飛鳥の子供返り、センター長を入居決定と六月中はいろいろあり、七月。教室にて
「夏なんてなくなればいいのに……」
ぼんやりと外を眺め、夏撲滅を願う俺、灰賀恭。夏の何が憂鬱かって……
「恭クン! 夏と言えば海っしょ!」
「恭! お義姉ちゃんは恭が夏と言えば山と答えてくれるって信じてるからね!」
この二人。一人は周囲に女だとバレ、受け入れられたにも関わらず男の格好、男の口調な内田飛鳥。もう一人は書類上は俺の義姉になる由香。この二人によって俺は夏への嫌悪感が上り調子だったりする
「恭クンは海派っしょ! ね?恭クン!」
「違うよ! 恭は山派だよ! ね?恭?」
左右から身を乗り出してくる二人。正直、海派でも山派でもない。俺はエアコンの利いた部屋派だ。それ以外認めない
「俺は海派でも山派でもない。強いて言うならエアコンの利いた部屋派だ」
「「うわぁ……」」
ちょっと?正直に答えたのにドン引きとか酷くない?
「何だよ?つか、海と山の何がいいんだよ」
俺からするとどっちも行くのは憂鬱だ。そりゃもう憂鬱で憂鬱で仕方ない
「海に行ったら俺達の水着姿が見れるっしょ! 行くなら断然海っしょ!」
飛鳥達の水着姿か……家のプールで十分だし風呂で見てるから魅力らしい魅力というか、新鮮味は感じないな
「そんなの山でも見れるよ!川で遊ぶ時にね! それより山の方がいいよ! キャンプすれば夜は星が見られるよ! そこでロマンチックな雰囲気になって愛の告白をするの! 魅力的でしょ?」
星なら家の駐車場で見れる。加えて俺は事あるごとに星を見てるからロマンチックもメルヘンチックもない。愛の告白なんてもっての外だ
「どっちも家で事足りる。大して魅力は感じないな」
人間そこにないと思ったり、滅多に見られないと思うから魅力を感じるのであって飛鳥達の水着姿然り、満天の星空然り、見ようと思えば簡単に見られるものに対して魅力を感じろ?んなもんのどこに魅力なんてあるんだ?
「「むぅ~……」」
俺が家で事足りると言ったせいかふくれっ面になる飛鳥と由香。事実を言って何が悪い?と言いたいところだが、これ以上彼女達を怒らせたら面倒な事になるので俺はあえて何も言わなかった。
「まぁ……何だ……海と山、同時に行けるって言うなら俺も考えないではない」
ただでさえ外は暑い。今年の夏は気温が三十六度を超えるらしく、例年よりも暑くなるのは天気予報でも言っていた。そんな季節に好き好んで外に出るだなんて奴は勇者かドMだ。だが、海も行けて山も行ける。そんなところを彼女達が知っているというのなら俺だって少しは考える
「「本当!?」」
「ああ、本当だ。海と山、同時に行ける場所をお前達が知ってるならな」
そんな場所は探せば五万とある。あるのと飛鳥達が知ってるのは話が別だ。
「わかったっしょ! 海と山、同時に行ける場所を探してくるから待っててくれな! 恭クン!」
「あたしも頑張るよ! 恭!」
俺の発言で飛鳥と由香の何かに火を付けてしまったようで、二人は狂ったようにスマホを操作している。心なしか彼女達の背中から炎が見えるのは気のせいだろうか?
「余計な事言うんじゃなかった……」
燃える彼女達を見て俺は自分の発言を後悔。なーに、コイツ等には見つけられっこねーからいいか。それにだ。仮に見つけられ、泊りがけの計画だとしてもすでに旅館は満員。途中で頓挫するのが関の山だ。そう思っていた時だった。
「電話か……」
ズボンのポケットに入ってるスマホがブルブルと震え、着信が入った事を知らせてきた。着信画面を確認すると『爺さん』の文字が
「何だよ」
『何だよとはご挨拶じゃな。せっかく恭によい話を持ってきたと言うのに』
爺さんの言ういい話というのは俺にとって厄介な話だってのは百も承知。中学……もっと言うならお袋が亡くなってからな
「爺さんの言ういい話が俺にとってのいい話だった試しがないだろ。それに前もって言っとくけどな、夏休みなら空いてねーぞ?婆さんに顔見せろって言われてアンタ等の家に行く予定だからな」
零達の入学式前あたりに夏休みは顔を見せに来るよう言われていた。ぶっちゃけた話、零達の入学式の日、ゴールデンウィークとちょくちょく顔を見てるのだから夏休みに祖父母の家へ出向く必要なんてないと思うが、それはそれ、これはこれなのかもしれない
『その事なんじゃがのう、場所の変更じゃ。夏休みは儂らの家じゃなく、儂の友人が新たに建設したリゾート地の一つになった。海も近いし山も近いという優れものじゃ!』
爺さんの言葉に俺は固まった。おい、このジジイ今なんつった?
