「かーっ! この為に生きてんなぁー!」
風呂から上がった俺は身体を拭き、下半身にタオルを巻いた状態で瓶のコーヒー牛乳を呷っていた。大人が終業後に酒を呷るのなら未成年である俺は学校が終わった後や風呂上りにジュースを呷る。よく言うだろ?疲れた時は甘いものって
『きょう~、本当に親父臭いよ~?』
そんな俺にお袋は蔑むような視線を向けてくるが気にしない。日頃零達と共同生活を送っていて気を抜ける場所や場面なんてなかったんだ、今日くらい親父臭くなりたい
「いつもはこんな事しねーし言わねーんだからいいだろ?それに、こんな姿はお袋の前でしか見せない」
お袋の前でしか見せないと言うのには語弊が生じるが、実際にその通りだから間違いではない。お袋の前でしか見せないんじゃなくてお袋はいつも俺に憑いてるから見せざるを得ないと言った方が正しいのだ
『そ、それって……、きょうにとってお母さんが特別って事?』
顔を真っ赤にし、口元を手で覆うお袋を目にし、俺は言い方を間違えたのだと激しく後悔した。やっぱありのままの現状を伝えた方がよかったか?
「まぁ、そうだな。ある意味じゃお袋は俺にとって特別だな」
おはようからおやすみまで一年中一緒だから特別と言えば特別だ。もちろん、そこに男女の関係的な意味合いは含まれてない。しかし────────
『そ、それって、きょ、きょうはお母さんとけ、結婚したいって事でいいの?』
お袋は何を勘違いしたのか、完全に俺の言った特別を男女の関係だと勘違い……いや、俺の周囲に集まる女特有の病気を発症していた。お袋よ、母親と息子は結婚出来ないんだぞ?義理の親子なら血の繋がりなんてないから可能だが、それだって結婚する相手が結婚が可能な年齢になるまで待たなきゃならない
「結婚はともかく、お袋は俺にとって特別だっつーのは事実だ。これだけは覚えておいてほしい」
『うん!絶対に忘れたりなんかしないよ! お母さんはきょうの特別な人だからね!』
チョロい……特別だって言っただけで結婚の事など綺麗サッパリ頭から抜けている。なんてチョロいんだ……
「それならいい」
俺は残りのコーヒー牛乳を一気に飲み干し瓶をゴミ箱に放り込み、着替えを済ませ部屋へ戻った。今はこの脱衣所に俺一人でも時間が経てば親父達が入って来る可能性があり、そうなった場合、十中八九弄られる。せっかく風呂に入り、疲れを取ったというのにまた疲れるのはごめんだ
部屋に戻ってくると飛鳥の姿はなく、代わりに飛鳥の字で『零ちゃん達とプールへ行ってくるね』と書かれたメモがテーブルに置いてあった
「飛鳥は零達とプールか」
プールなら家にもあるのに旅行に来てまで行きたいものかね……
「プールなら家にもあるのに旅行に来てまで来る意味がどこにあるのやら……」
メモをゴミ箱へ放り、俺はベッドへ飛び込み枕に顔を埋める。今の服装はスエットとTシャツで寝落ちしても問題はないから気楽だ。飛鳥がいない事に対して寂しさなど感じない。本当ならこの部屋は俺一人で使う予定だったからな! それにしても……
「暇だなぁ……」
身体は疲れているはずなのにちっとも眠くならない。それどころか暇すぎて目が覚めてしまったくらいだ
『暇ならお母さんとお話しない?』
「話すって……今更何を話すんだよ?」
お袋とはいつも一緒にいて人前じゃ無理でも家とか人のいない場所でそれなりに話はしているから今になって話す事などない
『う~ん……恭の学校生活とか?』
「それなら見ていて知ってるだろ?登校して自分の席に着いたらHRまで寝る。んで、授業は面白かったら起きてる、そうじゃなきゃ寝る。これの繰り返しで話す事なんてねーだろ」
授業に関しては教師からするとふざけんな! って話だが、生徒からするとクソも面白くない授業をしている方が悪い
『じゃ、じゃあ、きょうの好きな人の話とか?』
「俺の周囲にいる女は揃いも揃って変人で新しい出会いがあったと思えば大抵が家なき子だ。特にこれと言った恋愛観はねーけど、今のところ好きな人っつーのはいねーよ」
同居しているのもあるせいか今のところ周囲の女子を恋愛対象として見れず、どちらかと言えばペットって感じの方が強い
『じゃ、じゃあ……』
お袋は話題がなくなって必死になっている感じがする。枕に顔埋めてるからお袋の様子を確認出来ないが、多分、オロオロしているに違いない
「話題が見つからないなら無理するな」
『で、でも……、きょうとお話したかったし……』
「だからと言って無理に話題を探そうとするなよな……ったく……」
『ご、ごめんね……』
「別に怒ってない。それより、飛鳥もいなくて暇だから海にでも行くか?」
飛鳥は零達とプールに行ってて不在。書置きさえ残しておけばどこに行こうとも怒られる事はない。とどのつまり、俺が海に行ってたとしても書置きさえ残していれば問題ない!
