えー、どうも灰賀恭です。文化祭準備をサボろうとしたら声優二人に拉致られ、無理矢理収録現場に連れて来られた哀れな男子高校生です。拉致られた先で怪現象に見舞われるとは……我ながらつくづく運がないと思っております
「家に帰りたい……」
スタジオ内にタップ音が鳴り響き、キャストとスタッフがパニックに陥ってる中、どうして俺が死んだ魚のような目で虚空を見つめているかと言いますと、早織と神矢想花の幽霊二人組がいるからではありません。当然、自分には霊圧があると過信しているわけでもありません。ただ、面倒だなぁと思っているだけでございます。俺の嫌な予感は本当によく当たるなぁと自分で自分に感心してるだけでございます
『ダメだよ! この事態を何とかしなきゃ!』
『恭様、まさかとは思うけれど、茜さん達を見捨てて帰ってしまおうだなんて考えてないわよね?』
「考えてねぇよ。ただ、嫌な予感が当たったなと思ってるだけだ。この状況でここから出られるとも思ってねぇしな」
ホラー映画やなんかだとタップ音が鳴り響き、次にその場にある物が浮かび上がる。例えば椅子とか机とかな。で、マイクなんかがある場所だと最後に不気味な声が流れて終わり。展開的にはこんな感じだ。なんて考えてると……
『きょう! アレ!』
「アレ? なんだ────マジか」
早織に呼ばれ、彼女が指さす方向を見るとなんと! キャスト陣がいる部屋のソファーが浮かび上がっているではないか。これには声優陣の中で幽霊が見せる茜と真央もパニック。アフレコブースにいる誰もが泣き叫んでいた。まぁ、音聞こえないから泣き叫んでる様子しか見えないんだけどな
『ヤバいわね……』
「確かにヤバいな。人に当たったら大ケガに繋がる可能性がある」
最悪当たり所が悪けりゃ死ぬ。すぐにでも飛び込んで助けてやりたいが、スタッフの方も大騒ぎで下手な行動はできん。この事態を収める方法は簡単だ。元凶を締め上げればいいんだからな。だが、当の元凶がどこにいるか分からない。打つ手なしとはこの事だ
『冷静に言ってる場合じゃないでしょ~!! 早く霊圧使ってあのソファーどうにかしなきゃ!』
「霊圧ってドアとか突き付けるのか?」
『幽体離脱した時に移動するのと同じだよ!』
「OK。理解した」
早織の説明は雑だが、今回のはさすがに今の説明で十二分に理解した。幽体離脱で外へ出る時、障害物をすり抜けて移動できる。幽体が壁とかすり抜けられて霊圧がすり抜けられないわけがない。考えるまでもなく当然の理だな。そういう事で俺は早速自分の霊圧を浮いてるソファーに当てるのだが……一つ問題が。一気に当てると多分だが、ドシン! って感じで落ちると思う。パニックになっている人達のメンタル的な意味でもそーっと下ろさなきゃならんと思うのだが……どうしたらいいんだ?
『そんなの、少しずつ霊圧を当てれば簡単だよ! 徐々に徐々に重さを加えていく感じで!』
なるほど、徐々に徐々に重さを加えていく感じか。徐々に徐々に重さを……
「こんな感じか……」
『そうそう! イイ感じだよ! ほら!』
『その調子で頑張りなさい』
「はいはい」
霊圧を少しずつ当て続け、ゆっくりとソファーを下ろした。自分が超能力者になった気分だ。しかし、タップ音は未だ鳴りやまず。そろそろこの音も鬱陶しく思えてくる
「いい加減ウザいな……」
他の人が泣き叫ぶ中、俺はタップ音に嫌気が差していた。同じ音を繰り返し聞かされてたら疎ましく思うのは当然だ
『そう思うならいい加減犯人をいぶり出しなさい』
『そうだよ。このままじゃ茜ちゃん達と他のスタッフの人達が可哀そうだよ』
いぶり出せと言われましても……犯人がどこにいるか分からないのにいぶり出しようがないだろ。幽霊である二人ですら最初に気配を感じなかったって事は犯人は気配を消すのが上手いって事だろうに……本当にめんどくせぇ……こんな時はそうだな────
「適当に霊圧上げるか……」
幽霊の気配を感じるはずの早織と神矢想花ですら気配を感じなかったから今回ばかりは仕方あるまい。それに、何も知らないであろう二人は俺の霊圧が不安定になっていると思い込んでるだろうが、霊圧が意志を持っている事を知っている身からすると別に上げたところで暴走したりしないのは知っている。怖い物などないのだ。という事で俺は霊圧を少しだけ上げた。すると────
「お、音が止んだ……」
「ほ、本当だ……」
「よ、よかった……」
音が止み、ホッとするスタッフ達。浮かんでいた物は重力に逆らえず次々に落ちてゆく。怪現象が収まって────
『ヨクモジャマシタナ』
なかった。怪現象が収まったと思えば今度はスピーカーから女児の声が流れる。本当に三流のホラー映画的な展開になるとは……
「こ、今度は何!?」
「こんな事今まではなかったぞ!?」
「こ、怖い……」
はい、逆戻り。ホッとしていたスタッフ達がまた泣き叫び始めました。というか、この怪現象のどこが怖いんだ?
