四日に渡る地獄の勉強会が終わり、俺の夏休みはいよいよ本番を迎え、今日は夏休み初めての土曜────
「声優の顔出しって必要ねーよな」
俺、灰賀恭は外へ遊びに出るでもなく、クーラーのガンガン利いた部屋にてパソコンの画面をただボーっと眺めていた
「アンタ、唐突に何をってるのかしら?」
呆れたように溜息を吐くのは同居人の津野田零。俺が初めて拾った女子だ
「最近はアニメ放送前とか、アニメ終わった時にイベントとかやるだろ?んで、アニメ関係のイベントとなると決まって声優が出て来るだろ?それっていらないと思うんだよ」
「そんな事言われても需要があるんだったら仕方ない事じゃないの?そもそもアタシはアニメなんてここ最近観始めたからよく分からないけど」
零は父親の借金で三か月前まではその日の生活すらままならない状態だった。俺が拾ってなきゃ今頃どうなって事か……。それはさておき、何で俺がこんな話をしているのかと言うと、理由は単純。暑い、外に出たくない、暇を持て余していた俺はMYVideoで適当にアニメ動画を漁っていた。と、言うのもやってみた系の動画を見てても退屈なので検索でアニメ全話と入れ、ヒットしたアニメを適当に流していた。これが案外面白く、全話見てしまった。んで、そのアニメの動画が終わり、次に自動再生されたのがそのアニメのイベント動画だったというわけだ
「まぁ、つい三か月前までカツカツの生活でアニメを見る余裕すらなかった零には分からんと思うけど、俺からすると声優の顔出しってのは必要ないんだよ。今のご時世、ラジオとか別アニメのイベント動画とかネット検索で簡単に声優の顔なんて拝めるんだから」
何年か前にアイドル声優というもが出始めて以来、声優が表に出始めた。それまでは声優を取り上げた番組や映画のパンフにワンチャン声優の顔が載るだけだった。今じゃ声優の顔出しなんてざらだ。ハッキリ言ってこのキャラに声を充ててる人はどんな人なんだろう?と想像する楽しみがなく、面白くもない
「そういうものなのかしら?」
「ああ、そういうものだよ。ついでに言うと声だけじゃなく見た目も重要視される。声優なら声で勝負しろっつーんだよ」
今のは全て俺の個人的意見だ。俺はそう思っているというだけだから気にする必要はない
「そんな事アタシに言わないでよ」
「へいへい、悪ぅございました」
アニメを見てても面白くない時代になったものだ。アニメ見てこのキャラの声の人は美人なんだろうなと想像する前に声優の方から顔出してくるんだから楽しみも何もあったものじゃない
「っていうか、恭」
「何だよ?」
「アンタ、夏休みだって言うのによくもまぁ懲りずに引き籠れるわね」
「当たり前だ。逆に闇華達は何でこのクソ暑い中外に出られるんだよ?つか、部屋に引き籠ってるのは零も同じだろ」
闇華達は現在外に出てて不在。部屋には俺と零の二人きり。ラブコメ的な展開だとここでエッチなイベントの一つや二つありそうではある。しかし、俺に限って言えば日頃から一緒に寝て、一緒に風呂に入ってる時点で今更零達の胸や尻を見たところでドキドキする事などなく、間違って胸の一つでも触ろうものならもれなく俺の人生が終わる。主に結婚的な意味で
「闇華達は必要な物を買いに出たのよ。アタシは特別欲しいものがないからお留守番してるの! それに! 別にアンタと二人きりになりたいわけじゃないんだからね!」
久々に零のツンデレを見た気がする。ここ最近零と二人きりでいる機会なんてなかったから彼女のこんな態度も遠い昔のような気がしてならない
「はいはい、んで?これからどうする?」
零のツンデレを適当にあしらい、彼女に問う
「どうするって?」
「このままボケっと動画を漁るか、それとも、ゲーセンに行くか」
「ゲーセン行くって言っても家の中じゃない」
当たり前だ。誰が好き好んで外に出るか
「ああ。そうだけど」
「アンタには外に出て友達と遊ぼうって選択肢がないのかしら?」
友達……友達ねぇ……
「友達?何それ食えんの?」
「うわぁ……」
何だその可哀そうなもの見るような目は
「何だよその反応」
「いや、別に……」
零のこの反応を見る限り友達のいない俺を憐れんでいるという事だけは理解した
「その反応はアレだな、友達のいない俺を憐れんでる反応だな。言っとくけど、俺は星野川高校に友達がいないだけで学校外ならたくさんいるからな?」
「あー、そういう見え見えの見栄張らなくていいから」
あ、コイツ、信じてないな
「見栄なんかじゃねーから! ちゃんと友達いるから!!」
「恭、無理しなくていいのよ?アタシなら友達を通り越して恋人になってあげるから。ね?」
聞かん坊の子供を諭すかのように言う零。ね?じゃない。後、何で友達通り越して恋人になる宣言出した?アレか?俺には一生恋人出来ねーってか?喧しいわ!!
