スクーリング三日目。空腹で目が覚めた俺はあくびを噛み殺しながら起き上がった。周りを見ると当たり前だが、零達の姿はなく、隣のベッドで瀧口が寝息を立てていた。彼を起さないよう、ベッドから立ち、風呂道具一式と着替えを持って部屋を出て風呂場へ向かった。昨日一昨日と茶番に付き合わされたせいで風呂に入ってなかったからな、さすがに汚い。
「何してたんだ……俺は……」
誰もいない壁と床がトイレと同じタイル貼りの浴室内に俺の声だけが響く。昨日を振り返ると恥ずかしくて死にたくなる。客観的に見ると俺はただヘソを曲げただけ。仕事してれば理不尽な事や自分の保有するキャパシティ以上の事を任せられる事なんてよくある話だ。俺は過度な期待をされ、逃げ出したに過ぎず、藍や琴音、その他教師陣に多大なる迷惑を掛けた。羞恥心が押し寄せた俺は両手で顔を覆った
「この後アイツらとどう接すればいいんだよ……」
アイツらというのは琴音や藍、その他教師陣と零達を始めとした同級生達。今まで高校生の領分を超えた騒動に何度か巻き込まれてきたはずなのに昨日に限って言えば心が狭かったような気がしてならない。真央と茜のストーカー騒動なんか特にそうだ。ありゃ完全に警察の領分で一高校生である俺がどうこうできるような問題じゃなかった。彼女達の騒動に比べて昨日のはどうだ?騒動と言っていいのかすら怪しい
『いつも通りでいいんじゃない~?藍ちゃん達だって気にしてないと思うよ~?』
「でもよぉ……昨日の俺は完全に癇癪起したガキだったしよぉ……」
母親の早織や教師の藍、社会人の琴音からすると俺は子供だ。日頃の言動はともかく、彼女達から見たら俺は立派な子供。だが、癇癪を起した方としては恥ずかしい。何しろ後数年もすりゃ俺だって酒は飲めるしタバコも吸える年齢になる。半分大人に差し掛かっている年齢の人間がヘソ曲げて部屋に引き籠った挙句、寝落ちしたんだぜ?恥ずかしすぎるだろ。俺の心情も知らず早織はニヘラと笑ってるが、マジ本人からすると恥ずかしい事この上ない
『お母さんの中じゃきょうはいくつになっても子供だよ。お酒が飲めるようになってもね』
覆っていた手を顔から離し、早織の方を向く。彼女のこの言葉に反論できなかった。親からすると子供はいつまで経っても子供。これは変えようのない事実だ。だからこそ何も言えないのだ。
「そうかよ……」
俺は一言返し風呂を出た。ヤンデレムスコンを拗らせ気味だとはいえ、母親には変わりない。母は強しと言うが、何となくその意味が理解出来たような気がした
風呂を出て俺は一端部屋に戻ると風呂道具一式と昨日着ていた服をカバンの側に置き、今度は手ぶらで部屋を出て談話室へと向かった。
談話室に到着すると俺は一目散にソファーへ行くと即座に横になり、スマホを取り出し、電話帳を開いた。時刻は七時。この時間帯なら起きてるだろ。だが、どうにも電話をする気にならない
「いつもなら気軽に電話出来んだけどな……」
昨日の癇癪が尾を引いてるのか出たとしてもいつもと同じように振舞える自信がなく、俺は電話帳を開いたままぼんやりとスマホを眺めているだけだった
「はぁ……俺はいつから女々しくなったんだか……」
スマホの画面が真っ暗になり、俺の自嘲染みた笑みが映る。
『いつからって言われても困るけど……強いて言うならお母さんが死んじゃった時から?』
『私は知り合ったばかりだから何とも言えないわね』
頭上から顔を覗かせた早織は苦笑を浮かべ、神矢想花は事もなげな表情。どっちかでいいから女々しくないと言ってほしかったんだが……否定されたところで救われるわけでもねぇか
「マジか……早織が死んで女々しくなっちまったか……」
自分では女々しくないつもりだった。だが、よく思い出すと思い当たる節はある。最たる例がゴールデンウィーク。あの時、親父や夏希さん、由香をぶん殴った理由をよくよく考えると単に彼らに復讐したかっただけなのかもしれない。実の息子を一方的に責め立て、娘を叱らなかった親父への復讐、実の娘がした悪い事に親として責任を取ろうとしなかった夏希さんへの復讐、人の大切な物を強奪した由香への復讐。何だよ……早織の言う通りじゃないか。俺はスマホをテーブルへ放った
『死んだ後でも忘れずに愛してくれててお母さんは嬉しいよ~』
にへ~とだらしのない笑みを浮かべる早織。珍しく女としてとは言わないのな
「自分を産んで育ててくれた母親を簡単に忘れるわけねぇだろ」
言動は……うん。語るといい雰囲気が台無しになるからカットするとしてだ、彼女は俺を産んで育ててくれた実の母親。俺が辛い思いをした時に側にいてくれた。嬉しい事があった時も側にいてくれた。その……何だ?女の際どい恰好に対する耐性を付けてくれたのも実は彼女。一部知りたくなかった事もあるが、いろんな事を教えてくれた母親だ。忘れるわけがない。俺を見る目が何か熱っぽくてまるで恋する乙女みたいになっていたとしても気にしない……でおこう。たった一人の実母だしな
『きょう……電話しなくていいの?』
今ちょっといい感じだったよね?何でそれをぶち壊しちゃうの?早織ちゃん
「今しようと思ってたんだよ」
俺は起き上がりテーブルのスマホを手に取ると電話帳を開き、あの人────爺さんの番号へ掛けた。
1コール……
2コール………………………
3コール………………………………………………
