛鳥の登校を許可するだろうか?
「飛鳥はえらい子だ」
「えへへ~、あすかえらいこ!」
飛鳥の頭をポンポンと撫でながら琴音に納得してもらえるかを考える。この妥協案に難色を示されたら打つ手なしだ
「じゃあ、琴音お姉ちゃんに話に行くか」
「うん!」
琴音が許可してくれるかどうかという不安を抱えながら俺達は家の中へ戻ろうとした
『大丈夫、全部聞いてたから』
戻ろうとしたところでここにはいない琴音の声がした。声のした方を向くと……
「っつーわけだ。よかったな、クソガキ」
通話中のスマホをヒラヒラと振る加賀が立っていた
「加賀……いつの間に……」
「お前が飛鳥ちゃんの説得を始めたあたりからか? そん時に酷く慌てた様子の琴音ちゃんから電話があってな。ついでだから飛鳥ちゃんの意志をちゃんと聞かせる事にしたんだ」
「そうか……」
「ああ。最初は見つけ次第連れて帰るって聞かなかったんだけどよ、俺も娘二人を持つ親だ。子供が困難に立ち向かおうって時に止めるような無粋な真似したくなかったんでな。ま、俺のエゴだ。給料から差し引いてくれて構わねぇ」
琴音に俺達の会話を聞かせたのが加賀のエゴだったとしても今回はそのエゴで助かった。給料を差し引く理由なんてない
「どんな理由でお前の給料から差し引けっつーんだよ? それをやったら単なるブラック企業だろ」
「はっ、ちげぇねぇ」
俺と加賀は二人笑い合う。それから五分と経たずに琴音が来た。辿り着くなり『黙っていなくなっちゃ心配するでしょ!』と飛鳥に説教をかまし飛鳥は飛鳥で『びえぇぇぇぇ!! ごべんなざーい!!』と言って琴音に抱き着いていた。身体がデカい分、母親と子供にゃ見えなかったな
合流した琴音、飛鳥と共に車に乗り込み、学校へやって来た俺達は職員室へ。こんな状態の飛鳥を教室に放り込む事なんてできない。連れて行った当初、教職員一同が苦い顔をしていた。中には自分達がそんなに頼りないのかと言わんばかりの奴もいた。だが……
『教員歴を盾にされて押し黙るような人達が頼りになるわけないでしょ!!』
という琴音の鶴の一声で教職員達は黙り、琴音と飛鳥は職員室で過ごすのを許可された。保健室じゃないのか? って? 教師達曰く『保健室なんて目の届かないところよりも目の届く範囲にいてもらった方が安心です』との事
「さてっと、神矢が俺を指導しきれるかどうか見ものだな」
琴音達と別れた俺は自分の教室へ。今日は一年生の登校日だから行くのは自分の教室だ。
「出来れば神矢がウチのクラスに来てないのを祈りたい」
教室の前に着いた俺は神矢が自分のクラスに来てないのを祈りながらドアを開けた
「恭、おはよう」
「お、おはようございます。東城先生」
東城先生より後には出て飛鳥を説得するというイベントがありはした。それでも遅刻という時間ではなく、普通に間に合う時間だ。
「珍しいですね、東城先生がHRでもないのに教室にいるだなんて」
いつもなら職員室で何かしらの仕事をしているはずの東城先生。今回に限っては教室にいた。何でだ?
「今日はたまたま仕事がなかった」
「そうですか。ところで、神矢先生は……」
「今日はウチのクラスに入ってもらう予定だよ」
神矢が自分のクラスに入る。俺にとっては好都合だ
「そうですか」
「うん」
話を終え、俺は自分の席に行くとカバンを机の横に掛け、椅子に座るとそのまま机に突っ伏した。神矢を釣る為に
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