「し、信じられない……」
武田センター長が押してくれたナースコールでやって来たのは二人のナースと一人の男性医師。普通なら気分はどうだ?とか、どこか痛い場所はないか?とかを最初に聞くと思う。だが、やって来た男性医師の口から飛び出したのはこのどちらでもなく、驚愕にも似た言葉だった。そんな医師の言葉に遠目から見ている零達は苦笑いだ
「信じられないって……こうして目覚めている以上これが現実なんですけど……」
医学の知識が皆無な俺はとりあえず医師に現実を突きつけた。医師からすると医学的に考えて目を覚ましたのが信じられないって事を言いたかったのかもしれない
「それは見れば分かるさ。でもね、灰賀君、君は昏睡状態だったんだよ?それが一週間経って目を覚ますだなんて……そもそも植物状態にあった人間がいつ目を覚ますかなんて医者でも予測不可能だから目を覚ます事自体は別にあるかもしれないし、ないかもしれない事なんだけどね」
昏睡状態にあった人がいつ目を覚ますかなんて予測不可能。それはそうだろう。
「は、はぁ、それより、早いとこ診察して今後どうするかを相談したいんですけど……」
俺は医者を志しているわけじゃないから昏睡状態からの目覚めについての話を聞かされても困る。とりあえずやる事をさっさと終わらせてほしい
「それもそうだね、じゃあ、まず血圧を測ろうか」
「はい」
医師はワゴンから測定器具を取った。それから順調に診察は進み────────
「体温も血圧も正常。本来なら明日にでも退院して構わないけど、一応、検査という事でもう一週間入院ね。君のお父さんにもそう伝えておくから」
医師から伝えられたのはまさかの結果だった。え?何ともないなら今すぐ帰りたいんだけど?
「明日にでも退院できるならそうしてくれた方が俺としては有難いんですけど……」
病院側だって入院患者は一人でも少ない方がいい。主にベッドの数的な意味で。なのに検査の為とはいえ何で入院が長引くんだ?
「君、忘れてると思うけど一週間昏睡状態だったんだよ?言い換えるのなら一週間身体を動かしてないって事だよ?もちろん、通院という形をとってもらってもこちらとしては全然構わない。灰賀君にその気力があるならの話だけどね」
えーっと、この人とは初対面だよな?何か俺の性格というか性質についていろいろ知ってるみたいだと思うのは気のせいか?
「しょ、初対面なのに俺の事詳しくないですか?俺の気のせいですか?」
「気のせいではないね。君の話はお父さんから度々聞いているよ。例えば、お父さんとお義母さん、お義姉さんを殴った話とか」
よりにもよって俺の心証を悪くするような話を例えで持ってきやがったよこの医者。ナース二人がドン引きし、センター長を除く女性陣はバツが悪そうな顔をしてる。本当に何で親父達を殴った話を例えで持ってきた?嫌がらせか?
