婆さんからの電話が終わり、リビングへと戻った俺は零と闇華さんに何て言ったものか迷っていた
「何よ?言いたい事があるなら言いなさいよ」
「そうですよ? 恭君。さっきから私達の事をジロジロ見て何か言いたげな顔をされると困ってしまいます」
リビングに戻った俺は二人と全く会話をせずにテーブルに就き、零と闇華さんをただジッと見つめているだけだった。そんな俺の視線に気が付いた二人は先ほど声を掛けてきたのだ
「俺だってスパッと言えるなら苦労はしねーよ」
ハッキリと切り出せたら苦労はしない。普段ならスパッと切り出せるだろう学校の話も零と喧嘩し、闇華さんと気まずい空気になってしまった。それが原因で気軽に学校の話なんて出来なかった
「苦労しないって、そんな重たい話なの?」
重たくはない。ただ、言い出しづらいというだけで
「重たい話っつーか、なんつーか……」
たった数分前に喧嘩の原因になった場所の話を切り出すのは俺としては非常に気まずい
「はっきりしないわね! 男ならスパッと言いなさい!」
痺れを切らした零が机をバンッと叩き、怒鳴った
「そうです! 私達に言いたい事があるのでしょ? だったら遠慮なく言ってください! 恭君!」
闇華さんも零ほどではないにしろ俺の態度にイラついてるみたいだ
「分かったよ……言えばいいんだろ?」
零と闇華さんの剣幕に押され、俺とのやり取りを話す事にした。馴れ初め話を除いて
「そうよ! 最初からそう言えばいいのよ!」
「そうです!」
満足したような顔で頷く零と闇華さん。婆さんの話を要約すると学校に通いたい意志さえあればどんな状況でも学校に通える。という事になるのだが、それを話した時にこの二人はどんな反応を示すんだ?
「実はな、さっき婆さんと電話して零と闇華さんが学校に通ってるかどうか心配してたんだよ」
婆さんから電話が掛かって来る前、闇華さんは『学校には行きたくても行けなかった』と言っていた。ここで重要なのが“行けなかった”のであって今現在行けてるのかだ。まぁ、零も闇華さんも初対面の時を思い出すとそんなの聞くまでもないか
「へぇ~、アンタのお婆さんがねぇ……」
「会った事もない私達の心配ですか……」
「ああ、元々婆さんが俺に電話してきたのは零と闇華さんが学校に通えてないのなら通わせてやろうと思っての電話みたいなんだけど……二人とも現在学校には……」
初対面の時、俺の主観から見て零は家なき子、闇華さんは家に居場所なき子だった。その時は二人の家の事しか考えてなかったが、よくよく考えたらいろいろと問題はあった。生活用品の問題から始まり、服や電話、現在話に出ている学校の問題だってそうだ。いろいろ問題はあったはずなのに俺は住む場所の事しか考えてなかった
「アタシの場合は学校に通うお金以前に家がないんだから通えるはずないでしょ」
「私は親戚の家がありますが、当の親戚は私にお金を出すだなんてしませんから私も零さんと同じで学校には通えてません」
二人の現状は事情こそ違っても学校には通えてないのが現状
「もしも通える学校があると言ったら二人は通いたいか?」
怪しさ満点の質問をしているのは自覚している。俺だって婆さんの話だとはいえ怪しいと思う
「はぁ? アンタ何言ってるの?アタシは父親の借金があるのよ?それこそ今はバイトすらしてないのに学校に通いたいと思ったところで通えるわけないでしょ! 少しは考えて物を言いなさい!」
「わ、私は借金はありませんが、親戚が私の為にお金を出してくれるとは思えません……学校に通いたいと思っても無理なのは零さんと同じです」
二人とも自分の現状をこれ以上ないくらい理解しているようで通いたいと思っていても借金や親戚連中が邪魔をして通えない。それが二人の現状だ。逆に言えばこれさえなければ学校に通いたいという事か……。仕方ない、ここは少し強引に攻めるとしよう
「借金があるとか、親戚が金を出してくれないとかはどうでもいい。二人の意志はどうなんだ? 学校に通いたいのか? それとも、通いたくないのか? どっちなんだ?」
婆さんからは二人が学校に通いたいと言ったら電話するように言われている。俺が零と闇華さんを拾った事が爺さんを経由して知ったのなら当然、二人が現状学校に通えない状態だという事も知ってるはず。それを知った上での提案だったとしたら大事なのは二人の現状ではなく意志
「あ、アタシは……出来る事なら学校に通いたいわよ!!」
「そうか、零は学校に通いたいのか。で? 闇華さんは? 学校に通いたいか?」
「はい……私も通えるのなら学校に通いたいです」
学校に通いたい。二人は目に涙を貯めながら自分の意志を告白してくれた。
「分かった。二人とも学校に通いたいという事でいいんだな?」
「ええ」
「はい」
