「お待たせ、恭クン」
「いや、別に待ってない」
爺さんとの電話が終わり、五分後。衣類を持った飛鳥が出てきた。下着は持ってきたとは思うが、さすがに男子である俺に見られるのは恥ずかしいのか衣類の中へ隠しているみたいだ
「そう?」
「ああ。俺も俺で電話してたから待たされたという感覚はない」
「そうなんだ。それよりも早くお風呂に行こうよ!」
「だな。急ぐ事はなくなったが混まないうちに入った方がいい」
表にあった段ボールハウス群に住んでいる住人が何人いるのかは皆目見当も付かないし段ボールハウスの数自体数えてなかった。住人が多いって事は何となく予測できるけど
「それはいいんだけど、お風呂ってどこにあるの?」
「女湯は一番スクリーン。つまり、この先だ」
こういう時だけはここが元は映画を観るための場所だった事に感謝だ。普通の家ならやれ『廊下出て右』とか『廊下の突き当り三番目のドアが』とか細かい説明をせにゃならんけど、ここなら番号が振ってあるからな。細かい説明をしなくて済む
「嘘でしょ?」
ですよねー、知ってた! 映画を観るためのスクリーンが風呂に変身するわけないと思うよねー
「嘘じゃねーよ。一番スクリーンが女湯で二番スクリーンが男湯だ」
「いやいや! 百歩譲って映画館が住まいになるのは解かるっしょ! でも! 映画館が風呂になりましたってのはさすがの俺でも理解出来てねぇから!」
いちいち疑り深い奴だな。マジで何なの?と普通の家に住んでいたら思っていた。この家が普通じゃないのは俺だって理解している。でも、マジなんだよなぁ……
「そうは言われてもなぁ……まぁ、信じられない気持ちは解かる」
俺も第三者から言われたら信じられない。映画館が風呂になっているだなんてな
「だしょ? 俺から聞いといてなんだけど恭クン、嘘吐いてないよね?」
「ああ、嘘は吐いてねーな。とりあえず付いて来い」
「う、うん……」
論より証拠。俺は戸惑う飛鳥を引き連れ一番スクリーンの前へ。
「さて、女風呂の前までやって来たが……一人で入れるよな?」
飛鳥は俺より年上だから子供扱いするのは失礼だという事は承知の上だ。だが、さっきの様子だと一人で入れるかどうか心配でならないのもまた事実
「恭クン、俺十七歳。幼い子供じゃないんだけど?」
と、言ってる割に足が震えて見えるのは気のせいだろうか?
「その割にはどこがとは言わないが震えて見えるのは気のせいか? ん?」
「き、気のせいっしょ!」
口調がチャラ男になってんぞ?飛鳥。面白そうだから少し揶揄ってやるか
「そうか?もし怖かったら一緒に入ってやってもいいんだぞ?」
俺と一緒に風呂に入ってる場面でも想像したのか飛鳥の顔は瞬く間に真っ赤になった
「きょ、恭クン! 何言ってるの!?」
「何って? 怖いなら一緒に入ってやるって言っただけだぞ?」
「いいいいい一緒にって! だ、ダメだよ! し、知り合って間もない男女がは、裸の付き合いなんて!」
面白半分で揶揄った俺の言えた立場じゃないが、一緒に風呂入る=裸の付き合いという結論に至る理由を教えてほしいものだ
「はい? 俺はただ脱衣所まで付いてってやる的な意味で言ったんだけど? 何? もしかして俺と裸の付き合いでもしたかったか?」
「恭クンのバカ! 知らない!」
そう言って飛鳥はドアを開けて中へ入って行った
「少し揶揄い過ぎたか……でもなんだ。零達にはした事ないから飛鳥が初めてだったんだけど……それは言わなくていいか」
一人暮らしを始め零を拾ってから闇華、琴音と家なき子や事情を抱えた母娘達を拾ってきた。高校に入ったら入ったで東城先生を引き取る事になったが今みたいに女性を揶揄った事なんてただの一度もない
「俺にとって飛鳥が初めての女性だな」
本人からしてみれば迷惑な事この上ないし嬉しくも何ともないと思う。ここで暮らし始めて最初に揶揄われたなんてな
脱衣所に入った私はここが規格外だと思い知らされていた
「ほ、本当にお風呂だったんだ……」
