神矢想花の騒動から一夜明け、目を覚ました俺は─────
『おはようございます! 恭様! いい朝ですね! 早速ですが、私の初めてを貰ってください!』
『こんな清々しい朝は美人女性と可愛いお母さんの初めてを奪うに限るよね!』
痴女幽霊二人に囲まれていた
「昨日の事は夢じゃなかったのかよ……」
昨日の事全てが夢だったらどれ程よかったか……。と思ったところで過ぎてしまったものはどうしようもなく、俺は成す術なく頭を抱えるだけだった
『夢なわけないでしょ~?お母さんも想花ちゃんもきょうとの初夜を楽しみにしてるんだから』
『その通り! 恭様が欠陥品の私でも愛してくれると早織さんから聞いて胸のときめきが収まらないんです!』
この二人は手遅れだ。誰かこの痴女二人を引き取ってくれる心の広ーい奴はどこかにいないものか……
「はぁ……、下ネタ連発する女って好きじゃねぇんだけどなぁ……」
女はこうあるべきだ! なんてのは男の押し付けでしかないから口には出さない。口には出さないが……下ネタやそれに近い事を連発する女ってのは男からするとドン引きモンだ。俺の価値観で言うなら恋愛対象として見る時にそういう女はどうしても異性としてではなく、一緒に悪ふざけ出来る男友達的な感じにしか見えない
『きょうが何を勘違いしてるのか分からないけど、お母さん達の言ってる初めてってキスの事だからね?』
『早織さんに同じく! 恭様が望むなら私はそれでも構いませんけど最初はキスからでしょ!』
初めてと言われ、下方面で想像してしまう辺り俺も健全な男子高校生だと思い知らされ、若干恥ずかしい。神矢想花の過去について詳しい事は何一つ知らないから突っ込み材料がないとしてだ、お袋よ、アンタは初めてのキスじゃないだろ?親父とした事あんだろ?
「お袋は初めてのキスじゃねーだろ。親父とした事あんだろうしよ」
お袋の事だから赤ん坊だった俺にしてるって事も十二分にあり得る。ただなぁ……赤ん坊の頃はノーカンとか言われたらなぁ……切り返せねぇんだよなぁ……
『え?恭弥のバカとキスなんて彼氏彼女だった頃はもちろん、結婚してからもした事ないよ?アイツ、キス嫌いだし』
意外だ……親父がキス嫌いだっただなんて……。ん?待てよ?キスが嫌いだってなら由香の話おかしくね?アイツの話じゃ娘の前でも平気でキスしてたって……
「聞いてた話と違うんだが……まぁいい。俺は特別な場合を除いて簡単にキスなんてしねぇから」
俺の言う特別な場合とは生命に関わる時だ。言うまでもなく人工呼吸をする時は口から肺に空気を送らなきゃならないため、キスをするのも致し方ない。今は人工呼吸用のマウスシートがあるみたいで直接唇を合わせるだなんてする必要がないらしいけどな
『『ケチ!!』』
ケチじゃない。実の母親や会ったばかりの女とキスするほど俺は女に飢えてない。言い方を変えると彼女や恋人の必要性というのを感じてないだけなんだがな
「ケチで結構。というか、神矢想花は俺への態度と口調、呼び方を変えた理由を話せ。ついでに口調を元に戻してくれると助かる」
ツン100%だった奴がいきなりデレ100%とか気色悪すぎる。あと敬語もな
『分かり────分かったわよ。私が恭様への態度と口調、呼び方を変えたのは早織さんからこれまで貴方がしてきた事を見たからに他ならないわ』
これまで俺がしてきた事を見た。どうやらお袋は病院立てこもり事件の時同様、記憶を共有したらしい
「で?それが何で態度と口調、呼び方を変える理由になるんだよ?むしろ逆なんじゃないのか?何を見たかを問い詰めるつもりはねーけど、普段の俺はダメ人間だ。様付けで呼ばれるような人間じゃない」
口を開けば怠けたいとか、暑いから外に出たくないとか言うダメ人間の俺は軽蔑され、呼び捨てや名前すら呼ばれないというのなら納得がいく。自分の行いが悪いんだからな。だが、様付けってのは何かが違う
『そうかしら?見ず知らずの人間を拾い、住まわせた挙句、いたいならずっとここにいろ。普通の人間ならそんな事言わない。貴方には様付けする価値が十分にあると思うのだけど?』
確かに闇華が家へ入居した日に『いたいならずっとここにいろ』って言った。だって、家が広すぎる上に部屋が余ってて親父と爺さんに女連れ込めるものなら連れ込んでみろって煽られて虫の居所が悪かったんだもん! これくらい言うさ!
