自分の担任に膝枕をされ、一緒にプールへ入るという妙な一日から一夜明け、気が付けば七月も終わり、八月へと入った今日この頃。一貫して暑い、怠い、動きたくないという姿勢を貫き続けていたダメ人間街道を行く俺。そんな俺が現在いるのは────────
「何でリゾートホテルってのはどこもかしこも無駄にデカいかねぇ……」
爺さんの友達が経営している会社が無人島を買い取って経てたリゾートホテルの前。夏休み前に飛鳥と由香が海と山で言い争っていた。夏は家から出たくない俺は海と山の両方を同時に楽しめる場所なら考えないでもないと彼女達を諦めさせるために言ったのだが、爺さんがその条件をものの見事にクリアした。え?何でこんな事になってんのかって?それはこれから分かる
「リゾートホテルは総じて大きいものだよ! 恭クン!」
「そうそう! 諦めてお義姉ちゃんと一緒に遊ぼう! ね?恭!」
俺の両隣を陣取りドヤ顔で語る飛鳥と由香。そんな彼女達を前に溜息すら出ない
「言ってしまった手前、今更嫌だとは言わねぇけどよ……だからってなぁ、普通寝起きの人間を車に放り込むか?」
今言った通り俺は起きてすぐ、着替える間もなく車に放り込まれた。だから自分で持ってきたものと言えばスマホと財布のみ。替えの下着類は知らぬ間に琴音達によって用意され、水着類はホテル側が用意してくれたという事で持ってこなかった
「だって恭クンは素直にリゾートホテルに行くよって言ったら逃げたでしょ?」
当たり前だ。リゾートホテルが嫌なのではなく、部屋でゆっくりしているところに突撃されるのが嫌なんだ
「当たり前だ」
「だったら寝起きの恭をそのまま拉致った方が効率がいいでしょ?」
由香、拉致とか言うな。その通りだけど
「あーはい、そうですね」
俺という人間の思考、行動パターンを把握しきっている飛鳥と由香の言葉に反論の余地なく、適当な返事を返す。
「「むぅ~! 適当!」」
適当に返したのが癇に障ったのか、飛鳥と由香はリスみたいに頬を膨らませる。それはそうと────────
「いやぁ~! 入居したばかりの拙者どころか事務所の方々までお招き頂きかたじけない!」
何で盃屋さんを始めとした株式会社CREATEの所属声優が勢揃いしてんだよ……。一つの事務所に所属してる声優全員がこの場にいる事に違和感しかないんだけど
「嫌な予感しかしねぇ……」
声優ファンが見たら歓喜するこの状況で俺は嫌な予感しかしない。主に騒動じゃないけどこれから俺にとって碌でもない事が起こるだろう
「恭クン! 美少女二人を侍らせて嫌な予感はないんじゃないかな!」
「そうだよ! さすがに今のは酷いよ!」
美少女は自分で美少女って言わないんだよなぁ……。まぁ、微少女だったら自分で美少女って言っても何ら不思議じゃないけど
「悪かったよ。それより、俺はトイレに行きたいから先に入ってる」
俺は飛鳥達から離れ、一人ホテルの中へ。トイレに行く?あれは嘘だ。一緒にチェックインなんてしてみろ、俺の平和な時間が減るのは確実だ
飛鳥達よりも一足先にホテル内へ入った俺はフロントに設置してあるベルを鳴らし、フロント係の人間を呼び出し、五分としないうちに奥の部屋から男性が出てきた
「はい」
「えっと、灰賀恭って言うんですけど……」
宿泊予約なんてしてない俺は何て説明していいのか分からず、とりあえず自分の名を名乗る
「ようこそ恭様。オーナーからお話は伺っております」
「は、はぁ……」
「只今お部屋のキーをお持ち致しますので少々お待ちください」
「分かりました」
男性は再び奥の部屋へ入って行った。丸谷達の時にも思ったけど、自分より年上の人間に恭様と呼ばれるのはむず痒い。しかし、丸谷達も仕事で俺みたいなガキでも様付けで呼んでいるのだから仕方ない
「お待たせ致しました。お部屋へご案内させて頂きます」
「よ、よろしくお願いします」
呼び出した時と同じく五分とせずに戻って来た男性の後に続く。こうして見るとロビーはかなり広く、俺達が普段利用しているコンビニ、ランドリーと在り来たりな店が並ぶ。その中でも珍しいのはトレーディングカードゲーム専門店だ。ここリゾートホテルだよな?
男性に連れられるままエレベーターに乗り込み、気が付けば九階。そこから少し歩き、俺が泊まる部屋の前まで来て中へ案内され、軽い説明を受けた後、男性はフロントに戻り、一人になった俺は久々に一人の時間を……
「何だこれ?」
満喫出来てなかった。それもそのはず、リゾートホテルの部屋と言われて誰もがイメージするのは広くて海が一望出来る部屋だと思う。そんな俺の予想に反し、目の前にあるのはどこの警備員室だよ! と突っ込みたくなるような数々のモニター
「どう考えても客室じゃねーだろ」
客室とは程遠い光景が目の前に広がり、言葉に困る。しかし、部屋のドアには『603』のプレートとカードキーを通すリーダーが付いていた。ここが客室であるのか疑わしいのは紛れもない事実だけどな
「テレビと冷蔵庫はある。とりあえず荷物置いたら浴室の確認だな」
警備員室を彷彿とさせるモニターを見てここが客室だと思った奴はアホの子か何かだ。ここが宇宙戦艦か何かをモチーフに建設されたホテルなら客室がこんな感じだったとしても何ら違和感はないのだが、ここの外観は普通のホテル。案内された部屋に入ったらテレビ以外のモニターが設置されてたら誰だって違和感を持つのは言うまでもない。
荷物を置き、スエット、Tシャツに着替えてから浴室と洗面所を確認すると備え付けのシャンプー、歯ブラシ、歯磨き粉があり、とりあえずは客室である事が確認できた。
「テレビの上にはチャンネル表もあるし、ドアにはWi-Fiに関する事を記載したものが貼られてたから客室であるのは間違いないとは思うけど……」
現代のホテルならあって当たり前であろう一式は全て揃ってたからここが客室なのはほぼ間違いない。じゃあ、何でこんなにモニターがギッシリなんだ?
