「づ、づがれだ……」
幽体離脱し、探索してないところを隈なく周り、身体に戻った俺は疲労感を拭いきれないでいた。原因?原因は分かりきっている。
『きょうとデート楽しかったぁ~♪』
『恭様……もう離さないわ♪』
言うまでもなくこの幽霊二人組だ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
今更アンタら二人は何で元気なんだよ?と聞くだけ無駄だ。よくあるだろ?複数のヒロインに拉致された主人公が抵抗虚しくされるがままにされ、数時間後あるいは翌日にゲッソリしてるラノベや二次小説。精魂吸われたわけじゃねぇが、今少しだけ主人公の気持ちが解かった。夢は夢のまま終わった方がいい事もあるってな。
『むぅ~! きょう! お母さん達とのデート楽しくなかったのかな!溜息なんて吐いちゃって!』
『そうよ、恭様。私達とデート出来る人間なんて世界中探しても恭様ただ一人なのよ?解ってるのかしら?』
頬を膨らませるお袋と絶対零度の視線を向ける神矢想花。頼むから二人共大人しくしてくれ……今の俺に反論出来るだけの気力はないんだ。反応を返さなきゃ面倒だから返すけど
「解ってるよ。早織達と館探索と言う名デートは楽しかった。あんなものさえ見なければな」
俺の一言で早織と神矢想花の顔から表情が消えた。俺達が見たものは別に人に見せられないものじゃない。見せられないものじゃないが……表現に困る。
『あ、あはは……さすがにあれはちょっと反応に困るよね……』
『私もあれを見た時は言葉を失ったわ……色々な意味で』
「そりゃ俺だって同じだ。ありゃねーよ」
俺達三人は深い溜息を吐く。あんなものを使ってゲームで起きた事を再現しようってのは無理があるようなないような……この館に窓が一つしかなく、電気が点いてても薄暗いから上手い事言い包めれば初見連中は信じると思う。俺達が見たのはそれだけリアクションに困るものだ
『だね~。それより、きょうはお夕食どうするの?』
『いくら何でも食べないと身体壊すわよ?』
「みんなが寝静まった後で管理人室に行って適当に何か食わせてもらう」
幽体離脱で探索した時に管理人室の横を通ったから場所は覚えている。何も問題はない
『ならいいんだけど~』
『私も恭様が倒れないのならそれでいいわ』
一食抜いたくらいで倒れるか!晩飯ってのは一日の中では一番必要ないエネルギーだ。逆に一番必要なのが昼飯。中学の頃なんて朝食と夕食を抜き、昼食のみって生活が当たり前だったんだ、今更夕飯を食わなかっただけで倒れる俺じゃない。
「ご心配どうも。それより、零時になるまでどう時間を潰したものか……」
俺は天井を眺めながら予告された時間までどう過ごすかを考えた。ゲーム機の一つでも持って来てればいい時間潰しになるのだが、生憎家に置いてきてしまった。瀧口達は食堂。暇な時間が多いというのは苦痛以外の何者でもない
「仕方ねぇ、管理人室に行ってみるか」
する事がない俺はベッドから起き上がり、部屋を出た。
部屋を出て一階へ来た俺は管理人室を目指していた。道順は簡単で階段を下り、向かって右側の道をただ真っ直ぐ歩くだけ。左側は浴場やトイレ、ボイラー室に続く道となっている。
「都合よく管理人室だけ明るいだなんて事は……ないよな……」
俺が幽体離脱して探索した中に管理人室はない。いくら普通の人間には見えないとはいえ、人様のプライベートな空間を覗くのは躊躇われた。だから俺は管理人がどんな人物か、どうなっているのかは一切知らない。場所だってゲームをやってたから知ってるだけだ
『それは……どうなんだろうね……』
『客室が薄暗いからと言って管理人室が薄暗いとは限らないわ。もしかしたら明るいかもかもしれないわよ?』
曖昧な返事を返す早織と神矢想花の様子は明らかに変だ。ギョッとした顔は見せなかったものの二人は管理人室の話が出た途端、サッと目を逸らした。何か知ってるのは明白だ
「ワンチャン明るい方に賭ける。宿泊名簿のチェックとかありそうだしな」
二人が何か知ってると踏んだ上で俺はわざと知らぬフリをする。このスクーリングにはおかしな点が多い。今それを指摘する事はしないけどな!
