「ん~きょうの身体最高~」
そう言って身体を伸ばすお袋。零しかいないからいいが、真央と茜がいようものなら頭のおかしな奴と思われかねない発言だっつーのをこの母親は自覚した方がいいと思う。
「さ、早織さん……その発言はちょっと……」
ほら、零だって苦笑を浮かべてるじゃないか。
「とか何とか言って本当は零ちゃんもきょうの身体に入りたいんじゃないの~?」
「なっ!? そ、そそそそそそそそそそそそそそそそそんなわけないじゃないですか!」
煽るお袋と顔を真っ赤にしながら否定する零。中身だけの話をするなら二人共女同士だから許して許せない事はなく、話の内容によっては微笑ましくもある。俺の姿で間延びした喋り方をされると単に気色悪いだけなんだけどな
「え~?本当かなぁ~?」
「ほ、本当ですよ! へ、変な事言わないでください!」
中身が違うとはいえ、零が俺に敬語で話してる光景は見ていて複雑だ。俺に対して敬語で話すのって闇華と蒼くらいで他の連中は全員タメ語。気色悪く思わない方が変というものだ
「え~別に変じゃないよ~?だって、私ときょうの関係は今や零ちゃん達よりも進展したんだから~」
「はぁ!?」
うん、今のは零が正しい。俺だってはぁ!?って思ったもん。息子と母親の関係でしかない俺とお袋の関係が進展し、行きつく先はどこなんだ?
「あはは~、驚いた~。私ときょうの関係が進展したって聞いてビックリしりゃった~?可愛い奴め~うりうり~」
お袋は零の頬を人差し指でグリグリし始める。女同士だったら本当に微笑ましい光景なんだけど……俺の姿でやられるとマジでキモイ
「や、止めてください……」
零、口では止めろと言ってるのに顔は嬉しそうだぞ?
「分かった~」
お袋にしては潔いな。いつもならもっとこう、え~?止めちゃっていいの~みたいな事言うのに……
「はぁ、身体は恭なのに中身が早織さんだからやりづらいわ……」
お袋に弄られ早くも疲れ切っている零の気持ちはよ~く解る。俺も身体が親父で中身がお袋だったら嫌だし。さてっと、そろそろ俺が零達に声を掛けない理由の説明をしたいのだが、それをするにはほんの五分前に戻る。
五分前────。
『きょうの許可も取った事だから早速始めたいんだけどいい?』
お袋が上機嫌で何かを始めようとし、その傍らではウキウキの零が見つめている
「いいも何も分からない事だらけだからリアクションに困るんだが……」
身体を貸すのは構わないしお袋なら悪いようにはしないと信じている。だからこそ何も言わずに自分の身体を提供した。やり方と身体を貸した後俺がどうなるのか分からないからいいかと聞かれてもリアクションには困るけど
『あ、説明忘れてた』
お醤油買うの忘れてた的な感じで言わないでくれません?自分の母だから二つ返事で許可出しましたけど、見ず知らずの奴だったら間違いなくNOを突き付けてるところなんですよ?その辺忘れてないですよね?
「お袋……」
「早織さん……」
深い溜息を吐き、お袋に若干冷たい目を向ける。今までウキウキだった零も段取りの悪さに呆れたみたいで輝いていた目が一気に冷たいものに変わり、その視線に耐え切れなくなったお袋は────
『そんな目で見ないでよぉ~、ちゃんとやり方とか説明するからぁ~』
半べそを掻いていた
「だったらちゃんと一から十まで説明してから始めろよ……」
何でも教えられなきゃ分からないのか?なんて言ってくる人間が少なからずいると思うが、そんな人間は糞だ! 部活の先輩然り、職場の上司然り、教師然り。ちゃんと教えただろ! とか言って実は自分が教えた気になっているだけなんだからな! と、糞人間を軽ーくディスったところで、話を戻そう。お袋に身体を貸すのは一向に構わないと言いはした。しかし、やり方やその後の事、貸してる最中俺の意識がどうなるのかを説明してもらわなきゃ困る。今後の生活にも関わる事であり、元に戻れませんとかシャレにならない
『ごめんよ~』
涙目で俺らを見てきた割に謝罪が軽いぞお袋……
「別にいい。それよりも説明してくれよ」
俺の言葉に零もコクコクと頷く。コイツがお袋を非難する時しか喋ってねぇのは……黙っとくか。
『分かってるよ~。じゃあ、最初にどうやってきょうの身体に入るのかから説明するけど、やり方は着ぐるみを着るのを想像してもらえると解かりやすいんだけど、あんな感じだよ』
例えとしては解りやすいけど説明雑じゃないか?
「俺の背中にあるファスナーを開いてそこから入り、最後に頭を被るって事でいいのか?」
普通の着ぐるみはそうだ。背中にあるファスナーを開け、そこから人が中に入る。んで、細かい事は省略し、最後に頭を被る。遊園地とかで風船配ってる着ぐるみを着る段取りとしてはこんな感じになるだろう。これを踏まえてお袋の話を聞くと俺は一度首と胴体を切り離されるという事になるぞ
『身体に入るっていうのは合ってるけど、ファスナーは開けないし、首は被らないよ~。もしかして分かりにくい例えだった?』
俺としてはこの例えでも十分解かった。しかし、零は────
「えーっと、恭の首取るんですか?」
全く理解してなかった
『違うよ。私がきょうの上に重なるんだよ~』
「あ、なるほど! 納得!」
『納得してくれてなにより!』
ポンと手を叩く零と胸を張るお袋。俺の感じゃ二人の認識は違ってるような気もしなくはない。指摘すると面倒というか、話が長くなるから言わないでおくか。
「とりあえず、やるならさっさ説明を済ませてくれ。闇華達が戻ってくるといろいろと面倒だ」
ここには零しかいないから話が拗れる事なく進んでるが、戻り、身体を貸すって話を聞かれたら面倒な事この上ない。特に闇華、東城先生、飛鳥、由香は絶対に口を出し、面倒な事になるのは明らか。ま、鬼の居ぬ間にってやつだ
『は~い。じゃあ、次はお母さんが入ってる間、きょうの意識がどうなるかだけど~、これに関してはやらないと分からない』
「「は?」」
お袋の言葉に俺と零は揃えてポカンとするしかなかった。やってみないと分からない?どういう事だ?
