悲鳴が聞こえ、唯一窓があるここへ来た俺は悩んでいた。今起こった事もそうだが、これから起こる全ての答えを知っている。一部零達に伝えはしたが、詳細なトリックまで伝えたかと聞かれるとそうではない。多少省いた。
「何て説明したもんかなぁ……」
この部屋の主がいなくなり、代わりにあったのはマネキン。ゲームじゃ殺人事件なんだが、その辺は教師陣の配慮という事にしてだ、この状況の説明をどうしたものかと頭を悩ませる
「灰賀君!!」
「恭!!」
悩んでいたところで俺を呼ぶ声がし、振り返ると息を切らせた瀧口と零を筆頭に星野川高校、灰賀女学院の生徒達がいた。ついでに先生達も
「遅かったな」
「悲鳴が聞こえてみんなを起して回ってたからね。それより、これは?」
「見ての通りだ。ここにいた誰かが姿を消して代わりにマネキンが置いてあった。疑うなら自分の目で確認するといい」
「わ、分かった……」
瀧口が俺の隣に来てベッドを確認する。この暗がりで置かれているのが本物の人間なのかマネキンなのか疑わしくはあると思う。だが、欧米人を模したような青い瞳と丸刈りだが、毛穴が全く見られない頭。加えてシワやシミ一つない肌。これらの条件が揃った物をマネキンと言わずに何と言う?
「た、確かにこれはマネキンみたいだけど、ここにこれがあるって事はここに泊まっていた本物の塚尼先生はどこへ?」
瀧口が訝し気な目で尋ねてくる。ここに泊まっていた奴の名前は塚尼というのか
「さぁな。俺がここへ来た時にはすでにいなかった。どこへ行ったかなんて知るわけないだろ。俺はその塚尼って教師が星野川高校の教師なのか、灰賀女学院の教師なのかすら知らねぇしよ」
ついでに言うといなくなった塚尼が男なのか女のかすら知らん。荷物のカバンはチャックが閉められていて中身は確認できてない。私物が出しっぱなしだったらそれで男か女かくらいは判別できたかもしれない。しかし、今の時代、男でも化粧水塗ったり、顔パックしたりする時代だ。仮に私物を出しっぱなしでいなくなったとしても一概にコイツは女だとは言い難いがな
「そ、そんな……」
絶望しきったような顔をする瀧口。入口の方を一瞥すると彼の絶望が伝染したのか他の生徒も泣きそうになってる奴や泣いてる奴、不安で憔悴しそうな奴がチラホラ見える。生徒がこんな状態でも教師陣は何も言わず、成り行きを見守っている。そりゃそうだよな……これから起こる事もどこにいるかも知ってるんだから焦る事なんて何一つないのは当たり前だ
「とにかく、今日はもう遅い。お前らは寝とけ。他の連中もだ」
俺は瀧口達に寝るように言って部屋を出ようとした
「君はどうするんだい?」
出ようとしたところで瀧口に呼び止められてしまった
「どうするって便所に行ってから寝る。夜ももう遅い。ここで起きた事含めて考えるのは明日だ」
「そう……だね……」
苦々し気な顔をしている瀧口を残し、俺は部屋を出た。入口では一部の生徒が寄り添い合っている。他の生徒は信じられないといったような顔をしていたり、俺に不安気な視線を送る生徒がいた。俺は一瞬立ち止まり、彼らを一瞥し、そのまま階段の方へ向かった
階段を降り、一階へ到着すると俺は管理人室のある方向を向き、歩き出そうと────
「恭クン……」
出来なかった。階段の方を見るとそこには不安げな表情の飛鳥が立っていた
「どうした?部屋に戻らなかったのか?」
「うん……何かが起こるとは聞いてたけど、実際目の当たりにしたら……ね?」
飛鳥の気持ちは解からないでもない。前もって聞かされてても実際に遭遇すると対応に困る
「だろうな。悲鳴が聞こえて行ってみたら人が消え、代わりにマネキンが置いてあった。不安になるなって方が無茶な話だ」
ゲームじゃ人一人が死に、この後管理人を叩き起こして総出で館内を隈なく散策という展開だ。結果は怪しい人間なんて出てこず、主人公達はしっかり戸締りして就寝し朝を迎えるって流れになったけどな
「うん……それで……ね?私も恭クンについて行こうかなぁって思って来たんだけど……ダメ……かな……?」
泣きそうな顔で俺を見る飛鳥。こんな顔されたら俺が断れないの知ってんのか?
