「恭君は私と結婚するんです!!」
「違う。恭ちゃんと結婚するのは私」
「二人とも待ってよ! 恭クンと結婚するのは私だよ!」
現在、俺と結婚すると言い争っているのは闇華、東城先生、飛鳥の三人。どうしてこうなった?
「恭、闇華達がああなったのはアンタの責任よ」
隣にいる零は我関せずと言った感じでジュースの入ったコップに口を付ける
「俺は誰かと結婚する気なんて今のところないんだけどなぁ……」
俺は現在特定の誰かと結婚する気など皆無だ。そもそもどうしてこうなったかは三十分前に遡る
三十分前──────────。
ゲームコーナーから出てきた飛鳥達と合流した俺は急いで爺さんが待つ住まいへと戻って来た
「零ちゃん達は皆いい子じゃのう」
「お爺ちゃん、褒めたところで何も出ないわよ?」
「そうですよ? お爺様?私を褒めたところで恭君への愛しか出ませんよ?」
「闇華ちゃんに同じく。お爺さん、私を褒めても恭ちゃんへの愛しか出ない」
戻って来た俺が目にしたのは男達が酔い潰れている姿と零達にお酌をしてもらっている爺さんの姿だった
「ここはキャバクラじゃねーぞ……」
零と闇華は制服。東城先生はカジュアルな格好だからコスプレバーとは言えず、仕方なくキャバクラに例えてしまったが、強ち間違いではない
「儂は見返りが欲しくて褒めてるわけではない。本当にいい子だと思ったから言ってるまでじゃよ」
見返りを求めてないとか言ってる割には鼻の下が伸びてたのは言わなかった。というか、俺は今すぐに姿を消したいと思った
「そう? でもお爺ちゃん鼻の下伸びてるわよ? 厭らしい」
「そうですよ、お爺様。私に鼻の下を伸ばしていいのは恭君だけです」
「闇華ちゃんに同じ。私に卑猥な視線を向けていいのは恭ちゃんだけ」
零はともかく、闇華と東城先生が何を言ってるのか理解したくない
「俺はどっちに突っ込めばいいのやら……」
「きょ、恭クンも大変だね……」
「まぁな」
「ところで恭クン」
「何だ?」
「何で東城先生までここにいるの?」
星野川高校に通い始めてから早三日。俺と飛鳥は昨日友達になったばかりでここに住んでいる事と同居人がいるのは話してある。が、その同居人が女である事と東城先生も一緒に住んでいる事は話してなかった
「え? それは言わなきゃダメか?」
「当たり前でしょ。身内でもない限り教師と生徒が一緒に住むとかあり得ないから」
「だよなぁ……まぁ、ザックリ話すとだな─────」
俺は飛鳥に東城先生がここに住んでいる理由をありのままに話した。出来れば幼い頃一緒に遊んだ事や結婚すると言った事は隠しておきたかったのだが、飛鳥の鋭い目がそれを許しはせず、洗いざらい吐かされてしまった
「ふーん、そういう事だったんだ」
「ああ。でも、東城先生に特別な感情があるとかはないぞ?」
「それならいいけど」
と、ここまでなら平和だった。爺さんがこの後、余計な事を言わなければ
「零ちゃん達の誰かが恭の妻になってくれたら儂は幸せなんじゃがなぁ……」
この一言で闇華、東城先生、飛鳥の何か切れたみたいで……
「ご安心ください! お爺様! 恭君とはこの八雲闇華が結婚しますから!」
と、闇華が爺さんに詰め寄り……
「違う。恭ちゃんと結婚するのはこの東城藍」
と、東城先生が宣言し……
「違うよ! 恭クンとはこの私、内田飛鳥が結婚するんだよ!」
と、俺の隣にいたはずの飛鳥がいつの間にか参戦したのだ
「ほっほっほ、そうかそうか、孫は綺麗な女子に愛されて幸せものじゃのう」
自分がとんでもない爆弾を落としたにも関わらず能天気な我が祖父。そして、何やら言い争いを始めた女三人。これ幸いと逃げ出そうとして……
「「「逃げるな!!」」」
速攻で捕獲された。その後は自分こそが俺の嫁に相応しいと自己アピールを始め、気が付けば一緒に戻って来たはずの子供達はそれぞれの母親に連れられていなくなっていた
その言い争いも中々決着が着かず、闇華達が疲労困憊している隙に逃げ出そうとしたところ零に捕獲され今に至る
「爺さんが余計な事さえ言わなければ……」
人のせいにはしたかないが、爺さんの余計な一言がなければ飛鳥と零達の対面はもう少し平和的だった
「諦めなさい。っていうか、恭」
「何だよ?」
「アンタ、闇華と藍さんがいるのにまた増やしたのね」
零、主語を言ってくれ。何を増やしたか分からないから
「何を増やしたって言うんだよ?」
「アンタを好きになった女の子よ。全く、タダでさえアンタを好きだって言う子が多いのにこれ以上増やさないでよめんどくさい。それにアタシだって……」
いつの間にかえらい誤解をされるのは何でだ? それに、俺は女性から好かれる事した覚えは皆無なんですけど?