「どういう事だよ?」
『想花ちゃんが真央ちゃんの身体を乗っ取った次の日……つまり、今日だけど、真央ちゃんの反応はどうだったかな?』
「どうっていつもと変わらなかったぞ?なぁ?零」
「ええ。話し合いの時はいつも通りでしたよ?」
神矢想花が出て行ってから真央が具合悪そうにしている姿を俺は一度も見ていない。特に顔色が悪かったわけでもなさそうで後遺症みたいなものはないんじゃないかとすら思えるくらいだ
『じゃあ、真央ちゃんは身体を乗っ取られた後、意識を失っちゃう系の人だ』
お袋が何を言ってるのか理解不能だ。意識失っちゃう系の人って何?意識高い系の仲間?
「お袋、順を追って説明してくれ」
『了解!とは言っても簡単な事なんだけど、身体を乗っ取られた後、人は二パターンに分かれるの。乗っ取られて意識失っちゃう人とそうじゃない人とね。それで、真央ちゃんは前者できょうはそんな経験ないし、お母さんが初めてだからどうなるかは分からないって事』
なるほど、酒に酔ってベロンベロンに酔っぱらうか、普段と大して変わらないかの違いか。そりゃ分からんわ
「なるほど、それは分からないな。こんな事頼まれたの初めてでやった事ねぇし」
『でしょ~?』
「ああ」
なるべくなら前者だと俺的には嬉しい。万が一って事もあるだろうし
『それじゃあ、最後に出る時の説明をして終わるね』
「よろしく頼む」
『了解~。出る時は簡単でお母さんがきょうの身体から抜け出るだけだよ~。よくアニメのギャグパートで口から魂抜け出てる~なんてシーンあるでしょ?あんな感じ』
お袋が抜け出る時は口から出るのか……汚ねぇ……
「つまり、お袋が俺の身体を出る時は口から出て行くんだな?」
『違うよ~! 口から魂抜け出るってのは例えで使っただけで実際は幽体離脱みたいに抜け出るんだよ~!』
それならそうと最初から言え
「それならそうと最初から言え。いちいちアニメとか着ぐるみとか使うな」
『ぶ~! きょうはお母さんにもっと優しくした方がいいと思うよ~?』
「はいはい。優しくするから闇華達が戻ってくる前に済ませてくれ」
『了~解』
俺の前に立ったお袋は俺の額に自分の額を当てた。そして────
「やった~! 大成功~!」
見事俺の身体へ入る事に成功。例えで着ぐるみが出てきて少し怖かったけど、実際はそんな大げさなものじゃなく、お袋が俺の中へ入り込んでくる感じってだけだ。それに、意識だってハッキリしている
「あ、案外すんなり入れるんですね……」
「まぁね~、実際は幽霊が生きてる人間に入り込むだけだし~」
唖然としている零に軽い感じで答えるお袋。これじゃあ説明がなくても平気だと思う。そう思えるのは大げさな例え付きの説明を受けたからだ
「は、はあ……、それで、恭の意識はどうなったんですか?さっきの話じゃ早織さんが入った後だと意識を失うみたいなお話でしたけど」
零の言う通りお袋の説明じゃ俺は意識を失う。失うという言い方が正しいのかどうかは分からず表現に困る部分はある。というか、身体を乗っ取られるプロセスが分からないからそこの説明をしてほしいと俺は思うんだ
「失うどころかバッチリあるみたい。きょうはお酒飲んでも意識を保つ人だったか~」
酒に例えられると未成年の俺は大変困るんだけど……。どうやら俺は乗っ取られても意識に影響がない人間らしい
「よ、よかった……」
身体に入るのがお袋でも不安は不安だったらしい零が胸を撫で下ろす。
零がホッとしたところでお袋が今の状態で彼女達の方から俺に何か伝えるのは可能でも俺の方から零に向けて何かを伝えるのは不可能だという説明をし、その場は一端収束。各自自由となり今に至り────
「早織さん、間違っても闇華達にはバレないようにしてくださいね?」
お袋は零から注意を受けていた
「分かってるよ~。闇華ちゃん達はいいけど、真央ちゃんと茜ちゃんにバレたら大変だもんね~」
にへぇとだらしなく笑うお袋。俺の身体でだらしなく笑うな気持ちわりぃ……。おっと、何で俺が周囲の事を事細かに説明できるかを話していなかったな。それはメインはお袋だが、身体は俺のだ。乗っ取られて状態でも俺の意識はハッキリしてるからお袋が見たものが俺にも見え、泣いたり笑ったりするとその感覚が俺にも伝わってくるからだ
「本当ですよ。特に闇華、藍、飛鳥、由香にバレたら大変ですよ?何言われるか……」
俺の身体に入ったお袋が四人に責められる姿を想像した零の顔が青ざめる。いつもは限りなく闇華側の彼女も本家本元は恐ろしいようだ。加えて担任や義姉、姉貴分がそこに追加されるんだ。俺なら速攻で逃げ出してる
「大丈夫だよ~、バレないようにするから~」
普段と違わぬ笑顔を浮かべるお袋に一抹の不安を覚えながら俺達は闇華達の帰りを待った
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