「別に構わない。トイレっつーのはあの場を抜け出す口実だしな」
「やった……」
先程まで泣きそうだった飛鳥の顔に笑みが浮かんだ
「んじゃ、行くか」
「うん! あっ、その前に……」
そう言って飛鳥は小走りで俺の隣まで来た。そして……
「怖いから手繋いでて……お願い……」
と上目遣いで見つめながら言ってきた。昔からこういうのに滅法弱い俺は……
「分かった。その代わりしっかり掴んどけよ?」
断れるはずもなく、了承した
「うん!」
「んじゃ、今度こそ行くか」
「うん! でも、どこ行くの?」
「談話室。時間を確認しておきたいからな」
俺達は手を繋ぎ、談話室を目指した。
談話室へ着き、俺達は一直線に振り子時計の前へ。時計の指し示していた時刻は二十三時半。手紙にあった零時まで後三十分ある。もしかしなくても琴音は時間を間違えたようだ
「どういう事?あの手紙通りなら消えるのは零時のはずなのに……」
俺の思いなんて露知らず、飛鳥が隣で戸惑いの声を上げている
「どういう事も何も犯人が時間を間違えたんだろ。もしくは俺達を油断させるためにわざと手紙に嘘を書いたとかな」
俺的には前者の方が可能性が高い。後者は……あれだ。ワンチャンあり得る?って感じだ。あれ?でも確かここの時計って……いかん、ゲームのインパクトが薄くて思い出せん
「そう……なのかな……」
「多分な。そんなに気になるなら犯人に直接聞くか?」
「え?恭クン、犯人知ってるの?」
「中学の頃にクリアしたゲームだ。犯人くらい知ってる」
「だ、だよね……ち、ちなみに、私がその犯人教えてって言ったら教えてくれたりは……」
「しないな。教えるよりも今から犯人のところ行くから自分の目で確認しろ」
「え?犯人がどこにいるか知ってるの?」
「知ってるから言ったんだ。とにかく、全ての真相を知りたいのなら付いて来い」
「う、うん……」
終始目を白黒させてた飛鳥の手を引き、俺が向かった先は管理人室。今が夜だからいいものの、明日になったら館全体を捜索されてしまう。そうなったら琴音達が見つかるのも時間の問題だ。話し合っておいて損はない
「ねぇ、恭クン」
「何だよ?」
「恭クンはどうして夕食のカレー食べなかったの?」
管理人室に向かう道中、隣を歩く飛鳥がこんな事を聞いてきた。夕食を食わなかった理由か……これは答えても大丈夫だろう。遅かれ早かれ知る事だしな
「あのカレーがレトルト食品だからだよ」
「え!? そうだったの!?」
目を丸くし驚嘆の声をあげる飛鳥。薄暗い食堂じゃ辛うじてカレーと分かってもそれがレトルト食品だって分からない。驚くのも無理はない
「ああ。まぁ、あの食堂じゃカレーだって分かってもレトルト食品か手作りか判別するのは難しいから分からなかったとしても無理はない」
薄暗いっつーのは何かを誤魔化したりコッソリ悪さしようと思う人間にとっては便利だ。正常な判別ができず、言い包めてしまえばこっちのもの。この館全体が薄暗い理由は別んとこにあるから関係ないけど
「そ、そっかぁ……あのカレーはレトルトだったんだぁ……」
「ガッカリしたか?」
「少しね」
キャンプしてるわけでもないのにレトルト食品食わされたらガッカリもするよな。大自然の中、自分で作ったとなればレトルト食品でも美味しく感じるが、わざわざ泊まりに来てまでレトルト食品じゃ台無しだよな……。カレーに睡眠薬が入ってたのは黙っといた方がよさそうだ
「そうか」
「うん、そうだ」
会話はここで終わり、俺達は無言で管理人室を目指した