「あー、あれねぇ……あれは……まぁ、うん。アレだ、居場所がなく、誰からも必要とされてないんじゃないかって思ってほしくなかったから拾って住まわせただけで他意はない」
零と闇華を拾った時、家が広すぎて部屋が余ってるから拾っただけだって言いまくったから今更言い訳染みた言葉が無駄な事くらいは承知の上。あの時の言葉に嘘はなく、今の言葉にも嘘はない。俺も中学の頃に似たような経験してきたからな、家の前で座り込んでいた零、人違いだったとはいえ駅で絡んできた闇華の気持ちは痛いほど解る
『やっぱり、早織さんの言う通り恭様は困ってる人を見捨てるって事はしないようね』
神矢想花の言う事には一つ間違いがある。俺は困ってる人を見捨てないのではなく、放置したままにすると飯がマズくなったり目覚めが悪いから自分に出来る事をしているだけだ
『そうだよ~、きょうは困ってる人を見捨てはしないんだよ~』
俺が褒められてるのに何でお袋が嬉しそうなんですかねぇ……。
「まぁ……、小学校、中学校とクズみたいな大人をたくさん見てきたからな。あんな連中と同類になりたくねぇと思っただけだ。それより、腹減ったなぁ……」
昨日はいろいろあって朝飯以外は食べてない。要所要所と寝る前にコーラ一杯飲みはしたものの、ジュースだけで腹が膨れるかと言われると答えは否。腹が減るのも当然である
『昨日のきょうは朝ごはん以外食べてないもんね~』
「ああ……。要所要所と寝る前にコーラを飲んだだけだ」
本当に腹が減った……背中と腹がくっつきそうだ
「なら、アタシと一緒にどこかで食べる?」
ぼやいていると床で寝ていた零が声を掛けてきた。
「零、起きたのか」
「起きたではなく、起きてたが正しいんだけどね。さすがに初めてを貰ってって騒がれてたら誰だって起きるわよ。幸い、闇華達はあんだけ騒がしかったにも関わらずまだ寝てるけど」
零が向けた目線の先にいたのは闇華。ここからじゃ彼女の寝顔は見えないけど反応がないところを見るとまだ夢の中にいるみたいだ
「闇華もだが、真央と茜を除く他の連中はあんだけ騒がしかったのによく寝てられるよな……」
闇華達って繊細なのか図太いのかよく分からないぞ……
「いろいろあって疲れたんでしょ。それより、お腹空いたし何か食べにいきましょうよ」
「だな」
俺はベッドから、零は布団から抜け出ると貴重品だけ持って部屋を出た。二人共スエット、Tシャツだからすぐに部屋を抜け出す事に成功。
部屋を出た俺達はエレベーターに乗り込み、一階を目指した
「そういえば恭。昨日の事話してくれるわよね?」
「いきなりだな」
一階へ向かうエレベーター内で唐突に零が昨日の事について話しを振ってきた
「確かにいきなりね。でも、アタシ言ったわよね?全部終わったら話なさいって」
「言われたけどよ、お袋から何も聞いてねーのか?」
神矢想花の説得は途中でお袋に投げたから俺も詳しくは分からない。分かるのは目が覚めたら彼女の全てがゴッソリ変わっていた事くらいだ
「聞いてないわ。早織さんは説明しようか?って言ってくれたんだけど、闇華達はともかく、アタシは恭の口から直接聞くって言って断った。だから何も知らない」
「律儀な奴……。約束した以上は昨日の一件はちゃんと話さなきゃならねぇが、飯食いながらでもいいか?」
「いいわよ。ちゃんと話してくれるならね」
俺と零は互いに空腹という事もあり、会話がここで途切れ、一階へ着いた時には互いに無言。フロント前に着いた時に零の『アタシ、ラーメンが食べたいわ』という一言に対し『同じく』と返しただけでその後、ラーメン屋に着くまで無言。そして────
「なぁ、零」
「何よ、恭」
「早朝からやってるラーメン屋もあるんだな」
「そりゃあるでしょ。お酒を飲んだ後は〆のラーメンってよく言うでしょ?」
ラーメンを求め彷徨い続けた結果、見事に目的の店を発見。発見したのはいいんだが……目の前の看板に驚きを隠しきれない
“24時間営業! 男ラーメン!”
これだぞ!? 驚くなって方に無理があるだろ?
「お前はいくつだよ、発想がおっさん臭いぞ?」
「うるさいわね! 何でもいいからとりあえず入るわよ!」
「分かった! 分かったから引っ張るな!」
零、俺は子供じゃないんだぞ?
「へい! らっしゃい!」
店内に入ると男性店員の元気な声とラーメン屋独特の匂いに迎えられた
「二名なんですけど」
「へい! 二名様ですね! 空いてるお席へどうぞ!」
零が人数を伝え、店員が空いてる席に座るよう指示。ここまでは普通のラーメン屋と何ら変わらず、違うところと言えば早朝という事もあり、店内に俺達以外の客が一人もいないという一点だけ。空いてるお席へどうぞと言われても選びたい放題だからどこへ座るか迷う────────
「じゃあ、ここでいいわね」
事はなかった。零が勝手に店内へ入ってすぐのカウンター席へ座ってしまい、仕方なしに俺はその右隣へ座る
「ご注文お決まりでしたらお呼びください!」
店員はそれだけ言って去る。この店は客に水を出すシステムじゃなく、セルフサービスらしい
「何にしようかしら?」
零は目の前にあったメニューを手に取りどれにしようか悩んでいるようだが、俺はそんな事しない。初めて入るラーメン屋で下手に冒険すると高確率でハズレを引く。ならば自ずと答えは出てくる
「注文決まったら教えてくれ」
零が注文を決める間、俺はぼんやりと天井を眺める。自分の周囲にいる人達の事と廃墟で曾婆さんに言われた事の意味を考えながら
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