ヤケクソになり、一番スクリーンの中へ入った私は目の前の光景に驚きを隠せないでいた。前の列A~Bの二列に当たる場所が脱衣所になっていて通路挟んでC列からJ列がお風呂場になっていた。
「恭クンめ……私が年上で女の子だって解ってるのかな……」
私は入る前に恭クンに言われた事を思い出す─────
『もしかして俺と裸の付き合いでもしたかったか?』
恭クンは軽いノリで言ったのかもしれない。でも、何でだろう? 思い出すと顔が熱くなり、心臓がバクバクする
「恭クンのバカ……」
恭クンを最初に見たのは入学式の日。あの時は多くの人に囲まれてる子くらいの印象しかなかった。でも、運命って不思議なもので初登校の日、国語の授業で恭クンと同じクラスになったけど、恭クンは誰とも関わろうとせず、どこか寂しそうに見えた。だけど、この子なら不思議と信じられるような気がした
「はぁ……どうしちゃったんだろう……」
昨日からずっと精神的に安定しない。出会って間もないただの高校生である恭クンに自分の家の事を相談してしまうだなんてどうかしている
「もしかして私、恭クンの事好きなのかな?」
今までもそれなりに恋をしてきて経験はある。ただそれは“男としての”内田飛鳥であって“女としての”内田飛鳥ではなかった。
「まさかね……出会って間もない年下の男の子に恋なんてあり得ないよね! あー! もう! それもこれも全部恭クンのせいだ! お風呂に入って忘れよう!」
私はお風呂場のドアを乱暴に開け、すぐさま身体を流し、湯舟に浸かった。雑念を払うために
「飛鳥を先にここに連れてきたはいいが……他の人はどうしたかな?」
飛鳥が風呂に入ってる間、俺は下に残してきた琴音達の事が気になっていた。何しろ飛鳥でさえ俺がここに住んでる事を信じてくれなかった。普通の人間なら空き店舗が人の住めるように改装されているだなんて思わないから無理もない
「ったく、飛鳥の家族といい、前に突撃してきたアホ集団といい、何で家を選ぶかねぇ……何となく気持ちは解かるけどよ」
閉店した店舗というのはホームレスや空き巣等が使うには打って付けの場所だ。広いし雨風と寒さは凌げる。その一方で室内レースか何かをしたいと考える連中や子供達の秘密基地にも最適な場所と言える。何だかんだで金がなく、建物に困っている奴には持って来いという事だ
「俺が住んでいる以上バリケードを張ってなかったのが侵入を許す事になった最大の要因か」
爺さんが来た時にバリケードについてはじっくり話し合う必要がありそうだ
「それにしても暇だな……」
飛鳥が風呂に入ってから何分経ったかは分からない。五分経ったのか十分経ったのか……一つ言えるのは俺が暇だって事だ
「もしかしなくてもやり過ぎたかな?」
俺は自分の発言を思い出してみる
『もしかして俺と裸の付き合いでもしたかったか?』
我ながらセクハラ発言だとしみじみ思う。闇華と東城先生、琴音はともかく、零に言ったら確実に殴られる。飛鳥が殴ってこなかったのは幸いだった
「これじゃあ親父や爺さんと同じじゃねーか……」
思い出して自分はあの親父の息子であの爺さんの孫だと痛感させられた。あの二人の発言を聞いて『ああはならない』『あんな風になったら負けだ』といつも心の片隅で思っていたが、揶揄うためとはいえ似たような発言をしてしまった自分が嫌になる
「風呂から上がったら謝ろう」
親父や爺さんと同類にならない為にも俺は飛鳥が風呂から出たら謝ろう。固く心に決心した
五分後─────。
「お待たせ、恭クン」
「おう、待っ─────」
飛鳥が風呂から出てきた。出てきたんだけどよ、今の飛鳥はどこか色っぽい。白のスカートにTシャツという女の格好をしているせいか?
「どうしたの? 恭クン? 私の格好どこか変かな?」
「あ、いや、さっきまで男の格好してたから女の格好されるとなんつーか……その……」
「私が女だって意識しちゃう?」
妖艶な笑みを浮かべる飛鳥。俺を誘惑してるのか?