「アタシだって何だよ? つか、俺を好きだっていう女が多いってのは初耳なんだけど?」
自慢じゃないが俺は今の今まで男女問わず好意を寄せられた事なんてただの一度もない!引きこもりで人と関わってこなかったから好意を寄せられる以前に交友関係ない
「な、何でもないわよ!! そ、それより! アンタどうするの?」
「どうするって何が?」
「アレよ! アレ!」
零が指さした先には未だに言い争いを止めない闇華達の姿が。
「どうするって……どうしよう?」
女の戦いに乱入して無事でいられる保証なんてどこにもない
「アンタねぇ……闇華達を止めようとは思わないわけ?」
「止めようとは思っても女の戦いに乱入するとよくない事が起こりそうだから止められないんだよ」
修羅場に一度足を踏み入れたら最後、無事では済まないという事なんて経験してなくても容易に理解出来る
ついこの間高校入学を果たしたばかりの俺が結婚相手を真面目に考えているかと言えばそうではない。大半の男子高校生は将来結婚できたらいいなとは頭の片隅で考えてはいるだろう。でも具体的にどんな女と結婚したい?と聞けば具体的な理想像はない。俺がそうであるように
「恭はさ、将来どんな女性と結婚したいと思ってるのよ?」
零の質問は結婚を全く意識してない男性諸君にとっては何とも答えにくい質問だ。どんな女性か……
「どんな女性と結婚したいかと言われても彼女すらいない俺がこういう女性と結婚したいって考えてるわけないだろ」
十五で具体的にこういった女と結婚したいって考えている奴いたら出て来い。神として崇めてやるから
「それもそうよね。恭に聞いたアタシがバカだったわ」
バカって言う事なくない?俺だっていずれ……出来れば結婚するんだからよ
「恭がバカかどうかは置いといてじゃ、儂はお前が零ちゃん達全員を嫁に貰うと言っても止めはせんぞ?むしろ推奨じゃ!」
俺と零の話に口を挟んできたジジイは本日二度目の爆弾を落としやがった
「「「「それだ!!」」」」
今まで言い争っていた闇華達と零はどうやらジジイに釣られたようだ。つか、何で零も?