「そ、そうですか……父が俺の話を」
俺は殴った話を例えで出すな! という気持ちをグッと堪え、当たり障りのない返事を返す
「ああ。まぁ、話を聞いた限りじゃ悪いのは君のお父さんだから何とも思わなかったよ」
そう言って先ほどと変わらない表情で撤収の準備を始める医師。
「それは何よりです。ところで俺が目覚めた事は父に伝えるんですか?」
俺個人の意見としては親父や夏希さんには絶対に伝えてほしくない。彼らとは半分絶縁状態だ。俺がどうなろうと関係のない事であり、万が一知られてここへ突撃されたら堪ったものではない
「一応、家族だからね。灰賀君が嫌だと言っても病院としては知らせないわけにはいかないよ」
「そ、そうですか……」
医師の言う通り俺と親父達は仲違いしてる現状ではあるものの、書類上は家族だ。病院としては家族に知らせなきゃいけないのも理解は出来る。知らせてほしいとは思わないけどな
「知らせたところで実際に見舞いに来るかどうかは知らないけど、一応はね。もしかしたらお父さんから義母さん、義姉さんに連絡が行くなんて事もなくはないと思っていてくれ」
「は、はあ……」
めんどくさいなぁ……何で救急隊の人は伏古総合病院へ運んできちゃったかな……。
「灰賀君、嫌だという気持ちはよく分かるよ。でも、今は絶縁状態だったとしてもいつかは家族と話をしなきゃいけない時が来る。早いに越した事はないけど、遅くなれば遅くなるほど気まずくなる。いい機会だからちゃんと話し合う事だね」
嫌だとは一言も言ってないんだけどなぁ……
「嫌だとは言ってませんよ?」
「顔に出てたよ。さて、僕は戻る。何かあったらナースコールで知らせてくれ」
医師は早々に片付けを済ませ、返事を返す前にナース二人と共に出て行った。
「はぁ……親父に知られるのかよ……」
医師が出て行った後、恨めしい気持ちをドアにぶつける。そうしたところで何の解決にもならないのは重々承知だ。やらずにはいられないってだけでな
「諦めなさい。お見舞いに来てくれるお父さんがいるだけアンタはマシよ」
今まで遠目から見ていた零。普通の状態なら彼女の言葉に賛同するのだが、現状を考えると素直に賛同しかねる
「普通の状態なら俺だって嫌だとか面倒だとか思わないっつーの。現状を考えろ、俺と親父達は完全ではないが絶縁状態だぞ?見舞いに来られたところで素直に喜べるかよ」
今思えば俺もやり過ぎたかなとは思う。今更後悔したところで後の祭りだからどうしようもない
「さっきの人も言ってたようにいい機会だから仲直りしてみれば?お父さんともお義母さん、由香ともね」
零はカバンを持ち、出入口の方へ。闇華達もそれに続く。ってオイ!!
「え?何?お前ら帰るの?」
「ええ、諸々の準備の為にね。心配しなくてもちゃんと戻ってくるわよ」
心配などしてない。ただこれから来るであろう親父達と俺を繋ぐ架け橋になってほしかっただけで
「心配なんてしてねーから! ただちょっとこれからやって来るであろう親父達との架け橋になってほしいなとは思ったけどよ」
親父達には話したい事があったとしても俺にはない。仲直りしたいとも思わない。が、ここに突撃されるとなると話は別だ。
「恭ちゃん、さっきも言われたでしょ?今は絶縁状態だったとしてもいつかは話さなきゃいけなくなる時が来るって。今がその時だよ」
「そうだよ、灰賀君。藍ちゃんの言う通り諦めなよ」
「恭君、本当は味方してあげたいですけど、こればかりは……」
「だね。恭クンには家族とちゃんと向き合ってほしいし」
いつもなら俺側に付いてくれる東城先生、闇華、飛鳥までも家族と向き合えと言ってくる。当の俺からすると不要な存在に構ってる時間がもったいないのと、仲直りする必要性を感じてないから見舞いに来られても困るだけなんだけどなぁ……
「恭くん、ごめんね」
何とも言えない笑みを浮かべる琴音はそっとドアを閉めた。残された俺はというと……
「向き合えって言われても話す事なんてないんだよなぁ……」
ぼんやりと天井を見つめていた
『零ちゃん達は家族と向き合え~なんて言ってたけど、今更何を話せって感じだよね~』
「ああ。そもそも、俺の場合は距離が近いからいいが、これで遠距離だったら家族と話す事なんてほとんどねーぞ……」