『きょう~、冷蔵庫の中にきょう宛てのお手紙入ってたよ~?』
お袋がいつの間に冷蔵庫の中を確認したのかとか、どうして冷蔵庫の中に手紙が入ってたのかという突込みは置いといて、俺は冷蔵庫を開けた。すると……
「本当にあったよ……」
大量の二リットルコーラ。その中の一本に“灰賀恭君へ”と書かれた封筒が張り付けられていた。それを剥がし、封を開けると中から出てきたのは一通の手紙
「えーっと……、灰賀恭君へ────」
灰賀恭君へ、この手紙を読んでいるという事は無事に部屋まで辿り着けたのだろう。部屋に入った君は目の前に広がる光景にさぞ驚きを隠しきれないと思う……、済まなかった。さて、何故君の部屋に数々のモニターがあるのかというと、恭二郎さんが君に対してドッキリを仕掛けたいと言って来たのがキッカケだ────────
差出人はこのホテルのオーナーで手紙には爺さんが俺にドッキリを仕掛けようと企てている事、そのドッキリの内容というのが某特撮ドラマ丸パクリの内容で今の二十代後半の特撮好きに聞いたら大半の人がトラウマになったと答えるのは間違いないものだという事が書かれていた。俺はその特撮ドラマを見た事がないからよく分からないけどな
「爺さん……いい歳して何やってんだが……。つか、零達も一枚噛んでるのかよ……」
手紙に書かれてたのは爺さんが俺にドッキリを仕掛けようとしている事だけではなく、零達が俺の怖がるところが見たいと爺さんに相談を持ち掛けた事から始まったとあった。要するにこの部屋にモニターがたくさんあるのは爺さんがドッキリを企てた事がキッカケだが、大元の発端は零達らしい。
「別室に案内されたところで零達がこの場所を知ってたら意味ないだろうに……」
ドッキリを未然に防ぎたいというホテル側の主張は理解した。だが、零達が俺の居場所を知ってたら意味がない。その辺はどうなってるんだ?つか、モニターだけあってもドッキリを未然に防ぐ事には繋がらないぞ
「何はともあれモニターを点けてみるか」
爺さんが仕掛けようとしているドッキリを未然に防ぎたいという理由だけで一客室にモニターがある意味は全く持って理解出来ない。ドッキリの内容が具体的に書かれてないんだから当然と言えば当然で二十代の特撮好きに聞いたら大半の人がトラウマになったと答えるのは間違いないと言われたところで俺はその元ネタを知らないから爺さんがドッキリ仕掛けようとしてるのか程度のフワッとした認識しか湧かない
何はともあれ俺はモニターのスイッチを探す。警備員室に在りそうなモニターだから大きさはかなりのものでテレビやパソコンみたいに誰でも分かるところに電源スイッチはなく、むしろスイッチだらけでどれが電源を入れるためのスイッチなのか分からない。加えてテーブルに置かれているのは一台のノートパソコンだけ
「未然に防ぎたいのならモニターの電源くらい手紙に書き記しておけよ……」
手紙には爺さんのドッキリを防ぎたいという切実な思いしか綴られておらず、機材の使い方など一切記されていなかった。案内してくれた人は部屋の説明をした後はとっとと帰ってしまったし……こうなったら仕方ない
「フロントの人に来てもらうか」
電源スイッチ探しが面倒になった俺はベッドの脇にある電話でフロントに内線を掛ける。
『はい、フロントです』
内線は五分とせずに繋がり、出てきたのは俺を案内してくれた男性
「603号室の灰賀ですがモニターの電源スイッチの場所が分からないんですけど……」
『畏まりました。すぐに伺います』
「はい、お願いします」
用件を伝え終え、電話を切った俺は考えるのを止め、ベッドへダイブした
『きょうも大変だねぇ~』
ベッドにダイブし、ウトウトしようとしていたところでお袋が呑気に言う。大変だと思うのなら代われと言いたいところだが、八つ当たりしても意味はない
「本当だよ……。何で俺がドッキリ仕掛けられなきゃならねーんだよ……」
ドッキリを仕掛ける方からすると俺じゃなきゃダメだという明確な理由があるんだろうけど、仕掛けられる側からすると別に自分じゃなくてもいいだろと思わされる
『きっと零ちゃん達はきょうの意外な一面を見たいんだと思うよ~?お母さんが今まで見てきた限りじゃきょうの怒った顔は見たけど、怖がったり泣いたりした顔は見てないわけだし』
言われてみれば零達と過ごすようになってからというもの、彼女達の前で泣いたり、怖がったりした事はない。幼い頃はともかく、高校生にもなってみっともなく怖がったり泣いたりなんて出来るわけがないってのが本音で怖いものがない、泣きたい事がないわけじゃない
「言われてみればその通りだけどよ、日常の中で怖い事、泣きたくなる事が簡単にあるわけないだろ」
アホな企画を立てた爺さんとそのキッカケを作った零達に呆れながらも俺はフロント係の人間が来るのを待った
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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