社会生活を営む上で大事なのはコミュニケーション能力だと俺は思う。学力? そんなモン後からどうとでもなる。それよりも人の接する上で必須なのはコミュニケーション能力だ。どの場面でもこれがないとどうしようもねぇからな。さて、コミュニケーション能力について語るのは置いといてだ……
『オマエタチゼンインコロス』
この声の主と話し合いをするにはどうしたらいいだろうか? 殺すか許さないしか言ってないんだもん。こんな事する理由を聞こうにも聞き出せない。先程からずっとそうだ
「はぁ……真央に付き纏っていたキチガイストーカーの方がまだマシだったぞ……」
スタッフとキャストが泣き叫ぶという阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される中、俺は眉間を抑えた。というか、言っちゃ悪いが、この程度の怪現象で泣き叫ぶ意味が解らない。特に真央と茜。幽霊なら家で日常的に見ているだろうに……オマケに、幽霊連中が家事を手伝ってるところだって見てるだろ。物が浮かび上がるだなんて光景は日常的に見てるんだから泣く事はないだろ
「何で一緒になって泣き叫んでるんだか……」
今更ながら、同居人二人が一緒になって泣き叫ぶ意味が理解できない。俺が変なのか、茜と真央の順応力がなさすぎるのか……っと、今は二人の事より声の主だ。コイツをどうにかしないと話が先に進まない
「何とかするっつってもなぁ……話し合いにすらならないから手の施しようがなぁ……」
話し合いでどうにかなるならとっくにそうしてるが、声の主は話し合いにすらならない。自分の主張だけを押し付けてるような感じだからな。早織と神矢想花はアニメの収録を中止させれば怒りは収まる的な事を言っていたが、頭の固い大人達に幽霊がいるので収録を止めてくださいと言ったところで笑われるだけだ
「八方塞がりか……」
このアニメのタイトルが分からず、声の主が激怒してる理由も分からない。この状況を打開できる奴がいたら出て来い。代わってやるから
「しゅ、収録前に全員でしっかりお祓いしたはずなのにどうして……」
打開策を探したいたら一人の女性スタッフが気になる事を呟いた。お祓い? このアニメはホラー系なのか? 如何せん半ば強引に連れ込まれたからな、アニメのタイトルどころかジャンルすら知らなかった。声の主が怒っている理由が何となく分かった。そりゃ怒りもするよな……
「マジでこのアニメが原因だったのかよ……」
何となくではあるが、こうなった原因が分かってしまうとここにいる人達に同情しかねる。アニメのタイトルや詳細は知らん。分かっているのは連中が声の主を怒らせたという事だけだ
「帰るか」
このアニメに携わる者達を助けようという気が失せた俺は出入り口へ向かった。俺が怒らせたわけじゃない。無関係な人間の一人くらい大人しく出してくれるだろ
なんて思ってた時期もあった。ドアに手をかけたら────
「開かねぇ……」
ドアがピクリとも動かない。押しても引いても開かないのだ。元々音が響く前提で作られた部屋だからドア一枚と言えど重いのは知ってた。だが、今の感覚はドアが重いとか生易しいものじゃない。マジで動かない
『無駄だよ~、怒りを収めないときょうも茜ちゃん達も出られないよ~』
『ついでに言うと怒りを収める方法はこのアニメに携わっている人の中で一番偉い人の誠意ある謝罪よ』
前途多難だ……謝罪なら監督の代わりに俺がしてやるってのに……幽霊が見えない人間にこうなったのは貴方のせいですって言えってか? アホか
「謝れって言われてもこの状況見てから言え。どう見たって大人全員パニックになってるだろうが」
『それでも、怒りを収めない事にはここから出られないよ~? 茜ちゃん達をアフレコブースから出せはするけど、この収録スタジオからは出られないよ。誰一人としてね』
『恭様だけなら無理すれば出られるかもしれないけれど、残された人間の無事は保証できないわね』
「見捨てるか全員助け出すかの二択じゃねぇかよ。はぁ……」
『そうだよ~。きょうはどっちか選ばなきゃいけないんだよ~』
『一人で助かるか、ここにいる全員を助け出すか。恭様が選べるのはどちらかよ』
早織と神矢想花に究極とも言える選択を迫られる日が来ようとは……恋愛絡んでねぇからまだマシだけどよ……これはこれで酷ってもんだろ
「めんどくせぇ……声の主を怒らせたのは自業自得な部分あるだろうに……」
茜と真央限定で言えば見える人達なんだから収録が始まった時にでも声の主を説得でもしとけばこんな状況にならなかった。他の連中だってお祓いするんだったら万が一の対処法とか収録を始める前にすべき事をしとけばよかった。この状況になってるって事はしてないんだろうけどな
『じゃあ、見捨てる?』
『私達は恭様が彼らを見捨てても軽蔑なんてしないわ。元はと言えば自業自得なのだから。もっとも、彼らに怒りを買ってしまったという自覚はないでしょうけど』