「勘弁してくれよな……」
文化祭の準備をサボろうとしたらこれだよ……はぁ……
『そんな事言ってる場合じゃないよ』
『この声の主を早く止めなさい。じゃないと……』
じゃないと何なんですかねぇ……俺達全員ここで殺されるとでも言うのか?
「じゃないと何だよ?」
『じゃないと永遠にここから出られないわよ?』
見れば分る。つーか、雰囲気で分かる。声の主をどうにかしないと出られない事くらいな
「ったく、文化祭準備サボろうとしたのが仇となったか……」
内心加賀を迎えに寄越せばよかったと後悔しながら俺はどこにいるかも分からない犯人をいぶり出すために霊圧を強める。これで出てきてくれればいいんだが……
『ゼンインコロス』
簡単にはいかないよな……どうしたものか……ってか、どうして霊圧当ててんのにコイツは同様の一つも見せない? 早織達がいつも言ってる通りならビビって逃げ出すか観念して出てくるはずなんだが……
『オマエタチハワタシヲオコラセタ!! ココデゼンインシマツスル!!』
怒気と共に再び物が浮かび上がった
「な、何?」
「私達が何をしたというの!?」
「お、俺達は恨まれる事をした覚えはないぞ!! ただアニメの収録をしていただけだ!!」
そう、男性スタッフの一人が言ったようにこの人達はアニメの収録をしていただけ。声の主を怒らせた事は何一つとしてしていない。声の主は一体何に怒っているというんだ?
『ソノアニメキニイラナイワタシタチヲバカニシテイル』
私達をバカにしている? 意味が解らない。何をどうしたら声の主をバカにしている事になるんだ?
「わ、私達はあなたをバカになんかしていないわよ!! ただアニメの収録をしていただけじゃない!!」
「そ、そうだ! 我々はお前を怒らせる事などしていない!!」
先程まで怯えていた女性スタッフと監督の言う通りだ。俺には声の主が怒り狂う意味の方が理解できないんだが……
『オマエタチ、ワタシタチノコトヲオモシロオカシクアツカウ。ユルセナイ』
面白おかしく扱う? 許せない? なんだってんだ?
『なるほど……言われてみれば……』
『確かにそうね。面白おかしく扱われたと思っていても無理はないわね』
俺が理解に苦しむ中、早織達は何か分かったようで納得した顔をしていた。何が分かったのか俺にはサッパリだ
『フザケルナ!! オマエタチ、ワタシタチヲジャケン二シタ!! ユルセナイ!!』
邪険にしたねぇ……本当に何を言っているんだ?
「許せないって……ちゃんと理由を言ってくれねぇと何が許せないか分かんねんだが……」
先程から思っていた事だが、声の主が言っている事は主語がない。何に対して怒っているのか言ってくれないと何も伝わらないぞ……
『ウルサイ!!』
うるさいと言われましても……
「理不尽過ぎるだろ……」
怒っている理由を一切語らず、何をどうしてほしいかすら言わない。どうしてほしいんだよ……
『きょう~、この人が怒っている理由はこのアニメそのものだよ』
このアニメそのものって言われても俺は内容どころかタイトルすら分からねぇんだが……
『このアニメの収録を中止すればとりあえずは収まるわ。そうするように言ってちょうだい』
俺に何の権限があってアニメ収録中止しろって言えんだっつーの! このアニメの元がラノベだったら原作者にも損害を与える事になるんだぞ? 一介の高校生にアニメ収録中止しろだなんて言えるわけないだろ
「どーすんだよ……」
声の主の怒りを抑えるにはアニメの収録を止めればいいってのは理解した。だが、何の権限もない俺に収録を止めろだなんて言えねぇよ……
「こんな事なら強引にでも脱走しとけばよかった……今からでも逃げ出せねぇかな……」
来てしまったものは仕方ねぇけど、こんな事なら声掛けられた時点で逃げとけばよかったと激しく後悔。こうなってくると溜息すら出ないし、全力でこの人達を守ろうって気も起きない。声の主と話し合いにならないからどうしようもないってのが本音だ
「めんどくせぇなぁ……」
話が通じない奴というのは生きてる奴でも面倒だ。交渉の場において話し合いというのは重要で話し合いができない相手と話をするというのは時間と労力を要する。終わった時の精神的疲労も図り知れない。幽霊とかの類だと生きてる人間以上に疲れるって事を今知った。文化祭準備をサボって学んだ事が話の通じない奴の扱い方とか割に合わねぇ……
「力で強引に黙らせていいかなぁ?」
俺は短気な方じゃないと思う。だが、この相手にはちょっと短気になりそうだ。しみじみと思う。話し合いは大事だと
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