「そ、そうだな。飛鳥も女だったんだって実感する」
「ふふっ、そうだよ? 私だって女の子だよ? それなのに恭クンったら裸の付き合いでもしたかったのかだなんて……」
「その事は完全に俺が悪かった! 頼むからモジモジしながら言わないでくれ! 人に見られたら誤解される!」
家にいる時の飛鳥がどんな格好をしているのかなんて俺の知るところではない。俺が知っている飛鳥は常に男の格好をしていた。なんて言い訳を並べたところで俺が悪いのは変わらない
「どうしよっかなぁ~? 恭クンに言われたあの言葉のせいで私はふかぁ~く傷ついちゃったしなぁ~」
「た、頼む! 何でもすっから! だから内緒にしてくれ!」
万が一この事が零達にバレたら俺は破滅だ。だから絶対に誰にも言わないで欲しい
「ふ~ん、何でも……ねぇ……」
何でもすると言ったのが間違いだった。今の飛鳥は完全に良からぬ事を企んでいる顔をしている
「な、何でもと言っても俺に出来る範囲でだぞ? 羽もないのに空飛べ! とか一億円出せ! とかは無理だぞ?」
俺は人間だ。羽もないのに空なんて飛べない。一億円なら爺さんに頼めば何とかなりそうだが俺は親父はもちろん、爺さんの金をむしり取るような真似はしたくない
「解ってるよ! 私だって恭クンの出来る事と出来ない事の分別くらい付くって! それに、恭クンにしてもらう事はもう決めてあるから」
「はい?」
俺が何でもすると言ってから考える時間なんてなかったはずだぞ?なのに俺にさせる事は決めてあるって……まさか俺が何でもするって言うの読んでた?
「だから! もう恭クンにしてもらう事は決めてあるの!」
「いや、それは聞こえてる。そうじゃなくて! 俺が何でもするって言ってからすぐにさせる事決まってるって早くないか? もうちょっと考えてもいいんだぞ? 出来れば三年後くらいに言ってくれると俺としては非常に助かる」
三年後じゃなくて一か月後くらいでも構わないんだけどな。それくらいになったら俺が揶揄った事なんて綺麗サッパリ忘れているだろうし
「いいや! 考える余地なんてないね! 恭クンにしてもらう事はこれしかないって確信してるから! 言っとくけど、私の決心は変わらないからね!」
「え? マジで? 飛鳥がいいなら俺はそれで構わないけどよ」
「いいんだよ! 私が決めた事だから。それより! 恭クンにしてもらう事は……」
「…………」
俺は固唾を飲み飛鳥の言葉を待つ。言う方はどんな反応が返ってくるかウキウキだと思うが、言われる俺からすると死刑執行を待つ死刑囚の気分だ
「私と一緒にお風呂に入ってもらいます!」
飛鳥さん?俺の話聞いてましたか? 出来る範囲でって俺言いましたよね? それ、俺が出来る事ですか?
「嫌です」
ドヤ顔の飛鳥に速攻でノーを突きつける俺。世の男子諸君からしてみれば嬉しい提案だろうが俺は違う。現在自分の住まいにいる住人と自分の親、祖父の性格を考慮して頂ければご理解出来るでしょうが、どっちにバレてもヤバい
「拒否するんだ?」
「当たり前だ。他人にバレたらヤバいからな」
「そかそか、拒否するんだ……じゃあ、先生や私の家族に言っちゃおうかな~? 恭クンに乙女心を弄ばれたって」
飛鳥さん?そういうのを脅迫って言うんですよ?
「条件を飲むので止めてください!」
先生や飛鳥の家族にバラされるくらいなら一緒に入浴の方がマシだ
「最初から言う事を聞いておけばいいんだよ。恭クン♡」
俺の返事にご満悦な飛鳥。そして、今更自分の発言を後悔する俺。こんな事になるなら揶揄うんじゃなかったと後悔したところで後の祭り。
「はいはい。んじゃ戻るか」
「うん!」
「部屋に戻る前に飛鳥の飯を取りに行くから少し待っててくれ」
「分かったよ。何から何まで甘えてごめんね」
「別にいいさ。困った時はお互い様だからな」
部屋に戻る途中、俺は飛鳥の飯を取りに十二番スクリーンに。洗濯の事もあったがとりあえず飯だ。腹が減っては戦は出来ない
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