「万事休すか……」
由香の余計な一言と零の余計な行動で俺は追い込まれている。前後左右を同居人と愉快な仲間に囲まれ、逃げるのは至難の業。アニメとかコントみたいにあっ! UFOだ! と言って気を逸らそうとしても引っかかる奴がいないのは明白。
「諦めて恭が異性を好きにならない理由と好きな女の子のタイプ話しちゃいなよ」
正面の由香は腕を組み、一歩こちらへ迫り、俺も一歩後退る
「どっちも言わねぇ……」
俺の好きな女のタイプはここにいない。それを伝えるとこの連中はどんな行動に出るか……
「恭ちゃん、時には諦めも肝心だよ?」
右側にいる東城先生も由香と同じく一歩こちらへ。諦めが肝心と言うのなら俺の好みを聞き出そうとするのを諦めてくれ
「そう思うのなら俺の好みの女を聞き出そうとするのを諦めないか?好きなタイプってその時々で違うしよ」
男子高校生の好きなタイプの女というのはその時々で変わる。例えば、担任がモデルにスカウトされそうなくらい美人だったとしよう。そうすると好みのタイプは担任になり、母親と異常なくらい仲がよかったとしよう。そうすると好みのタイプは母親になる。男子高校生に限らず出会いというのはあり、人格や考え方も含めて変わってくる。当然、好みの女もな
「仮にそうだとしても恭クンの好みは私達の中にいる誰かなんだよね?あ、もしかして全員とか?」
妄想全開なのは俺の左側を占拠している飛鳥。一言も飛鳥達の中に俺が好みとしている女子がいるだなんて言った覚えはない
「一言もこの中に好きなタイプの女がいるだなんて言ってねぇだろ……」
暑さのせいか一人一人に反論するのが妙に疲れる。その上汗が止まらない。心なしか視界も暗くなってきたような……。なんて考えているうちに俺の意識は途切れた
「ここは……どこだ……?」
気が付いたら俺は真っ暗な空間にいた。周囲を観察してみると天井はおろか窓一つなく、辺り一面黒一色。
「ホテルの一室……じゃないよな……」
ホテルにある一室のどれかなら窓はともかく、出入口がどこかにあるはずだ。さっきも確認した通り、周囲は窓一つなく辺り一面黒いだけの何もない空間。
「これは……夢なのか?」
零達と一緒にいた場所は海辺で空には輝く太陽があった。それがなく、暑さも寒さも感じない。夢と見て間違いないだろう
「何だってこんな夢を……」
夢占いとかじゃ真っ暗な場所にいる夢というのは不安や未知、混乱や危険な可能性を表しているだなんて言われている。そこで暗闇が晴れたり、暗闇から抜け出たりする夢だと運気が上昇していたり、今まで上手く行かない事も多かったけど今後は事態が好転し、物事が順調に進んだりすると言われている。
「今の俺に不安や未知、混乱や危険な可能性なんてこれっぽっちもないんだよなぁ……」
現状の俺に不安や未知、混乱や危険な可能性といったものはない。暗闇に関する夢でも洞窟やアミューズメントパークにあるアトラクションを楽しむ夢だと運気が高まっている事を意味するだなんて言われているが、ここは洞窟でもアミューズメントパークのアトラクションでもない
「何もない暗闇に一人か……。そうなってくると不安や悩みを話し合えるような友人が身近にいなくて不安や孤独感が高まっているって夢占いのサイトに書いてあったな」
夢占いのサイトには暗闇の中に一人ぼっちだと不安や悩みを話し合える友人が身近におらず、不安や孤独感が高まっている的な事が書いてあった。今の俺は不安や孤独感を感じておらず、悩みや不安といったものもない。
「とりあえず、目が覚めるのを待つか」
暗闇に関する夢を見る心当たりがない以上、目が覚めるのを待つしかない。危険はないにしろ動いたところで何も変化しないのであれば動く意味がなく、俺はその場に座り、目が覚めるのを待つ事にした。誰にも会わない事を願って
『よぉ、俺』
そんな俺の願いも空しく、俺に声を掛けてきた人物がいた。というか、俺自身だった
「何で俺自身が現れるかねぇ……」
暗闇の中で誰かに会い、その相手に不安や不信感を感じなかった場合、その相手は自分を助けてくれたり応援してくれたりする存在。もちろん、不安や不信感を感じはしないものの、暗闇の夢の中で自分自身に会うとは複雑だ
『そう言うな、俺だって好きで出てきたわけじゃない』
「じゃあ、何で出てきたんだよ……暗闇の夢で自分自身に会った挙句、不安や不信感を感じなかったって……いくら自分の夢だとしてもかなり複雑なんだぞ」
夢占いの考え方だとこういった場合、俺は単なるナルシストって事になってしまいそうだ
『お前が異性を好きになる事はないだなんて豪語するから出てくる羽目になったんだよ』
呆れた様子で溜息を吐く夢の俺────いや、もう一人の俺と言うべきか
