「とうとう自分のした事がどれだけ悪い事なのか分からなくなったか……」
千才さんの何に対して謝罪すればいいのかという問いかけに俺は呆れていた。悪い事をしたらごめんなさい。こんなの子供でも簡単に理解出来るのに目の前にいる警察官はそうじゃない。自分の犯した過ちの大きさをまるで理解していない
「私は何も悪い事なんてしてないもの。何に対して謝罪すればいいのかと問いかけるのは当たり前でしょ?」
「うわぁ……マジか……」
カッターで他人を切りつけ、根も葉もない噂を流した挙句、暴行……これで自分は悪い事をしてないと言ってのける千才さんをコイツはどんな神経してるんだ?と思ったのは俺だけではないと思う。現に彼女を見る人達は全員ゴミを見るような目で見ていた
「高校時代私は何一つ悪い事なんてしてないもの。麻衣子達が死んだのだって本人の精神が弱かったから、事件を起こした犯人達だって物の善し悪しが分からなかっただけでしょ?私は何も悪くないわ」
大元を辿ればアンタが高校時代に虐めなんてしなければこんな事になってない。この場にいる誰もがそう思った事だろう
「アンタがそう思っていたいのならそうしろ」
図太すぎる神経の千才さんにこれ以上何を言っても無駄だ。もう何も言うまい……。幽霊達は今は置いとくとして犯人達はどうだ?
「千才ッ!! お前! ふざけんな!!」
「そうだ! 俺達の高校生活を滅茶苦茶にしておいて謝罪の一つもナシか!!」
「アンタ! 最ッ低!!」
「私達より千才の方が犯罪者じゃないッ!! この人殺しッ!!」
俺の予想通り犯人達は大激怒。それは至極当然の事で誰も咎めはしない。それどころか例にも漏れずあちらこちらから聞こえるのは『警察って謝れない人がなる職業だったんだな』『教師と警察はゴミ!決まってるよなぁ!』等、警察への不信感を露わにした意見。ついでに教師も
「だとよ、千才さん、アンタ、人殺しだってよ」
「勝手に言ってなさい」
「その発言は高校時代にした事に対して謝罪する気はないと取っていいのか?」
何に対して謝罪すればいいのか理解出来てない時点で彼女の口から謝罪の言葉を引き出すのは無理なのは明白。冷静に見れば結論を出すのにそう時間は掛からず、諦めもつく。当事者からすると怒りが収まらないのも理解出来なくはないけど、いくら謝罪しろと言ったところで時間と労力の無駄だ
「ええ、さっきも言ったけど私は何も悪い事はしてないもの」
「つまり、アンタにゃ何を言っても無駄ってわけか……」
謝罪するつもりが全くない彼女に俺は何て言っていいのか分からない
「そんな事よりも灰賀君、早く私を解放してくれないかしら?これから犯人達を署に連行しなければならないの。ついでに貴方も逮捕しなきゃいけないしね」
彼女は人にはするけど自分がされると嫌らしく、犯人達の連行に加えちゃっかり俺の逮捕も加えてやがる……。自分の潜在能力をひけらかすわけじゃないけどよ、一警察官である千才さんごときに捕まえられるとは到底思えない。というか、そんな事させない
「はいはい、アンタにゃ何を言っても無駄だろうからそれでいいよ」
何を言っても無駄な千才さんをこれ以上拘束する意味がなくなり、俺は彼女に当てていた霊圧を引っ込めようとした
『ダメッ! きょう!』
千才さんに当てていた霊圧を引っ込めようとしたところに酷く慌てたお袋が止めに入ってきたのだが、時すでに遅し。俺は千才さんに当てている霊圧を引っ込めた後だった
「これで自由になれたわ。さて、犯人の連行は部下に任せるとして、灰賀恭、貴方を名誉棄損と公務執行妨害で逮捕──────────」
俺の両手に手錠が掛けられようとしたまさにその時─────────
『ウガァァァァァァ!!!!』
霊圧を当て、大人しくさせておいた幽霊の一人が雄たけびを上げた。その程度なら見えない人は気にも留めず、俺やお袋、親父のように見える人はうるさいなと思うくらいだった
「え!? ちょ!? ちょっと!? な、何なの!? コレ!?」
手錠を掛けようとした千才さんの身体がフワッと宙に浮いた
「な、何だ!? どうなっている!?」
「う、浮いた!?」
「何なんだ!?」
事情を知らない人達は宙に浮く千才さんを見てパニックに。一方、事情は知らなくても見えている親父は……
「恭! 何がどうなっている! あの人達は誰だ!」
お袋だけじゃなく、麻衣子さん達の姿もバッチリ見えているので千才さんが宙に浮いてるという現象の説明と麻衣子さん達の説明を求めてきていた
「何がどうなっているって、親父も見ただろ! あの人達は千才さんが自殺に追いやった同級生達だよ! まぁ、怨念に憑りつかれて今じゃまともに喋る力はないけどな!」
「それは解った! それよりも、宙に浮いた彼女はこれからどうなる!?」
そんなの俺が知りたいっつーの!