「じゃあ、婆さんに電話してその旨を伝えてくる」
俺は立ち上がり掛かってきた時と同じようにリビングからキッチンに移動しようとした
「待って!」
「何だよ?」
キッチンに移動しようとしたところを零に呼び止められた
「ここで電話して。恭や恭のお婆さんを信用してないわけじゃないけど、でも、アタシが本当に学校に通えるようになるかどうか不安なの……」
「私からもお願いします。零さんは借金があり、私は親戚から酷い扱いを受けてきました。そんな私達が何もしないで学校に通えるようになるとは思えません。ですから自分で学校に通えるようになった事を確認したいんです! お願いします!」
闇華さんが頭を下げ、零もそれに倣って頭を下げる。
「二人とも頭を上げてくれ! ここで婆さんに電話するのは一向に構わないから! 電話のやり取り聞いてもらって構わないから! だから、頭を上げてくれ!」
俺は婆さんから聞いておいてくれと言われた事を聞いてるだけだから頭を下げられる理由はどこにもない
「で、でもっ……」
零は何かを言おうとして止めた。それが何なのかは分からない。ただ、表情から察するに不安ではあるようだ
「恭君には住む場所や私達の携帯と提供してもらって感謝してます! ですが、学校に関しては話が別です! 学費という多額のお金が絡んでくる以上私達は自分で学校に通えるようになったという事を確かめたいんです!」
闇華さんの言う通り莫大な金が絡んでくる以上、自分で学校に通えるようになった事を確認しないと不安なのは理解出来る。俺だって第三者から言われたらどんなに親しい人間であっても疑いはする。
「さっきも言ったけど、婆さんとの電話を聞かせる事くらい別にいい。だから、頭を上げてくれよ。じゃないとやりづらくて敵わん」
学校に通える云々を言い出したのは俺ではなく婆さんだ。本当の事を知りたいのなら俺じゃなく婆さんに聞くのが手っ取り早い
「分かりました……ですが、ここで電話してくださいね?」
「そうよ! ここで電話しなさい!」
闇華さんも零も疑り深すぎだっつーの!
「分かってるよ。婆さんが紹介した学校に通うのは俺じゃなくて零と闇華さんだ。金関係や場所の話もあるからここで電話する」
俺は零と闇華さんの目の前でスマホを取り出し、電話帳から婆さんの番号を呼び出す
『もしもし、恭ちゃん?おばあちゃんだよ?』
親父とは違い1コールもしないうちに出た。婆さんは暇なのか?
「知ってるよ。さっきの学校の話なんだけど二人に確認したよ」
『そうかい。それで?二人は何て言ってたんだい?』
「ああ、通いたいって言ってたよ。で、学校に関して詳しい話を聞きたいんだが、ちょっと待っててくれ」
『はいはい、さすがに金の絡む話だ。二人にも聞かせてやりな』
俺は婆さんの察しの良さに感謝しながらスピーカーモードへと切り替えた
「お待たせ。んで、さっきの話の続きだけど、俺が居候させている二人は事情が違えど金関係で学校に行く余裕なんていない。そんな二人が本当に学校に通えるのか?」
零と闇華さんの方をチラッと見ると二人ともコクコクと頷いていた
『当たり前だよ。恭、あたしが何も知らないと本当に思っているのかい? 零ちゃんの父親が零ちゃんに借金を押し付けて失踪した事も闇華ちゃんが親戚から家政婦……いや、道具みたいに扱われてた事も調べが付いてるよ』
俺は親父に与えた情報は氏名と写真だけだ。それなのに何故か婆さんは零と闇華さんの家庭事情を把握していた。
「「────!?」」
婆さんに家庭事情を把握されていた二人はそりゃもうビックリしてる。俺だって二人がいなきゃその場で固まってたところだ
「婆さん、親父に写真と氏名しか送ってないんだが……一体どうやって二人の家庭事情を調べたんだ?」
世の中個人情報を特定する方法なんて山のようにある。だから婆さんが二人の家庭事情を調べ上げた事に対して特に何かを言うつもりはない。その方法は気になる
『そんなの簡単だよ。あたしの元・生徒にゃ探偵、テレビ関係者がいるからね。その子達にお願いして調べてもらったんだよ。それにしても、父親の借金に遺産を食いつぶす親戚とは二人とも苦労してきたもんだねぇ~』
二人の苦労を縁側で茶を飲みながら世間話感覚で話す婆さんに俺は微かな苛立ちを覚えた
「婆さんは二人に直接会った事がないからんな事言えんだよ」
苛立ちを覚えはしたものの、ここで怒鳴っては学校の話が出来なくなるので怒鳴りたい気持ちをグッと堪え、遠回しに『会った事すらない奴が知ったような口を利くな』と言って見るも……
『そうだねぇ~、零ちゃんに関してはありもしない借金に苦しんでる状態だからあたしにゃ世間話感覚でしか語れないねぇ』
「は?」
「────!?」
俺と零は婆さんの言葉を聞いた瞬間固まった。おい、この婆さん今、なんつった?
