涙の鍋パーティーから早いものでもう一週間が経つ。あの後は特にこれと言った出来事がなく、俺も零も闇華さんも平和に暮らした。まぁ、相変わらず二人とも一人になるのが怖いのか未だ三人一緒に寝ている。
それはいいとして、今日も今日とて俺はリビングでまったり過ごしている。それは零と闇華さんも同じだ
「ねぇ、恭」
「んぁ? 何だ? 零」
「アンタ、今年の春から高校生よね?」
「ああ、そうだけど?それがどうかしたのか?」
「もう四月なのにアンタの口から学校の話が全くでないのは何故かしら?」
「そういえばそうですね、私達ここに来てからまだ一週間程度ですが恭君から学校の話を全く聞いた事がありませんね」
今日は四月九日。早いところだと今日が入学式だという高校もある。そんな中俺はいつも通りのんべんだらりと過ごしているんだから聞かれても仕方ないと言えば仕方ない
「そういや二人にゃ言ってなかったが、俺の入学する高校は通信制高校で普通の高校よりも入学式はかり遅いんだよ」
中学時代家に引きこもっていた俺は当たり前だけど出席日数より欠席日数の方が多い。当然だが、そんな俺が普通の高校に通えるわけがない。だからと言って中卒だと雇ってくれるのはペンキ塗りとか大工とかしかないのだが、それは昔の話。今じゃ最低限高校は出ないと仕事先なんてない。そんな危機感を抱いたのは中三の夏。だが、危機感を抱くのが遅すぎて普通高校は無理だと判断した親父が通信制の高校を見つけ俺に何の相談もなく進路をそこにしたのだ
「なるほどねぇ……」
「それなら納得です」
今の雑な説明で零と闇華さんは納得してくれたようなのだが、二人とも制服がない事に違和感はないのか?ん?
「納得してくれたようで何より。さて、俺はこれからゲームでも──────」
「ちょっと待った!」
ゲームをしようとパソコンに手を伸ばしたが、零に阻まれてしまった
「何だよ? 俺の高校の事なら話しただろ?まだ何かあるのあるのかよ?」
「あるわよ! アンタが通信制の高校に通うのは分かったわ。でも、制服がないじゃない!」
「言われてみればそうですね。恭君、制服はどこですか?」
制服ねぇ……俺の通う高校は私服ОKだから制服はあってないようなものだ。当然俺も制服なんてかたっ苦しいものを着るつもりはない!
「俺の通う高校は私服ОKだから。一応制服があるにはあるみたいだが、俺は制服なんてかたっ苦しいモン着るつもりはない!」
私服の方がレパートリーを考えなきゃいけないから面倒だと思うだろ?俺からしてみれば制服の方が面倒だ。一回汚れたら場合によってはクリーニングに出さなきゃいけねーし
「アンタ、制服がかたっ苦しいって……」
「恭君が中学に通っていたか疑いたくなる言葉です……」
フッ、中学に通っていたか疑いたくなるだって? 俺は中学なんてほとんど行ってねーからぁぁぁぁぁ!
「フッ、バカ共め! 俺は中学なんてほとんど行ってねーんだよ!」
俺が中学に行ってない理由は制服がどうのじゃない理由が別にある。ただ、その理由をこの二人に話さないだけで
「不登校を威張るな!」
バチンッ!!
「痛ってーな! 何すんだ零!」
零から強烈なビンタを貰った俺。ホント、バチンッ! なんて音マンガの擬音でしか聞いた事ねーぞ……おかげで頬がいてぇ……
「ふんっ! 不登校だった事を威張るからよ!」
零の言う通り不登校だった事を威張って言うべきなのではないとは思う。ただ、過去の話をする時はこうでもしないとやってられない
「俺の過去がどうであれ零には関係ねーだろ!」
「ええ! 関係ないわよ! アタシは不登校だった事を威張ってるのが気に入らないの!」
不登校だった事を威張った俺も悪かったと思うけどよ、ビンタはねーだろ……
「不登校だった事を威張ったのは悪かった! でもだからってビンタはねーだろ……」
「そ、それは悪かったわよ!」
そう言って零はそっぽを向いてしまった。ただ、不登校だったと言っただけで零は何故ビンタなんか……
「恭君、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
心配そうに俺の顔を覗き込む闇華さん。だが、元はと言えば俺が不登校だった事を威張ったのが原因だ。それに対して不満を言うつもりはない
「ならよかったです……でも、さっきのは恭君が悪いんですよ?」
「解ってるよ」
零の過去にどんな事情があったのかは知らない。一つ言えるのが学校に行きたくても行けなかったという事。それはきっと闇華さんも……
「解ってるならいいんですが……零さんの過去に何があったのかは分かりませんが私も学校には行きたくても行けませんでした。だから学校に行かない事を選んだ恭君が羨ましいです」
「いきなり何だよ……」
「言ってみただけです」
「そうかい」
俺の発言で零と喧嘩しただけではなく、闇華さんとも気まずい空気になってしまった。そんな時だった
じりりりりん! じりりりりん!