「俺が知るか!! とにかく! 千才さんを下ろす方が先だ!」
千才さんがこれからどうなるかは分からない。現状で優先させるべきは浮いた千才さんを下ろす事のみだ!
「わ、分かった!俺は何をしたらいい?」
「看護師や医者と協力して患者を安全なところへ避難させてくれ! 俺は俺でやる事がある!」
幽霊達が千才さんをどうするかは不明だ。ただ、俺の勘だとこれから起こる事は他の患者には見せられない光景になる
「分かった!」
親父は一言だけ言うと同僚の医者や看護師の元へ向かった。さて、このパニックに乗じてお袋に何がどうなっているかの解説を頼むとするか
「お袋、今のうちに何がどうなっているのかの解説を頼む」
『うん! って! きょう、大勢の人がいる中で私に話しかけていいの?』
普通なら幽霊たるお袋に話しかけてるところを見られでもしたら俺は確実に変な目で見られ、痛い奴の烙印を押されるのは間違いなしだ
「いいも何も今は非常事態で他の連中は避難誘導や避難するのに忙しくて俺の事なんて気にしている暇はないだろ。それよりも解説よろしく」
慌ただしい状況に置かれると誰かが独り言を言ってたとしてもそれを気に留める奴なんていない。火災に遭遇した時とかを想像してみろ。自分が逃げるのに精一杯で人の事を気にしている余裕なんてないだろ?アレと同じだ
『うん、まずは千才ちゃんが浮いた理由だけど、麻衣子ちゃん、紗李ちゃんの死因とさっき雄叫びを上げた子……紗枝ちゃんって言うんだけど、その子とじゃ大きく違う。これは理解出来てるよね?』
「断片的にはな。麻衣子さんと紗李さんが自殺だってのは千才さんの記憶で何となく知っている。もっとも、雄たけびを上げた人の名前が紗枝だってのは初めて知った。何しろ記憶の中の千才さんは初っ端から下僕とか愚図って呼び方しかしてなかったからな。それはいいとして、死んだ理由が違うのがどうかしたのか?」
最終的に麻衣子さん達は死んでしまった。死因……つまり、何が原因で死んでしまったかだが、千才さんの記憶しか見てない俺は彼女達が高校生で死んだのは知っててもその詳しい状況までは知らない
『断片的にか……まぁ、千才ちゃんの記憶しか見てないからそれは仕方ないとして、麻衣子ちゃん、紗李ちゃんは自殺。自殺しようと思った理由は今の状態じゃ詳しく聞けなかったからお母さんにも分からない。でも、紗枝ちゃんは自殺じゃなくて千才ちゃんに殺されたんだよ』
お袋から語られる衝撃の真実。犯人達からは自殺者が出たとは聞いていたけど、殺された人がいるだなんて聞いてない
「殺されたって……、そんな話聞いてねーぞ……」
『そうだね、殺されただなんて話は聞いてないだろうけど、最後の発表で何て言ってたか覚えてる?』
最後の発表……忘れもしない。他の人が言わなかった事だったんだからな
「同級生を橋から川に投げ入れた。忘れるわけないだろ」
『だよね。他の人が言わなかった事だったからね。その橋から川へ投げ入れられた子ってどうなったと思う?今の話を聞いたきょうなら分かるよね?』
今の話で橋から川へ投げ入れられた同級生がどうなったのかなんて考えるまでもない。ただ、その考えが外れていてほしい俺がいるのは確かだ
「死んだ……のか?」
『当たり。それで、雄叫びを上げた子がさっき言ってた子なんだよ』
「なるほど……。でも、何でその人だけ……」
『自分が虐められる理由も分からず、娯楽感覚で千才ちゃんに殺されたんだから怨念は人一倍強かった。だから、きょうの霊圧をアッサリと封じ込めた』
「だから今の状況になってるってわけか」
『うん』
なるほど、高校時代の千才さんはかなりヤバい奴だったらしい。
「灰賀君!! 早く助けなさい!!」
俺が高校生だった千才さんの猟奇的な部分を知ってドン引きしていると当の千才さんからご指名が。とりあえず上を見上げると千才さんは宙に浮いたまま逆さまになっていた
「助けろって言われてもこれはアンタの問題だろ?俺聞いたよな?追い込んだ犯人達や亡くなった同級生に謝る気はありませんかって。その時にアンタ何て答えた?自分は何に対して謝ればいい?って返してきた。自業自得だろ」
冷たいようだけどこればかりは仕方ない。高校時代、無意味に人を傷つけきた罰が当たったんだから
「それに関しては謝るわ! だからッ! だから助けてッ! お願いよ!!」
助けてと言われても俺にどうしろと?