「俺の本心なんだから仕方ないだろ?お前も俺なら何がとは言わねーけど分かるだろ?」
『まぁな。ありゃ黒歴史過ぎる。お袋はもちろん、由香や零達には絶対に知られたくねーよ』
「だろ?俺が異性を好きになった結果、あんな事になっただなんてアイツらに知られたら何を言われるか……」
『ああ、考えただけでも恐ろしい……』
もう一人の俺と俺は揃って深い溜息を吐く。つか、俺同士で話をするってどこのヒトデ主人公だよ……
「アイツらを信頼してないってワケじゃねーけどよ……」
『好きな異性のタイプを話すならあっちが先だよな』
さすがは俺自身。ものの見事に意見が一致するとは
「当たり前だ。つか、俺自身にこんな質問すんのは変だと思うんだけどよ」
『んだよ?』
「お前何者なんだ?」
姿形だけじゃなく、口調や考え方も完全な俺。そんな奴にお前は何者なんだという質問は明らかにおかしいのは理解している。理解していても聞かずにはいられない
『俺はお前自身だよ。ったく、いつから俺は物事に対して理由を求めるようになったんだか……』
そう言ってもう一人の俺は肩を竦める。自分に呆れられるとは思わなかった
「お袋が俺の布団に潜り込んでくるようになってからだよ」
『そういやそうだったな。いやぁ、あん時はビビったなぁ~、何しろ起きたら下着姿のお袋が隣で寝てるときたモンだ! ビビるなって方が無理あんだろ!』
と言ってもう一人の俺は豪快に笑い飛ばす。当時の俺からすると笑い事じゃなく、今の俺から見ても笑えない
「笑い事じゃねーよ! 当時もそうだが、今の俺からして見ても笑えねーから!」
『そうか?こういっちゃなんだが、あんな可愛い母親が下着姿で寝てたんだぜ?ケツの一つ触ってもバチは当たんなかっただろ?本人も俺に手を出される事を望んでる節があんだしよ!』
例えそうだとしても俺とお袋は血の繋がった親子だ。母親に手を出すってのは倫理的にアウトだ
「そんな節があったとしても倫理的にアウトだよ!」
本人がよしとしても周囲や法律がよしとしない。普段はアホアホな親父でも息子が実の母親に手を出したとなったらブチ切れる事間違いないだろう。だというのにもう一人の俺は何を言っているんだ?
『バレなきゃ大丈夫だって!』
「いや、実の母親って時点でアウトだよ! バレるバレない以前に血の繋がった親子だっつーの!」
『って事は血の繋がった親子じゃなきゃ手を出すって事でいいんだな?』
もう一人の俺が何を言っているのか解らない
「何言ってんだ?お前?」
『お前が言ってるのはそういう事だろ?お袋が実の母親じゃなく、零達のように単なる同居人だったら、あるいは夏希さんみたいに義理の母だったらお前は手を出す。俺にはそう聞こえるぞ』
もう一人の俺が言うように聞きようによってはそう聞こえ、誤解を生んでも仕方ない。俺が言いたいのは別の事だ
「確かにそう聞こえるだろうけどよ、俺が言いたいのは────────」
『解ってんよ。どんな立場だったとしても異性を好きになったりしねぇって事だろ』
「ああ。俺は異性に好意を寄せる事なんてしねぇ。特に今の状態で恋愛なんてしてみろ、碌な事になんねぇだろ」
『まぁな。しっかしなぁ……、そうなると俺の高校生活灰色になんぞ?』
もう一人の俺が言うように高校生にもなって恋人の一人もおらず、作ろうともしないとなると灰色の高校生活が目に浮かぶ。というか、すでにそうだ
「いいんだよ。もうなってんだから」
『はぁ、知ってはいたが、寂しい高校生活送ってんな』
「うるせぇよ。親父や爺さんみてぇに女とみりゃデレデレと鼻の下伸ばしてるようなアホになるよりかはマシだろ」
親父と爺さんが女にたいして軽薄なのか否かは分からない。特に親父には前科があり信頼に欠ける。爺さんも爺さんで前科はないだろうけど、女関係となると信用するにはちょっとな
『そらそうだ。親父には前科があんし、爺さんは爺さんで女関係だと信頼しきれない部分がある』
「だろ?まぁ、俺は親父の息子で爺さんの孫だからそうなってしまうとは思うけどよ、やっぱ好きになった女は悲しませたくねぇし、泣かせたくもねぇ」
親父みたく自分の好きになった女を泣かせてしまったら男としては終わりだ
『だよな。まぁ、それはそれとして、なぁ、俺』
「何だよ?」
どうせまた俺とは思えないアホみたいな事を聞いてくるに違いない。そう思っていた
『お前はいつになったら零達に本当の自分を出すようになるんだ?』
そう尋ねてきたもう一人の俺の表情は真剣そのもの。俺が本当の自分を出す?何を言ってんだ?
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