『ん? なんだい? 聞こえなかったのかい? あたしにゃ零ちゃんがありもしない借金に苦しんでる意味が解からないって言ったんだけど……恭、お前、その年で難聴かい?』
「いやいや! 難聴になんてなってねーから! 俺は零の借金がなくなった事に対して驚いてるんだよ! 零本人はまだバイトすらしてねーんだぞ!? だから返せる当てなんてない! なのにどうして借金が消えてるんだよ! おかしいだろ!」
未だ固まったままの零とは違い、いち早く戻った俺は婆さんに零の現状を説明しつつ借金が消えた理由を問い詰める。零の借金がいくらあるかは知らんが、このままだと夜も眠れん
『大声出すんじゃないよ! 全く、これだからカルシウムが足りない恭は困るんだよ』
「カルシウム関係ねーだろ! 零の借金がいくらあるかは知らねーけどな! 仕事もせずに家にいる零が借金なんて返せるわけがないからおかしいって話をしてんだよ!」
零も首が取れんじゃないかってくらい頷いている。
『そんなの爺さんのキャバクラ代からちょこっと拝借すればすぐに返せるよ。たかが一千万程度の借金はね』
爺さんが一回のキャバクラでいくら使ってるのかを聞くべきか、一千万もの大金をたかがと言ってのける婆さんに突っ込むべきか……
「爺さん一回のキャバクラでいくら使ってんだよ……それに、婆さんも婆さんで俺らからしたら一千万という大金をポンと見知らぬ奴の為に出すなよ……」
処理が追い付かなくなった俺は爺さんのキャバ代を聞きながら婆さんに見知らぬ人間の為に一千万という大金をポンと出すなという注意をするだけだった
『いいじゃないか。爺さんの酒代に消える金が一人の女の子を助けたんだから』
確かに酒代で消えるはずの金で人を助ける事が出来るのならそれに越した事はない。婆さんの言う通りだ。でもなぁ……
「零の立場からしてみれば借金が消えた事は有難いと思うが、爺さんは怒るだろ。キャバクラ代とはいえ自分の金が消えてたらよ」
キャバクラ代とはいえ元は爺さんの金だ。勝手に使って大丈夫なのか?
『それなら心配ないよ。恭が夏休みに零ちゃんと闇華ちゃんを連れて遊びに来てくれたらね。あ、後、礼を言いたいというなら夏休みに来た時にしとくれ。学校はあたしが作ったから学費はいらない、場所は後でメールするから。じゃあね』
「あっ! おい!」
婆さんは自分の言いたい事だけ言って切ってしまった。結局零と闇華さんが学校に通えるようになった事と零の借金が消えた事くらいしか分からなかった
電話を切られた後、俺達はというと……
「「「……………」」」
無言のまま三人で顔を見合わせているだけだった。俺は婆さんの行動力に圧倒され、零は自分の父親に押し付けられた借金が消えた事に戸惑いを隠せず、闇華さんは会った事すらない俺の婆さんが自分の家庭事情を把握していた事に驚き、声が出ないと言った感じだ。
じりりりりん! じりりりりん!
そんな何とも言えない空気を壊したのは俺のスマホだった
「もしもし」
着信画面に『婆さん』の文字が。しかし、今の俺に突っ込む気力なんてない
『恭? おばあちゃんだけど、さっき言い忘れた事があってねぇ~。零ちゃんと闇華ちゃんにも関係のある話だから二人にも聞こえるようにしとくれ』
「了解」
婆さんの指示通り零と闇華さんにも聞こえるようスピーカーに切り替えた
『二人にも聞こえるようにしたかい?』
「ああ。んで? 何だよ零と闇華さんに関係ある話って」
「「────?」」
婆さんが言い忘れていて零と闇華さんに関係ある話の見当が全く付かない俺と頭に?マークを浮かべている二人。
『零ちゃんの父親は爺さんの会社でタダ働きとは言わないけど、働かせてるって事と闇華ちゃんの方は言い方が悪いとは思うけど、親戚から二千万で買い取ったから。だから零ちゃんと闇華ちゃんは晴れて自由の身だよ。じゃあね』
婆さんは言いたい事だけ言って電話を切った。展開が急すぎて付いていけない俺達はしばらくその場で呆けた。一つ言えるとしたら家の祖父母は行動力あり過ぎるという事だ
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