管理人室前に着き、俺はドアをノックした。すると、今度は前よりも早く声と共にドアが開き、中から琴音が出てきた。ここまではよかった。俺は初めてじゃなく二度目だからな。だが、始めて来る飛鳥は……
「え?琴音さん?」
ポカンとした顔で琴音を見つめていた
「う、うん……そ、そうだよ、飛鳥ちゃん」
琴音も琴音でマズいところを見られたって顔をしていた
気まずい空気の中、琴音に案内され、リビングに来た俺達はテーブルに就く。俺の隣に飛鳥が座り、その正面には琴音が。さて、ここからどう話を持っていったらいいか……
「琴音、飲み物を持って来てもらっていいか?飛鳥には俺から話しておく」
「う、うん」
琴音は席を立ち、キッチンへ向かった
「さて、飛鳥」
「何?」
「聞きたい事はないか?」
琴音がいなくなったところで俺は飛鳥へ話を振った。心なしか彼女が怒っているような気が……気のせいか?
「あるよ。あるけど、恭クンは私の質問全てに答えられる?」
「それは無理だ。琴音がここの管理人してる理由は知らねぇからな」
「なら答えられる範囲で答えてもらうよ。恭クンは琴音さんが管理人してるって知ってたの?」
「知らなかったよ。そもそもが琴音がここにいるとすら思ってなかった」
俺も最初に琴音を見て何で?って思った。家にいるはずの奴が宿泊先で管理人してるだなんて誰も思わねぇだろ
「そっか。なら、次の質問だけど、恭クンが最初にここへ来ようと思った理由は?」
「腹減ったから何か食わせてもらおうと思ったからだ」
「それなら食堂に戻ればよかったじゃん」
飛鳥の言う事は正論だ。ぐうの音も出ない。時間的に考えれば食堂に戻れば少しばかりカレーが残っていたかもしれない。だが、それを食べると俺も飛鳥達と同じく強烈な眠気に襲われ、最悪、明日の朝まで眠り続けてただろう
「それを言われるとぐうの音も出ないが、何つーの?具合悪くてカレー食う気しなかったからおかゆか何か貰えないかと思ってなここへ来たんだよ」
カレーを食べる気がしなかったのは本当だ。食べたらどうなるか分からんモンを食うほど俺はバカじゃない。実際睡眠薬が入ってたらしいしな
「あっそ。恭クンがそう言うならそういう事にしておいてあげる」
「そ、そう言ってもらえると助かる」
「どうせカレーに睡眠薬か何か入ってるって気付いて仮病で逃げたんだろうけど、私は優しいからその辺は見逃してあげるよ」
す、鋭い……
「そ、そりゃどうも……」
「私は見逃すけど、零ちゃん、闇華ちゃん、由香ちゃんはどうだろうね?」
そう言って俺を見る飛鳥の目は濁っていた。え?零達も知ってんの?
「どうなんだろうね?って言われても俺は本当に具合が悪かったからカレーを食わなかっただけなんだが……」
「ふーん……ところで恭クン」
「何だよ?」
「恭クンが早織さん、想花さんに憑かれているように私には斜李さんがいるって忘れてるわけじゃないよね?」
紗李さん────千才さんの親友で飛鳥に取り憑いた幽霊の女性。俺が連れて帰ったんだから忘れるわけがない
「忘れてねぇよ。藍には千才さん、飛鳥には紗李さん、闇華には麻衣子さん、零には紗枝さんがいるのは連れ帰った俺が一番よく知ってる。それがどうかしたか?」
紗李さん達が飛鳥達に憑いてる事と俺が仮病を使った事と何の関係があるんだ?
「私が何も知らないと思ってるなら教えてあげるよ」
そう言って飛鳥は妖艶な笑みを浮かべた
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