「助けてと言われても俺に出来る事はない。まぁ、ヤバいと思うのなら犯人達や亡くなった麻衣子さん達に謝ればいいとは思うけどよ、犯人達はともかく、亡くなってしまった麻衣子さん達は許してくれるかどうか……」
許してくれるかどうかとは言ったが、ハッキリ言おう。許してくれる気がしない。特に麻衣子さん達は
「謝るッ! 高校時代に酷い事した件に関しては何度でも謝るから!! だから……お願い……許して……」
本格的に命の危機を感じたのか涙を流し謝罪の言葉を述べる千才さん。犯人達はそんな彼女の姿を見て許す事が出来るのかは……言うまでもなかった。犯人達の目が言っていた。『お前を許しはしない』と
「千才さん、犯人達はアンタを許しはしないとよ。んで、他は……」
俺は犯人達から幽霊達の方へ視線を移す。すると……
『ウガァァァァァァ!!!! コロス、チトセ、コロス!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないちとせゆるさない』
『ちとせ……ちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせ……ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!』
どうやらこちらも許す気はないようだ。
「謝ったじゃない!! 許してくれてもいいでしょ!!」
逆切れとも取れる態度の千才さん。事は最早謝罪だけで済ませられる状況ではないようだ。人の命が奪われているんだから当たり前と言えば当たり前か
「許すって言われないって事は謝って済む段階じゃないって事だよ」
「そんな……」
絶望した千才さんは『ごめんなさい』と繰り返しながら泣いた。泣いて泣いて泣き続けた。その姿を見た犯人達の中には『そろそろ許してやろうか』という空気が流れ始めたが、幽霊達は違った
『ウガァァァァァァ!!!!』
『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
泣いてる千才さんの姿を見て三者三様の雄叫びを上げ始めた
「えっと、これは幽霊達も許したって事でいいのか?」
幽霊達に関して言えば何を言ってるのか全く分からないから判断しようがない。今ので彼女を許してくれていればいいんだけど……
『きょう!! 彼女達を止めて!!』
「え?」
『彼女達、千才ちゃんを殺すつもりだよ!!』
「何を────────」
何を言っているんだ?と言う前に幽霊達は動いた
『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
『ギィィィィィィィャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
「え?ちょ────────」
悲鳴にも似た声を合図に宙に浮いてるだけだった千才さんの身体が自動ドアを突き破り外へ放り出された。
『お、遅かった……』
一瞬の事で何が起こったのか状況を理解出来ないでいる俺と何かを嘆いているお袋。そして遠くからは悲鳴が上がる
「何がどうなってるんだ?」
『犯人達はどう思っているのか分からないけど、麻衣子ちゃん達は千才ちゃんを許すつもりなんて最初からなかったって事だよ』
お袋、結論だけ言われても分からないんだが……
「それってどういうことだよ……!?」
『千才ちゃんは……死んだよ……』
「死んだって……」
『きょう、今回の事は彼女の行いが招いた事だから気にしなくてもいい。お母さん的には麻衣子ちゃん達も千才ちゃんも救ってあげたかったけど、千才ちゃんの方に謝る気がなかった。謝罪っていうのは人から言われたり、本当に危機的状況に陥ってからするものじゃないって事だけ心に留めておいて』
「あ、ああ……」
『それと、千才ちゃんの事は早く忘れたほうがいい』
「で、でも、何が────」
『きょう!!』
「────!?」
『ごめん、いきなり大声上げて。でも、これをきょうが知るにはまだ早すぎるんだよ……』
いつもと変わらないお袋の笑顔。それが俺には泣いてるようにも見えた
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