「何で友達通り越して恋人宣言したのかは聞かないで置くとしてだ。俺にだって友達くらいいる」
星野川高校にいないだけでな
「恭、そんな嘘は────────」
「嘘じゃねーから! っつっても零が信じるワケないよな」
「当たり前よ! そもそもアンタ、ここに住み始めてから友達と遊びに行くって言った事ないでしょ!」
零の言うように俺はここで暮らし始めてからというもの友達と遊びに行った事など一度たりともない
「それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって……友達なら普通は遊びに出かけたりするのが普通じゃないの?」
「あのなぁ……」
昔なら文通、今ならSNS、チャットツール、ネトゲと友達を作る場所、機会が多い。そんな世の中だというのに目の前にいる女は何を言っているんだ?
「何よ?」
「はぁ……、とりあえず俺に友達がいる事を証明出来ればいいんだろ?」
零に色々言ったところで水掛け論になるか話が終わらなくなるのは目に見えている。何しろ長い付き合いだからな
「そうよ! アンタにも友達がいるって事をアタシに証明しなさい!」
俺の交友関係がどうなっていようが零には何の関係もないのだが、闇華達に知られたら面倒だ。ここは大人しく従っておこう
「へいへい。ったく、お前は俺の母親かよ……」
零に毒づきながらも俺は動画サイトをブラウザ上から消し、そして、デスクトップ画面に戻り、とあるゲームのアイコンをクリック。ログイン画面に入り、パスワードとIDを入れた
「スペースウォー?何コレ?」
画面に映し出されたのはスペースウォーというゲームのタイトル画面。早い話がネトゲだ
「ネトゲ」
「見りゃ解かるわよ! アタシはこのゲームと友達と何の関係があるのかって聞いてんの!」
タイトル画面だけで友達と直結させるのは難しい。零の気持ちも解らなくはない
「関係大有りだ。とにかく! 黙って見てろ」
零を黙らせた俺はマウスを操作し、カーソルをスペースコロニーに合わせ、クリック。スペースコロニーとは人口の居住地なのだが、このゲームではギルド的な役割を果たしている
「えーっと、今インしてる人いるかな……」
高校入学までは割と高い確率でインしていた俺だが、高校入学してからというもの、環境の変化もあり、インしてなかった。正直な話、今日久々にインした
《グレー、ヤッホー!》
誰かいないかと周囲を物色していると女のアバターからチャットが飛んできた。グレーとは俺の事で由来は苗字の灰賀。その一字である灰を英語にしたものという短絡的なものだが、それは置いておこう
「おう、久しぶりっと」
俺はチャットを飛ばしてきた相手にいつも零達と接している時の口調で返す。最初は敬語だったけど、相手の方から敬語を止めろと言われ、今の感じに落ち着いた
《ホント、久しぶりだネ! 今までインしてなかったけど何してたの?》
何をしていたのか?という質問は今の俺にとってこの上なく答えに困る質問だ。何しろ高校入学を期に一人暮らしを始めたと答えるだけなら当たり障りはない。それがデパートの空き店舗で暮らし始めましたとか誰が信じるってんだ
《高校入学の準備とかいろいろ》
一人暮らしの話をすると面倒な事になると思った俺は高校入学の準備という建前でお茶を濁す。
《そう言えばグレーは中学生だって前に言ってたっけ?》
《ああ。そう言うheightは声優の卵だったか?》