「ジジイ、日本は一夫多妻制じゃねーから。寝言は寝て言え。それと、零達もジジイの戯言に乗らなくていいから」
仮に日本が一夫多妻制だとしよう。それで俺が零達と結婚したとする。するとどうなるか……
夜、残業で疲れて帰った時の場合─────。
『ただいま~』
残業って事は零達が寝てる。当然の事だが家は静まり返り、真っ暗だ。俺も俺で静かに喋る。うん、当たり前の事だ。で、その後はリビングへ行き電気を点ける
『零達は……寝てるよな?まぁ、夜遅くなっちまったから仕方ねぇか』
愛する妻達に“おかえり”を言ってほしくはあるが、そこはグッと堪える。悲しいかなサラリーマンの実態だ
『とりあえず飯にするか』
妻達がとっくの昔に寝てしまっているので温めた夕飯は一人寂しく無駄に明るいリビングで食う。ここまでは普通のリーマンなら一度は通る道のはずだ
『あら、恭クン、帰ってきたの?』
『おう、飛鳥。ただいま』
『うん。おかえり』
と、一人寂しく夕飯を食っていたところにトイレかなんかで起き、リビングの明かりを見つけて入って来た妻がやってくる。一夫一妻なら珍しくない光景だ。
『恭ちゃん、帰って来たなら起こしてくれてよかったのに……』
『そうよ、恭。帰って来たなら起こしなさいよね』
『全くです! 水臭いですよ、恭君』
一夫多妻ならこうなるだろ?で、夕飯が終わった後は妻達にカバンやらスーツやらを預けて俺は風呂に入る用意をするわけだが……
『恭君、スーツから何で女物の香水の香りがするんですか?』
『恭! 何なのよ! この名刺!』
『恭クン、明美って誰?』
『恭ちゃん、浮気したの?』
女物の香水の香りがしただけで問いただされ、接待で行ったキャバクラの名刺を放置しただけで攻められ、挙句の果てには浮気を疑われる
そんな場面を想像した俺は……
「結婚したくねぇ……」
結婚に対して僅かばかりの恐怖心が芽生えた
その後、爺さんの余計な一言で皮肉にも女達の戦いは幕を下ろし、零達は和気あいあいと自己紹介を始めた。ちなみにだが、琴音はキッチンで爺さん専属のシェフに料理を習っていたらしい。そして、そんな怒涛の昼下がりもあっという間に夕飯の時間なのだが……
「人多くね?」
家の前にいたホームレス連中と爺さんが連れてきた使用人達のせいでいつもは静かな住まいも今日に限って騒がしい
「仕方ないじゃろ。恭が拾ったホームレス集団と儂が連れてきた使用人達もおるんじゃからな」
「それを言われちゃお終いだ」
「元は映画館で百人は入った場所じゃ。これくらいの人数いても平気じゃろ」
爺さんの言う通り元映画館だったこの部屋は当時百人は優に入った。で、今いる人数はざっと数えて四~五十人だ。狭いという事はない
「だな。ところで、爺さん」
「何じゃ?」
「藍ちゃんに空き店舗の話しなくていいのか?」
「藍ちゃん? 何で藍ちゃんなんじゃ?」
「電話で言った心当たりってのは藍ちゃんが勤めている学校のセンター長だ。だから空き店舗があるなら俺じゃなくて藍ちゃんに話せ」
俺は飯を早々に食い終わり、部屋を出た
部屋を出た俺は特にやる事もなく、ゲームコーナーへ
「今日はいろいろあり過ぎた……」
学校が火事になるところから始まり、飛鳥達家族を拾い、飛鳥を説得する。
「今までこんな濃い一日はなかったな」
中学までの俺は必要ない時以外は部屋に引きこもる生活を送っていた。人と関わると言ってもネット上でしかなく、対面で人と話す機会は少なかった
「そんな俺が人と関わってるってんだ。昔の俺が見たら腹抱えて笑うだろうな」
昔の俺はネット上での関わりさえあればそれでよかった。人と対面で関わるだなんてバカらしい。そう思っていた。それが一人暮らしを始めて人と関わるようになった
「俺も変わってきてるって事か……」
認めたくはないが、俺も変わってきているようだ
「人は変わるよ。恭クン」
背後からいるはずのない人物の声が。振り返ると……
「飛鳥……どうしたんだ?」
飛鳥がいた
「ご飯終わったから抜け出してきた。お父さんたちは酒盛り再開しちゃったし、闇華ちゃん達は琴音さんのお手伝い。東城先生はお爺さんとお話中でチビ達は寝ちゃったから」
「要するにやる事なくて暇だったから俺がここにいるって踏んで来たわけか」
「うん。それに、約束、忘れてないよね?」
飛鳥が言う約束……それは昼間にした一緒に風呂に入るというものだ
「忘れてない。って! まさか……」
「うん、そのまさか。今から一緒に入ろうっか?」
マジですか……
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