実家からすぐのところで一人暮らしだったら休日に帰る事があるかもしれない。これが遠距離となると実家に帰るなんて夏休み、冬休み、春休みかゴールデンウィークの大型連休くらいだ。それでも話題があるかって言われると……特にないと思う。帰省の目的が地元の友達に会いに来たとかだったら家族とは話さないだろ。必要最低限しか
『だよね~。恭弥達と話す事なんて今更ないよね~』
「ねーな。つか、お袋は零達みたいに親父達と向き合えって言わないのな」
『言わないよ~。お母さんはどんな事があってもきょうの味方だからね~』
「そうかい」
これが母の愛なのか?などと考えつつ、俺は親父達の突撃をどうしたものかと考える。点滴が繋がれている状態だから遠くに逃げるのは不可能だ。仮に逃げたとしても見つかって連れ戻されるのが関の山だろう。
『いっその事寝ちゃおっか?きょうが寝てるって分かったら恭弥達だってすぐに帰るでしょ』
「だな」
さすがに寝ている人間の部屋に長居する奴はいないだろうという結論をだしたところで俺は布団に潜り込み、そのまま意識を手放した。
「何してんの?お前ら」
親父達と会うのが面倒で寝た。そんで今目が覚めたのだが、最初に見えたのは天井ではなく、零達と由香、夏希さんの顔だった
「何って着替えとか諸々を持って来てみたらアンタが寝てたから目が覚めるのを待ってたのよ」
零は当然じゃないと言わんばかりの態度だが、覗き込む必要はないと俺は思う
「待ってたのはいい。わざわざ覗き込む必要はけどな。つか、夏希さんと由香は何でいんだよ?」
零達は着替え等の入院生活に必要なものを持って来てくれたからいいとしてだ、夏希さんと由香がいる意味は?
「あたし達が恭のお見舞いに来ちゃ悪いの?って言うか夢の中でした約束忘れてないよね?」
「あー、俺と同じ状態になりたいってアレか。覚えてるぞ」
自分も幽霊が見えるようにしてくれ。由香の夢に入った時に彼女と交わした約束。俺は一度した覚えてる男だ。それが例え夢の中であってもな
「じゃあ、早速だけどいい?」
展開早くね?退院した後でもよくない?
「えっと、それって急を要するのか?出来れば退院した後にしてもらいたいんだけど?」
やり方は簡単だからいい。しかし、ここは病院だ。不測の事態がないとも言い切れない
「ダメ。少しでも早く恭とお揃いになりたいの」
女の子に自分とお揃いになりたいと言われたら普通の男はときめくと思う。俺は……すでに自分とお揃いの女が何人もいるから由香一人増えたところで今更だ
「はぁ……ったく、分かったよ」
「やった!」
眩い笑顔を浮かべる由香に一言。幽霊が見えるようになる=俺とお揃いって短絡的発想は早めに捨てような?
「ちょっと恭!由香の夢に入ったってどういう事かしら!?」
「そうですよ、恭君。私達そんな話聞いてないんですけど?」
「恭ちゃん、ちゃんと説明してくれるよね?」
「説明してくれるまで逃がさないよ?恭クン」
「私達に内緒で由香ちゃんと夢の中でイチャイチャしてた話、ちゃんとしてくれるよね?恭くん?」
ここには由香だけじゃなく、零達もいる事を俺は忘れていた……。夢の中でイチャイチャはしてないぞ?
「夢に入ったのは事実だけどイチャついてはいない。ただ泣いてる由香に思うところがあったから零達が寝た後で実家に行ったところをお袋に見つかってついでだから由香の夢に入ったってだけでな」
二回目に行った時も由香が泣いていた事や本当は俺一人で行って鬼の形相をしたお袋が待ち構えていたってオチだったのは黙っておいた。これ以上面倒事はごめんだしな
「恭、夢の中であたしを抱きしめてくれたじゃん! イチャついてたじゃん!」
誤魔化しきれたと思った矢先、由香が爆弾を投下してきやがった……
「「「「「「恭!! 説明!!」」」」」」
「勘弁してくれ……」
由香が投下した爆弾によって零達が顔を真っ赤にしてブチ切れた。何で夏希さんも混ざってんだ?
と、これが昨日の話。あの後、俺は包み隠さず零達に全てを説明した。アイツらの反応?当然激おこでしたよ。
「昨日の騒動が嘘のようだ……」
言い忘れていた事が一つあった。説明が終わり、由香となぜか夏希さんを俺と同じ状態にした後、零達は甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれた。最初は誰がやるかで揉めていたけどな
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