薄暗い廊下を歩き続け、管理人室の前に到着。ドアプレートには『管理人室』の文字が
「いるといいんだが……」
俺は軽くドアを三回ノックした。
『はーい』
足音と共に中から聞こえたのは老婆とは程遠い女性の声。この声、どこかで……
「す、すみません、体調悪くて部屋で寝てたもので夕食を食べ損ねたんですが……」
どこかで聞いた声だと思いつつも俺は自分の現状を話す。体調が悪く、部屋で寝てたわけじゃないが、晩飯を食い損ねたのは事実。一応、寝てはいないが部屋にはいた。嘘は言ってない
『それは大変でしたね……。すぐ開けますね』
ドアが開かれ、中から出てきたのは管理人の婆さん────
「お待たせしました。────って、恭くん!?」
ではなく、俺のよく知る人物。そう……
「こ、琴音……」
渡井琴音だった
「えーっと……」
「ここで何をしているんだ?」
「あ、あはは……」
琴音は苦笑を浮かべ、目を逸らした
「質問に答えろ」
「えーっと……それは……その……と、とりあえず中へどうぞ……このままじゃ何だしさ」
「はぁ……」
俺は何も言わず、管理人室の中へ入った。
中へ入った俺はそのままリビングへ通された。ただ座ってるだけなのも退屈なので辺りを軽く一瞥してみた。室内は俺達が寝泊まりする部屋と同じではなく、普通の家と同じ明るさ。家具も揃ってるし、キッチンに風呂まで付いてる。管理人だから客と一緒に飯を食ったり風呂に入ったりするのはダメだっつーのは何となく分かる。分かるんだけど……
「俺の寝泊まりする部屋との落差が酷い……」
明るさや広さ、家具に至るまで俺の部屋とは大違いだ。方や薄暗く、家具もないければトイレや風呂もない泊まるだけの部屋。方や明るいし、家具もあればトイレ、風呂もある普通の部屋。どっちがいいかなんて明白だ
「あ、あはは……ま、まぁ、管理人だからね……」
そう言いながら琴音はキッチンから土鍋の乗ったおぼんを持って戻て来た
「それにしたって俺の部屋との差があり過ぎるだろ……」
「だ、だよね……」
「ああ」
ここまで差があり過ぎると文句の一つすら出ない。
「まぁまぁ、これ食べて落ち着いてよ」
目の前に置かれた土鍋の蓋を開けると中から湯気が立つ。中身はおじやだ。ほのかに香る白だしの香りが鼻孔をくすぐる。部屋の明るさで米と卵が輝いて見え、食欲をそそるのだが……俺は体調不良で夕食を食べなかったわけじゃなく、単なる仮病。これで満腹になるとは到底思えない
「いただきます……」
「うん、召し上がれ」
一口頬張ると口いっぱいに広がるのはダシの味とほんのりとした卵のほんのりとした甘さ。いつもながら琴音の料理は美味い!俺はおじやをあっという間に完食してしまった
「ごちそうさま」
「はい。お粗末様でした」
琴音は土鍋の乗ったおぼんを持ってキッチンへ。俺も彼女に続きキッチンへ向かう
「俺が無理言って作ってもらったんだ、洗いもんくらいやるぞ?」
俺はしてもらうだけなのは悪いと思い自分の食べた食器くらい自分で洗うと提案した。しかし……
「いいよいいよ。これも私の仕事だから。恭くんは座ってて」
と言われ、キッチンを追い出された。仕方なく俺はリビングに戻りテーブルへ就くことにした。
「瀧口そろそろ戻ってるんのかな……」
琴音が土鍋を洗っている間、ふと俺の頭に瀧口の顔が過る。時計を見ると十九時を回っており、しおり上はまだ夕食の時間だが、食べ終わったら自由行動。食堂に留まるも部屋に戻るも個人の自由。瀧口が部屋に戻っているかもしれない
「心配?」
洗い物を終わらせた琴音が今度は缶コーラとオレンジジュースを持って戻ってきた
「別に。妙な手紙は貼ってあったが、事が起こるとしたら零時だ。まだ五時間ある。それより、琴音がここにいる理由とあのカレー……いや、冷蔵庫に入ってたモンについて聞かせてもらおうか」
生徒だけで百八人。そこに教師五人も入れて合計百十三人。全員分の料理を琴音一人で用意しろというのは酷というもの。だから楽をしようとした彼女を責めない。責めるとしたら一人に膨大な負担を強いた人物だ。だけど、それとこれとは話が別だ。