「あー、場所の変更とリゾート地なのは理解した。近くに何があるかもう一度聞かせてくれないか?もしかしたら俺の聞き間違いかもしれないしな」
頼む、俺の聞き間違いであってくれ。切に願う
『海と山じゃよ。恭、お前耳が遠くなったのかのう?』
俺の聞き間違いじゃなかった。このジジイは海と山が近い。確かにそう言った
「そうか。それで?そこへは俺一人で行けばいいんだよな?そうだよな?」
飛鳥と由香にさっき『海と山、同時に行ける場所なら考えてやる』って言ったばかりだ。そして何故か程よいタイミングで爺さんからの電話。神様がいるとしたら俺は今日ほどソイツを恨んだ日はないと思う
『馬鹿者! せっかくのリゾートに零ちゃん達を置いて来いなど言うわけないじゃろ! 恭の家に住むもの全員一緒じゃよ! 話は通してあるわい! それに、恭弥達も来る』
この言葉を聞いた瞬間、俺は失踪を本気で考えた
「そうかそうか。零達にも話は通してあって親父達も来るのか。じゃあ俺いらないな!」
爺さん的にはピチピチの女子高生たる零達、大人の色香ムンムンの琴音、東城先生、センター長と母ーズがいりゃ満足だろ。もちろん、親父も夏希さん+女子高生、シングルマザー、若い女性が約三名ほど。うん、俺必要ないな!
『恭が一番必要じゃ! 馬鹿な事を言うでないわ!』
いつもは俺を弄る事に全力を掛けててもおかしくないであろう我が祖父からこんな事を言われて髪の毛先程だが感動した。だが……
「爺さん、俺は部屋から出たくないんだ。出来ればエアコンの利いた部屋でぐうたらな夏休みを送りたいんだ。それがよ、そんなところに零達と一緒に行こうものならどんな事になると思う?絶対に振り回されるだろ?俺の平穏でぐうたらな夏休みが潰れるだろ?」
別にね?いつもエアコンの利いた部屋でぐうたらしたいわけじゃないんだよ?たまには風鈴が釣るしてある軒下で冷えたスイカを食うってのもアリだとは思う。夏の風物詩だし。でもなぁ……
『恭、リゾートの女性用水着は全てTバックを用意しているのじゃが……ダメかのう?』
この爺さんの発言で俺の中の何かが切れた
「それで喜ぶのはアンタと親父だけだ!」
俺はそう叫ぶと乱暴に通話を切り、スマホをズボンのポケットへと戻す。
「ったく、あのクソジジイ……」
ズボンのポケットにスマホを戻した俺は爺さんへの呆れを隠しきれず、つい不満が。しかし、それよりも問題だったのは……
「恭クン!」
「恭!」
この目をキラキラと輝かせている飛鳥と由香だった
「何だよ」
「「夏休み、楽しみにしててね!」」
飛鳥と由香の一言により俺の高校最初の夏休みの過ごし方が決まった。
夏休みはみんなで爺さんの友人が建設したというリゾートで過ごす事が決定し、絶望に打ちひしがれているところでチャイムが鳴り、飛鳥は自分の教室へ、由香は自分の席にそれぞれ戻って行き、少ししたところで東城先生が入って来て授業開始。だと思われたのだが……
「恭、男の子は黒のTバックと白のTバック、どっちが好みなの?」
これ、道徳の授業だよな?何でTバックの話になってんだ?いや、そもそもが今日の授業って本来どんな内容だったんだ?
「さ、さぁ?ボクバカだから分かりません」
クラスメイトの前で好みのTバックを答えさせられるとか何の罰ゲームだよ
「そう?これは簡単な質問。恭が好きなTバックの色を答えればいい。ただそれだけ」
東城先生?健全な男子高校生にはその質問はあまりに惨いと言いますか、ちょっとした拷問なんですよ?言い換えるのであればクラスメイトの前で好きな異性を答えさせられるようなものなんですよ?
「そ、そうは言われましても……Tバックとか特に興味ありませんし……」
我ながら無難な答えだ。ここで白と黒の中間くらいですかね?なんて答えてみろ。周囲はドン引き、東城先生は夏休みにそれを着用するだろう。零達と一緒に。ついでに由香も。俺の抱える爆弾の数はざっと数えて六個。うん、絶対に答えねぇ
「そう。じゃあ何なら興味あるの?」
何で俺の好みに拘るの?
「何ならって……別に興味のあるものなんて特にありませんよ。それより、俺の興味から離れませんか?これって道徳の授業なわけですし……俺の好みとか興味って道徳と何の関係もないでしょ?」
俺の好み世間の公衆道徳に関係があるか?答えは否だ。公衆道徳に俺の好みは全くと言っていいほど関係ない
「そうかな?僕は灰賀君の好み……もっと言うなら女性の好みから女性用下着の好みまで興味あるな」
瀧口が余計な事を言い出した。はっ、いくら不登校だった奴、高校中退者が集まるような学校だからってお前の興味=クラス全員の好みだと思うなよ?俺の好みになんて誰も興味は……
「わ、私も、は、灰賀君がどんな女の子が好きとか興味あるかな……」
おい、地味子! 俺の好きな女のタイプになんて興味を持つな!
「あーしもぉ」
ギャル子も賛同してんじゃねぇ! いいんだよ! 俺の好みの女なんてどうでも! それより授業だろ!
「あ、それ俺っちも興味あるぅ~! 何より内田ちゃんの為に知りたいぃ~!」
ヤベェ……なんだあのテンション……つか、見た目と口調が合ってねぇ……
「だ、そうだよ?灰賀君」
いい笑顔をこちらに向けてくる瀧口に軽く殺意を覚えた。コイツ、今ここで殺してやろうか?あ?
「そんな事言われてもなぁ……」
七月が始まって早くも俺の平穏な日常は崩れ去った。好みの女を聞かれたくらいで大げさなって思うじゃん?確かに友達同士で話している分には困らない。でもなぁ……クラスメイトの前で言わされるのはどう考えても罰ゲームなんだよなぁ……
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