黒電話の音が部屋全体に響いた。
「黒電話の音? ですが、この部屋に黒電話なんてありましたっけ?」
「闇華の言う通りこの部屋に黒電話なんてないわね」
この部屋にないはずの黒電話の音に零と闇華さんの表情は訝しげだ
「俺のスマホが鳴ったんだよ」
黒電話の音の発信源は俺のスマホ
「紛らわしいわよ!」
「そうです! 紛らわしいです!」
「何が紛らわしいんだか……とりあえず出てくる」
「そうして頂戴」
俺は零達の元を離れ、キッチンへ移動し、着信画面を確認する。すると……
「婆さん?何の用だろ?」
着信画面には『婆さん』と表示されいた。
「とりあえず出てみるか」
爺さんもそうだが婆さんから掛かってくる事などほとんどない。だからと言って関係が険悪というわけではない。
「もしもし」
『もしもし、恭ちゃん? おばあちゃんだよ?』
「ああ。分かってるよ。それで、何の用だよ?」
『まぁ! かわいい孫に電話するのに用がなきゃ電話しちゃいけないってのかい! 薄情な孫でおばあちゃん泣いちゃいそうだよ……』
別に用が無きゃ電話しちゃいけないって事はない。ただ、この婆さんは俺が少しでもめんどくさそうにすると泣き落としにかかってくる面倒な婆さんなのだ
「用がなくても掛けてきていいから! それより、そんなおふざけがしたくて電話してきたわけじゃないだろ?」
『そうだけど、少しはおばあちゃんのお茶目に付き合おうって気はないのかい? ったく、恭はノリが悪いねぇ~』
「俺にノリを求められても困るんだが……」
『それもそうだね。まぁふざけるのはこれくらいにして、恭、アンタ一人暮らしして早々女の子を二人程連れ込んだらしいじゃないか』
女の子二人ってのは零と闇華さんの事だろう。俺が一人暮らし早々零と闇華さんを拾った事は爺さんから聞いたな……別にいつかはバレる事だから婆さんが知ったところで何の問題もないんだけど
「ああ。連れ込んだって言うか拾っただな。それがどうかしたのか?」
俺が零と闇華さんを拾った事は爺さん情報だろうから気にしないにしても婆さんに何の関係があるんだ?すぐに捨てて来いとかか?
『恭が一人暮らししてるところは広すぎるから女の子を拾おうと男の子を拾おうとあたしゃ別に構わないんだけどねぇ、その女の子二人はちゃんと学校に行ってるのか気になってねぇ』
婆さん、つい今しがた学校の事で一人とは喧嘩してもう一人とは気まずい状態なんだけど……
「婆さんから電話が来る前にその学校の事で一人からはビンタを食らってもう一人とは気まずくなった。で、二人が学校に行ってないとしたら婆さんが何とかしてくれるのか?」
婆さんに八つ当たりしたって仕方ないのは頭では理解している。それでも心が追い付かない
『何とかするも何もあたしはその二人を学校に通わせてあげようと思って恭に電話したんだけどねぇ』
婆さんの言葉は俺にとっては衝撃的だった。学校に通わせる? はい?
「は? 学校に通わせる? 婆さん、二人の現状を知ってて言ってるのか?」
零の方は親父の借金で首が回らず、闇華さんは借金こそないものの親戚から道具のように扱われてきた。零はもちろん、闇華さんの親戚が金なんて出すとは到底思えない
『知ってるよ。爺さんから聞いたからねぇ』
「じゃあ、二人が学校に通う事なんて出来るはずないってのも知ってるよな?」
『そうだねぇ~、あたしの作った学校以外には通えないねぇ~』
俺は理解が追い付かなかった。婆さんが学校を作った?え?どういう事?
「どういう事だよ? 婆さんが学校を作ったって」
『どうもこうもあたしは元々教師だよ? これでも何年か前までは高校の校長をしていたんだから』
「いや、それ初耳なんだけど」
爺さんの職業は小さい頃に親父から聞いて知っていた。だが、婆さんの職業は今の今まで知らなかった
『そりゃアンタ言ってないから初耳なのは当然さ。あたしは教師、爺さんは不動産会社の社長。爺さんとは幼馴染婚だよ』
「アンタ等の馴れ初めなんて聞いてねーよ!」
自分の両親の馴れ初めを聞くのも嫌なのに祖父母の馴れ初めを聞くなんてもっと嫌だ
『怒鳴るんじゃないよ! 全く! 恭にはカルシウムが足りてないのかい!』
俺が怒鳴ったのはアンタのせいだ! アンタの!
「婆さんがいきなり馴れ初め話をするからだろ! で? 零と闇華さんが学校に通えるように出来るのか?」
『出来るよ。だから恭に電話したんじゃないか』
「なら最初からそう言ってくれ」
『アンタは昔からせっかちだねぇ~。とりあえず、零ちゃんと闇華ちゃんに学校へ行きたいか確認して行きたいって言ったら電話しとくれ。じゃあね』
「あっ! おい! ちょっ───」
婆さんは俺の話を聞かずに電話を切った。こっちには分からない事がたくさんあるってのに……
「……………どうしたものか」
婆さんに電話を一方的に切られた俺はその場に立ち尽くすしかなかった。これから零と闇華さんに学校に行きたいかどうかを聞くのは気が重い……
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