本当かどうかはともかく、このheightという女性(?)プレイヤーは声優の卵だと中学の時に聞いた事がある。ネットの世界だから自分の素性はいくらでもどうとでも誤魔化せるから信じている割合は五分五分だ
《もう卵じゃないよ! ちゃんとデビューもしたもん!》
《それは知らなかった……》
heightの言う事が本当であれ嘘であれ、自分の夢を叶えたのは素晴らしい。しかしながら俺は自分が面白そうだと感じたアニメしか見ず、最近のトレンドも知らない。アニメの流行りを知らない俺が声優事情を知ろうはずがない
《にゃははー! グレーはマイペースだね~! あっ! 私、そろそろお仕事だから落ちるね! 乙!》
《乙》
heightログアウトし、俺は零の方を向き────────
「どうだ?俺にもちゃんと友達いただろ?」
と、ドヤ顔で言ってやった。そんな俺に零は────────
「ネトゲの友達じゃなくて現実の友達を作りなさいよ!!」
と、身も蓋もない事を言ってきた
「いいだろ! ネトゲの友達だって俺にとっては立派な友達だ!」
「どこの誰とも分からない人をドヤ顔で紹介するなって言ってんの!」
「お前が友達いる事を証明しろって言ったんだろ!」
「アンタに期待したアタシがバカだった……」
友達がいる事を証明しろと言われてその通りにしたってのに何で俺が怒られてるんだ?意味が解からない
「そうだ! お前はバカだ!」
「うるさい!」
ゴンッ!!
「イデッ!」
何故殴られる?本当に意味が解からない
零との不毛な争いを終え、親しいプレイヤーがいなかったのでログアウトし、再び暇を持て余していた
「ねぇ、恭」
「何だよ?俺は今ごろ寝で忙しい」
「アンタ、さっき声優の顔出しなんて要らないって言ってたわよね?」
ごろ寝していたところで零が声優の話を振ってきた
「ああ。言ったな」
「さっきのheightってプレイヤーは声優だって言ってたけど、デビュー作とか聞いたの?」
「いや、聞いてない。つか、見ず知らずの奴にそんな事ペラペラ話すバカいねーだろ」
最終回を迎えたアニメなら心に残ったシーン、印象深かった台詞の話で盛り上がるだろうけど、現在進行形で放映されているアニメ、これから放映されるアニメの話なんてする奴などいない。キャスト予想や最終話予想ならともかく
「そういうものなの?」
「そういうものだ。アニメって何話か纏めて収録するらしいからな。実際に第一話が放映されたとしてもアフレコしている声優は第三話の展開を知ってるなんて事は当たり前みたいだからな」
今の話はアニメ第一話放映前のイベント動画で仕入れた情報だから信憑性としては割と高い
「そう。ところで恭」
「何だよ?まだ何かあるのか?」
「闇華達が声優を拾ってきたとか言ったらアンタどうする?」
零は何を言ってるんだ?そもそも、有名人を拾うだなんてあって堪るか
「どうもこうもあり得ないだろ。芸能人然り、声優然り、家を失くすとか、住む場所に困るだなんて想像出来ねーし」
「そうよね! 有名人が家なき子になるだなんてあり得ないわよね!」
「当たり前だ! どこのラノベだよ!」
あり得ないの一言で片付け、俺と零は笑い合う。芸能関係者が仮に家を失くしたところで事務所が何とかしてくれる。間違っても拾われて家にやって来るだなんてあり得ないのだ
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