一番悪質なやつね。自覚がないってのはマジで悪質だ。本人達に悪い事をしているって気が全くないんだからな
「監督からの謝罪は無理だろ。何がどう悪いのか理解してないだろうし、第一、幽霊が見えないからビビッて話し合いにならないだろ。それより、どうして声の主は俺がいるのにビビってねぇんだ? 二人の話じゃ俺がいると大抵の霊は逃げ出すんじゃなかったのかよ?」
早織の話じゃ大抵の霊は俺の霊圧にビビッて逃げ出す。だが、コイツはビビるどころか俺に怒りすらぶつけてきている。マジで謎だ
『普通はそうなんだけどさ~、この子は怒りで我を忘れてきょうと自分の力量に差があるだなんて理解してないんだよ~』
『冷静になればマズいと思って逃げ出すわ』
もう何も言わん。紗李さん達とは違うだろとか、怒り狂ってる割に言語能力しっかりしてるだろとか突っ込むのもめんどくせぇ
「さいですか……だが、監督からの謝罪は無理だ。別の方法はねぇのか?」
この部屋で一番偉いだろう監督から謝罪の言葉を引き出すのは無理だ。俺は監督に霊圧を分け与えてやるつもりは毛頭ないし、言っても自分はただアニメの収録してただけだと言われるに決まっている
『ない事はないと思うんだけど……』
『そうね。あるとするならいつもの方法しかないわね』
「あー、あれね……まぁ、仕方ねぇよな……」
いつものあれとはストーカーとか神矢想子とかを黙らせたりした時に使った恒例の霊圧当て。結局はこれに落ち着くのか……
『とりあえずスピーカーに向かって霊圧当てれば何とかなるよ!』
『あそこに潜んでるから早くしなさい』
居場所分かってたなら早く言ってくれませんかねぇ……
「分かってるなら早く言えよな……」
俺は二人に毒づきながらもこの部屋全体に霊圧を当てる。スピーカーが複数あるんだ。同時に霊圧を当てるのは無理だからな。だったら部屋全体に霊圧を当てた方がまだ楽だ。それに、この怪現象で大人たちはパニック。部屋が揺れてるのが俺の霊圧でなのか、声の主が怒り狂った事が原因でなのか判別つくまい
『ナ、ナンダ!? コノレイアツハ!?』
どうやら部屋全体に霊圧を当てたのが功を奏したようだ。声の主が慌てだした
「大人しく出てこないとお前を消し飛ばすぞ」
『フ、フン! オ、オドシテモムダダ!』
「そうかい。そんじゃ……」
俺は先程より少しだけ当てる霊圧の量を増やす。今まで当ててたのが漬け物石一つ分として、今ので漬け物石二つ分。持った事はねぇが、多分重い
『オ、オモイ……ク、クルシイ……』
「早く出てこないともっと当てる量増やすぞ?」
『ダ、ダレガデテイクモノカ!』
「あっそ。んじゃ、量増やしまーす」
苦しそうな声を上げる声の主だが、意地を張るなら仕方ない。霊圧の量を増やしましょう。そうしましょう。という事で漬け物石三つ分に増やそう
『ヤ、ヤメロ!』
当てる霊圧の量を増やそうとしたところで声の主から待ったがかかる
「何だよ? 出てくるつもりねぇんだろ? だったら出て来るまで霊圧を上げ続けるだけだ」
相手に出て来る気がないのなら俺は出てくるまで霊圧を当て続ける。ただそれだけだ。しかし……
『ワ、ワカッタ、デル! デルカラヤメテ!』
「止めてやるから早く出て来い。そうだな、アフレコブースにある画面に姿見せて後はスタッフなりキャスト陣と話し合え。以上だ。分かったらすぐやれ」
『ハ、ハイ!』
声の主の返事と共に怪現象が収まり、キャストスタッフ一同がホッとしたような表情を浮かべる。だが……
『あ、あのぉ~』
突然聞こえた控えめな声に大人達は身体を跳ねさせた。怪現象が収まったと思ったところにこれだ。無理もないだろう。俺の言いつけを守ったならアフレコブースにある画面に姿を見せてるはず。そう思ってアフレコブースに目を向けると……
「え? 女子高生? 嘘だろ?」
画面にはどこかの高校の制服を着た少女が映し出されていた
『わ、私はどうしたらいいんでしょうか?』
突如として画面に映った女子高生らしき少女に大人達は固まったまま動かない。茜と真央ですら
「どうしたらってどうしてこんな事したか話せ。話して和解しろ。以上」
『わ、分かりましたぁ~』
怒り狂っていた時は片言だったのに怒りが収まればおどおどするとは……リアクションに困る
「勘弁してくれよ……」
生きてる人間同士の揉め事ですら面倒なのに幽霊と人間の揉め事に巻き込まれるとか疲労感しかない。本当に勘弁してほしい。俺に安息の時はねぇのか?
「癒されてぇなぁ……」
この場にいる大人達のリアクションがワンパターンなのとか、不測の事態に不慣れすぎなのはもういい。所詮その程度の人生経験しか積んでこなかったと諦めたしな
『お母さんが癒してあげるよ~』
『私も癒してあげるわよ』
早織と神矢想花の戯言は聞き流そう。この二人の冗談に付き合う気力は今の俺にはない。本当、どっかに俺を癒してくれる女神みたいな人いねぇかなぁ……
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