「あ、あはは……恭くんは見ちゃったんだ……」
「まぁな」
「なら分かるでしょ?これから何が起こるのか、その騒動の犯人が誰かも」
妖艶な笑みを浮かべる琴音。彼女の言う通り俺はこれから何が起こるのか、その犯人が誰かを知っている
「ああ、知ってる。だが、命に関わるような事じゃない限り俺は止めねーよ」
琴音……いや、教師連中がこれから何をしようとしているかは分かっている。それでも俺は聞かなきゃならない。自分が納得するために
「そっか……。本当はネタバレになるから黙っておきたいんだけど、私がここにいるってバレちゃったし仕方ないよね……」
「バレちゃったっつーか、多分、明日の昼辺りには生徒全員が知る事になると思うぞ?今夜は一人で事が起こるのは深夜だから大丈夫だと思うけど、明日は総出で館全体を調べる事になりそうだしよ」
補足するなら琴音も明日の昼にはこの部屋にいない。ゲームじゃ主人公達は二日目の昼、管理人の婆さんがいなくなった後で管理人室を調べるからな
「だよね……恭くんなら他の人にホイホイ言わないだろうから言うけど、あのカレーには睡眠薬を入れたよ。ゲームじゃ主人公を始め全員成人でお酒飲んで寝ちゃったって事になってるけど、藍ちゃん達以外は未成年。中には二十歳の子もいるだろうけど、学校の行事で来てるんだからお酒飲むわけにもいかないでしょ?」
「当たり前だ。未成年の飲酒・喫煙は法律で禁止されてる。つか、人が食うもんに睡眠薬なんて入れんな」
誰の指示かは知らんが、食いもんに睡眠薬を混入させるだなんて悪質過ぎる
「悪いとは思ってるよ。でも、これは必要な事だから」
琴音の言いたい事はよく分かる。誰にも見られずに成功させるには俺達の意識をごく自然な形で刈り取らなきゃならない。俺はカレーを食べてないから生徒全員の意識を刈り取るのは失敗に終わったけどな
「必要な事だからってなぁ……もし薬が身体に合わずアレルギー反応が出た奴がいたらどうするんだよ?」
「その辺は大丈夫! 睡眠作用がある漢方薬入れたから!」
ドヤ顔で胸を張る琴音。漢方薬でもアレルギー反応って出るんですよ?ご存じ?
「さいですか。カレーについてはこれくらいにして、次は冷蔵庫の中にあったあれについて説明してもらおうか」
ゲームでも冷蔵庫の中身はあれで埋め尽くされてたから引く事はしなかった。入っていても不思議じゃなく、入ってない方が逆に白ける。しかし、ゲームと現実は別という言葉があるようにゲームだから見ても平気な部分はあった。現実で見ると分かっててもドン引きだ
「あれ?もしかしなくても大量のレトルト食品の事だよね?」
「それ以外何があるんだよ?」
俺が調理場の冷蔵庫で見つけたのは大量のレトルト食品。もちろん、夕食に出てきたカレーもレトルト食品。レンジでチンか沸騰したお湯に入れ四~五分待つだけなら琴音じゃなくてもできる
「だよね……」
頭を掻きながらタハハと笑う琴音。カレー百人分作るのは面倒だからレトルト食品に頼りたくなる気持ちは解からんでもない。ついでに言うとゲームに出てきた管理人は極度のめんどくさがり屋。料理ができないってわけじゃねぇが、ターゲットとなる人達を確実に仕留めるために手間を省こうとした結果、レトルト食品を使うという結論に至ったガサツを絵に描いたような女性だったが……琴音はそこんとこどうなんだ?
「当たり前だ。キャンプならともかく、泊りがけ行事に来てまでレトルト食品出されるとは思わなかったんだ、その説明はしっかりしてもらうぞ」
「じ、実は────」
琴音の口から語られた調理場の冷蔵庫にレトルト食品が大量にあった理由────それは何と言うか……リアクションに困ると言うか……この話は全てが終わった後でしたいと思う
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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