『うん』
「んじゃ、書置きだけ残しておくか」
ベッドから起き上がり、俺はテーブルに置いてあったメモ帳を一枚破るとそこに『海行ってくる』と書き、バイキングに行く時と同じように貴重品とスマホ、カードキーを持ち部屋を出た
海に着き、無意味と頭の中では知りつつも人がいないか確認するも俺以外の人間は誰もおらず、辺り一面真っ暗で聞こえるのは波の音のみ。煌びやかなホテルの光さえなければこの世に自分しかいないと錯覚させられる
「たまには海を見るのも悪くない」
俺は星空の元、海を眺めながら呟いた。毎日見たいという程ではないけど、たまになら夜の海を見て感傷に浸るのも悪くなく、灰賀恭という人間の在り方を見つめ直すにはいい機会だ
「俺はこのままでいいのか?」
夜で周囲が暗いせいもあり、考え方が後ろ向きではあるが、今のは俺が常日頃思っていた事に他ならない。男女問わずに家なき子を拾い続ける。部屋が余っているのと家がデカすぎるのは事実で家がデカいのはどうしようもなく、変えようがない。空き部屋はただ余しているよりは困ってる奴にくれてやった方がいい。今まではその考えで家なき子達を拾ったり引き取ってきた。だけど……
「その部屋にだって限りがあるんだよなぁ……」
いくら家が元々デパートだったとしても部屋の数には限りがあり、世の中に存在する家なき子全員を住まわせるのは物理的に不可能だ
「はぁ、何で俺はこんな事を考えてるんだ?」
常日頃思っていた事だとしても考えるのは今じゃなくてもいいはずなのに夜の海を見ているとそんな事を考えてしまう
「俺がこんな事を考えてしまうのは夜の闇のせい……だよな……?」
夜というのは人を不思議なテンションにする。常に前向き思考の奴は後ろ向き思考になるし、テンションの低い奴は急にテンションが上がる。本当に夜というのは不思議なものだ
『きょうは今の生活に不満なの?』
「さぁな、幽霊とはいえお袋が側にいて、家に帰るとおかえりって言ってくれる人がいる。それに、成り行きとはいえこんな俺と一緒に生活してくれる人も出来た。客観的に見れば充実しているようにも思えっけど、そんな生活の中でも何かしらの不満はあるんだろうな」
第三者から見ると充実しているように見える生活。それでも何かしらの不満が出てくるものなんだけど、今の俺にはその不満が何なのか分からない。あの場所で生活を始めて早いもので四か月目になり、入居したばかりの盃屋さんはともかく、零達とは行動パターンや思考回路を読める程度の仲だ。
『まぁ、世の中に不満のない人なんていないからねぇ~。それで?何できょうはいきなり自分はこのままでいいのかを考えてるのかな~?』
「分かんねぇ。常日頃からそう思ってはいたけどな」
『ふ~ん、そっか。でも、自分を見つめ直すのはいい事だよ』
そう言ってお袋はこちらを見て微笑むだけだった
「ネガティブになっても仕方ねぇし別の事を考えるか」
『それがいいよ、後ろ向きな事を考えれば考えるほど出てくる答えも後ろ向きなものになってくるからね』
「だな」
考えを切り替えるとは言ったものの、何を考えればいいんだ?全く思いつかない。そんな時だった
「恭くん」
背後から琴音の声がし、振り返ると────────
「琴音……」
ラフな格好をした琴音が立っていた
「どうしたの?夜遅くにこんなところに来て」
それは琴音、お前も同じだろ
「別に。暇だったから何となく来ただけだ。つか、そう言う琴音は何でここに?」
俺は飛鳥が同じ部屋にいる事は伏せ、何となくと答えた。飛鳥が同じ部屋にいるだなんて知られてみろ、絶対にめんどくさい事になる
「私は実家を思い出して……かな」
琴音が住む場所と職を失くした理由は前に聞いた事があって知ってたけど、実家の事は聞いた事なかったな……
「へぇ、琴音の実家は海が近かったんだな」
「うん。だって私の実家があるのは漁師町だもん」
琴音の実家がある町が漁師町だったとは初めて聞いた。そもそも、彼女の実家から近しい距離に海があるって話自体が初耳だったりする。
「初耳だ」
「初めて言ったもん」
零と闇華には及ばずとも琴音も結構付き合いが長い。当たり前か、三番目に拾ったのが琴音なんだから。それなのに俺は琴音の事を何も知らない
「結構長い事一緒にいるんだから言ってくれてもよかったのに」
零と闇華は拾った当時の状況が状況だから気軽に昔はどうだったんだ?とか聞けない。だから俺は零と闇華がいる前では昔話を避けてきた。それもあってなのか家にいる時はほとんど過去の話なんてしない
「そうしたかったけど、零ちゃんと闇華ちゃんがいる前じゃ……ねぇ?」
「だな。あの二人に罪はないとはいえ、零も闇華もこれまで辛い人生を歩んできたから話しづらいっちゃ話しづらいよな」
零の親父がいつ頃から借金をしだしたのかは不明で闇華が親戚から酷い扱いを受け始めた時期も不明。どちらも時期は不明で分からない事だらけでしかない。が、辛い事を無理に思い出させる必要はないと思い、今までそれを聞こうとはしなかった。無意識の内に琴音も同じ事を思っていたのかもしれない
「そりゃそうだよ。零ちゃんも闇華ちゃんも辛い思いしてきて恭くんに拾われてやっとそれが報われたんだから」
「昔より幸せだとは思うけど、俺に拾われたってところからは大げさなんじゃないか?」
俺が拾っただけで今までの辛い過去が帳消しになるのなら苦労はしない
「大げさじゃないよ。私だって恭くんに拾われてなきゃ今頃ホームレスだった。いつもは恥ずかしくて言えないけど、みんな恭くんには感謝してるんだよ?」
それは確かに。東城先生以外は俺が拾ってなきゃ今頃ホームレスだったのかもしれない
「さいですか」
改めて感謝されるとむず痒い。だってそうだろ?俺は別に琴音達を助けてやりたくて拾ったわけじゃなく、成り行きでそうなったのもいれば必要だと思って拾ったのもいる。盃屋さんに関しちゃ俺じゃなくて闇華達が拾って来たんだぞ?感謝されたところで俺にどう返せってんだよ
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