「出ねぇな……」
いつもなら3コール以内で出るはずなのに今日に限って出ない。爺さんにも生活リズムがある。出ないなら出ないで後で時間見つけて掛けてみるか。そう思っていた時、スマホが突然震えた。画面が明るくなり、着信画面には『爺さん』の文字。
『おっはー! 恭愛しのお爺ちゃんじゃよ☆』
通話をタップし、スマホを耳に付けると聞こえてきたのはやけにハイテンションな我が祖父の声だった
「おはよう。やけにテンション高いな。何かいい事でもあったのか?」
『別にないわい。ただ、恭から電話が来るとしたらそろそろかと思うての』
「そろそろって……何でそう思うんだよ?俺は今スクーリング真っ最中だぞ?」
『知っとるよ。何しろ場所を提供したのは儂じゃからな』
爺さんのハイテンションに呑まれないよう、努めて冷静を保とうとした俺だったが、爺さんのハイテンションでウザいノリは最初だけだったようですぐにいつも通りのテンションに戻った。ジジイのテンションはさておき、やはりこのスクーリングにも一枚噛んでたか……スケジュールを知ってたとしてもこれといった不思議はないが、宿泊している建物はゲームの中でとはいえ、俺がよく知る建物。何もかもが俺にとって都合が良過ぎたと最初に気が付くべきだった……
「だろうな。都合よくゲームの舞台となった館を教師連中が見つけられるとは思えねぇ」
『否定はせん。して、どうじゃ?その館の居心地は』
「俺個人の意見としては可もなく不可もなくってところだ。だが、暗所恐怖症だったりホラーが苦手な奴にとっちゃあまりいい環境とは言えねぇぞ。元が薄暗いから仕方ねぇけどよ」
元が元だから仕方ない言えば仕方ない。コアなファンは楽しめるだろうが、元のゲームを知らず、ホラーが苦手だったり、暗所恐怖症な人間にとっちゃここは地獄以外の何者でもない。好き嫌いはハッキリ分かれる
『元が元じゃからのう。儂もコアなファンしか寄り付かず赤字になる未来しか見えんから止めとけと忠告はしたんじゃがのう……』
爺さんの声が僅かに曇る。止めておけ?ここを建てたのは爺さんが主導じゃないのか?
「まるで誰かに頼まれてここを造ったって言い草だな」
不動産業の中に建物の建設が含まれているのか甚だ疑問に思う。業務の事は置いとくとしてだ、爺さんの経営手腕がどれ程のものか知らんから細かい話は出来ねぇが、今の言い草だとこの館を造ったのは爺さんの本意ではないようだ
『当たり前じゃ! 儂が偏りが酷いゲームの舞台となった建物など建てると思うてか?』
爺さんはまるで心外だと言わんばかりに声を荒げる。アンタなら悪ふざけでやるだろ?
「思うてか?と聞かれてもアンタの行いを知ってる俺は思うとしか答えられねぇぞ」
社交的な場所での振舞いは知らないから何とも言えんが、俺に接してくるときの爺さんは悪ふざけ九割、真面目一割とふざけてる時の方が多い。その俺に対して偏りが酷いゲームの舞台を建てると思うかと聞かれたら答えはYES。少なくとも俺の中ではな
『儂ってもしかして孫息子からの信頼ゼロ?』
「ゼロ……ではねぇが……強いて言うなら日頃の行いが悪いとしか言いようがねぇな」
『そ、そんな……恭酷いッ! 儂はこんなにも恭を愛しているのにッ!』
真面目なテンションになったかと思いきや今度はなんだ……付き合ってた恋人から一方的にフラれた女みたいなテンションになったりと忙しいジジイだ。つか、キモイ。俺は電話越しに爺さんが顔を覆って泣いてる姿を想像し余りの気持ち悪さに嘔吐く。老爺が泣き真似をしたところで気色悪いだけだ
「気色ワリィ言い方すんな!」
『恭冷たいッ! あの時は優しかったのに!』
「キモ。これ以上その女みてぇなノリ続けるなら電話切るぞ」
朝って事もあって俺はジジイのハイテンションに付き合ってる余裕はない。いよいよもって付き合い切れなくなり、電話を切ろうとした。
『待て待て! 切るでない!』
「ふざけたノリされたら切るだろ。それじゃなくたって教師連中のせいで疲れ気味なんだ、アンタの悪ノリに付き合ってる余裕ねぇんだよ」
ゲームのシナリオを忠実に再現しようとしてるのは解かる。だが、そういうのはファンが集まった時にのみやって初めてウケるのであって元ネタを全く知らん奴にやったところで不安を煽るだけ。アホな奴はどこにでもいるが、藍達がそうだとは思わなかった
『教師連中がした事について話があるんじゃよ』
「んだよ?しょうもねぇ事だったら即切るぞ」
『分かっておるわい。実はのう────』
話を聞き終え、電話を切った俺は……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ソファーにうつ伏せになり、深い深い溜息を吐いていた
「どいつもこいつも何考えてんだよ……つか、家に帰りたくねぇ……」
爺さんから聞かされた話はアホらしいのが五割、めんどくさいの五割と俺の精神衛生に全くよろしくないものだった。特に後者。スクーリング初日はすぐにでも家に帰りたい気持ちでいっぱいだったのに今はスクーリング後もこの館に留まりたい気持ちでいっぱいだ
「いっその事失踪しちまおうかなぁ……」
憂鬱な気持ちを抱えたまま俺は目を閉じた
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